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<継承する記事>第488回 「アドルフ・ヒトラー」と「アーリア人至上主義」

という事で、ここからはシリーズの本丸の一つともいえます、ヒットラーの「ユダヤ人差別」。ここにポイントを絞って記事を作成してみます。


ヒットラーと反ユダヤ主義

さて。多くの皆様の印象の中には、「ヒットラー」と言えば、そのまま「ユダヤ人虐殺」をイメージする方がほとんどかと思います。

現状として私はまだヒットラーが本当にユダヤ人を虐殺したとすることを裏付ける明確な根拠にまで到達していませんので、表現として「ユダヤ人虐殺」なる表現は現時点では控えたいと思います。

その上で、少なくとも「ユダヤ人を差別していた」とする印象をお持ちの方はやはり多いと思います。

「我が闘争(上巻)」を読み進めていて、ヒットラーが「反ユダヤ主義」と出会うこととなったきっかけとして、「ドイッチェ・フォルクスブラット」という新聞であったことが記されています。

彼が両親と死別し、オーストリアの文化の中心地である「ウィーン」に移り住み、彼の生涯としては最も底辺にあるような生活を営んでいた時期のことです。

私、第471回の記事 の中で、ヒットラーが行っているユダヤ人批判の「ユダヤ人」の文字を「韓国人」という言葉に置き換えてみると、「まるで現在の日本について語っているのではないかと錯覚するような内容」だと記しましたが、これは本当に、まさにその通りだと思います。

もちろん、そのすべてをそのまま当てはまるというつもりはありませんが、いくつか引用して事例を挙げてみます。
どんな形式のものであれ、まず第一に文化生活の形式において不正な事や、破廉恥なことが行われたならば、少なくともそれにユダヤ人が関係していないことがあったであろうか?

こういうはれものを注意深く切開するやいなや、人々は腐っていく死体の中のウジの様に、突如差し込んだ光によってまぶしく目の見えないユダヤ人を、しばしば発見したのである。

新聞、芸術、文学、演劇における活動を私が知ったとき、私の目に映ったのは、ユダヤ人が持っている重荷であった。飾り立てられたすべての格言も、ほとんど無用であるか、全く無意味である。広告塔の一つを見て、そこでほめそやされている映画や演劇のぞっとする駄作の精神的創作者の名前を調べ、しばらく動かずにいるだけで十分である。

当時わたしは公の芸術生活のこの不潔な作品の創作者の名前を全部、注意深く調べ始めた。結果は、ユダヤ人にたいして私が今まで取っていた態度にとって、一層悪いものであった。そこではなお感情が千倍も反対しても、理由がその結論を引き出さねばならなかった。

全ての文学的な汚物、芸術上の際物、演劇上のバカ騒ぎの九割が国内の全人口の百分の一にも達していない民族の債務勘定に帰するという事実は、簡単に否定されなかった。事実その通りだった。

またわたしはそこで、わが愛する「世界的新聞」をこのような観点から調べ始めた。ここでも測探機を深く入れれば入れるほど、ますますわたしのかつての驚きの対象が少なくなった。

文体はいよいよ耐え難いものになる。私は内容を、内心浅薄で平板なものとして拒否せねばならなかった。叙述の客観性が、今や私にはりっぱな真理としてよりもむしろ嘘に見えた。ところが編集者は「ユダヤ人」だった。

この新聞の自由主義的な思考を、いまや違った光の中で見た。攻撃に対する回答の上品な調子もその黙殺も私には今や、怜悧なトリックと見えてきた。

その輝かしく書かれた劇評は、いつもユダヤ人作家に関しており、そしてかれらの不評はドイツ人以外のものには向けられなかった。

頑なにもヴィルヘルム二世を軽くあてこすることもなく、フランスの文化や文明を称賛するのと同様に手段だとわかってきた。

小説の際物的内容はいまやわいせつなものとなり、私はそのことばに異民族の声を聞いた。

淫売制度と更に少女売春に対するユダヤ人の関係さえも、人々はおそらく南フランスの町を除けば、ウィーンでその他のどの西ヨーロッパの都市よりも、よく研究することができた。

夕方、レオポルトシュタットの通りや小路を除けば、一歩するごとに欲すると否とにかかわらず、大戦前まで大部分のユダヤ民族に隠されていた光景が見られた。<中略>

ユダヤ人が、大都市の廃物たるこのにくむべき淫売業の、氷の様に冷たく、また厚顔無恥な仕事をしているっ支配人であることをそういう方法で初めて見たとき、背筋がかすかにゾッとするのを覚えた。

途中、「わが愛する世界的新聞」という表現が出てきますが、これはもちろん皮肉で、当時のドイツの大衆新聞を批判したものです。

記されている内容は、現在の日本のマスメディアで考えれば、例えばとあるマスメディアの社長(もしくは社を取り仕切っている人)が韓国人で、作品は所謂韓流のものばかりを取り上げて絶賛し、逆に日本国内の、特に日本を賞賛すするような作品についてはこれを蔑んだ内容で記事を作成し、当然のような顔をして大衆向けに放送しているようなイメージです。

もしくは日本を蔑むような作品が日本国内で大流行し、よくよく見てみるとその作品の制作者が韓国人(またはそのシンパ)であった・・・というような。愛知トリエンナーレなどはその代表劇なものでしょ?

現実の日本で普通に行われていますよね?

また、売春業についても批判をしていて、その取り仕切りがユダヤ人だった、という表現もありますが、基本的に今の日本でもそういった物を取り仕切っている裏稼業にはヤクザの姿があり、当然対岸の半島からやってきた人の姿もそこにありますよね?

ヒットラーは元々「反ユダヤ」という考え方に否定的で、もしくは同調する部分こそあれ、これが声高に訴えられることに対しては違和感を覚えていたことも書籍中には記されています。

そんな人物が、様々な情報に触れるうちに「反ユダヤ」へとその主張を変化させていきます。


ヒットラーと反マルクス主義

ヒットラーは、また同じように「マルクス主義(つまり社会主義や共産主義)」に対しても否定的な考え方を抱いていくようになります。

彼は、更に深く調べていくうち、ドイツ国内で「マルクス主義」的な考え方を指導しているのはユダヤ人だったのだそうです。

ドイツの社会民主党のパンフレットの編集者、社会民主党の指導者、労組の指導者、議長、該当の扇動者等々・・・。その大部分が「ユダヤ人」だったのだそうですよ。

もちろん、これはヒットラーの思いこみによる部分も大きいのではないかと思いますが、少なくとも当時の彼はそれほどに社会主義化していくドイツに、「ユダヤ人」の影響が大きくなっていると、そう考えたんですね。

私は、少数民族であるユダヤ人と、産業革命の勃発により「市民」の中に「資産家」と「労働者」がいることに気づいたマルクスの「マルクス主義」とが非常に親和性の高いものだったんじゃないかと今現時点では思っています。

これは、おそらく戦後日本における所謂「在日」中・韓・朝鮮の人たちにとっても同じことが言えたのではないかと思います。

世の中を見れば「資産家」の数よりも「労働者」の数が当然多いですから、少数民族が裏側から社会を牛耳る手段としてもうまくいきやすかったのではないか、とも思います。労働者には無学な人も多いですから、「煽動」されやすい人も多かったのでしょう。

そして、あのビスマルクでさえ、そんな「社会主義」の危険性に気づき、そして公布されたのが「社会主義者鎮圧法」でした。

実際、そんな「社会主義」に対し、どの程度「ユダヤ人」が影響力を持っていたのか。それは私にはわかりません。

ただ、どうでしょう。今の日本において、例えばマスコミに対岸の半島や大陸にすむ人が大きな影響力を持っていたり、芸能人の中に日本人のふりを紛れ込んでいたりする現状を見て、皆さんはどのように感じるでしょうか?

ヒットラーが批判する「ユダヤ人社会」と非常によく似ているように感じるのは私だけではないはずです。で、同じように日本の中に紛れ込む異国の人もまた、「社会主義者」の仮面をかぶっていますよね?


自称社会主義者たちの「詭弁」

社会主義にかぶれた人たちと話をしていると、私自身、段々声が大きくなってしまう・・・そんな瞬間に巡り合う事があります。

それと非常によく似た状況をヒットラーも体験していたようで、訳者は「ユダヤ人の詭弁」とする項目名をつけて訳書に記してあります。
労働者というものが、より立派な知識やより優れた説明に屈しないほど頑迷ではないという確信を売るためには、私の一年のウィーン滞在でもう十分だった。

私は次第に彼らの独自の教説の通りになった。そしてそれを私の内心の革新のために闘うときの武器として振り向けた。ほとんどいつも私の方が勝った。

しかしユダヤ人は決して彼らの意見を変えようとはしなかった。

当時のわたしはまだ子供の様だったから、彼らの常軌を逸しているような教説をハッキリさせてやろうとして、私の狭い交際範囲で舌をかみ、のどをからして演説し、彼らが狂ったようなマルクシズムの有害さを確信することができるに違いないと思っていた。

だが私はまさに反対のものに到達したのだった。ちょうど社会民主党の理論とその現実の破壊的作用についての洞察が深くなることだけが、彼らの決心の強化に奉仕するかのように思われたのだ。

彼らと争えば争うほど、ますます彼らの詭弁がわかってきた。

最初彼らは相手の愚鈍さを考慮に入れる。だがもはや逃げ道が見つからないとなると、簡単に自分をバカに見せるのだ。

何をやっても役位立たないと、彼らは正確に理解することができないとか、あるいは即座に他の領域に飛躍したり、放棄したり、わかりきったことをいい、しかしそれが受け入れられるやいなや、再び本質的に違った材料を引き入れ、さて再び捕まえられると回避して、そして詳しいことは何も知らないという。

そういう使徒を攻撃しても、いつもクラゲのような粘着で手をつかみ、クラゲのような粘液が指の間を滑り抜けると、次の瞬間に再び合流して結合する。

しかし彼らが周囲から観察されると同意せざるを得なくなり、そして少なくとも一歩自分の意見に近づかせたと思うと、次の日はかえって逆になって驚きが大きい、というような実際無駄なことにぶつかる。

ユダヤ人は昨日のことは何も知らず、あたかも何事も起こらなかったとし、しなかったかのように彼らの古い不法なことを幾度も話し続ける。

そしてそれに憤慨して論駁すると、驚いたふりをして彼の主張が正しかったことは前日に既に証明されているということ以外全く何も思い出すことができないのだ

これって、私がSNS辺りで様々な人と議論する中で、実は何度も経験してきたことです。

もちろん私自身の説が間違っていればそれを認め、修正する必要が当然出てくるのですが、逆にこういうタイプの人はこちらが「一部の」誤りを認めると、あたかも私の話のすべてが間違っていたかのようにふるまい、こちらに対して攻撃を行ってきます。

彼は「ユダヤ人」と述べていますが、私の感覚では、「陰謀論者」に多く見られる傾向だと思います。後は何かの依り代を宗教的に信奉している人。


実はヒットラーも「陰謀論者」。

で、矛盾したような内容を記しますが、ヒットラーのこのユダヤ人に対する嫌悪感は、彼自身の体験に基づくもの、そして彼が信頼する新聞や書籍に基づくもの・・・もあるのですが、彼がその「論拠」としている書籍の一つに、私が ロシアに関するシリーズ で話題にした、とある書籍の名称が出てきます。

それが、こちら。

シオンの議定書

「シオンの議定書」です。

関連した部分を我が闘争から引用します。
この民族の全存在が、どれほど間断のない嘘に基づいているかという事は、ユダヤ人から徹底的に嫌がられている「シオンの議定書」によって非常によく示されるのだ。

それは偽作であるに違いない、と繰り返いし「フランクルター・ツァイトゥング」は世界に向かってうめいているが、これこそそれがほんものであるという事の最も良い証明である。

多くのユダヤ人が無意識的に行うかもしれぬことが、ここでは意識的に説明されている。そして、その点が問題であるのだ。

この秘密の打ち明けがどのユダヤ人の頭から出ているかは全くどうでも言ことである。だが、それがまさにぞっとするほどの確実さでもってユダヤ民族の本質と活動を打ち明けており、それらの内面的関連と最後の究極目標を明らかにしている、という事が決定的である。

けれども、議定書に対する最上の批判は現実がやってくれる。この書の観点から最近の二百年間の歴史的発展を再吟味するものは、ユダヤ新聞のあの叫びもすぐに理解するだろう。

何しろこの書が一度でもある民族に知れ渡ってしまうの時は、ユダヤ人の危機は既に摘み取られたと考えてもよいからである。


ヒットラーは思いっきり信じ込んでしまっていますが、第343回の記事 にも記した通り、この書物は、元々『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』という名称の書物で、マキャベリ という政治思想家とナポレオン三世の「地獄対話」を収録したもの。

この書物の内、「ナポレオン三世」と記されている部分をすべて「ユダヤ人」という言葉に書き換えて大幅修正されたもの。元々帝政時代のロシアで「帝政ロシアに対する不満をユダヤ人に向けさせる」ことを目的としてニコライ二世に献上される予定だったもの。

これが、ロシア第一革命当時に

『諸悪の根源——ヨーロッパ、とりわけロシアの社会の現在の無秩序の原因は奈辺にあるのか? フリーメーソン世界連合の新旧議定書よりの抜粋』

とのタイトルで世間に出回り、現在世界中でまことしやかにささやかれている「ユダヤ人陰謀論」の大本となりました。

ヒットラーはこの書物を読み、自分自身の体験とも合致したものだから、「ユダヤ人を滅ぼさなければならない」という発想に行き当たったんでしょうね。あくまでここは私の憶測ですが。

また、もう一つ。彼は優秀な血筋こそ後世に残さなければならない、とも考えていて、それは「ユダヤ人種」ではなく「アーリア人種」であるとも考えていました。

この考え方は障がい者に対しても当てはめられていて、障がい者を虐殺までしたのかどうかは現時点ではわかりませんが、障がい者(遺伝的な障害)を持っている人が婚姻関係を結べないようにする事までは法律などで規制しようとしていた様です。


ビスマルクは、「社会主義者」こそが社会秩序を乱す根源であると考え、社会主義者鎮圧法により、ドイツ国内で社会主義活動ができないようにしようとしました。

ですが、ヒットラーはここから更に「ユダヤ人」と社会主義者を結び付けました。

また更に、芸術文化の破壊。例えば、現在よく見かけるコラージュ画像(名作を切り貼りして別の作品に作り替える手法)などに非常に危機感を覚えており、これもまたユダヤ人の仕業だと考えていました。(彼の書物によれば、実際にユダヤ人の作品であるケースが多かった。)

性産業に関してもユダヤ人が関わっており、特に彼が述べているのは「梅毒」という性病の原因となっているという考え方を強く訴えています。

また一方で、ユダヤ人に対し、「ユダヤ人」とはあくまでも人種であり、「宗教」ではないことにも言及しています。これは、そうだなと思いました。ユダヤ人は、ユダヤ人が一つにまとまるために「ユダヤ教」を信仰しているわけですが、今ことが世情を不安定にしていることも事実です。

ユダヤ戦争の原因となったのも、当時多神教であったローマに対し一神教であるユダヤ教徒に対するローマへの反感感情が高まったことにあります。

ヒットラー自身、少年時代にユダヤ教徒であった友人と会話をする中で、その主張に対して嫌悪感を覚えた、とも記しています。

ビスマルクが社会主義者を排除しようとしたことと同様に、当時のユダヤ人とその風習になにがしかの問題がなかったと言い切ることもできないのではないか・・・と考えることも決して間違いではないと思います。

まあ、だから罪もないユダヤ人を虐殺しても構わないってことにはなりませんけどね。


さて。「我が闘争(上巻)」を題材とした記事としては締めくくりにするのですが、一つだけ記しておきたいことがあります。

ヒットラーが仮に「ユダヤ人虐殺」を本当に行ったのだとすれば、それは「シオンの議定書」に基づいた「ユダヤ陰謀論」がその根拠となっています。これは今回の記事を読んでいただければわかりますね?

では、今の日本を振り返ってみたとき、そういった「陰謀論」に基づいて活動している人たちがいませんか?

そう。安倍首相が「アメリカの言いなりになっている」との説を振りかざしている人たちです。

この説も、大元にはアメリカがユダヤ人の国であり、日本がユダヤ人(国際金融)に操られているとする「ユダヤ陰謀論」が論拠になっています。

そして、そういう人たちに限って安倍さんをヒットラーに例えて批判したりしていますが、そもそも「ユダヤ人を虐殺した」としている人はどのような人でしたか?

ユダヤ陰謀論を信じ込んだ人物ではありませんでしたか?

その理屈で考えるのならば、本来ヒットラーに例えられるべきは安倍さんではなく、あなた方なのではないですか?

ヒットラーがユダヤ人を迫害していたことは盛んに話題とするのに、ヒットラーが「マルクス主義者」批判を行っていたことが話題にならないのはなぜですか?

私、ネット上議論をしているとき、「陰謀論」を訴える人と議論をしていると、その相手は九分九厘「小沢一郎支持者」であることを暴露します。そして、そんな「陰謀論者」は現在「山本太郎支持者」へと姿を変えています。

山本太郎を支持する人の多くは、安倍首相がアメリカに操られているという陰謀論を論拠として安倍内閣批判を行っています。

彼らにとって正しいことであるからこそ、財務官僚が資料を改ざんせざるを得ない状況に追い込んだ挙句、自殺に追い込んでも平気な顔をしていられるんですよ。自分たちが正しいと思うことを実行するためなら、自分たちが罪を犯しても全く問題がないと思っているのがあの界隈の人たちです。

データを多く用いて話をしていると、あたかも正しいことを言っているように思いこんでしまうかもしれません。

ですが、9割の真実に1割の嘘を混ぜて話をするのが詐欺師のやり方です。

そして信者の多くが騙されていることにすら気づいていません。

政権を転覆させるための嘘や誇大宣伝、印象操作に騙されることなく、多くの国民がきちんと自らの頭で考え、判断できる世の中になってほしいと切に願ってやみません。




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<継承する記事>第487回 「我が闘争上巻」より見るアドルフ・ヒットラーという人物像

前回の記事では、「アドルフ・ヒットラーという人物像」というタイトルの下、アドルフヒットラーという人物の幼少期。生い立ちについて簡単に記事にしてみました。

「我が闘争上巻」全体を見ていると、このヒットラーという人物が、非常に熱心な勉強家であり、本人が書籍中で「大好きな科目」として挙げている歴史以外にも、所謂素粒子物理学の事や遺伝の事なども、比較的俯瞰的に見る方法として学んでいることがわかります。

ただ・・・例えば遺伝の話であれば近親者同士が関係を持つと遺伝子的に異常がある子供が生まれたりするわけですが、そういった発想がないなとか、そういうツッコミどころも多分にある人物だとも思います。


アーリア人至上主義とは?

彼が批判される要素として登場するのが、この「アーリア人至上主義」という言葉。

私も このシリーズ を作成し始めた当初に出会った言葉なのですが、シリーズをスタートするとき、まずはドイツ人の中でも「プロイセン人」と「バイエルン人」という二つの民族に着目し、両民族の違いから記事を進めていきました。

前回の記事にも記した通り、ヒットラーは自身を「バイエルン人」だと考えており、またヒットラーが総統を務めた「ナチス」もバイエルンから登場しています。

で、この「プロイセン人」と「バイエルン人」に着目する最初の動機となったのがこのサブタイトルである「アーリア人至上主義」に含まれる、「アーリア人」という言葉が原因です。


「アーリア人」って何?

「アーリア人」という言葉は、実は私、ドイツ人の事を調べる以前から知っていまして、以前に作成していたブログで「インド」のことを調べていた時に初めて出会いました。

「アーリア人」とは元々現在のアフガニスタン辺りに住んでいた民族で、これが南下してパキスタン辺りに到着し、ここで宗教的な考え方の違いから分裂し、東に進んだのが「インド・アーリア人」。西に進んだのが「イラン・アーリア人」です。

インド・アーリア人たちが信仰していた宗教がバラモン教。イラン・アーリア人たちが信仰していたのがゾロアスター教です。

バラモン教は後にインド土着の民族であるドラヴィタとの融合を図り、例えば「シヴァ神」などはドラヴィタの土着の神様なのですが、バラモン教はこれを主神に据えたりしています。

で、バラモン教には「デーヴァ神族」という善の神族と「アスラ神族」という悪の神族がいるわけですが、「デーヴァ」はゾロアスター教では「ダエーワ」という悪魔となり、逆に「アスラ」は「アフラ=マズダ」というゾロアスター教の最高神となります。

この辺りでもインドとイランに別れたアーリア人が、なぜ別れることとなったのか。何となく想像がつきますよね。「ダエーワ」はヨーロッパまで渡ると更に「デビル」と名称を変えます。

ちなみに「イラン人」とは「ペルシャ人」の事。

アケメネス朝ペルシャ

こちらの地図は「世界の地図マップ」様サイトより拝借いたしました。

当時のペルシャの最大領土はここまで拡大したんですね。

ヒットラーは、現在の「インド・ヨーロッパ語族」のルーツがこのアーリア人にあると考えており、また更に、その中でも他の地域との混血が少ない地域=ドイツ(ゲルマン)人こそがそのアーリア人の血統をより濃く引き継いでいる、と考えていたのだと思われます。

では、ヒットラーはそもそもなんでそんなややこしいことにこだわったのか。ここに登場するのは「ユダヤ人」という存在です。


「ユダヤ人」って何?

現在のアフガニスタン辺りから南下し、「インド・アーリア人」と別れて西側を目指したのがヒットラーの考える「アーリア人」なのですが、では一方、「ユダヤ人」とはどのような人種なのでしょうか?

シュメール

こちらの地図も、「世界の地図マップ」様サイトより拝借しています。

ユダヤ人っていうのは、元々「チグリス=ユーフラテス川」の河口付近の「シュメール」という地域に住んでいた人たち。もともと、この地域にはユダヤ人とは別の民族がすんでいたのですが、ある時この地域が大洪水襲われ、元々シュメールの地に住んでいた人たちがいなくなってしまいます。

この、誰も住む人がいなくなった地域に、「どこからともなく」やってきたのが現在「シュメール人」と呼ばれている人たち。のちの「ユダヤ人」です。二番目の地図が、その「シュメール」の地図です。

シュメール人・・・っていう民族って、

1.同族間で争いを繰り広げる
2.負けた方がその地を追われ、別の地に移住する
3.移住した先でまた同族間で争いを起こし、負けた方が移住する
4.移住した先でまた同族間の争いを起こす

この歴史を繰り返します。

で、最終的にたどり着いたのがこちら。

イスラエル

そう。現在の「イスラエル」です。

ここでもシュメール人は「北イスラエル王国」と「南ユダ王国」に別れて争い、北イスラエルは南ユダ王国に敗れ、北イスラエルの住民は歴史から忽然と姿を消すこととなります。「失われた10支族」なんていわれたりします。

勝利した「ユダ王国」の名称が後の「ユダヤ人」という名称のルーツになるわけですが、ユダ王国もバビロニアによって滅ぼされその後、バビロニア→ペルシャ→エジプト→シリアからの支配を受けた後、一時的に自治を取り戻すのですが、再びローマからの支配を受けることとなり、ローマとの間で「ユダヤ戦争」が勃発。

ローマに敗北したユダヤ人は、その後散り散りになり、ヨーロッパ各地へと分散していくこととなります。


「アーリア人至上主義」

さて。ではいよいよの本題、「アーリア人至上主義」ですが、つまりヒットラーはヨーロッパに居住する民族を「アーリア人」と「ユダヤ人」に分けて考え、過去の歴史から考えても、文化を発展させてきたのはアーリア人であり、アーリア人の優秀な血筋こそ残していくべきだと考えました。

その中でもユダヤ人との間の混血が進んでおらず、より純粋性が保たれている民族こそゲルマン人=ドイツ人である、と考えたんですね。実は、ヒットラーはイギリス人に対しても同じ評価をしています。

イギリス人も純潔なアーリア人だと考えていたんですね。「ユダヤ人に対する差別だ」と言われればそれまでなんですが、ではヒットラーは一体なぜ、そこまでにユダヤ人とアーリア人を「区別」する必要性がある、と考えるに至ったのでしょうか?

前回記事から引っ張っている感じになってますが、次回記事ではそこにスポットを当ててみたいと思います。




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<継承する記事>第486回 日本が日独伊三国同盟を締結するまでの中国

このテーマに入るまでの前振りが非常に長くなりました。また、前回の記事を作成してから早数か月経過しました事、お詫び申し上げます。お仕事の関係で、今後も同じような更新ペースとなることもあるかと思いますが、ついてきてくださるとうれしく思います。

さて。今シリーズ を私が作成している目的は、「大日本帝国軍はなぜドイツと同盟関係を締結したのか」。この一点を追求することを目的としています。

これを追求する目的として、そもそも「ドイツ」とは何か。これを命題としてシリーズをスタートさせました。結果、本当にいろいろなことが見えてきました。

ブログ全体を通じても探求してきた「右翼」と「左翼」の違いも非常に明確になりました。「共産主義」と「社会主義」の違いも。この2点についてまとめたのが 第485回の記事

一方で日本側からの視点として、日本が対米戦争をスタートさせるに至ったことには正当な理由があったという事。シリーズを作成するに至った真の目的、日本は一体なぜドイツと同盟関係を結ぶに至ったのかという事を、「中国」と「ソ連」側からの視点も合わせて総括したのが第486回の記事 です。

今回の記事では、更にピンポイントで、「アドルフ・ヒトラー」という人物に焦点を絞って記事を作成したいと思います。


アドルフ・ヒトラーとは何者なのか?

アドルフ・ヒトラーとは何者なのか。このテーマにすぐ答えることができる人って、あまりいないのではないでしょうか?

ドイツ第三帝国の総統だったとか、ユダヤ人を虐殺したとか、そういったイメージがアドルフ・ヒトラーの主たるイメージかと思います。

じゃあ、なんで彼のような人物がドイツの総統になるにいたったのかとか、なんでユダヤ人を虐殺したのかとか、ドイツ国民は一体なぜ彼のような人物を総統に選んだのか・・・とか。

彼の人物像を考察することをせず、ただ単に「ユダヤ人を虐殺した極悪人」という認識しか持っていない人も多いのではないでしょうか。

私は、しかし思います。彼の人物像を考察せず、また彼が表舞台に登場するまでのドイツの歴史を把握せず、単にイメージだけで彼を批判するのは間違っている、と。

彼が登場するまでのドイツの歴史については当シリーズ にて散々検証しましたから、今回はもう一つの対象である、アドルフ・ヒトラーの「人物像」について記事にしたいと思います。



現時点ではまだ私、上巻しか読破できていませんので、ベースは上巻の情報となります。

また、書かれている内容はドイツ語がベースとなっており、これを直訳したような感じで、非常に読みにくい内容ともなっていましたから、本当にきちんと理解した上で記事を作成できているのか・・・と聞かれますと、自信を以て「理解している」とは言いづらいですが、現時点で理解している範囲の中で記事を進めていきたいと思います。


ヒットラーはどこからやってきたのか

ヒットラーが誕生したのは、ドイツとオーストリアの国境を流れる「イン川」の河畔にある、「ブラウナウ」という町。

ブラウナウ郡

ブラウナウ

ドイツなのか、オーストリアなのかと申しますと、オーストリアです。

ですが、ヒットラーはオーストリアを「オーストリアという一つの国」ではなく、「ドイツという国の一部」と考えているようです。というよりも、本来そうあるべきだ、と。

著書では、ヒットラーの両親の血統はバイエルン人であるとされていて、ヒットラー自身もそれを信じて疑っていなかったのではないか伺う事ができます。

オーストリアにはドイツ人とチェコ人が住んでいて、オーストリアの統治者であるハプスブルク家が、段々チェコ化していく様子を、ヒットラーは非常に歯がゆく思っていたようです。ヒットラーはチェコ人よりもドイツ人の方が優秀だと考えていたんですね。

と同時に、オーストリアはハプスブルク皇帝が納める国であって、ドイツ人が納める国ではないとも思っていたようです。

日本では「国家主義」と「民族主義」が一致する・・・と記事にしたことがありますが、ヒットラーが生まれた頃のオーストリアは「オーストリア=ハンガリー二重帝国」であり、オーストリア皇帝は(ヒットラーの著書によれば)オーストリアの「チェコ化」を目指していた、とのこと。

つまり、「ドイツ民族の国」ではなく、「ハプスブルク皇帝の国」。オーストリアの「国家主義」とドイツ民族の「民族主義」は全く一致していません。

そして、そのことがオーストリアの弱体化を招いた、と考えていたわけですね。実際、1848年ウィーン革命はハンガリー人やチェコ人がハプスブルク家に対して起こした民族革命ですし、だからオーストリアはドイツ関税同盟をめぐる駆け引きの中でビスマルクによってその構想から外され、普墺戦争によってプロイセンに敗れることとなったわけですから。

そして、そんなヒットラーが初めてオーストリアの政治の在り方に疑問を持ったのが彼が夢中になって読んだ戦記に記されていた、「普仏戦争」の話題でした。

普仏戦争が勃発した時点で、既にオーストリアは普墺戦争に敗北し、統一ドイツ構想から完全に外されていましたし、そもそも普仏戦争そのものがビスマルクの仕掛けた「南北ドイツを統一するための戦争」でした。

ビスマルクの策略によりナポレオン三世がプロイセンに戦争を仕掛けてきたことから、外形上フランスがプロイセンに対して起こした戦争であり、これを他の北ドイツ連邦都市国家や南ドイツの都市国家の「ナショナリズム(民族主義)」が一体となりナポレオン三世が指揮するフランスを打ち破るわけですが、この時点でオーストリアは完全に蚊帳の外。

これを、ヒットラーは「オーストリアもこの戦争に『ドイツ民族として』参戦すべきだった」と考えたのです。

なのになぜオーストリアは参戦しなかったのだろう・・・と。同じドイツ人でも、ドイツのドイツ人とオーストリアのドイツ人は違うんだ、という認識をこの時おぼろげながら有するに至ったんですね。

この事が彼に「歴史」に対する興味を抱かせ、まずはオーストリアの歴史を、続いてドイツの歴史を、それぞれ具に調べる様になったわけです。

そして彼は気づきます。「オーストリア」という国が、ドイツ人の国ではなく、「多民族国家」であったことに。

彼は、ビスマルクが築いた「ドイツ」という国の事を心底誇りに思い、またドイツ人であることそのものにも心底誇りを持っていました。

だからこそ、ハプスブルグ皇帝によってオーストリアがどんどん「チェコ化」されていくことが許せなかったんですね。


ウィーンに渡ったヒットラー

ヒットラーは、13の時に父親を、18の時に母親を亡くします。

元々、美術に対する関心が非常に高かったヒットラーですが、今でいう公務員であった父親は、彼が美術の道に進むことを許さず、公務員としての道を歩むことを強要しようとしていましたので、父親が亡くなったことは、彼にとっては実はそう悲観することではなかったようです。

一方で母親は根負けしてヒットラーが美術の道を志すことを認めてくれたのですが、ヒットラーは美術学校の試験に落第。試験管より、ヒットラーは美術の道よりも建築の道の方が向いている、とのアドバイスをもらいました。

母親の死後、彼は建築の道を志すためにウィーンへと移住することとなりました。

さて。彼がここで出会う事となるのが「マルクス主義者」と「ユダヤ主義者」です。

彼がマルクス主義者やユダヤ主義者(ユダヤ人)に対する嫌悪感を抱くようになるのはこの時のことでした。


もう少し話題を進めておきたいところなのですが。

時間が必要以上にかかってしまうことも想定されるため、今回はここで終了したします。

次回は、ヒットラーがマルクス主義者やユダヤ人に対する嫌悪感を抱くようになった理由について記事をまとめてみたいと思います。



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