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第471回 ヴェルサイユ条約と敗戦後ドイツの「ハイパーインフレーション」など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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この記事のカテゴリー >>ナチスドイツは一体なぜ誕生したのか?


<継承する記事>第468回 ローザ=ルクセンブルクとリープクネヒトの処刑~スパルタクス団蜂起とその結末

第456回 までの記事で、ドイツが第一次世界大戦に参戦した理由を外交的な見地から、前回 までの記事で第一次世界大戦について「ドイツ国内の社会主義」という見地からそれぞれ記事にしてみました。

ナチスドイツは一体なぜ誕生したのか? というシリーズタイトルの話題に対して、

 1.「ドイツ」とは何か
 2.「オーストリア」の誕生
 3.ライン同盟結成までの「ドイツ」
 4.フランス二月革命とウィーン二月革命
 5.ウィーン体制と「ドイツ連邦」
 6.ドイツ関税同盟から見る「ドイツ」(大ドイツ主義と小ドイツ主義)
 7.ビスマルクの登場後のドイツ(シューレスヴィヒ=ホルシュタイン戦争→普墺戦争→普仏戦争)
 8.ビスマルクとドイツ帝国
 9.ドイツ国内における社会主義
 10.ビスマルクの失脚とその後のドイツ

といった流れで私のブログ風に言えば「解析」を行った後、前記した「外交的な見地から見るドイツが第一次世界大戦に参戦した理由」、そして「ドイツ国内の社会主義から見る第一次世界大戦」についてそれぞれ「解析」を行った感じになると思います。

わからないなりに調査し、裏付けを行い続けることでここまで深めていったシリーズですが、結果論からすると、これは非常に理にかなった方法であったと自負しています。

これは、現在私が書籍を購入して読んでいる、アドルフ・ヒットラーの「我が闘争」。これを読んでみた実感です。



念のために言っておきますが、もちろん私は無批判にヒットラーのことを礼賛することを目的としてこの記事やブログを作成しているわけではありません。あくまでも「客観的な」資料として用いるためにこの話題を記しています。

もし今すぐこの本を読みたいという方向けには、国立国会図書館デジタルコレクション のページからも読むことができます。

ただし、旧仮名遣いになっていますし、1ページ1ページクリックしてみていく必要がありますので、まあまあ読みにくいです。

私は上巻の前半までネット上で読んだのですが、特にiPhoneですとあまりに読みにくく、したがってPC上で読む必要があったため、中々読むための時間が作りにくかったことから、敢えて書籍を購入いたしました。

シリーズの最終目的であるこの「ヒットラー」という人物を記事にするには、まずこの人物のパーソナリティや考え方を理解する必要がある、と考えたがこの書籍を読むに至った理由です。そうしないとわからないと思ったんですよね。

現在はまだ上巻の後半部分を読み始めたばかりですので、まだその全体を把握しているわけではありませんが、上巻の前半部分を読んでみてまず感じた気持ちは、この本を読破するには、とある「前提条件」がいるということ。

そう。先ほど私が記したドイツの「近代にいたるまでの歴史」。これをハッキリと頭の中に入れた上でなくてはこれはまず読めないなと思いました。

内容に関する共感まで含めた「批判」は今後の記事で随時行っていくこととして、中世~近代までのドイツの歴史を先に学んでいなければ、言葉として理解できない、つまり解釈することが不可能であったり、誤った判断や受け止め方をしてしまうのではないかと感じる部分が大量にあるということ。

で、その内容でヒットラーを自分のそれまでの知識を前提に批判してしまい、疲れて全文を読まぬままに終わってしまいそうな、そんな感覚を非常に覚える内容です。

特に新聞やテレビ報道といった媒体に偏った情報収集を行っている皆さんにとってはそうだと思います。

この文章の中で彼はユダヤ人批判を行っているわけですが、この「ユダヤ人」という文字を、(批判を恐れずに言いますと)「韓国人」という言葉に変えて読むと、まるで現在の日本について語っているのではないかと錯覚するような内容です。

これ以上記すとあまりに差別的な内容になってしまいそうなので、「この話題」についてはこの場所でしか触れないつもりでいます。が・・・ひょっとすると後日触れることもあるかもしれません。(多分、触れます。)

ということで前置きはここまで。本題に入ります。


「ヴェルサイユ条約」に触れたいと思った理由

ヴェルサイユ条約って、その後の日本の歴史にも関わっていく実は大きな「ターニングポイント」であったりします。

日本のサイドから言えば、この「ヴェルサイユ条約」に中華民国側の意見が取り入れられなかったため、中華民国は条約に反発し、これに批准することはありませんでした。

詳しくは、

第124回 五四運動以降の中国(北洋政府)~なぜ日本は大東亜戦争を起こしたのか~ をご参照ください。

ざっくりとした概要としては、第一次世界大戦において日本は対独参戦をする折、ドイツが植民地化している中国の山東省を解放することを大義名分としており、実際にドイツ軍を撃破し、この地をドイツから奪還し、一時的に領有することとなりました。

この時中国の大統領であった袁世凱は「ドイツとの約束でこの土地をドイツ以外の国は領有することができないことになっている」事を理由に、日本に対して領有をすぐさま中止し、中華民国に返還することを要求するのですが、日本はドイツ相手に戦争をしているのであり、講和条約が締結され、日本が正式にドイツから山東省を取得するまで待ってほしい、と伝えます。

ですが、袁世凱はこれを聞き入れようとせず、賠償問題にまで発展しかねない状況が生まれたため、日本は当時孫文と話し合っていた内容を基に袁世凱に対して、所謂 対華21か条の要求 を行い特に山東省に対しては

・ドイツが山東省に持っていた権益を日本が継承すること

・山東省内やその沿岸島嶼を他国に譲与・貸与しないこと

・芝罘または竜口と膠州湾から済南に至る鉄道(膠済鉄道)を連絡する鉄道の敷設権を日本に許すこと

・山東省の港湾都市を外国人の居住・貿易のために新しく開放すること

という「要求」を行い、最終的にこれを認めさせます。

これに対して中華民国は講和条約において、日本が中華民国に山東省を返還することを盛り込むよう要求するのですが、当然完全無視されます。ヴェルサイユ条約は戦勝国から戦敗国に対する「講和条約」で、日本は「戦勝国」。

大戦において日本が戦っていた相手はドイツであり中華民国ではありませんから、当然の結果です。

で、同条約ではイギリスやフランス、アメリカからすればドイツの扱い方をどうするのかということを問題にしていますから、はっきり言って中華民国「ごとき」の片田舎の事なんぞどうでもよいわけです。後は日本との間で勝手にやってくれ、とこうなります。

ただ、実際にはこの後日本とアメリカを中心に締結された「九カ国条約」において日本から中華民国に山東省は正式に返還されることとなるわけですが。


「ヴェルサイユ条約」と「ハイパーインフレーション」

ですが。今回の記事のメインターゲットはこちら。

皆さんは、「ハイパーインフレーション」という言葉を時々耳にすることがあると思います。

私のブログでも、 第28回の記事 などで時々話題にしていますね。

経済学者のフィリップ・ケーガン氏の説によれば、「1ヵ月に50%を超える物価上昇をハイパーインフレの始まりとし、月間物価上昇率がそれを下回る期間が1年以上」続くことを「ハイパーインフレ」と呼ぶのだそうです。

私もずっとこの立場をとってきたのですが、国際会計基準の定めによりますと、「3年間で累積100%以上の物価上昇」をハイパーインフレと定義づけているのだそうです。

Wikiベースですが、日本の戦後で見ますと、「日本銀行の調査によれば、1934-1936年の消費者物価指数を1とした場合、1954年は301.8となった」(大東亜戦争の終結が1945年)とありますが、これも18年間での話ですから、さすがに「ハイパーインフレ」とは言えないかと思います。

さて。そんな滅多に起きることのない「ハイパーインフレ」。事例としてよく挙げられるのが 第28回の記事 でも話題にしました、「ジンバブエ」の事例ともう一つ、今回話題にするドイツの話題です。

ヴェルサイユ条約は基本的にアメリカが中心となって成立させたもので、この条約により「国際連盟」も誕生しました。

で、この内今回のテーマで問題となるのはドイツの「賠償責任」について定めた部分、同条約231条です。

231条
 連合国政府は、ドイツとその同盟国による侵略により強いられた戦争の結果として連合国政府、及びその国民が被ったあらゆる損失と損害を引き起こしたことに対し、ドイツとその同盟国に責任があることを確認し、ドイツはそれを承諾する。

232条
 連合国は本条約の他の条項によってもたらされる恒久的な資産の減少を考慮すると、そのような損失と損害を埋め合わせるのは 十分な資産をドイツは持ち合わせていないことを認識している。
 しかしながら連合国は、各国が連合国の一員としてドイツと交戦していた期間に、陸海空からのドイツの侵略によって連合国の民間人とその財産に対して与えられたあらゆる損害、及び本条項の付属書Ⅰに定められているすべての損害に対する賠償を要求し、ドイツはそれを承諾する。

まとめますと、

1.ドイツとその同盟国(ドイツ・オーストリア=ハンガリー・ブルガリア・オスマントルコ)は戦争を起こして対戦相手国の国民に対してたくさんの損害を与えたことをドイツは認めます。

2.連合国側も、ドイツが将来にわたって発生する損害まで賠償するだけの資産を持っていないことは理解しています。
  けれども、戦争中に対戦相手国国民に対して与えたあらゆる損害を賠償しなければならないことをドイツは認めます。

という内容ですね。

個人的な感想ですが、第一次世界大戦に関しては、はっきり言ってドイツが悪いと思います。ロシアに対して戦争を起こすことについては同盟国であるオーストリアを支援するという立派な大義名分があると思います。

ですが、そのために、つまりはロシアに勝利するためという理由で無関係なフランスに攻め込み、更にその進行方向にあるベルギーにまでも攻め込んだわけです。

更に事前の調査不足でロシアの戦力に対する見通しも甘すぎました。はっきり言えば自業自得です。

で、今回損害賠償を要求される相手となったのはそのフランスとベルギーです。特にベルギーは無関係すぎますよね。

ロシアと同盟関係にあったのはフランスでベルギーじゃありませんから。通り道にあって邪魔だから攻め込みますよ、と一方的に攻め込まれたのがベルギーです。で、この事でイギリスにまで宣戦布告するための口実を与えてしまったのです。

その元凶はヴィルヘルム二世。

冒頭に取り上げたヒットラーは「我が闘争」において、

「せめて日本がロシアに対して日露戦争を起こしたときにイギリスと協力してロシアに攻め込んでいたら、まず世界大戦になることはなかったよね」

とも言及しています。ヴィルヘルム二世はヒットラーの発想とは真逆で、日露戦争が勃発する前に中華民国山東省のキリスト教宣教師殺害事件に言いがかりをつけて山東省に攻め込み、山東省を植民地化しています。中華民国ではこれが理由で義和団事件から北清事変まで発展しているわけです。

北清事変中にロシアは勝手に満州を占領し、ここから撤退しなかったことが原因で日露戦争が勃発しました。

北清事変の時の芝五郎という人物の活躍に感動したイギリスは日本と同盟関係を結び、日露戦争の時は直接ではないものの、間接的に日本の勝利に貢献しています。

ビスマルクであればまず山東省を植民地化したりはしていないでしょうが、それでも植民地化してしまったことを前提として考えるのであれば、ひょっとしたらヒットラーと同じ発想をしていたかもしれません。

どこまで遡っても元凶はヴィルヘルム二世以外に存在しません。それでなくてもフランスは普仏戦争でビスマルクにぼろ負けして腹が煮えくり返るような思いをしてましたし、更に国内の人材が枯渇。味方はオーストリアしかいませんでしたし。

我が闘争を読んでみますと、ドイツ国内で社会主義者たちがのさばっていく理由も、特にイギリスによる「宣伝工作」の影響が大きかった様です。

ということで元凶はヴィルヘルム二世にあり、フランスやベルギーは「巻き込まれた」だけですから、両国に賠償しなければならないのは当然の話でしょう。

と、ここまでは私の感情を込めてみました。だってどう考えたってそうでしょう、と。


ドイツが課せられた「賠償責任」

ヴェルサイユ条約が締結されたのは、1919年6月の事。ですが、ドイツが支払うべき賠償金額が決まったのはそれから2年後、1921年の事でした。

金額が1320億金マルクで、これを30年払いで支払うことが決まったのだそうです。

66億ドルに相当するのだそうですが、現在の価値に直して一体どのくらいなのか、全くイメージができません。第一次世界大戦前のドイツの年間国民総所得の2.5倍の金額に相当するのだそうですよ。

で、敗戦後のドイツにそもそもこの金額を支払う能力があったのかどうか。更にドイツはその賠償金を外貨で支払うことが求められたため、自国通貨であるマルクを外貨に換えて支払う必要があります。言い換えればマルクを大量に売りさばく必要がありますから、当然急激な「マルク安」に襲われることになります。

賠償金を支払えば支払うほどドイツの債務はどんどん膨らんでいく・・・という鬼のような仕組みです。

ただでさえ戦前のドイツの国民総所得の2.5倍という莫大な金額であるうえ、ドイツ自身も戦争によって莫大な損害を受けているわけです。これに加えて為替変動でドイツの債務が雪だるま式に膨らんでいく状況ですから、ドイツとしてもついにその支払いを行うことができなくなります。

これに対し、特にフランスが強硬に反対する姿勢を見せ、ドイツにとってはその経済の中心地であるラインラントにある「ルール地方」。フランスは、ここの鉱山管理権を抵当に入れることを要求してきます。

ルール地方はドイツの炭鉱の中心地で、ウィーン体制の下でプロイセンに併合された後、ドイツ屈指の重工業地帯へと発展しました。その分人口も「爆発的に増加」したのだそうです。大戦当時のルール地方は、ドイツ最大の工業地域となっていたんですね。

一応フランスを擁護しておきますと、特にこのフランス側国境において戦場となったのはドイツではなくフランスやベルギー。両国とも炭鉱地帯に大きな損害を受けていました。

一方のドイツは敗戦国であるにも関わらず、その生産拠点であるルール地方は無傷。ですから、フランスがドイツに対してルール地方の鉱山管理権を・・・という件について、フランスの心情も理解出来なくはありません。実際フランスもアメリカやイギリスに対する債務を背負っていましたから。

ですが、ドイツからしてみれば国家が破綻しかねないほどに莫大な賠償金を毎年支払わされているのに、その生産の拠点であるルール地方を取られてしまってはそれこそ賠償の見通しがつかなくなってしまいます。

フランスは、最終的に1923年1月4日、ベルギー軍とともにルール地方占領を宣言、11日から占領を開始します。

ルール占領

これに対しドイツ政府。当時はワイマール共和政政府で、首相はヴィルヘルム・クーノ。ドイツ人民党という「右派政権」の首相だったのですが、彼がとった方法は「鉱工業従事者にストライキやサボタージュを呼びかける『消極的抵抗』」。更に国民の生活費をドイツ帝国銀行による「紙幣増刷」で対応しようとしました。

ええ。生産ラインが完全にストップした状態で、しかも国民が働くことを中止した状態で、紙幣増刷なんて馬鹿な真似をすればどうなるのか。結果は見え見えです。当然のようにして勃発したのが「ハイパーインフレーション」でした。

ただでさえ外国の支払いをマルクを外貨に換えることで賄っていた状況下での振る舞いです。

現在のわが国にも、「ハイパーインフレ」が起きるのではないかと盛んにあおり吹聴する人がいますが、実際に「ハイパーインフレ」が起きる状況が、いかに特殊な状況下であるのかということが非常によくわかる事例です。

「ハイパーインフレの起こし方」の非常にわかりやすいマニュアルですね、これは。


次回へ

さて。ドイツで勃発した「ハイパーインフレ」について、今回は概略とその結論のみを記事にしましたが、次回はもう少し掘り下げて、そもそも「ルール占領」が起きるまでのドイツ国内の動きと、ハイパーインフレがどのようにして収束したのか、そういった情報を記事にできればと思います。

例えば、敗戦直後は社会民主党の代表が首相になっていましたが、いつの間にか首相が「右派」に代わっていますね? どのような経緯でそうなったのかということについても記事にしてみます。

この他、ドイツ敗戦後のヨーロッパ地図なども追いかけてみる予定です。



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