第143回 一夕会と桜会/三月事件と十月事件・血盟団事件の勃発など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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この記事のカテゴリー >>十五年戦争(日中戦争)の原因と結果


<継承する記事>
第142回 世界恐慌の原因と高橋是清の経済対策(日銀国債直接引受)

【前回までの振り返り】
前回 および 前々回 の二回に渡って、後の世界経済に対して大きな変化をもたらすきっかけとなる「世界恐慌」の発生について、前々回の記事 では日本国内における事情を、前回の記事 では世界恐慌勃発の舞台となったアメリカの状況をそれぞれ掲載しました。

さらに、前回の記事 では、世界恐慌が発生した後、濱口内閣、若槻内閣に引き続いて内閣を引き受けた犬養毅内閣。
犬養内閣で大蔵大臣を務めた高橋是清が、世界恐慌から脱却するために実施した経済政策について記事にしました。

また、第139回の記事 では、「満州事変」を仕掛けた「一夕会」のメンバーがどのようにして集結し、どのようにして満州事変を引き起こしたのか、その様子とさらに満州事変の経過について記事にしました。

この3つの記事、実は無関係の様でいて実は密接に関連しています。

【今回のテーマ】
結論から言うと、タイトルにある「血盟団事件」によって金輸出を解禁し、昭和恐慌を発生させた井上準之助が、ロンドン海軍軍縮条約に対して不満を持っていた「艦隊派」海軍将校の遺志を継いだ海軍中尉らが引き起こした「5.15事件」によって若槻禮次郎に対する恨みを転嫁された犬養毅が、そして過去に幾度も記事にしているように、2.26事件 によって高橋是清が暗殺されてしまいます。

これらの「暗殺事件」を引き起こしたのが何度も話題にしている「国家社会主義者(右翼マルクス主義者)」やその影響を受けた人々です。張作霖爆殺事件も、満州事件も共にこのような思想を持っている人たちが引き起こしています。

【大川周明(おおかわしゅうめい)】
大川周明

今回の記事を読む前に、改めて

第66回 日本における「左翼」
第67回 日本における「左翼」②
第68回 「北一輝」という人物

という3つの記事に目を通していただけると、内容がよりわかりやすくなると思います。

今回の記事では、上記3つの記事を踏まえた上で、改めて「日本における『右翼』」について振り返りたいと思います。

満州事変後の一夕会

第139回の記事にてご紹介した「小畑敏四郎(おばたとしろう)」。

【小畑敏四郎】
小畑敏四郎

一夕会に名を連ねていた彼ですが、実は永田鉄山や東條英機とは異なり、「満州事変」を仕掛ける際、刷新されたメンバーの中で、「中央本部側」にも「関東軍側」にも名を連ねていませんでした。

その深い理由までは調査できていないのですが、彼は満州事変後に成立した「犬養内閣」において、陸軍大臣に就任した「荒木貞夫」という人物より抜擢されて、「参謀本部作戦課長」に就任します。荒木が陸軍大臣に就任する様後押しをしたのは一夕会の永田鉄山らであったのですが、小畑はのちに「対ソ・対中」戦略でこの永田と対立することになります。

【満州事変以前に遡ります】

満州事変が勃発する前、陸軍省や参謀本部のメンバーを中心に、「桜会」という政治結社が結成されます。
念のために言っておくと、このメンバーと一夕会のメンバーはかぶっていません。「桜会」のメンバーは「一夕会」とはまた別の組織だ、ということになります。

この、「桜会」のメンバーは、1925年、関東大震災の影響を受けて「軍縮」を実行した「宇垣一成」という当時の陸軍大臣を担ぎ出し、宇垣を首班とする軍事政権を樹立するための「国家改造クーデター」を計画します。(三月事件)

この計画には一夕会からも複数のメンバーが加わり、その中には永田鉄山や岡村寧次というあの、バーデンバーデンの密約 を小畑や東條らと共に交わした両名の名前も登場します。

この時、この「三月事件」を計画した人物として名前が出てくるのが「大川周明(おおかわしゅうめい)」。前段で写真を掲載ている人物です。大川の名前は、第68回の記事 にも登場します。

彼は、上海にいたときに北一輝と知り合い、北から「日本改造法案大綱」の原稿を手渡されています。
第68回の記事より抜粋します。

【第68回の記事より】
彼(北一輝)は上海に渡り、ここで執筆したのが『日本改造法案大綱』。この大綱が皇道派の暴走を後押しする「思想」となります。
この書物の冒頭で彼は、「左翼的革命に対抗して右翼的国家主義的国家改造をやることが必要である」と記しています。

彼は、この「右翼的国家主義的国家改造」が、

「天皇は全日本国民と共に国家改造の根基を定めんが為に天皇大権の発動によりて三年間憲法を停止し両院を解散して全国に戒厳令を布く」

という方法によって達成されると考えました。
即ち、天皇陛下が、その「大権」を発動して憲法を三年間停止し、「衆議院」と「貴族院」を解散。新しい法整備が整うまで全国に戒厳令を布いて治安を維持する、という考え方です。

北が上海に渡ったのは1911年。彼はそれ以前に、第66回の記事でご紹介した社会主義者「幸徳秋水」 とも知り合ってますが、幸徳は「国家」そのものを否定してたので、ここで抵抗を覚えるのですが、「社会主義」そのものには魅力を感じていました。

北は、「国家」そのものは承認した上で、「社会主義」を実現するにはどうすればよいか、と考えていたのです。
その結果たどり着いたのが『日本改造法案大綱』。その考え方は前記した通りです。

大川は、この「大綱」に基づいて三月クーデターを計画しました。
ですが、実行に移される寸前で、永田や岡村が「時期尚早である」と、後に計画を知った小畑敏四郎らが「絶対反対である」とし、家各派中止に至ります。

その後、彼らが「無能である」と考えていた濱口内閣は『「愛国社」という右翼団体社員の佐郷屋留雄』の凶弾によって倒れ、若槻内閣が誕生。「佐郷屋留雄」もまた北や大川らの影響を受けた人物だったんでしょうね。

そしてあの「満州事変」が勃発します。この、「満州事変」を計画したのもまた大川周明でした。
実は、「満州」という地域において中国人からの暴力に晒されていたのは日本人だけでなく、「清国」を立ち上げた満州人も同じ目にあわされていました。満州国を立ち上げるという目的の中には、日本人だけでなく、「満州人」をも救う目的があったようです。

彼の主張には、

「新国家が成立し、その国家と日本との間に、国防同盟ならびに経済同盟が結ばれることによって、国家は満州を救うとともに日本を救い、かつ支那をも救うことによって、東洋平和の実現に甚大なる貢献をなすであろう」

とあります。

【十月事件の発覚】

一夕会によって満州事変が勃発するのですが、幣原喜重郎らがこれを拡大させず、極地(奉天)において解決させようとしたため、これを不服とした桜会のメンバーが大川周明と共にまたついに「北一輝」をもそのメンバーとして加え、新たなるクーデターを計画します。(十月事件:1931年10月)

【北一輝(きたいっき)】
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大川ら側の立場に立てば、満州事変は満州国を独立させ、居留邦人と共に、「満州人」をも救い出すことを主目的としていましたから反発するのは当然であった、ともいえます。ですが、結果的にこの計画は何者かの漏えいによって発覚し、未遂に終わり、桜会は事実上解散に追い込まれてしまいます。

計画された内容は、関東軍の日本からの分離独立、および若槻首相以下内閣のメンバーを斬殺および捕縛という方法を用いて一掃すること。この計画は、後に「血盟団事件」によって図らずも一部実現されることになります。


【血盟団事件の勃発】

三月事件や十月事件とは異なり、血盟団事件を企画したのは軍人ではなく「僧侶」。
茨城県大洗町の立正護国堂という寺を拠点に政治運動を行っていた日蓮宗の僧侶である「井上日召(いのうえにっしょう)」という人物です。

1931年、彼は彼の思想に共鳴する近県の青年を結成し、「血盟団」という政治結社を作ります。
彼が構想していたのも「国家改造計画」であり、北一輝や大川周明らの影響が見受けられます。

事件は「クーデター」ではなく「テロ」。後に海軍の同調者たちによるクーデターの決行を期待して実行されたものです。
その内容は十月事件で計画された内容そのまんま。自分たちが政治経済界の指導者を暗殺し、その後海軍の同調者たちがクーデターを起こし、「天皇中心主義にもとづく国家革新」を実現するというものです。

暗殺対象には当時内閣総理大臣であった犬養毅の名も含まれており、これは完全なとばっちりだと思います。
「一人一殺」を目標に、重要人物を次々と暗殺してしまうという・・・。

ただ、実際に暗殺されたのは若槻内閣で金輸出解禁を行い、海軍軍縮を実行した井上準之助のみ。
もう一名、三井合名会社理事長を務めていた団琢磨という人物も含まれていますが、特に政界に於いて暗殺されたのは井上準之助のみです。

事件勃発後まもなく事件が血盟団によるものであることが突き詰められ、3月11日、井上日召を含めた14名が逮捕され、このうち一名の口から、武器の入手先が霞ヶ浦海軍航空隊の「藤井斉 海軍中尉」であることが明らかとされます。

藤井は、翌年1月に発生した「第一次上海事変」において戦死することとなるのですが、彼の遺志を引き継いだ海軍の同士により、「5.15事件」が引き起こされることとなります。

【次回テーマ】
次回記事においては、今回深く触れることができなかった「5.15事件」と、後に2.26事件を起こす「皇道派」そして「統制派」の違いについて記事にしたいと思います。


このシリーズの過去の記事
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