FC2ブログ
第389回 シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争/普墺戦争はなぜ起きたのか(後編)など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

ランキングサイト

この記事のカテゴリー >>ナチスドイツは一体なぜ誕生したのか?


<継承する記事>第387回 ドイツ連邦結成と普墺戦争/普墺戦争はなぜ起きたのか(前編)

前回の記事では、フランス二月革命の影響を受けてオーストリアで勃発した「ウィーン三月革命」と、その後プロイセン、オーストリア、ロシアの3国の間で改めて「ドイツ連邦」の存続が再確認がなされた「オルミュッツ協定」。

そしてオルミュッツ協定が確認される過程において明らかとなった「プロイセン」の思惑。その結果プロセインが孤立することになった、その経緯まで記事にしました。


シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争

そして、そんな中勃発したのが前回の記事の最後でお示しした「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争」です。

「シュレースヴィヒ」と「ホルシュタイン」は共に国(公国)の名前で、共にデンマーク王国の支配下にありました。

Wikiの地図は少し見にくいので、今回は世界の国々 というサイトから地図を持ってきてみます。

欧州地図

地図の上側、「スウェーデン」や「ノルウェー」の位置する半島が「スカンジナビア半島」。

スカンジナビア半島の真南にあるのが「デンマーク」です。

デンマークだけ拡大してみます。

デンマーク

地図の内、白抜きの部分が現在の「デンマーク」です。

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン

また更にわかりにくいと思うんですが、こちらが当時の「デンマーク王国」。

地図の色が上部の薄紫色、その下がえんじ色、そしてえんじ色のエリアの下に若干色が変わって赤いエリアがあると思います。

ここが「シュレースヴィヒ公国」の領土、その下のオレンジと黄色のエリアが「ホルシュタイン公国」です。

デンマークの歴史までわざわざ説明するととても分かりにくくなりますので、簡単に言いますと、この「シュレースヴィヒ公国」と「ホルシュタイン公国」の「公爵」の立場にあったのが当時のデンマーク王の家計であった、ということだと思われます。

なので、デンマーク王が両公国の領有権を主張していたのに対し、両国に住んでいた人たちの中には「ドイツ語を話す人」すなわち、「ドイツ人」が多く居住しており、特に「ホルシュタイン公国」はウィーン会議によって「ドイツ連邦」に参加していましたので、公国の住民とデンマークとの間で対立が起きたわけですね。


前回の記事 でドイツが「フランス二月革命」の影響を受けて「民族統一の風潮が生まれた」と記しましたが、二月革命が起きる以前より、イギリスに端を発した「産業革命」がドイツにも押し寄せており、特に資本家たちの間で「ドイツ」という領土の統一が必要だと考えられるようになっていました。

二月革命はこれに「火をつけた」というところだと思います。同じ「ドイツ」の中で複数の国々がバラバラに領土争いを繰り広げていたのでは、産業革命の波に乗り遅れる、という危惧を資本家たちは持っていたようです。

前回の記事 で掲載した「フランクフルト国民会議」は、そんな風潮の中で巻き起こったものです。

このようなドイツ統一に向けた動きが、デンマークの支配を受ける形にあった、特に「ホルシュタイン公国」のドイツ人たちの「ナショナリズム」に火をつけることとなりました。

第388回の記事 でお示ししました様に、「ホルシュタイン公国」では、「国家を統治する家系」と「統治される民族」とがバラバラだった・・・ということですね。


ドイツ統一問題と汎スカンディナヴィア主義

北欧では、南に対峙する「ドイツ」の民族問題と共に、東に対峙する「ロシア」との間でも民族問題を抱える状態にあり、北欧がこれに一致して対抗する必要性に追われていました。

元々デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの北欧三カ国の間で文化活動の一環として行われていた文化交流を起源とする「汎スカンジナビア主義」を、スウェーデン・ノルウェーの王であるオスカル1世が盟主となって牽引し、これにデンマーク王も賛同し、北欧三国が一体となってオスカル1世の政策を実行することとなりました。

そして、この「汎スカンジナビア主義」の考え方の中では、シュレースヴィヒとホルシュタインは一体であると考えられていて、ホルシュタインだけをデンマークから分離させるつもりはなかったわけです。

そんな中、「ホルシュタイン」をプロイセンが支援し、「シュレースヴィヒ」をデンマークが支援する形で始まったのが「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争」です。


この記事ではデンマークの事情を掘り下げることは目的としていませんから、改めて部隊をドイツへと戻します。

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争が勃発したとき、プロイセンで宰相を務めていたのが「オットー・フォン・ビスマルク」という人物。

ビスマルク

鉄血宰相ビスマルク。確かに高校時代の世界史でも習った記憶があります。ですが、あの当時はこのような背景が全く理解できませんでした。ドイツに「ビスマルク」という偉い人がいた・・・というような認識ですね。「プロイセン」だとか「バイエルン」だとか「オーストリア」だとか、そんなことは全く理解できていませんでしたね、あの当時。

プロイセンのオーストリアに対する対立構造が明確となったのは、彼の登場によるものが大きかった様です。

そして、そんなビスマルクが「ホルシュタイン」を支援する形で始まったのが「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争」。

戦争は第一次、第二次と行われ、「ドイツ民族を統一する」という意識がまだ薄かった当時に行われた第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争ではプロイセンはデンマークに敗北するわけですが、引き続いて行われた第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争では、プロイセンはオーストリアを味方につけ、デンマークを撃破します。

そして、この時にシュレースヴィヒ、ホルシュタインの両公国をの支配権をデンマークから獲得し、シュレースヴィヒはプロイセン、ホルシュタインはオーストリアが管理することなりました。

そして、1864年6月7日、オーストリアが管轄するホルシュタインに、プロセイン軍が侵入したことからオーストリアが激怒し、勃発したのが「普墺戦争」です。


ただ、このあたりの経緯としてプロイセンとオーストリアは共同してデンマーク戦に当たったわけで、たとえプロセイン軍がオーストリアが管轄する地域に軍をすすめたからと言って、だから開戦となった・・・という流れにはいささか疑問が残ります。

ということで調べてみますと、

ルドルフ・フォン・イェーリング「友人書簡集」 を編纂した文書に、その経緯がしるされていました。

ルドルフ・フォン・イェーリング、というのはビスマルクの友人で、リンク先の文書はイェーリングの娘が編集したイェーリングの「友人書簡集」。これを訳者である平田公男氏が抜粋し、訳者自身の注釈も加えたものです。

この中から、普墺開戦に至った経緯について記された「訳者注釈」部分を抜粋します。

そのような時に、チャンスが訪れたのである。すなわち、一八六六年一月ホルシュタインのアルトナで、オーストリアとプロイセンの分割統治に反対するアウグステンブルク派の「革命的な政治集会」が開催された。

このような集会を一許可したのは、分割統治を定めたガスタイン条約に「違反」していると、プロイセンはオーストリアを激しく責め立て、ホルシユタインの統治権をプロイセンに譲渡するよう、オーストリアに迫ったのである。

それを認めないオーストリアに対して、二月二八日の御前会議でピスマルクやモルトケは「開戦やむなし」と主張した。

つまり、オーストリアが管理するホルシュタインでオーストリアとプロイセンの分割統治に反対する集会が開催されたことを、ビスマルクは「シュレースヴィヒ=ホルシュタイン領」の分割統治を普墺間で取り決めた「ガスタイン条約」に違反しているとし、一方的にホルシュタインの統治権をプロセインに譲渡するようオーストリアに対して迫った、ということです。

そしてこれが1866年2月28日の事。同年6月1日、プロセインがホルシュタインに軍隊を侵入させたことを受け、オーストリアはドイツ連邦の議会において「連邦軍」を動員させる決議を行ったわけです。

資料によりますと、実際に戦闘になっているのはプロセイン対オーストリアではなく、オーストリア戦以前にハノーファー、ヘッセン=カッセル、バイエルンを撃破したとありますから、つまり「普墺戦争」はオーストリアがプロセインに対して起こしたものではなく、プロセインがオーストリアと戦争することを目的として、一方的に進軍させた結果の戦争であることがわかりますね。

延いては、そもそもプロセインが対デンマーク戦にオーストリアを参戦させた時点からこの結果を想定していたのではないか、とも考えられるわけです。

普墺戦争では結果、ビスマルク率いるプロイセンが勝利し、オーストリアは敗北することになります。


次回記事では、オーストリアがプロセインに敗北した後の「ドイツ連邦」を記事にしてみたいと思います。


このシリーズの次の記事
>> 第390回 ドイツはなぜ統一したのか/ドイツ関税同盟とプロイセン
このシリーズの前の記事
>> 第387回 ドイツ連邦結成と普墺戦争/普墺戦争はなぜ起きたのか(前編)

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>ナチスドイツは一体なぜ誕生したのか? よりご確認ください


このエントリーにお寄せ頂いたコメント

URL:
コメント:
 

スポンサードリンク

Copyright © 真実を問う!データから見る日本 All Rights Reserved.
ほったらかしでも稼げるFC2ブログテンプレート [PR]