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<前回の記事 第19回 デフレを脱却する方法⑬

前回の記事では、「ケインズ」の考え方をもとに、「流動性の罠」から脱却するための方法をお示ししました。

その方法として、「金融政策」と「財政政策」を同時に行うことが大切であることをお示ししたのですが、同時にこの「ケインズ政策」だけでは限界があり、「流動性の罠」を脱却するソリューションとしては不十分であることをお示ししました。

今回の記事では、「日米構造協議」とはどのようなものか。過去の米国と日本のかかわり方から、その「日米構造協議」の性格につて考えてみたいと思います。

「貿易赤字」と米国のエゴ

日米構造協議」。バブル経済崩壊後の日本で、デフレを深刻化させた原因が、この日米構造協議に原因があったのではないかと私は考えています。

敗戦後、日本の経済構造を大きく変化させるために執り行われた国際的な出来事がいくつかあります。

一つ目が「ブレトンウッズ協定の崩壊」。
二つ目が「プラザ合意

です。プラザ合意ではすでに掲載している通り、当時対日貿易赤字に苦しんでいた米国が、対日貿易赤字を解消するため、G5諸国と強調して為替介入が行われました。

では一つ目。「ブレトンウッズ体制の崩壊」とは。
第二次世界大戦後、世界は通貨制度として、米国の金の保有量に対して、固定する、「金本位制」をとっていました。この時代の金本位制のことを「ブレトンウッズ体制」と言います。
日本円は1ドル360円。円の角度が360度だったから、というまことしやかな逸話があったりします。

1963年11月。暗殺されたケネディ大統領の後を引き継いだジョンソン大統領
彼の時代、米国でとられていた政策は「偉大な社会政策」。福祉政策と経済の充実を図るため、莫大な財政支出を行っていました。

当時のアメリカは、ケネディ大統領の下行われたベトナム戦争の影響で莫大な財政支出を行ったこともあり、当時の福祉政策を財政出動では賄いきれなくなる状況=財政赤字に陥ります。

ジョンソン大統領の後を引き継いだニクソン大統領は、これまでの政策とは逆に、緊縮財政政策をとります。
この結果、国内の雇用の悪化を招き、米国内は一転して不景気に見舞われます。

当時の米国は、物価が高騰する中で景気が悪化する状況=「スタグフレーション」と呼ばれる状況にありました。

当時、戦後破竹の勢いで経済成長を果たしていた日本と西ドイツですが、世界共通のルールとして金本位制を維持するため、価値が上がろうとする自国通貨を売り、米ドルを買い続けていましたドルペッグ制と言います。

米国に対して貿易黒字を膨らませ、日本もドイツも好景気の波が押し寄せていたのですが、好景気であるにも関わらず円紙幣を発行し、ドルを買い続けるわけですから、日本・西ドイツの景気は過騰し、物価が過剰に上昇する「インフレ」状況にありました。

日独は、自国経済が過騰する中で、それでも財政出動を行い続ける米国に対して、強烈な非難を浴びせます。
しかし、米国は国内の景気経済の悪化から財政出動は余儀のない状況にありました。

この状況から脱却するため、ニクソン大統領は金とドルとの交換を禁止し、輸入品に対し10%の関税をかけるなど、合計8項目に上る財政政策をとります。

金とドルとが交換できなくなった時点でブレトンウッズ体制は崩壊。
各国は強調して為替レートの切り下げを取り決めますが、ここからなし崩し的にドル安は加速することとなります。

ブレトンウッズ体制の崩壊も、プラザ合意もともに、貿易赤字に苦しんだ米国のエゴがもたらしたものです。
日米構造協議」もまた、そんな貿易赤字に苦しむ米国のエゴがもたらしたものでした。

「日米構造協議」

日本に対する貿易赤字を解消するために行われた「プラザ合意」でしたが、結果日本は、内需拡大政策に集中することでプラザ合意による円高不況を克服し、一転して輸出量をさらに増大させます。

この結果、米国の日本に対する貿易赤字はさらに悪化します。
そのほかにも様々な報復措置を日本に対して執り行っていたのですが、そんな中、ジョージ=ブッシュ大統領より、当時の日本総理大臣であった宇野宗佑元大統領に対して突き付けられたのが「日米構造協議」でした。

日本に対し、膨大な要求を突きつけることで、日本の国外に対する市場開放を要求してきたのです。
1989年7月。マルタ会談が執り行われる5か月前の出来事です。

宇野首相はたった2か月で首相の座を降りるのですが、日米構造協議を執り行ったのは宇野内閣の後を引き継いだのが海部俊樹内閣。
小沢一郎・金丸信の「傀儡」と呼ばれた政権です。

米国が日本に求めてきた協議の内容は主に次の3つ。

・日本国内の内需を拡大するため、日本のGNP(国民総生産)の10%を、国内の公共事業へ投資すること
・土地税制の見直し
・大規模小売店舗法の規制緩和


このうち、日本のデフレを深刻化させたのは3つ目。大規模小売店舗法の規制緩和(将来的な廃止)です。
そして、今回のテーマの本丸である「ケインズ政策の限界」。これを示すのが一つ目の政策です。

次回記事では、この二つのテーマに絞って記事を掲載し、なぜ日本のデフレが深刻化したのか。
また、「ケインズ政策の限界」とは何か。

この2点について記事にしたいと思います。
このシリーズの過去の記事
>> 第21回 「デフレ」と「大規模小売店」~その問題点は何だったのか?~
このシリーズの新しい記事
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