第21回 「デフレ」と「大規模小売店」~その問題点は何だったのか?~など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<前回の記事 第20回 デフレを脱却する方法⑭

前回の記事では、米国が日本に対して仕掛けてきた為替政策の代表である「ニクソンショック」と「プラザ合意」の二つに着目し、過去、日本に対して仕掛けられた為替政策とは、米国の「エゴ」が原因であったことをお伝えしました。

そして、ついにそんな米国の策略がヒットすることとなった「日米構造協議」。

そのうち、特に2項目に着目し、今回の記事に掲載することをお伝えしました。

大小売店舗法の緩和」を問う

こちらに関しては、私の以前のブログで詳細に掲載していますので、こちらをご紹介する形で進めていきます。

失われた「闇」
行き過ぎた供給と枯渇した需要と・・・

詳しくはリンク先を見ていただければと思います。
大規模小売店舗法」とは、「資金力のない中小小売店が、莫大な資金力を持つ大規模小売店により、市場を奪われないための法律」です。

米国の大規模小売店であるトイザらスが、日本に出店しようとした際、この大規模小売店舗法が障害となり、出店することができなかったのです。
大規模小売店舗法では、小売店が出店を行う前、「届け出が必要な項目」を定めており、基準を上回る項目に関しては、事前に届け出を行わせることによって、『「開店日」、「店舗面積」、「閉店時刻」、「休業日数」』の四項目を調整していたのです。

日米構造協議によって、届け出が必要な店舗面積が1500㎡から3000㎡に拡大されます。
「日米構造協議」は1994年から「年次改革要望書」と名前を変え、協議を行わず、米国より一方的に要望書が送付されてくるようになります。
当時の日本の政策は、米国より送られてくるこの「年次改革要望書」をもとに作られていました。

半ば、言いなりです。これは、実は小泉政権まで続きます。
小泉純一郎はあたかも国民の総意で総理大臣に選ばれたかのような錯覚を覚えていますが、彼が総理大臣になったのは、森喜朗元総理が退陣した後、自由民主党内の総裁選挙によって彼は総裁として選ばれました。

この時の年次改革要望書には、ざっくりと要約すると、このように記されていました。

「アメリカは、日本の郵政市場の開放を望んでいる。そのためには、優勢に明るい人物を総理大臣にしてほしい。
その役割として小泉純一郎がふさわしい」と。

これは、当時、年次改革要望書がFAXで送られてきて、その内容を政策に落とし込むための会議を行われる機関が存在し、会議のその場にいた人物から、私が直接聞いた話です。
小泉純一郎は、その後郵政解散を行い、改めて選挙で総理大臣として選ばれます。

つまり、このころの日本と米国の関係性とは、このような関係にあったということです。

1994年。年次改革要望書がスタートした年の総理大臣は羽田孜氏。これもまた小沢一郎の傀儡です。

この時に改正された大規模小売店舗法の内容は以下の通り。

①1,000㎡未満の店舗の出店は原則調整不要
②閉店時刻(午後7時→午後8時)
③年間休業日数(44日→24日以上)
④年間60日を限度に閉店時間を1時間延長


そして、1998年、ついに大規模小売店法は廃止され、大規模小売店を出店するための規制が事実上、完全に撤廃されます。
この後、「ダイエー」「イトーヨーカ堂」「ジャスコ」などによる、「ハイパー」だの、「メガ」だとかいう巨大マーケットが次々と全国展開します。

経済規模が違いますから、地方商店街の中小小売店では太刀打ちできません。
全国規模の大手大規模小売店によって、地方の小規模小売店は破壊され、大規模小売店は価格でも地方では太刀打ちできないような価格設定を行ってきますから、下請け会社なども利益を削り、場合によっては赤字で販売するよりほか生き残る方法がなくなってしまいます。

「金融システム改革法」がマクロベースでのデフレの主犯ならば、「大規模小売店舗法の廃止」はミクロベースでのデフレの主犯です。

強力な経済力を有する関東圏・関西圏の企業が地方に進出することによって、地方の中小小売店が次々と倒産し、従業員は仕事を失います。
またただでさえ地方の小売店絵は利益還元が行えない上、地方で獲得した利益は、地方ではなく、都市圏に吸い上げられてしまいますから、ますますデフレは深刻化します。

日本で最も多くの国民が務めている業界は流通業界です。
定休日をなくし、果ては正月休みまでなくしてしまいましたから、消費者の大半が消費行動を起こせないような状況に追い込まれます。

今更もとに戻すわけにはいきませんが、私は今でも小売店はきちんと定休日を設け、せめて正月の2日間だけでもお休みにすることが、実は日本の経済を活性化させるための一つの方法となるのではないかと考えています。

次回記事は「ケインズ政策の限界」。
日米構造講義で米国から強制された政策によって浮き彫りとなった「ケインズ政策の限界」について考えてみたいと思います。
このシリーズの過去の記事
>> 第22回 ケインズ政策の限界
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