第3回 集団的自衛権を問うなど、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<前回の記事 日本国債は破綻するのか?

前回の記事では、「日本国債が破たんしない理由」について説明いたしました。
記事中でも記したのですが、前回の記事は、実は今回のテーマ、「集団的自衛権を問う」への布石です。

日本国債と集団的自衛権。全く関係がないように感じますよね。
ですが、前回の記事中で、若干ヒントも示しています。その内容は、以下の2点です。

1.仮に国会で説明するとすると、このようなややこしい説明を行うわけですが、そうではない、一般の国民に対してこのような説明を行ったとしても、まず理解できません。

ですので、とてもわかりやすく、簡略化して説明したのが麻生さんのスピーチです。

2.破綻させるほうが難しい。これが今の日本国債の現状です。
ですが、それでもなお、もし万が一、まかり間違って破たん状態に陥った場合の回避方法をあらかじめ法律において制定している。これが日本の国債に関する法整備の状況です。

まずありえない。起こりうるはずはないけれども、それでもなお発生した場合のことまであらかじめ考慮しておく。
何があっても問題がない状況にしておく。これが本当の国の「危機管理」ではないでしょうか。


集団的自衛権の場合

第一に、国会で説明するためには、法解釈的に漏れがあってはなりませんから、専門的な法律用語や、関係団体や諸国に配慮した、政治的な言い回しが多用されます。見ている国民にも解りやすいようにと、国民になじみ深い言葉やたとえ話を用いた表現を行うと、当然その表現や事例とは異なるケースもあります。

現在の国会では、集団的自衛権について、安倍内閣がわかりやすく説明しようとすると、主に民主党を中心とする野党が、わざわざ「国民になじみ深い言葉」や「たとえ話を用いた表現」とは異なる事例をわざわざ見つけてきて、「事実と異なるじゃないか」という指摘を行っているような状況です。

ですが、本来の国会の役割とは、そのようなたとえ話とは違う理由を見つけてきて「お前の言っていることはおかしい」と指摘するような場ではないはずです。たとえ話はたとえ話としてきちんと咀嚼した上で、たとえ話にそぐわない事例についてはどのようにすればよいのかと、いう趣旨の質疑を行うのが本来の国会のあるべき姿ではないでしょうか。

国会で国民に分かりやすい説明をしようとすると、挙げ足を取って法案が否定されるため、結果的に難しい表現を用いざるを得ない。

民主党を中心とする野党が、「党利党略」として、このような手法を用いていながら、安倍内閣の説明に対して「国民の理解が得られていない」と批判している。

これが現在の国会の現状です。そして、国民に解りやすい説明をするために「否定するために否定する人間がいない」TV番組に出演し、国民に分かりやすい説明をしようとすると、「自分の意見を批判する人間がいない場で一方的に持論を展開するのは卑怯だ」と主張するのが現在の野党です。

「首相、国会さぼっている」 枝野氏、テレビ出演批判
 民主党の枝野幸男幹事長は7日、安倍晋三首相が4日に大阪市を訪れ、読売テレビの番組に出演したことを批判した。「(番組には)首相に対し違う立場から厳しく問いただす方がいない」と指摘し、「『お友達ばかり集めたところで勝手なことを言うことは放送法違反ではないか』と、かつて礒崎陽輔首相補佐官が言っており、(その言葉を)そっくり返したい」と述べた。

 同時に「(首相は)国会をさぼっているといわれてもやむを得ない」と強調した。国会内で記者団に語った。

 民主党は安全保障関連法案の審議でも、首相が別のテレビ番組に出演したことを繰り返し批判してきた。「国民への説明が足りない」と訴える民主党だが、国会開会中の首相の番組出演は容認できないようだ。

 礒崎氏は昨年11月、自身のツイッターで「仲良しグループだけが集まって政治的に好き放題言うような番組が放送法上許されるはずがありません」と投稿していた。(産経ニュースより)

現在の国会の状況は、あまりにも非生産的といえるのではないでしょうか。

よく「強行採決」という文言が用いられますが、この法案に反対しているのは民主・共産・社民・生活の4党のみであり、その他の党は基本的には「賛成」しています。維新については「一部容認」といえるのかもしれませんが、政党として現在事実上の破たん状態にあります。

国会や予算委員会質疑では、内閣は行われた質問に対して回答する形式でしか説明を行うことができません。
もし法案にわかりにくい部分があるのならば、これをわかりやすくするのは与党ではなく、質問を行う野党の役割ではないでしょうか。また、次世代の党や新党改革等、法案の趣旨に沿った質疑を行っている政党がある中で、このような政党の質疑は報道せず、反対意見ばかり述べる、一部野党の質疑のみを報道するマスコミにも問題があると私は考えます。


第二に、集団的自衛権に関連する法制度とは、抑々「まずありえないが、万が一そのような事態が起きた場合に、自衛官を守るための法律である」ということです。

国債の事例でいうと、「財政法第5条」に相当するような法律です。
上記枠2にも記してある通り、日本の国債は破綻させる方法を探すほうが難しいほどに破綻する可能性の低い債権です。
ですが、それでも尚日本国債が破たん状態に陥った状況をあらかじめ想定して作られているのが「財政法第5条」(前回の記事参照)です。

現在の安倍内閣の政策運営はこの、「まずありえないけれども、もしそれが万が一起きた場合」のことまで考えた法整備を整えているのではないかと、これが私の安倍内閣に対する見方です。

もちろんこれは集団的自衛権に関連する法案についても同じことが言えます。

私が質問を受けた際によく用いている事例は以下の通りです。
もし仮に、IS(イスラム国)に民間邦人が拉致された場合。

国際社会と連携し、拉致されている場所を突き止め、ここに自衛隊が米軍と協力して邦人救出に向かったケースにおいて。

ISに発見されることなく、邦人を救出することができた場合。

最後尾を担ってくれるのは米軍で、まずは民間邦人をISに攻撃される可能性の低い、安全なエリアまで救出することに成功する。
次に自衛隊も安全なエリアまで脱出することに成功。

さあ、最後。米軍がこのエリアにまで到達することができれば作戦は完了なのだけれども、この時、一人の米軍兵士が、ISのスナイパーに発見され、ロックオンされてしまう。米軍はまだそのことに気づいていない中で、安全なエリアまで脱出した自衛隊員Aがこのスナイパーを発見する。

自衛隊員Aは遠方からこのISのスナイパーを狙撃するに十分な兵器を保有しており、十分に狙撃できる能力も保有していたケース。

さて。この場合、この自衛官Aは、スナイパーを狙撃すべきでしょうか。

私は、もちろん狙撃すべきだと思います。仮にもし狙撃しなければ、ロックオンされた米軍兵士は間違いなく撃ち殺されてしまいます。そして、もし仮に、あとで自衛官Aがスナイパーの存在に気づいていて、狙撃するための武器も能力も保有していたことが分かってしまった場合。

その後、同じようなケースが起きたとき、米軍が真剣に邦人救出のために身を張って協力してくれるでしょうか。
私は No だと思います。自分たちが危険にさらされたときは米軍に助けを求めてくるのに、そのために協力した米軍兵士が危険にさらされたとき、見殺しにしてしまうような国に、米国が真剣に協力したいと考えるとは思えません。

ですが、集団的自衛権が認められていない現在では、このようなことが現実問題として起きてしまうのです。まずはあり得ません。このようなことが起きることは、ほぼ100%ないでしょう。そのくらいの「極論」です。

ですが、ここまでの事例ではないものの、近しいことが発生しない、と断言することはできません。起きるかもしれないのです。

閣議決定が行われた内容では、集団的自衛権行使の要件として、

1.我が国、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
2.これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
3.必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと


の3要件が満たされた場合にのみ、国会の承認を受けて行使が可能になる、とあります。

仮に上記のケースで、隊員Aが良心の呵責にさいなまれ、スナイパーを狙撃した場合。
法律で集団的自衛権が認められていなければ、隊員Aの行為は違法行為ですから、法律で裁かれることになります。

ですが、法律で認められていれば、この隊員が法律で裁かれることはありません。(一度告訴されるが、棄却される、というような形になるのではないでしょうか)

ただ、「国会の承認を受けて」いないため、例えば公明案などではこの隊員が有罪になってしまう可能性があります。
自民案では、「原則として」とありますが、やはり「例外を認める」ことは当然必要になってくるのではないでしょうか。



さて。このような事例を考えた場合でも、集団的自衛権の行使容認とは、決して「戦争法案」などではなく、現在「特別措置法」を制定することで認めている自衛隊の海外派遣を、スムーズに行えるようにし、また同時に自衛官を守るための法制度である、ということがよくわかると思います。

現行法制度下でも、特措法によって安保法制下で想定されるような状況に、現実問題として自衛官は置かれています。

「安保法制が改正されることによって、自衛官の身が危険にさらされる」という主張があります。ですが、安保法制が改正された後の自衛官の立場を「危険にさらされる」と考えるのならば、それは改正されようがされまいが、既に自衛官は「危険にさらされている」ことになるということです。

その様な状況下で、自衛官の身をより安全な立場とし、より国際平和のために協力できるよう、行われているのが現在の安保法制の改正です。「まずありえないが、万が一起きた場合」のことまで想定して動くのが政府の本来の役割だと思います。

「反対のための反対」ではなく、「安倍内閣が想定していないような危機事態」を更に想定し、これを潰すために行われるのが本来の国会のあり方ではないでしょうか。

国会の運営状況が正常なものになることを、私は願っています。
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