第50回 「右翼」と「左翼」など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<前回の記事 第49回 「日韓合意」を問う

このテーマは、以前のブログでも取り上げたことがあります。
「右側」と「左側」

内容としては、このブログの内容をリライトする形になります。

フランス革命

今更ここに記すまでもないかもしれませんが、抑々「右翼」や「左翼」という言葉の語源は、18世紀。フランス革命に由来します。

フランス革命が発生した背景としては、当時の国王であったルイ16世。その先代、先々代の国王の時代に膨らんだ多額な財政赤字。
加えてルイ16世の時代に行われたアメリカ独立戦争への援助などで、フランスの国家財政が破たんしかかっていたことにあります。

当時のフランスは第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)の3つに身分制度が分けられていました。(アンシャン・レジーム)
平民はすでに重税を課せられていたため、財務長官のテュルゴーという人物が聖職者や貴族に当時与えらえれていた特権を制限することで財政赤字を解消しようとしたのですが、貴族たちの大反発に会い頓挫、失脚します。

後に2度財務長官の座に就いた「ネッケル」という人物が、2度財務長官の座に就くための交換条件として3つの身分の代表者で構成される「三部会」なるものを開催することを国王に求めます。

このとき、議決方法を巡って、第一・第二身分と第三身分の間で対立が起こります。いつまでたっても議会が進まない三部会に愛想をつかした第三身分(平民)は、自分たちで勝手に「国民議会」なるものを作ってしまいます。

最終的に第一・第二身分の国民の中にも現体制を問題視している者がおり、国民議会に参加。
ルイ16世も国民会議を正式に承認し、他の第1・第2身分の議員も王の説得に応じて国民議会に合流します。(国民議会→憲法制定国民議会に名称が変更)

ルイ16世が実行しようとしていたのは特権階級への課税。
国王が憲法改正のために承認した国民会議にも、この「特権階級」である貴族や王族たちが反対し、国王に軍隊の終結を強要。
第三身分出身のジャックネッケル財務長官が罷免され、この事に激情した民衆の怒りは爆発し、「バスティーユ牢獄」を襲撃。
「フランス革命」の勃発です。

危機感を覚えた貴族や聖職たちは自分たちの特権を廃止する「封建的特権」を自発的に放棄します。
そして、その後制定されたのが「フランス人権宣言」。「国民主権」であったり、「自然権」など、現在の民主主義にも通ずる内容が登場します。

この「フランス人権宣言」を基にフランスでは新たに憲法が制定されようとしていたのですが、ここで大きな対立が生まれたのが「国王の拒否権」と「貴族院の開設」です。
当然のことながら、この二つの対立軸に賛同していたのが「王政派」。アンシャン=レジームで「第一・第二」の身分にあった聖職者や貴族たちです。
反対していたのは第三身分にあった平民(立憲派・三頭派・共和派)たち。この時にそれぞれの派閥が着座していた位置が「右翼」や「左翼」という言葉の語源になっています。

王政派が着座していたのは議会の右側。平民たちが着座していたのが議会の左側。
旧体制を維持し、自分たちの権利を守り抜こうとした王政派(保守)と、暴力的な手段に訴え、古い体制を破壊し、自分たちの権利を勝ち取ろうとした平民たち(革新・リベラル)。

これこそがまさに「右翼」「左翼」の語源です。


「右翼」と「左翼」

さて。それでは、改めて現代における「右翼」や「左翼」という言葉について考えてみましょう。
例えば、このブログを読んでいるあなたが「右翼」という言葉を耳にしたとき、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。

インターネット等が普及し、情報の格差が大幅に削減された現在にあって、たとえばかつてそうであったように、「街宣右翼」が街中で日章旗(日の丸)や旭日旗でラミネートした街宣車に乗って拡声器で怒鳴り散らしているような光景を思い浮かべる人は、もう大分少なくなっているのではないかと思います。
大日本帝國陸軍_軍旗

ですがどうでしょう。「右翼」と耳にして、日本の旧帝国陸軍を思い浮かべる人は、未だに多く存在するのではないでしょうか。
シベリア出兵

例えば安倍首相を「右翼視」し、「安保法制」だの「改憲」だの「秘密保護法」などという言葉が登場したとき、「また戦争を始める気か」というように考えている人はいないでしょうか。

一方で「左翼」という言葉を耳にするといかがでしょう。
こちらは、おそらく「共産主義」や「社会主義」のイメージが出てくるのではないでしょうか。

ソビエト国旗
こちらは崩壊したソビエト連邦の国旗です。

ですが、フランス革命によって登場した「右翼」や「左翼」の本来の意味を思い返していただくと、「右翼」とは決して「軍国主義」ではありませんし、「左翼」もまた「共産主義」を意味する言葉ではありません。

では一体なぜそれぞれの言葉に上記のようなイメージが植え付けられたのでしょうか。

「ウォーギルト・インフォメーション・プログラム」

この言葉、ご存知でしょうか。
大分ご存知の方も増えてきたかもしれませんね。TVなどでも時々この言葉を見かけるようになりました。

敗戦後日本において、たたいてもたたいても立ち上がってくる日本に心底恐怖したアメリカが、日本が二度と立ち上がることができないようにと、法律を含む様々な角度から日本の「國體(こくたい)」に対してアプローチし、日本の精神的支柱を骨抜きにしようとした経緯。日本に「自虐史観」を植え付け、二度と戦争を起こすことのできない国にするための行った占領政策のことをこの名称で呼称します。
所謂洗脳計画です。

日本に「右翼」という言葉にネガティブなイメージが植え付けられ、そのアンチテーゼとしての「左翼」が登場した経緯について、今後の記事に託したいと思います。

私は海外での「右翼」や「左翼」という名称の用いられ方については不勉強ですので深く語ることはできませんが、この「右翼」と「左翼」という言葉。面白そうなのでシリーズ化してみたいと思います。

次回記事は「左翼の変遷」とのタイトルで記事を作成してみたいと思います。

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