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第446回 「汎スラブ主義」と「露土戦争」~三帝同盟崩壊への序曲~など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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この記事のカテゴリー >>ナチスドイツは一体なぜ誕生したのか?


<継承する記事>第445回 ビスマルクの外交政策~欧州から戦争を一掃したビスマルク体制~

前回の記事では、「欧州から戦争を一掃したビスマルク体制」と銘打って記事を作成したわけですが、ビスマルクがドイツ帝国となったまさにその直後に起きていますね・・・「露土戦争」。

ロシアとトルコですので、「欧州」というわけではない、ということでしょうか。もちろん同タイトルを銘打ったのはそういう記述を何かで見たからそういうタイトルをつけたわけですが、このあたりも含めて、追いかけていきたいと思います。


露土戦争はなぜ起きたのか~「東方問題」の元凶

露土戦争が起きたのは1877年4月。宣戦布告はロシア帝国側から、1877年4月24日に行われているのですが、実はこの露土戦争。勃発に至った経緯としては 前回の記事 で話題にしたクリミア戦争と同じで、「バルカン半島」という地域が持つ独特の事情。「東方問題」が原因で起きています。

クリミア戦争は、「オスマントルコの事実上の支配下」にある「スラブ人国家モンテネグロ」がオスマントルコと軍事衝突することがきっかけとなって起きています。

一方の露土戦争は、同じくスラブ人国家であるヘルツェゴビナで、「ヘルツェゴヴィナ蜂起」が起きたことが根本的なきっかけとなって起きています。

「ヘルツェゴビナ蜂起」とは、ヘルツェゴビナに居住する「キリスト教徒」によって起こされたものです。この、ヘルツェゴビナのキリスト教徒の動きは「セルビア」や「モンテネグロ」のスラブ人たちに支持され、両国はオスマン帝国に対して宣戦布告を行いました。

私は 今回のシリーズ の中で、たびたび「ナショナリズム(民族主義)」と「愛国心」との違いについて言及していると思います。

日本の場合は、「日本列島」という限られた地域に居住する「大和民族」を、同じ「大和民族」が支配、もしくは管理する状況が現在に至るまで継続して続いています。

ですから、「ナショナリズム」といえばもちろん「大和民族」または「日本人」のことを指していますし、「愛国心」といえば自分たちが住む「日本」という国のことを指しています。

ですが、欧州の場合、日本とは事情が異なります。ヨーロッパでは、そのほとんどの国や地域でその土地に居住している「民族」と、その民族を支配している民族が異なります。ですから、「民族主義(ナショナリズム)」という言葉は、その自分たちを支配する民族、支配層からの「独立」を意味していますので、「愛国」とは対極に位置するものになります。

この様な事情から、ヨーロッパでは「民主主義」と「民族主義」が一致性を見る場合もあるのですが、日本で「民族主義」を掲げると、逆に異民族の排斥を行うようなイメージがもたれてしまいます。

少し話がそれましたが、「バルカン半島」における「スラブ人国家」もまた同じような事情を抱えていました。

しかも同地域に居住するスラブ人のほとんどが「キリスト教徒」でしたが、支配する層は「オスマン帝国」。イスラム教を国境に掲げる国です。

ですから、同地域では「民族」と「宗教」がセットで問題となっていましたから、事態はより複雑です。

そして、「ロシア人」はまたこういったスラブ人国家と同じ「スラブ人」ですから、バルカン半島に居住するスラブ人たちを支援するわけです。ですが、こういったロシアの動きは欧州の他の国家、「イギリス」や「フランス」、そして「オーストリア」からは領土を拡大するための「南下政策」であると受け止められてしまうのです。

ですからクリミア戦争ではイギリスやフランスは異教徒であるはずのオスマン帝国を支援しましたし、友好関係にあったはずのオーストリアもまた、この戦争に対しては「中立」の立場を貫きました。

「東方問題」とは様々な国家や民族の思惑が絡み合っていますから、より複雑なものとなっているんですね。


ブルガリア人虐殺問題とライヒシュタット協定

ただし、今回の「露土戦争」に関しては、唯一「クリミア戦争」とは異なる事情がありました。

これは、同戦争が勃発する前、ヘルツェゴビナ蜂起と時期を同じくして、スラブ人ではなくブルガリア人が起こした「四月蜂起」において、4万人者ブルガリア人キリスト教徒がオスマン帝国によって逆されたという事実。

この事がヨーロッパ諸国の反発を買い、クリミア戦争の時にオスマントルコに見方をしたイギリスやフランスは露土戦争ではオスマントルコを支援しなかったということ。

また更に、三帝同盟を結ぶロシアとオーストリアは、ロシアが宣戦布告を行う前、事前に「ライヒシュタット協定」という協定を結んでいました。この時点ではまだロシアは宣戦布告をオスマン帝国に対して行っておらず、当事者はオスマントルコと「セルビア」「モンテネグロ」の2国ということになります。

ですので、両者の協定は「セルビアとモンテネグロがトルコに勝利した場合」という前提条件で交わされました。

様はその後の領土調整が協定には含まれており、オーストリアが獲得するとされた領土に「ボスニア」と「ヘルツェゴビナ」が含まれていたのです。その代わりとしてロシアはオーストリアが同戦争に対して「中立」を貫くことを確約させます。

これは、セルビア、モンテネグロがトルコに宣戦布告を行ったことでロシア国内の「汎スラブ主義者」たちを抑えることができなくなったロシア(が、ドイツ皇帝であるヴィルヘルム1世に相談した事から起きたことです。既にロシアからは兵器や軍資金が両国に対して援助されていましたし、ロシアが同戦争に介入する可能性は非常に高くなっていました。

ですが、当然オーストリアはこれを快く思わないことが想定されますので、外務大臣であるアレクサンドル・ゴルチャコフは、トルコ分割案を手土産にドイツを訪れた際、ヴィルヘルム1世よりそのことを事前にオーストリア首相であるアンドラーシ・ジュラに相談するよう助言を受けたのです。その結果としての「ライヒシュタット協定」でした。

ちなみに、ここでオーストリアが獲得されるとした「ボスニア」と「ヘルツェゴビナ」ですが、「サラエボ事件」が「第一次世界大戦」へと発展する理由を捕捉するために作成した 第307回の記事 で、1908年にオーストリア(・ハンガリー帝国)が同領土を併合したことを記事にしました。

その伏線ともいえる話題ですね。

この事で、ロシアは両国の戦争に介入する下準備は整ったわけです。


露土戦争の結果とサン・ステファノ条約

こうしてロシアはトルコに対して宣戦布告を行い、トルコとの間での「露土戦争」が勃発します。

露土戦争はロシア、セルビア、モンテネグロ以外にも「ルーマニア」「ブルガリア」が参戦し、結果としてロシア軍の完勝に終わります。

この後、ロシアとオスマントルコとの間で結ばれたのが講和条約である「サン・ステファノ条約」です。

【サン・ステファノ条約】
・アルメニア、ドブロジャ、ベッサラビア、およびアナトリア東部バトゥミ、カルス、アルダハン、バヤジト地方のロシアへの割譲

・ルーマニア、セルビア、モンテネグロの独立の承認

・ブルガリアへの自治権の付与(マケドニアを含む大ブルガリア公国が成立)

・ボスニア・ヘルツェゴヴィナへの自治権付与

これだとイメージしにくいかもしれませんので、再びこちらの地図を。

1900.jpg

この後「ベルリン会議」が行われ、この地図の領土はベルリン会議の後決定されたものですが、イメージはしていただきやすいと思います。

この地図で言えば、ロシアの支援を受けて(サン・ステファノ条約上)独立したのが「ルーマニア」「ブルガリア」「セルビア」そして「モンテネグロ」。地図には記されていませんが、セルビアとイタリアの間に挟まれた「オーストリア・ハンガリー帝国領」に位置する「ボスニア・ヘルツェゴビナ」。

この領土が一気に広がったわけです。このほかロシアが獲得している領土は地図上でルーマニア・ブルガリアの東側に位置する「黒海」。この西部の一部エリアと東部一部エリア、プラスオスマントルコ領東部です。

オスマントルコ領がイメージしにくいかもしれませんので、現在のトルコを掲載しておきます。

トルコpng

ちょうど地中海の真南に位置しますね。

「ボスニア・ヘルツェゴヴィナへの自治権付与」とありますが、この時点ではまだオーストリアとの協定は反映されていない形になりますね。

そして、この状態だと特にロシアの支援を受けて「ルーマニア」「ブルガリア」がそれぞれ事実上「独立」することになりますから、バルカン半島に対するロシアの影響力が一気に拡大することをイギリスなどは恐れました。

ちなみにブルガリア領からオスマントルコ軍は撤退することを条約上約束するわけですが、これを監視する意味合いでロシアからは5万のロシア軍がブルガリアに駐留することになります。

この事は、イギリスだけでなく、「オーストリア」からも反発を買うこととなりました。

そして、ここで要約登場したのが「オットー・フォン・ビスマルク」でした。


次回記事では、「露土戦争」をめぐるビスマルクの動きと、サン・ステファノ条約を修正する形で行われた「ベルリン会議」、そしてその影響について記事にできればと思います。



このシリーズの次の記事
>> 第447回 フランスを孤立化させるための「同盟」~ビスマルク体制~
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>> 第445回 ビスマルクの外交政策~欧州から戦争を一掃したビスマルク体制~

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