第64回 「コミンテルン」と「労働社会主義インターナショナル」など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<前回の記事 第63回 第二インターナショナルと第三インターナショナル

さて。前回の記事でご紹介した「コミンテルン」と「労働社会主義インターナショナル」という二つの組織。
今回の記事で、もう少しだけ深めてみようと思います。

「コミンテルン」と「労働社会主義インターナショナル」

第二インターナショナルの壊滅を潔しとせず、不満を持った社会主義者たちが集まって開催された「ツィンマーヴァルト会議」。
このツィンマーヴァルト会議の中でも、さらに「左派」に位置づけられたレーニンたちが誕生させたのが「第三インターナショナル」。通称コミンテルン=共産主義インターナショナル。
一方、ツィンマーヴァルト会議の中で、より穏健なメンバーが中心となって生まれたのが「労働社会主義インターナショナル」。

共産主義と社会主義の間で、明確な違いが生まれたのはこの時点だったのかもしれませんね。
ドイツでも、ロシアでもこの「共産主義者」と「社会主義者」は対立する構造にあり、1928年のコミンテルン総会において、「社会ファシズム論」なるものが明示されたようです。(この時の「社会主義」とは、「社会民主主義」とも表現されています)

「ファシズム」という言葉の定義については後日調査をしてまとめたいと思うのですが、スターリンは「ファシズム」と「社会民主主義」を同一視し、ドイツでもドイツ共産党とドイツ社会民主党が対立。このことが、結果的にドイツファシズム=ナチスの台頭を許すこととなったようです。

その後、コミンテルンもファシズムを危険視して方針転換。「すべての反ファシズム勢力」との協調を謳う(人民戦線戦術)も、その後独ソ不可侵条約を結んだことでこの人民戦線術は崩壊。
しかし元々協定に含まれていなかった「ソ連によるベッサラビアと北ブコヴィナの占領」が行われたことでこの独ソ不可侵条約は破綻。

その後独ソ戦が勃発し、ソ連がイギリスと連合関係を結んだことによりコミンテルンは事実上崩壊しました。
このあたりの歴史はもう少し深めたほうが良いかと思いますので、折を見て新しく記事を作ってみたいと思います。


コミンテルンの戦略

統一戦線が張られていた時代のコミンテルンの戦略として、以下のようなものが掲載されています。
統一戦線はコミンテルンの根本政策とした決議の

・第一には、コミンテルンはそれまでの諸団体との対立を清算し、反ファシズム、反戦思想を持つ者とファシズムに対抗する単一戦線の構築を進め、このために理想論を捨て各国の特殊事情にも考慮して現実的に対応し、気づかれることなく大衆を傘下に呼び込み、さらにファシズムあるいはブルジョワ機関への潜入を積極的に行って内部からそれを崩壊させること。

・第二に共産主義化の攻撃目標を主として日本、ドイツ、ポーランドに選定し、この国々の打倒にはイギリス、フランス、アメリカの資本主義国とも提携して個々を撃破する戦略を用いること。

・第三に日本を中心とする共産主義化のために中国を重用することが記されている。(Wikiより)

これは、前回の記事にも掲載した「革命的祖国敗北主義」にも通ずるものがありますね。

要は、いわゆる「ファシズム」機関や「ブルジョワ」機関に工作員を送り込んで、内部から崩壊させましょう、その攻撃目標は日本、ドイツ、ポーランドですよ。そのためには思想の異なる英仏米とも協力しましょう。
特に日本に対しては思想を共産化するため、中国を重用しましょうと、そういうことです。

社会主義インターナショナル

「社会主義インターナショナル」。「労働社会主義インターナショナル」の後を引き継いだ国際組織の名称です。
反共主義、反・新自由主義と、自由、人権、民主、平等、博愛などのフランス革命やアメリカ独立革命の精神、および複数政党制、市場経済、社会的連帯、働く者の権利(労働基本権)、富の再分配などを提唱している。

こうしてみると、現在多くの国で採用されている社会制度の大部分は、原理主義的なマルクス=レーニン主義(共産主義)に反対してコミンテルンを外れた多くの社会主義者たちによって作り上げられた、といっても過言ではないのかもしれませんね。

フランス革命当時は「暴力」という手段に訴えることしか労働者たちが自分たちの自由を勝ち取る方法がありませんでしたから、バブーフやマルクスの様に、暴力による革命を正当化する主張をする人たちがいたのは無理のないことだったのかもしれません。

こういう「思想」って、一旦確立してしまうと「原理主義化」する傾向があるのでしょうか。
ただ、少しロシアの歴史を調べていくと、少し変わった様子が見えてきました。

ジェイコブ=シフ

この名前、ご記憶でしょうか?
第59回の記事にも登場した名前です。

日露戦争の折、資金獲得に奔走する高橋是清に、資金を渡した人物。米国で銀行業を営んでいたユダヤ人です。

画像はWikiから拝借していますので、そのままWikiへのリンクを張り付けています。

レーニンは元々ロシアからスイスに亡命しており、レーニンがロシアに帰国するための資金を提供したのがこのジェイコブ=シフです。
レーニンもまたユダヤ人であり、レーニンの起こした「ロシア革命」とは、ユダヤ人によるロシアの乗っ取りとしての性格を持っていました。

帝政ロシアがユダヤ人によって滅ぼされ、乗っ取られた姿こそ「ソヴィエト連邦」です。
正直、「やはり」というのが私の感想なのですが、この「共産主義」。出てくる言葉言葉、あり様がどうもユダヤ人のにおいがすると思っていました。

「タルムード」と呼ばれるユダヤ人の経典に書かれているとされるやり方、やり口にそっくりなんですよね。
このあたりもまたおいおい記事にできると面白いな、とは思うのですが、一言では表しにくいので、ここで深く言及することは避けます。

あえて記載するとすれば、「革命的祖国敗北主義」。このやり方こそまさしく「ユダヤの手口」です。
ロシアが崩壊していく様子を具に記載した資料を見つけましたので、こちらに貼り付けておきます。
元ソ連外交官が語る 「ロシア-ユダヤ闘争史」の全貌

近いうちに、この資料を参考にして、私自身の視点からも記事を作成してみたいと思います。

まとめ

さて。それでは振り返ってみて、第50回の記事
例えば安倍首相を「右翼視」し、「安保法制」だの「改憲」だの「秘密保護法」などという言葉が登場したとき、「また戦争を始める気か」というように考えている人はいないでしょうか。

一方で「左翼」という言葉を耳にするといかがでしょう。
こちらは、おそらく「共産主義」や「社会主義」のイメージが出てくるのではないでしょうか。

ですが、フランス革命によって登場した「右翼」や「左翼」の本来の意味を思い返していただくと、「右翼」とは決して「軍国主義」ではありませんし、「左翼」もまた「共産主義」を意味する言葉ではありません。

では一体なぜそれぞれの言葉に上記のようなイメージが植え付けられたのでしょうか。

少しその答えが見えてきたような気がしますね。

次回記事では、それでは日本における「右翼」と「左翼」という言葉について深めてみたいと思います。

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