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第374回 バイエルン人とプロイセン人~バイエルン人編(初期)~など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<継承する記事>
第373回 ナチスドイツが誕生するまでのドイツ

さて。前回の記事でもお伝えしました通り、今回の記事ではナチスドイツ誕生の地、「バイエルン」。同じドイツ人ではありますが、「バイエルン・レーテ共和国」が建設れた地域に住むバイエルン人について記事にしたいと思います。


バイエルン人とは?

バイエルン州

こちらは現在のドイツの「バイエルン州」。

プロイセン州

こちらが第一次世界大戦当時の「プロイセン州」です。


「バイエルン」という言葉は、もともとゲルマン語で「ボイイ住民」という意味なのだそうです。

「ボイイ人」とは、もともと中央アジアの草原に住んでいた「ケルト人」をルーツに持つと考えられており、このボイイ人と同じくケルト人をルーツに持つのではないかと考えられる「スエビ人」をルーツに持つと考えられる「マルコマンニ人」。

この2つの民族が融合したものが「バイエルン人」なのではないか、と考えられているのだそうです。

ちなみに、チェコ

現在の「チェコ共和国」の一地域である

ボヘミア

「ボヘミア」とは、「ボイイの故郷」という意味で、すなわちボイイ族がもともと居住していた地域・・・なんだそうです。

彼らはここからさらに

ポー平原

ポー平原というところを軍事侵略し、ここから更に南下してイタリア北部までにその居住区域を広げるのですが、後にローマ帝国との戦争に敗れ、彼らはこの地域から撤退せざるを得なくなります。


パンノニア戦争

イタリアを侵略する以前から、彼らボイイ族が定住していた地域が「パンノニア」という地域です。

パンノニア

現在のハンガリーにあたる地域ですね。

ハンガリー

紀元前9年、ボイイ族の故郷であったボヘミアにやってくるのがマルコマンニ人。ローマ軍に追い立てられてやってきます。

マルコマンニ人はこのボヘミアに王国を築くのですが、紀元後1世紀にはマルコマンニ族の王はローマの承認を得て測位するまでになっていたのだそうです。

ところが、紀元2世紀頃になると、マルコマンニ族はローマに反旗を翻し、マルコマンニ族とローマは戦争状態に。最終的な戦場となったのがパンノニアで、敗戦後、マルコマンニ族はここ、つまり現在のハンガリーに定住するようになったのだそうです。

ここでマルコマンニ族とボイイ族との混血が進んだんでしょうね。つまり、これが「バイエルン人」の起源だということになります。


「バイエルン」と「バイエルン人」

つまり、「バイエルン人」の元々のルーツは、現在の「バイエルン州」とは何の縁もゆかりもない地域に住んでいた人々。

ボイイ族、そしてマルコマンニ族の前身であるスエビ人の出身であるケルト人はもともと中央アジアに住んでいた民族で、鉄製の武器や馬にひかれた戦車などをヨーロッパに持ち込んだ一族です。

そして、もともと「バイエルン」と呼ばれる地域に住んでいた民族こそこのケルト人で、バイエルン人たちがここにたどり着くまで、「ノクリム王国」というケルト人国家が存在していました。

紀元前16年ころ、ノクリム王国はローマによって征服され、ローマの一「属州」として併合されます。

もともとケルト人国家であったはずの「ノクリム」に、地理的に近い位置に存在したイタリアより数多くのイタリア人が入植するようになり、ノクリムは徐々に「ラテン化」されていきます。要はケルト人とイタリア人との混血が進んでいった、ということですね。

「ローマ帝国」の首都「ローマ」はイタリアにあるわけですから、当然と言えば当然かもしれません。

ローマ帝国が分裂し、西ローマ帝国が崩壊する頃を迎えると、今度は東側から「フン族」や「アヴァール人」などの遊牧騎馬民族が中央アジアから侵略してくるようになり、いわゆる「ゲルマン民族の大移動」が起こります。

そしてハンガリーに居住していたバイエルン人はこれに押される形で西側に移動し、当時の「ノクリム」、現在の「バイエルン」に到着します。

バイエルン人の元となったボイイ族やマルコマンニ族はケルトの出身ですし、バイエルン人の中には故郷のボヘミアから南下し、イタリア北部で定住していたボイイ族も含まれています。

イタリア北部で定住していたボイイ族は、もともとイタリアに居住していたエトルリア人との混血も進んでいますので、元々ケルト人国家であり、ローマ帝国時代にイタリア人が移住していた「ノクリム」の地域とバイエルン人は以上に相性が良く、この土地はやがてバイエルン人の名称から「バイエルン」と呼称されるようになりました。


当然ながらバイエルン人たちとこの「ノクリム」に居住していたケルト人たちとは混血が進みますから、最終的にバイエルン人とは「ボイイ」「マルコマンニ」「ケルト」「イタリア」という4つの遺伝情報がまじりあった民族として成立します。

そしてこの「バイエルン人」。今後自分たちが居住している「バイエルン」という土地に、自分たち以外の他民族に入植させないよう「腐心」することになります。

ドイツ人に「保守的だ」というイメージが強いのは、きっとこのバイエルン人たちの保守性を意味しているんだろうな、と思います。

バイエルン人に対する深堀はいったんここで終了し、次は「プロイセン人」について話題を深めてみたいと思います。



このシリーズの次の記事
>> 第375回 バイエルン人とプロイセン人~プロイセン人編~
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