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昨日、安倍内閣より大きな方針転換が示され、条件付き一世帯30万円の給付から所得制限なし、全国一律一人当たり10万円に第一次補正予算の組み換えが支持されました。

PC向けの私のサイトでは日付を表示していませんので、敢えて現在の日時を申しますと、令和2年、4月17日、18時15分に作成している記事です。

で、本日この件に関して、麻生財務大臣より、「現金給付、スピード感が一番大事 5月には要望する方々に支給」とするコメントが出されました。

【ニューズウィーク日本版記事より】(2020年4月17日(金)13時26分)
「現金給付、スピード感が一番大事 5月には要望する方々に支給」麻生財務相

麻生太郎財務相は17日の閣議後会見で、現金10万円の一律給付について、与党の検討状況を見守りながら20年度補正予算を組み替え、迅速に実施する方針を示した。「スピード感を持ってやることが一番大事。5月には(実施)という感じがしている」と述べた。

リーマンショック後、当時の麻生内閣は現金の定額給付を実施したが、景気刺激につながらず麻生氏は「失敗だった」と述べてきた。

麻生財務相は、今回の現金給付は「要望する方々に支給することになる」と指摘し、麻生内閣が行った一律給付とは異なるとした。また、今回は緊急事態宣言の対象地域を全国に拡大したことに伴って打撃を受ける層の生活補償だと説明。各地で休業要請が出る中、消費する場所が限られているため、消費喚起にはつながらないとの見方を示した。

現金給付の財源について、麻生財務相は「(補正予算の)ほかの費目から削ってできると思うか」と述べ、赤字国債の追加発行に頼らざるを得ないとの考えを示唆した。

現金給付

本題に入る前に、一つだけ私の私見を述べさせていただきますと、麻生さんは麻生内閣当時、国民に一律で分配した1万2千円の定額給付金について、

「景気刺激につながらず失敗だった」

と自虐的にコメントを出されています。実際、当時麻生さんはこの給付に反対だったそうで、結果的に40%しか消費に回されず、6割が貯蓄に回されたのは事実なのだそうですが、私は失敗だったとは思いません。

「高速道路土日祝一律1000円」「エコカー減税・補助金」「エコポイント」などとともに定額給付が行われたことで、私は消費が増え、特に観光地が「内需」によって非常に活性化していた光景を今でも覚えています。

麻生内閣退陣後、「エコポイント」を利用して家電製品を購入した人たちが、家電製品とともにインテリアとして必要な20万円相当の家具を次々と購入する様子が報道された事もとてもよく覚えています。

私は実際、たかが12000円だったかもしれませんが、これをプリウスの購入費にあてました。ですから、いろいろと事情はおありだと思いますが、あれを「失敗だった」とだけは言ってほしくないです。

ただ、これを期間限定で利用しなければならない商品券等にしておけば、確かに消費量は増えたでしょうし、麻生さんのおっしゃっていることも理解出来ないわけではありません。

ここまでが私の私見。ここからが本題です。


麻生さんのコメントに対する批判

さて。本日出された麻生さんのこのコメントに対して、実はSNS上ではバッシングとも受け止められる、非常にきつい批判の声が寄せられていますr。

理由は、多くの国民が30万円の給付ではなく、一律10万円の給付を望んでいたからです。

財源として「国債」を用いれば、不可能な制度ではありません。日本国民の数は約1億2千万人ですから、金額として12兆円。全く非現実的なものではありません。

ですが、政府はこの一律10万円給付でなく、30万円の世帯別給付にこだわっていたのでしょう?麻生さんが今バッシングを受けている理由もここにあります。

麻生さんを批判している人たちは、30万円給付は財務省が資金の支出をケチっていたからであり、お金を出したくないから条件を付けた30万円給付にしたのだという主張をしています。

その上で、今回のコメントで麻生さんが「要望する方々に支給」すると発言したため、「お前はまだいうのか」というバッシングが巻き起こったのです。

ですが、そもそも論として、ではなぜ政府はこの一律給付ではなく、30万円の給付を選択したのでしょうか?


「経済政策」としての給付と「生活支援」としての給付

そもそも、一律10万円給付が特にネット上で話題になり始めた最大の理由は、まだコロナがここまでひどくなる前で、どこか自称識者たちの中にも「コロナが回復したらすぐい経済対策に取り組まなければならない、という意図が働いていました。

特に国内でのコロナの悪化より、中国を中心とする海外の状況が念頭にあり、日本国内に対する経済政策としてのニュアンスの方が強くありました。経済政策として考えた場合、この一律10万円給付という案は非常に効果的で、抜群の経済効果を発揮すると思います。

ですが、麻生さんは自身の内閣の際の体験を教訓として同じ10万円を給付するのでも用途を限定した「商品券」としての形にこだわっていて、より多くの額が消費に回る様画策していたんですね。

ですが、そもそも経済を回復指させようと思えば、まずはコロナ禍からの脱却が最優先であり、同じ10万円の分配でも、今やるのとコロナ禍から脱却した後でやるのとでは全く結果が異なります。

ですので、麻生さんとしてはこの10万円給付(本当に10万円という額を給付するつもりがあったかどうかまではわかりません)を「経済政策」であると考え、これとコロナショックに伴う「生活支援」とは分けて考えていました。

同じお金を使うのでも、生活支援としての給付と経済政策としての給付を別のフェイズで、二段階で行う事が必要だと考えていたのだと思います。


重要となった「生活支援」政策

ところが、3月末頃より、特に東京を中心にコロナウイルスの感染が急速に拡大し、日本も他国の経済状況にかまっている暇がなくなってしまうほど、徐々に大変な状況となりつつありました。

日本としても、経済政策よりも「生活支援」の方をより優先させなければならない状況が到来したのです。

こうなってくると、これまで「経済政策」として10万円の一律給付を訴えていた人々が、急にこの10万円の給付が「生活支援のために必要だ」というニュアンスに変えて主張を行うようになってきました。

ですが、よく考えてみてください。

もし一律給付を「生活支援」として行うのであれば、地域によってはまだそこまで状況が深刻になっていない地域(当時)もありますし、業種によってはそのような支援を受けずとも十分にやっていける地域もあります。

特に、麻生さん自身を含む政治家や、世間で批判されがちな「お金持ち」もまたそんな給付を受ける必要はありません。

私自身も現時点では仕事がなくなっているわけではありませんので、たちまちお金に困ることはありません。

給付を生活支援のために行うのであれば、それは給付を受ける必要のない人ではなく、本当にコロナの直撃を受けて収入が激減している人の下に届けるべきです。

この事を麻生さんたちは主張していました。そう。麻生さんが言っていたのは、「金持ちにまで金を配るな」と言っていたんですね。


10万円一律給付を生活支援ととらえると・・・

10万円の一律給付を生活支援として考えますと、実はとても10万円では足りない世帯、及び個人が生まれます。

10万円って、非常に額が大きいですから、世帯によってとても大きな「格差」が生まれます。

単身者であれば一口ですから10万円でとどまりますが、これが複数世帯。例えば5名いれば50万円、3世帯同居などで7名もいれば70万・・・といった額になります。こうなると既に「生活支援」の枠を大きく上回ってしまいます。

これらの世帯が本当に生活に困っている世帯であればまだ許せますが、そうではない、多額の年金を受け取っている祖父母、高給取りの両親・・・なんて話になれば、これはどう考えても「生活支援」の枠組みからは外れます。

確定申告で天引きをという話もありますが、そもそもこれらの金額は非課税ですし、仮に課税対象となったとしても、これまで確定申告をしたことのない給与所得者にまで確定申告をしろ、とでもいうのでしょうか?

一方で単身者で経営者であったりすれば、10万なんてもらったところで一瞬で消えてなくなり、とても生活費の支援などにはならない・・・という世帯もあるはずです。

政府が10万円の一律給付ではなく、収入が激減した世帯に対する30万円の支給にこだわった理由の一つには、そういう側面もあるはずです。

勿論、30万円の支給の場合、おそらく手続きは簡略化こそするでしょうが、人によっては所得証明が難しかったり、生活が困窮しているのに1銭も受け取れない・・・といった世帯も生まれては来るでしょうから、これをなくすために一律給付が・・・といった主張も理解出来ないわけではありません。

ですが、手続きが煩雑になることを理由に一律給付を訴えていた連中が、受け取った後で不公平感をなくすためにより煩雑な手続きを受給者に要求するような主張を行っているのは、個人的には理解できません。


一律10万円給付の弱点

さて。実はここを大きく勘違いしている「一律10万円給付」論者たちがおりまして。

彼らの主張で一番大きな部分が「一律10万円給付の方が早い」という主張です。

彼らの主張に則って考えれば、一律10万円給付であれば、条件付きの30万給付の様に条件がややこしくありませんから、給付も非常に簡単で、一律10万円給付の方が早く国民の手元に給付金を届けることができるでしょ?という主張です。

ですが、実はこの部分が最大の誤りで、条件付きで「申請ベース」で給付を行う場合は、受け取り者が自ら申請してくれて、口座情報も自ら公開してくれますので、行政側とすれば申請が来た人にだけ対応すればよいので、手続きを簡単に終わらせることができます。

仮に「一律給付」といたしますと、これは住民票や出生届、死亡届などで、世帯構成人数や様々なデータを確認し、間違いなく全国民に行き届く様に口座情報を確認する必要がありますから、物凄い手間と労力が発生します。

マスクの世帯単位での全戸配布とは意味が違うのです。

そこで、その手続きを簡略化し、より早く必要とする国民の下に給付金を届けるため、財務省側の意見として麻生さんが出してきたのが冒頭の記事のセリフ。

「要望する方々(手を挙げた人)に支給」するというコメントなのです。

当然不必要な人は申請するべきではないと思いますし、それは「お金を出すのをケチった」というのとは全く別の話です。

もしくは申請し、需給だけしておいて、その額をまるまんま、本当に生活に困っている人に手渡せばよいのです。

これを「官僚の言いなりだ」とか、麻生さんを敵視しまくっている某自称経済評論家。及びその仲間たち。
今のあなた方は、モリカケサクラで全く何の問題もないような話題で国会を混乱させまくった野党議員連中と全く同じ穴の狢だと思いますよ。

完了にまで3か月近くかかる作業をたった1か月で終わらせろと言っているに等しいですからね。

私は見ています。あなた方が「生活支援」として行われる給付金に対し、その金額を受け取るのかどうか。受け取ったとして、その支援金をどのようにして理由するのか。大変興味をもって見させてもらいますからね。




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【アベノマスク報道に思う事】

安倍内閣肝入りのマスク2枚全戸配布について。

既に配布がスタートした様で、SNSでもちらほらこれに関連した投稿を見かける様になりました。
しかし、マスコミ報道等を見ていますとこの施策に対し、否定的、批判的な報道が目立ちます。
その象徴が「アベノマスク」という言葉です。

誰が考えた言葉かはしりませんが、たかが一民間が考えたであろうこの言葉を事もあろうにマスコミ、メディアが濫用し、明らかにネガティブな印象を植え付ける為に利用しまくっています。

ですが、考えてみてください。今東京等人口密集地では一体何が起きていますか?

明らかに医療用マスクが不足する状況が迫っています。足りないんですよ、医療用の「使い捨てマスク」が。
であれば、マスコミが為すべき事は「アベノマスク」と批判する事ではなく、「マスク2枚を活用する為の呼びかけ」ではないでしょうか。


【たかがマスク2枚】

ですが、その2枚のマスクにどんな意図が込められているか、ご存知の方がどのくらいいらっしゃるでしょうか。

「466億円をかけてマスクを配るんだったらその予算を医療機関に回せ」

というご意見をお見かけします。

ですが、貴方がその布マスクを繰り返しご利用になれば、その分使い捨てマスクの消費が減りますから、その分を医療機関に回す事が可能になります。

「布マスクの受け取りを拒否します」

というご意見もお見かけしました。

ですが、もしマスクが必要ないのであれば、どうぞ受け取りを拒否なさらず、早朝からドラッグストアの前に列を作って並んでいるおじいちゃんおばあちゃんにプレゼントしてあげてください。

それだけでマスクが足りず、早朝からお店に並ぶ事もできない人たちの手元にマスクが行き渡る可能性が高まりますから。

「布マスクが小さい」

という声も見かけます。

ですが本当に困っている人のため、それを我慢して利用するのが本当の「助け合い」なんじゃないでしょうか。

私もストックしている在庫がなくなれば、ありがたくおうちに届く予定の布マスクを利用したいと思います。

たかがマスク2枚。

ですが、その2枚のマスクに政府がどれだけの意図を込めているのか。こんな時代だからこそ、我々国民に求められているのはそう言った「想像力」なんじゃないでしょうか?


「マスコミ」の本当の役割

一番肝心な医療現場ではマスクが不足しています。医療現場に必要なマスクこそ使い捨てマスクであり、この事を国民が理解できる様呼びかけるのがマスコミの役割ではありませんか?

小さくて使いにくいかもしれません。ゴムひもで耳が痛くなるかもしれません。

ですが、私たち国民一人一人が政府から配布されたマスクを活用し、繰り返し洗って使う事がそのまま医療機関への支援につながっています。

ですから国民の皆さん。不便さを感じるかもしれませんが、私たちの役割はマスクを活用して他人をウイルスに感染させない様努力する事です。

完全には足りていないでしょうし、不足しているかもしれませんが、皆さん一人一人の行動が、現場で恐怖と戦いながら活躍なさっている医療スタッフさんの支援につながります。

皆さん、一体となって医療現場のスタッフを応援しましょう

と訴えるのが本来のマスメディアの役割ではないでしょうか?

この記事をご覧の皆さん。

 「アベノマスク」

を活用して、一体となって医療現場を応援しましょう!

手洗い





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新型インフルエンザの問題が深刻になり始めた頃より、与党内外を問わず、「消費減税を行うべきだ」とする論調が非常に目立つようになりました。

念のため、PCから見る場合、私のブログでは日付を見ることができない設定にしていますので、日付を申しておきますと、本日は2020年4月2日(18時半)です。

前々から気にしてはいたのですが、現政権のダメージにすらなりかねないほどに話題が大きくなってきていますので、私の考え方として本日の記事を作成することにしました。

タイトルにもある通り、私は今回のコロナウイルスの対策として「消費減税」という選択をすべきではないという考え方を持っています。


消費税の特色

一般会計税収推移(令和元年度)

こちらのグラフは、財務省HPに掲載されているもので、一般会計税収全体に加え、所得税、法人税、消費税を抜粋グラフ化したものです。最新の令和元年度版です。令和元年度の数字は予算ベースです。

なぜこのグラフを掲載するのかと申しますと、このグラフに「消費税」という税制度の特色が非常によく表れているからです。

一番典型的なのは平成20年度~21年度にかけて。一般会計税収が51兆円から44.3兆円に激減しているところです。更に翌22年まで下落は続いています。

その内訳をご覧いただきますと、平成20年~平成22年で、所得税収は16.3兆円→12.9兆円に、法人税は14.3兆→6.4兆にまで激減していることに比較しますと、消費税収は10.3兆→9.8兆にまでしか下落しておらず、寧ろ「横這い」と言っても言い過ぎではないかと思います。

では、仮にこの時に消費税率を5%→3%に引き下げていたとしたら、その後の税収は一体どうなっていたでしょうか?
もしくは今盛んに言われているように0%にまで引き下げていたとしたら、どうなっていたでしょうか?

人によれば、「たかが10兆」と思う人もいるかもしれません。ですが、その10兆が毎年続くことになります。その10兆円という税収が毎年失われていくことになるのです。

現在は安倍内閣で、所謂「アベノミクス」が効果を発揮していますから、「10兆」という数字に深刻さを感じないかもしれませんが、では一般会計税収が激減した平成20年→平成21年にかけて一体何があったのか。そう、「リーマンショック」です。

そしてさらに考えてみてください。当時は麻生内閣でしたが、麻生内閣は2009年9月16日に退陣し、そのあとを引きついたのは民主党鳩山内閣でした。では、その民主党政権の時、消費税収がなかったとしたら。

また、同政権下において、東日本大震災も発生しました。この時日銀は2週間で105兆、1か月で200兆を超える金融政策(短期証券を中心とする買いオペ)を実施しましたが、これに連携した経済政策を政権は何も実行せず、これだけの資金を無駄にしてしまったのが民主党という政権です。

政権に就く正統は全て優秀な政党である。そんな「性善説」に基づくのであれば話は別ですが、私は決してそのようなことはないと思います。これがまず一点です。


消費税収がなければ、一体どうやって財源を捻出するのか

この問題について、答えは一つしかありません。足りなければ国債を発行するしかないのです。


社会保障の財源としての消費税

消費税を8%から10%に引き上げるとき、安倍さんがあたかも消費税が国債の返済に充てられているかのような発言をしてしまいましたから、その後、これを根拠として消費税は借金を返済するために増税されたんだ、とする主張を見かける様になりましたが、そんなことは決してありません。

令和元年一般会計歳入出

こちらは令和元年度一般会計予算の内訳(期首・予算ベース)です。

この内左側が一般会計歳出。この内一般会計歳出として「社会保障費」が計上されており、その金額が33.9兆となっています。

「消費税収」は基本的に「社会保障費」に充てられることとなっています。消費税収は上記円グラフで見てもわかります通り、19.3兆円となっており、社会保障費の2/3程度の額に過ぎませんから、この額は当然全額社会保障費に充てられています。

不足する分が所得・法人税収より充てられ、社会保障費に充てられなかった税収が他の政策へと充足されます。

また更に、所得税・法人税の33.1%、酒税の50%、消費税の19.5%(令和2年度より。元年度22.3%)は「地方交付税」として割り当てられることも定められていますから、この金額は除外して考える必要があります。

元年度予算で考えると所得・法人税より10.85兆円、消費税より4.3兆円、酒税以外で15.15兆円が地方に交付されますので、この分は社会保障費に充てることはできません。差し引くと三大税より37兆円を国税として利用することができます。

「その他」を合算しますと47兆円になります。

では、仮に消費税率を0%ととした場合、一体一般会計税収はいくらになるのでしょうか?

消費税の一般会計税収は約19.4兆、このうち4.3兆が地方交付税ですから、これを差し引くと約15兆が国策に使える消費税収です。

この額がすべてなくなりますから、一般会計税収は47兆から15兆を差し引いた32兆。

わかりますね? 令和元年度の社会保障費は約34兆ですから、当然赤字です。不足する社会保障費だけでなく公共事業費、国家公務員の給与、国防費、水道代光熱費、家賃などもろもろの国費をすべて「国債」で賄う必要性が生まれます。

更に、このケースは令和元年度、安倍内閣で比較的景気が良い時代の予算で考えています。

仮にリーマンショックや東日本大震災、そして今回のコロナショックのような大事件が起きれば当然所得・法人税も大幅に減収します。

そうなれば社会保障費でも「国債」で賄わなければならない部分が大幅に増大します。

今「消費税0%減収」を訴えている人は、そこまでの自覚があって訴えているのでしょうか? 私にはとてもそうは思えません。


第一次世界大戦後のドイツはなぜハイパーインフレーションを起こしたのか

この事は、まさに私が↓こちらの記事

第471回 ヴェルサイユ条約と敗戦後ドイツの「ハイパーインフレーション」

で話題にしています。

ポイントだけかいつまんでお話ししますと、

・敗戦後のドイツはフランスとベルギーへの賠償に応じることができず、フランスとベルギーにドイツ最大の生産拠点である「ルール地方」を占領される。

・ドイツ政府はルール地方の労働者にストライキを呼びかけ、代わりにドイツ帝国銀行による「紙幣増刷」でドイツ国民の生活を保障した。

・結果、物価が高騰し、第一次世界大戦後のドイツは「ハイパーインフレーション」に陥った。

この3つがポイントとなります。

ドイツがハイパーインフレーションに陥った理由はこの内二つ目。

「ドイツ政府はルール地方の労働者にストライキを呼びかけ、代わりにドイツ帝国銀行による「紙幣増刷」でドイツ国民の生活を保障した」

この事が最大の理由です。

同じことが日本でも起きる、というつもりはありません。ですが、消費減税を行い、財源を大幅に減らした上で、更に「全ての」国民の所得補償を行うというのであれば、これを主張する人は同時に「日本国内における生産の重要性」も訴えていく必要があります。

ですが、それが不可能になりかねない状況にあるのが今の日本です。


「目先の利益」に追われる無責任さ

長々と記事を作成してきましたが、一つご注意いただきたいのは、

不足する社会保障費だけでなく公共事業費、国家公務員の給与、国防費、水道代光熱費、家賃などもろもろの国費をすべて「国債」で賄う必要性が生まれます。

という部分。

私が消費税が必要だと考える理由は、「国家が最悪の事態に陥ったときのことを想定した税制度が必要だ」と考えるからです。

仮に今この国難の時期に、国家公務員の給料や政府施設の家賃、国防費までを「国債で賄います」と政府が発表したら、国民は一体どのような印象を受けるでしょうか?

更に社会保障費の大部分が国債で賄われるとなった場合、国にどのようなことが起きるでしょう?

最も危惧すべきは日本国民の「労働する意欲の低下」。日本の国債の信認は、日本国民の勤勉さによって支えられています。

安倍内閣に入って日銀による大量の「買いオペ」が実施され、それでも日本国債の信用(国債の金利)が悪化することがない、という事を多くの国民が知ることになりました。

となると、国民の生活の大部分を政府が負担するように求める声が大きくなることが当然想定されます。

「労働しない者の所得を国家が保障しろ」という声は当然大きくなります。では、そうなったとき、一体だれが日本国民の「労働する意欲」を担保するのでしょうか?

全て国債で賄い、「消費」の部分のみを下支えしたとしても、同時に「生産」の部分が「意欲」の部分まで含めて保障されなければ、当然日本国民の生活必需品は海外の生産に依存してしまうこととなります。

今はコロナショックで海外も大変な状況にありますから、日本国内の生産に戻る傾向が強くなる・・・という理屈が通用するのは今だけです。

将来も同じ状況が続くとはだれも断言できません。コロナ問題が解消された時の私たち国民の生活まで想定して「政治」を行うのが今の政府の役割だと思います。

「分配」は一時的なものですから、国債発行によって賄うのもありだと私は思います。仮に所得補償といった感じである程度の期間継続した支出が必要になったとしても、国民が再び就労し、あるは事業を再開したときには当然中断されます。

ですが、「消費減税」によって失われる財源はそういうわけにはいきません。仮に「将来増税する」ことを附則したとしても、安倍内閣における増税のいきさつを考慮すれば、それが簡単なことではないことは容易に想像できるはずです。

特に自民党の一部の国会議員の皆さんに言いたい!!

易きに流れ、対極を見失うような真似だけは絶対にしないでいただきたい、と。




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