第139回 満州事変の正体/バーデンバーデンの密約~一夕会の結成など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<継承する記事>
第138回 幣原喜重郎の外交政策/「軟弱外交」が日本に齎したもの

【前回までの振り返り】

前回の記事 では、第一次世界大戦後、満州事変が勃発するまでの日本の背景を「外交」の面から、前々回の記事では、同じく背景を「経済」の側面から、それぞれ検証してみました。

勿論政治家たちだけの責任にはできない側面(戦後不況と関東大震災)もあるのですが、外交においては幣原喜十郎の「軟弱外交」と、濱口雄幸の「緊縮財政政策」、そして片岡直温の失言がもたらした「昭和金融恐慌」。

もとをただせば原敬首相が共産主義者によって暗殺されたりすることがなければここまでひどくなることはなかったのかもしれませんが、複数の首相が任期途中で病没したり、何しろ政権が安定しなかったことも輪をかけて、当時の日本国内には不安と不満が鬱積していた、ということはご理解いただけたと思います。

そして、それは特に「幣原外交」を通じて、中国で現地邦人が余りにも残酷な目にあわされる現状を放置し続けた日本国政府に対する軍人たちの鬱積としても限界に達していた、というのが実情だと思います。

【今回のテーマ】

今回から、少しずつご登場いただこうと考えているのが、こちらの人物。

【東条英機】
東条英機

東条英機 第40代内閣総理大臣です。
日米・日英戦争(第二次世界大戦)の開戦を決断せざるを得ない状況にまで追い込まれ、その決断に至った人物でもあり、後に東京裁判にて「A級戦犯」として逮捕され、処刑された人物でもあります。

ちなみに、A級戦犯とは、「侵略戦争の計画・開始・遂行など「平和に対する罪」を犯したと認定される者」なのだそうです。
この部分に関してはここでは深く言及はしません。

東条英機自身が話題の中心となるのは、もう少し先になるのですが、今回のテーマでは、一貫してその名前が登場することもあり、少しピックアップしてみました。

本日の記事では、前回の「外交」、前々回の「経済」に引き続いて、今回は「軍事」の側面から満州事変が勃発するまでの日本の背景を検証するための記事です。

度々その名称を登場させた「一夕(いっせき)会」。満州事変とは、この一夕会のメンバーらが計画したものであり、ここに名前が登場するのは 「関東軍高級参謀 板垣征四郎(いたがきせいしろう) 大佐」、「関東軍作戦主任参謀 石原莞爾(いしはらかんじ) 中佐」という名前です。

ちなみに張作霖爆殺事件は、様々な記述から推察すると、河本大作を含む一部人間が、関東軍とは関係のない立場で引き起こした事件ではないかと見受けられるのですが、満州事変の口火を切った「柳条湖(溝)事件」は、関東軍と陸軍中央部双方を含めた軍全体で計画されたものです。

ある意味、河本が事件を引き起こしたことで、「勇気づけられた」ということでしょうか。
ただ、河本が引き起こした事件とは異なり、今回は死者も出ておらず、損害が発生したのも線路だけで、事件の規模は河本の時とは比較にならないほど小規模なものでした

関東軍がこの事件の目的としたのは、この事件の首謀者を張作霖の後を引き継いだ張学良ら中国人による仕業であるとし、満州全土を制圧し、「満州国」を建設するためのきっかけとすることにありました。

今回の記事では、この「満州事変」を引き起こした「一夕会」のメンバーが、一体どのような経緯で結成され、どのような経緯でこの事件を引き起こしたのか。このことを検証してみたいと思います。

バーデンバーデンの密約

さて。タイトルにもある「バーデンバーデンの密約」という言葉。これが気にかかっている方も多いのではないでしょうか。

満州事変を引き起こした組織である「一夕(いっせき)会」。
調べてみると、この組織は「二葉会」と「木曜会」という二つの勉強会が集まって結成されたものである、とあります。
二葉会と木曜会は元々別のグループで、先にできたのが二葉会。この二葉会を模する形で出来上がったのが「二葉会」。

で、この二葉会が結成されるに至った経緯を調べている中で出てきたのが「バーデンバーデンの密約」という言葉です。

「密約」というからには、誰かと誰かが秘密の約束をしたことになるわけですが、この約束をしたのが歩兵第14連隊大隊長として欧州に出張に出ていた「岡村寧次(おかむらやすじ)」、スイス公使館付武官「永田鉄山(ながたてつざん)」、ロシア大使館付武官「小畑敏四郎(おばたとしろう)」の3名。

【岡村寧次】
岡村寧次

【永田鉄山】
永田鉄山

【小畑敏四郎】
小畑敏四郎
3人は、陸軍士官学校16期の同期生であったのだそうですよ。
1921年10月27日、場所は南ドイツの保養地バーデン=バーデン。

この3人に東条英機を加えた4人は、まだ日本にいたころ、4人がよく集まって小畑の家で勉強会を開いていたのだそうです。
たまたまバーデン=バーデンで国防論に話題の花を咲かせていた小畑と岡村が、盛り上がって「じゃあ永田も呼ぼう」ということで永田もバーデン=バーデンに呼び寄せ、3人で議論した様です。

当時は第一次世界大戦が終わってまだ間もなく、ヨーロッパで具にその様子を見ていた3人は、特にアメリカの台頭やロシア革命によって生まれたソビエト連邦の脅威などから、「日本もこのままではいけない」という使命感に燃え上がったわけです。
(ただし、この中でも永田は比較的冷静であったようです。一番盛り上がっていたのは小畑)

彼らは軍籍であり、話題の中心は日本陸軍の現状にありました。
陸軍は日清・日露戦争の勝利に酔いしれ、当時活躍した歴戦の猛者たちが当時の日本陸軍を牛耳っていました。

特にその起用はほぼ長州藩出身者で固められていて、他の派閥出身者はたとえ有能であっても責任のある役職にはつきにくい状況にありました。

ソ連の台頭は、特に満州地域にとっては脅威であり(第79回の記事をご参照ください)、このままでは日本も「対岸の火事」では済ませられない状況にあることを彼らはひしひしと感じ取っていました。

また、ドイツの敗戦から、有能な軍人が個別に現状を打破し続けたとしても、軍全体で総力を結集することができなければ、戦争に勝利することは難しいことを彼らは感じ取っていました。

このことから、彼らはここで軍部の人臣を刷新し、軍全体で総力戦が挑める体制を築くことを約しました。
これが、「バーデンバーデンの密約」です。ちなみに彼らが称賛したドイツの軍人「エーリヒ・ルーデンドルフ」の戦略の中には、後の「国家総動員法」に相当するものが含まれており、これが後の日本で制定される「国家総動員法」の原型となりました。

翌28日にはベルリンから東条英機も到着し、彼もこの「バーデンバーデンの密約」に加わります。


一夕会の結成

1922年~1923年にかけて、永田・小畑両名が日本に戻ってくると、彼らを中心に勉強会が開かれることが多くなり、賛同者も増えてくると、1927年、「二葉会」が結成されます。

陸軍士官学校
 第十五期 河本大作、山岡重厚、小笠原数夫、磯谷廉介
 第十六期 土肥原賢二、板垣征四郎、工藤義雄、松村正員
 第十七期 松村正員、東条英機、渡 久雄

またこれに倣って、1927年11月、「木曜会」なるものも結成されます。
二葉会が第15期生~第17期生で構成されているのと比較して、木曜会は21期生~24期生の間で結成されました。

木曜会に永田鉄山や東條英機が参加することとなったことをきっかけに二葉会と木曜会は合流し、「一夕会」を結成します。

 陸士14期 小川恒三郎
 陸士15期 河本大作、山岡重厚
 陸士16期 永田鉄山、小畑敏四郎、岡村寧次、小笠原数夫、磯谷廉介、板垣征四郎、黒木親慶
 陸士17期 東條英機、渡久雄、工藤義雄、飯田貞固
 陸士18期 山下奉文、岡部直三郎、中野直三
 陸士20期 橋本群、草場辰巳、七田一郎
 陸士21期 石原莞爾、横山勇、町尻量基
 陸士22期 本多政材、北野憲造、村上啓作、鈴木率道、鈴木貞一、牟田口廉也
 陸士23期 清水規矩、岡田資、根本博
 陸士24期 沼田多稼蔵、土橋勇逸、深山亀三郎、加藤守雄
 陸士25期 下山琢磨、武藤章、田中新一、富永恭次

河本大作や石原莞爾、板垣征四郎の名前もありますね。
彼らの頭の中にあったのは、これまでの藩閥の壁を越え、人事を一新していく問うことと、「ソ連・満州」問題をどうするのかという2つの課題です。


満州事変へ向けて

木曜会では、二葉会と合流する前、1928年3月の時点で、満州に日本の政治的権力を確立させることを考えていました。
日本と中国との武力の差は歴然であり、アメリカにとって満州は重要な拠点ではないこと、イギリスとの問題も外交交渉よって決着を付けられる、と踏んでおり、当面の政敵は「ソ連」であると考えていました。

張作霖爆破事件が起きたのはその3カ月後。

河本の、ひょっとすると「暴走」であったのかもしれませんが、彼により満州を統括していた張作霖は死亡したわけですが、結果的に張学良が彼の後を引き継いで満州を統括。またかえって反日感情を煽ってしまったこともあり、満州の世情はより深刻なものとなってしまいました。

事件直後、石原莞爾が関東軍主任参謀に、翌年5月板垣征四郎が河本大作の後任の関東軍高級参謀となります。

陸軍中央部では、同じく1929年5月に岡村寧次が全陸軍の佐官級以下の人事に大きな権限をもつ、人事局補任課長に就任。
満州事変が勃発する1931年9月の時点では、既に陸軍中央部の主要ポストは全て一夕会メンバーで固められていました。

そして、ついに「柳条湖事件」が勃発します。


満州国独立をめぐる経緯

柳条湖事件における鉄道爆破を、関東軍は「中国軍の仕業である」と吹聴し、これをきっかけに満州地域の占領へと乗り出します。
陸軍はほぼ一夕会によって掌握されていましたから、様々な紆余曲折こそあれ、満州への派兵は何の障害もなくほぼ実行されます。時には陛下への奏上が必要な場面ですらこれを待たず、勝手に陸軍を派兵。

やりたい放題ですね。

事後的に首相に認めさせ、奏上させます。ちなみにこの時の首相は昭和金融恐慌の責任を取って辞めたはずの若槻禮次郎。
外務大臣はイタリア租界回収事件や南京事件で事態をすべて放置し、現地邦人を悲惨な目に合わせ、外交的な信用にまで修復できないほどの痛手を負わせたあの幣原喜重郎。

ここまでまったく手を付けなかった幣原はここにきて、「これは関東軍による暴走だ。政府のせいではない」と表明し、中国と外交交渉に入ろうとしますが、時すでに遅し。既に事態は戦争状態へと陥っており、若槻内閣は、閣議においてこれが「事変」であると認めざるを得ない状況に陥ってしまいます。

ちなみに、「事変」とは日本が「戦争」であるとは認めたくないけど事実上戦争状態に陥っている状況をごまかすために「事変」といいます。

一方でアメリカからもスティムソン国務長官から、「いくらなんでもこれはやりすぎだろ。そろそろやめろよ」という通達が届き、幣原は言われるまま、「はい、わかりました。これ以上は進軍しない様、軍に伝えます」と答え、陸軍総長にこれを伝え、承諾を得るのですが、関東軍リーダーの石原莞爾はまるっきり無視。

それどころか、「わが軍の作戦をアメリカに漏らすとは何事だ!」と逆切れします。

【遼寧省綿州市】
遼寧省綿州
それどころか、幣原はアメリカに対し、「奉天市で軍隊はとどめます。綿州市までは攻撃しません」と約束して、これを陸軍総長に伝えたはずなのに、石原莞爾は全く無視してその綿州市を戦闘機で爆撃。

理由は張学良が逃げ込んでおり、ここに中国軍が集中しているから。

政府としての役割がまったく果たせていない若槻禮次郎と外務大臣としての役割がまったく果たせていない幣原喜重郎。
図らずもその無能さを海外に対しても大々的にPRしてしまうことになります。あ、ちなみにこの時の財務大臣は井上準之助。いけて内閣の極みです。

その後、関東軍は国際的な体裁を保つため、天津で隠居生活を送っていた愛新覚羅溥儀を再び引っ張り出し、皇帝として擁立。
「満州国」を設立し、中華民国から独立させてしまいます。(1932年3月1日)

まあ、今までの広東軍政府だ、北洋政府だ、北伐だ、国民党だ、共産党だとうだうだやっていた中国の近代史を考えると、かなりスカッとしますね。


リットン調査団の派遣と国際連盟の脱退

さて。満州事変が勃発した直後、中国はこれを国際連盟に提訴します。結果、派遣されたのが「リットン調査団」。

イギリスのリットン卿を中心とした調査団です。
その報告書で、過去、この地における日本の功績や、満州という地域が持つその特殊性、日本がこの地に有する利権まで含めてすべて認めたうえで、

「今回の一件はさすがに関東軍の暴走の結果だし、一軍部が勝手に占領して設立したと主張する『満州国』はさすがに認めるわけにはいかないよ。
だけど、その代り満州に自治政府を設けて、日、欧米各国による共同統治とし、管理は全て日本がやればいいじゃん」

という妥協案を示します。
この妥協案に同意したのが反対が日本のただ1票のみ。唯一棄権したのがタイ国(当時のシャム国)で、残るすべての42カ国がが同意。

悪い内容ではないと思うのですが、日本は「満州国を国際的に承認する」というただ一点に関して妥協することをせず、国際連盟を脱退してしまいます。(1933年2月24日)

第30代、斎藤実内閣での出来事でした。5.15事件にて暗殺された犬養毅の後を受けて設立された内閣でした。
この時、政府より全権委任され、総会に臨んだ人物が松岡洋右という人物。

彼の演説は総会でも絶賛されたのですが、結果は日本の完敗。
松岡は総会を後にし、その後日本は国際連盟から脱退します。

ここから国際社会における日本の孤立がスタートすることとなります。

【次回テーマ】

次回記事では、少し時間をさかのぼって、「世界恐慌」について記事を作成したいと思います。



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