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この記事のカテゴリー >>ナチスドイツは一体なぜ誕生したのか?


<継承する記事>第471回 ヴェルサイユ条約と敗戦後ドイツの「ハイパーインフレーション」

私自身の多忙さと年金の話題を挟みましたので、少し和数が飛びましたが、改めて ドイツ近代史のシリーズ を再開してみたいと思います。

時系列的には 第468回の記事 でスパルタクス団蜂起について記した上で、当時のドイツの共産主義の象徴であったカール=リープクネヒトとローザ=ルクセンブルクが処刑されたことを、第471回の記事 で戦後ドイツでハイパーインフレーションをもたらす直因となった「ヴェルサイユ条約」について、第475回の記事 で「ナチス政権を誕生させることなった」ワイマール憲法について記事にしました。

時系列的に記しますと、

1919年1月5日 スパルタクス団蜂起
1919年1月15日 リープクネヒトとルクセンブルク、処刑
1919年6月28日 ヴェルサイユ条約調印
1919年8月11日 ワイマール憲法制定
1919年8月14日 ワイマール憲法公布・施行
1920年1月10日 ヴェルサイユ条約発効
1923年1月 フランス・ベルギーによるルール占領

このような流れになります。スパルタクス団はその残党により、3月にも暴動を起こすのですが、1月の蜂起を鎮圧したグスタフ・ノスケにより鎮圧。

グスタフは更に1919年4月6日にバイエルンで樹立した「バイエルン・レーテ共和国」も打倒します。(1919年5月3日)


バイエルン・レーテ共和国とアドルフ・ヒトラー

バイエルン・レーテ共和国の面白いところは、非常に短期間の間に「ブルジョワによる革命」→「プロレタリアによる革命」という経緯をたどっているという事。

一応、皆様ご存じだとは思いますが、ドイツにおけるバイエルンの位置はこちらです。

バイエルン州


バイエルン共和国の誕生

バイエルンにおける革命は三度発生しているようで、まずは1918年11月7日夜半。「バイエルン王国」であった時代に、独立社会民主党の指導者であるクルト・アイスナーがバイエルンの王家であるヴィッテルスバッハ王家の廃止とバイエルン共和国の樹立を宣言。

ベルリンでフィリップ・シャイデマンがドイツ共和国樹立を宣言したのが1918年11月9日ですから、それに先駆けてバイエルン共和国が誕生したことになります。

アイスナーの特徴的だったのは、ベルリン政府(プロイセン)に対して反発的な姿勢を見せた事。

バイエルンは、普仏戦争によってビスマルクがドイツを統一 した後も、法制度的にはプロイセンには合流せず、「自由都市」としての立場を貫きましたね?

第426回の記事 で、元々南ドイツには北ドイツとの統合に否定的な「分離主義者」が多かったことを記しました。

ビスマルク自身もそれを認識していて、南ドイツで主に信仰されていたカトリック。その信者によって構成されていた「ドイツ中央党」の動きを抑えることを目的としてカトリックを弾圧していました。(文化闘争)

しかし、1873年恐慌の勃発を受け、自由貿易から保護貿易への転換が必要であると直感したビスマルクは、中央党を味方に引き入れるため、中央党との和解を図ることとなりました。

このような経緯から見てもご理解いただけると思いますが、バイエルン人の中には元々プロイセンに対する反発心が内在していたんですね。自分たちは「ドイツ人」ではなく「バイエルン人」である、と。

ですから、第一次世界大戦に対しても、「プロイセン王(ヴィルヘルム二世)が勝手に起こした戦争」であり、バイエルンがこれに巻き込まれたという意識を持っていた人も少なくはなかったわけです。

ただ、アイスナー自身も確かに独立社会民主党の党員であったものの、共産主義者たちが目指す「プロレタリア独裁政府の誕生」とは距離を取っていて、このようなアイスナーのあいまいな姿勢は社会主義者たちからも反発を買うことになりました。

アイスナーを支持した社会主義者たちは彼の下から離反し、代わりに1919年1月の選挙では、カトリックによって構成される保守的な「バイエルン人民党」が第一党となり、独立社会民主党はわずか3議席しか取れずに敗北。アイスナー自身は右派の青年将校によって暗殺されてしまいます。

しかし、この暗殺事件がかえって独立社会民主党と社会民主党の結束を深め、政権を維持することとなりました。


バイエルン=レーテ共和国の誕生

独立社会民主党と社会民主党が結束を深め、政権を維持することとなったわけですが、アイスナーから離反し、共産党を結成した面々や、その他の左派連中からはこの事が好ましくは思われませんでした。

そして1919年4月6日、独立社会民主党のエルンスト・トラーと無政府主義者(アナキスト)のグスタフ・ランダウアーが中心となって革命が勃発。首相であった社会民主党ヨハネス・ホフマンはミュンヘンを追われ、バイエルン・レーテ共和国が誕生しました。

ですが、更にその1週間後、今度はこの事に不満を持った共産党が、ロシア出身のオイゲン・レヴィーネを中心としてエルンスト・トラーらが作ったレーテ共和国を打倒。改めてバイエルン・レーテ共和国の樹立が宣言されました。

共産主義者の理想は

1.ブルジョワ革命による貴族政権の打倒
→2.プロレタリア革命によるブルジョワ政権の打倒
→3.プロレタリアによる独裁政権の樹立

にあるわけですから、これほど理想的な共産主義政権の誕生の仕方はありません。

当時はロシアでレーニンらによるソビエト政権が誕生した直後で、第三インターナショナル(コミンテルン)が樹立され、世界中で共産主義革命を起こすこと(世界革命)が目論まれていましたから、レーニンらにとってみればこれは快哉を叫ぶ思いだったかと思います。


政治家、アドルフ・ヒトラーの登場

さて、このようにロシア共産党(コミンテルン)に指導される形で、「ドイツ共産党」の主導で誕生した「バイエルン・レーテ共和国」。

当然その運営は「レーテ(評議会)」によって行われます。

バイエルン・レーテ共和国が誕生したのは1919年4月13日。その2日後、4月15日に、ミュンヘンのレーテ予備大隊評議員の選挙が行われました。

この時、当選者の一人として名前があったのがあの「アドルフ・ヒトラー」です。

アドルフ・ヒトラー

ヒットラーが初めて政治の場に姿を現した瞬間でもありました。


バイエルン・レーテ共和国の滅亡

さて。このようにして誕生した「バイエルン・レーテ共和国」ですが、冒頭にも記しました通り、ドイツ国中央政府のグスタフ・ノスケ国防相率いるワイマール共和国軍他、ドイツ義勇軍によって1919年5月1日~5月3日の3日間にかけてあっという間に占領されてしまいます。

崩壊する寸前、共産党は人質としてとらえた人々を虐殺。その後、レーテ共和国は滅亡します。

その後、政権は再び共産党によってミュンヘンから追い出されたはずのヨハネス・ホフマンの下へと戻ることになるのですが、政権は事実上、中央政府軍の下に置かれることとなります。

で、その占領軍による「レーテ共和国にかかわったもの似たいする」「残虐行為」が多発したのだとか・・・。

ロシアからやってきたオイゲン・レヴィーネは7月5日に処刑。エルンスト・トラーは1925年まで投獄されることとなりました。

一方、この時ヒットラーは占領軍により「革命調査委員会」の委員として任命されます。革命調査委員会に、クーデターの最中に政治活動をしていた人物に共産主義の傾向があるかどうかを調べる役割が与えられていました。

ヒットラーは、この時の働きが認められて「帰還兵への政治教育を行う啓発教育部隊」に配属されることとなりました。


この後、バイエルンでは「右傾化」が進み、数多くの右翼政党が誕生することになりました。その中の一つに、「ドイツ労働者党(後の国家社会主義ドイツ労働者党=ナチス)があります。

ただし、「我が闘争」を読み進める限り、この「ドイツ労働者党」は元々左翼政党であったはずなんですよね。ここにヒットラーが加入することにより、徐々に「右傾化」していったという事でしょうか。

これは、「我が闘争」に関連した記事を記すときに明らかにしていってみたいと思います。

次回記事では、第351回の記事 と多少話題が重なるのですが、この後、ベルリンで起きる「カップ一揆」以降の話題を深めていきたいと思います。


次回備忘録 ヴァルター・フォン・リュトヴィッツ

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この記事のカテゴリー >>GDPの見方


先日、本年度第一四半期のGDPの一時速報が発表されましたので、本日はこの内容について記事にしてみたいと思います。

いつもGDPが速報がなされる時にはあちら側界隈の皆さんが大騒ぎしているのですが、どうも今回はその雰囲気がありません。まるで発表がなされなかったかのように、本当に静かなまま一日が過ぎていきました。

理由はただ一つ。公表された結果が好調だったからです。

【日本経済新聞 2019/08/9より】
GDP1.8%増、消費堅調で想定外の伸び 4~6月年率

内閣府が9日発表した2019年4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除いた実質の季節調整値で前期比0.4%増、年率換算では1.8%増だった。プラス成長は3四半期連続。改元に伴う大型連休で個人消費が伸びたほか、設備投資も増えた。米中貿易摩擦の影響で輸出は停滞が続いたが、内需が経済を下支えした。

4~6月期は大型連休や天候による消費押し上げ効果が大きかった。QUICKがまとめた民間エコノミストによる事前予測の中心値(前期比年率0.4%増)を大きく上回った。

GDPの半分以上を占める個人消費は前期比0.6%増で、3四半期連続のプラスとなった。4月末から5月にかけての10連休で、旅行などレジャー関連の消費が盛り上がった。新型車の発売が相次いだ自動車の販売も好調だった。5~6月に気温が高めに推移したことで、エアコンが早めに売れ出したこともプラスに働いた。

内需のもう一つの柱である設備投資は1.5%増えた。建設関連の需要が強く、1~3月期の0.4%増から上昇幅が拡大した。サービス業を中心に人手不足に伴う省力化投資も引き続き活発だ。

公共投資は1.0%の増加。18年度の補正予算が執行段階に入り、伸びにつながった。GDPの伸びに対する内需の寄与度は全体で0.7ポイントのプラスだった。

外需は中国や欧州など海外経済の減速で弱い動きが続いた。輸出は0.1%減で、2四半期連続のマイナスだった。米中の貿易摩擦などから海外での需要が減速し、半導体製造装置や金属加工機械などの中国向け輸出が落ち込んだ。

輸入は1.6%増で、2四半期ぶりに増加したが、1~3月期(4.3%減)からの戻りは鈍い。輸出から輸入を差し引く外需のGDPへの寄与度は0.3ポイントのマイナスだった。海外経済の不透明感の高まりから、貿易活動が全体に縮小している可能性がある。

4~6月期のGDPは生活実感に近い名目でみると前期比0.4%増。年率換算では1.7%増だった。4~6月期は物価が伸びず、名目の成長率が実質をわずかに下回った。

日本経済は2018年7~9月期に自然災害が相次ぎ、マイナス成長に転落。続く10~12月期には、堅調な個人消費を支えにプラス成長に戻った。19年1~3月期は中国経済減速の影響で輸出や生産が減少した。ただ、輸入が輸出を上回って急減したため、計算上はGDPを押し上げ、年率2.8%の高い成長率となっていた。

今回の日経記事には、1か所だけ評価したい部分がございまして、それが次の画像です。

日経2019第一四半期

いつも掲載していますように、私はそもそも「年率換算」などといったフィクションの数字など全くあてにならないと思っていますし、「前期比」という数字は「季節調整」というその計算方法すら説明することが難しいような計算式が用いられていますので、その信憑性は非常に薄いと思っています。

上記画像はまさしく私が日頃痛烈に批判しています、その「季節調整」が行われた数字と、加えてGDP全体に関してのみ「年率換算」が行われた数字も掲載されています。

ですが、私がそれでも「評価したい」とする理由は、この表を見れば「実質」と「名目」をきちんと比較することができるからです。

季節調整列と前期比の数値としての信憑性はさておき、「年率換算」をクローズアップせず、「前期比」まででとどめていることももう一つ評価できる点です。年率換算なんて完全にフィクションの数字ですから、これを経済指標として用いることなど頭がおかしいとしか思えませんからね。

またもう一つ、4-6の第一四半期だけでなく、比較された昨年度の第4四半期の増減率も掲載されていますので、どのくらい成長したのかという事がよりわかりやすい表現にはなっていると思います。

記事全体も「年率換算」などというトンデモ数字で語ることはなく、「前期比」までできちん留めていまして、計算式によって生まれるバイアスが、より小さくとどまる様になっています。


GDP速報が全く騒がれなかった訳

さて。今回のGDP速報、マスコミ報道等で全く騒がれなかったわけですが、なぜ誰も騒がなかったのか。

理由は、マスコミがやけにクローズアップしています、「季節調整系列」「年率換算」「前期比」で、特に「個人消費」に該当する値があまりにも好調だったから。

例えば「民間最終消費支出」全体で前期比2.5%増。「家計最終消費支出」で2.5%。ここからさらなるフィクションの数字である「持家の帰属家賃」を取り除くとなんと2.7%増。

もちろん、このような数字が算出されたのは今回が初めてではないのですが、消費低迷を謳いたいマスコミやあちら側の人たちとしては歯ぎしりしたくなるほどの消費の好調さを示す数字がこれでもかというほどに並んでいるわけです。米中貿易摩擦、日韓関係悪化などで、どうしても消費は低迷していてほしかったわけですからね。

いい加減気づけばいいのに、と思います。「年率換算」や「前期比」の異常さに。


2019年度GDP第1四半期1次速報「前年同月比」

という事で、ここからは私の視点で「GDP統計」を見ていきます。

【2019年度GDP第一四半期第1次速報(前年同期比)】
名目GDP
全体 138.357 兆円(1.6%)

 民間最終消費支出 76.125 兆円(1.5%)
 家計最終消費支出 74.071 兆円(1.4%)
  除く持家の帰属家賃  61.537 兆円(1.6%)

 民間住宅  4.051 兆円(3.7%)
 民間企業設備 21.099 兆円(2.8%)

実質GDP
全体  132.460 兆円(1.2%)

 民間最終消費支出 74.448 兆円(1.0%)
 家計最終消費支出 72.480 兆円(1.0%)
  除く持家の帰属家賃  58.920 兆円(0.9%)

 民間住宅 3.702 兆円(2.9%)
 民間企業設備  20.477 兆円(2.4%)

内閣府


私が大切にしているのは「実質」よりも「名目」。「季節調整年率換算」よりも「原系列」。「前期比」よりも「前年同月比」。

なぜかと申しますと、すべての項目で前者よりも後者の方が計算式によって生まれるバイアスが少ないから。ゼロとは言いませんけどね。

計算式が少ない分、より実態に近い統計結果となっているんです。

それでも「実質」の情報を掲載しているのは、あくまでも参考のため。両方の伸び率を差し引くことで「物価上昇率」を算出することができますから。

その視点で申しますと、物価上昇率は

全体 0.4%

 民間最終消費支出 0.5%
 家計最終消費支出 0.4%
  除く持家の帰属家賃  0.6%

 民間住宅  0.8%
 民間企業設備 0.4%

となります。

政府が目指している物価上昇率は2%ですから、それを考えると「物価の伸び悩み」となるのかもしれません。

ただ、個人的には名目がきちんと成長しているのであれば、そこまで物価上昇率にこだわる必要はないと思います。

特に、「民間住宅」では名目が3.7%も成長しているんですから。物価が上昇していないんだから経済が~~という理屈にはならないと思います。国民がそれだけお金を使っているわけですからね。

日経の記事の中で、悔しさが感じられるのは文末の

日本経済は2018年7~9月期に自然災害が相次ぎ、マイナス成長に転落。続く10~12月期には、堅調な個人消費を支えにプラス成長に戻った。19年1~3月期は中国経済減速の影響で輸出や生産が減少した。ただ、輸入が輸出を上回って急減したため、計算上はGDPを押し上げ、年率2.8%の高い成長率となっていた。

どうしても日本国経済が不調であることにしたいんでしょうか?

わざわざ昨期の統計まで持ち出して日本国経済をディスっていますね。

ですが、まず「日本経済は2018年7~9月期に自然災害が相次ぎ、マイナス成長に転落」と記しています。

ですが、名目の「原系列」で見てみますと、確かに2018年7-9月の全体のGDPは-0.3%と前年度割れしていますが、内需でマイナスを記録しているのは「民間住宅」のみ。家計消費は1.4%、企業の設備投資は2.1%の前年度越えです。

7-9月のGDPが昨年度を割り込んだ理由は7-9月期の「純輸出高(輸出高-輸入高)」が前値年度を大きく下回ったから。自然災害が相次いだことは、全く関係ありません。

また、「続く10~12月期には、堅調な個人消費を支えにプラス成長に戻った」とありますが、これも誤りで10-12月の名目GDP原系列は横ばい。わずかながらマイナス成長で、しかも「個人消費」の成長率は7-9月期を下回っています。最大の理由は「純輸出高」が前年度を下回り、むしろマイナス成長していることが理由です。

また、「19年1~3月期は中国経済減速の影響で輸出や生産が減少した。ただ、輸入が輸出を上回って急減したため、計算上はGDPを押し上げ、年率2.8%の高い成長率となっていた」ともありますが、実は下落幅は輸入を輸出が大きく上回っており、これも日経の記事は全く逆の情報を記事としてあげています。

また更に、19年1~3月期は個人消費が0.8%増、企業の設備投資費に至っては3.4%増ですから、いかに日経の記事が的外れな内容となっているのかという事がとてもよくわかります。

今回、「前期比」という統計のバイアスがより多くかかるデータとは言え、「実質」と「名目」をきちんと比較できる形にし、更に昨期の情報まで比較できる形で情報を掲載したことは評価できますが、これほどに的外れな内容となっていることは、やはり私としては理解しかねる問題です。

「前期比」よりも「前年同月比」に着目し、きちんとした記事を作成してくれる新聞社が登場することを、私は願ってやみません。




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この記事のカテゴリー >>日本の年金


<継承する記事>第480回 年金に対する私の認識の誤りを「厚生年金勘定」から検証


第477回 改めて分析する基礎年金勘定~誤っていた私の分析結果~
第478回 年金制度に対する私の誤った分析結果を再検証します
第479回 年金に対する私の認識の誤りを「基礎年金勘定」から検証
第480回 年金に対する私の認識の誤りを「厚生年金勘定」から検証

上記4つの記事に続く第5弾目の記事です。

きっかけとなったのは第477回の記事 でお伝えしました通り、私が正しいと信じていた従来の「年金制度の仕組み」が誤っていたという事。

内容は重複しますのでここには記しませんが、その誤り方。どのように誤っていたのか。ではそれを検証したうえで、それでも年金制度は破綻しないと言い切れるのか。この点を検証しようと思いまして、今回のシリーズを作成しています。

一番大きなポイントとしては、国民年金勘定や厚生年金勘定に繰り入れられることなく、「基礎年金勘定」のみで運用されている「基礎年金」が存在したという事。

この部分が仮に国民年金勘定や厚生年金勘定に繰り入れられていたとしたら収支状況はどのようになっていたのかを示したグラフが次の二つ。

国民年金収支(基礎年金勘定分を含む)
厚生年金収支(基礎年金勘定分を含む)

国民年金勘定については、2009年まで赤字でしたが、それ以降は黒字になっています。
厚生年金勘定については、赤字幅が狭まってこそいるものの、収支全体としては赤字です。

最新、2017年の収支状況で5.12兆円の赤字です。

ただし、このデータは私の独自の計算方法を用いて作成したものであり、厚生年金勘定については特に本来国民年金勘定に振り分けられるべきものも含まれていることから、データとしては必ずしも正確なものではないことをもお伝えしました。

また次に、「厚生年金勘定」の内、ここから基礎年金部分を全額取り除き、「厚生年金部分」のみをピックアップしてその推移を示したのが次のグラフ。

厚生年金部分収支推移

支出がほぼ増加しておらず、収入のみが増加しているため、収支差額こそ狭まっていますが、最新の2017年の段階でさえ0.54兆円の赤字。一貫して収支差額は赤字であったことがわかります。

ただし、私が作成したグラフとしては、

・「基礎年金部分から繰り入れ」られている部分がその年に亡くなる人の数までは考慮されておらず、「収入」から多めにマイナスされている事
・厚生年金加入者(納付者)の数が期首より期末の方が増えている事
・厚生年金納付者(納付企業)の中にも「未納者」は存在する事。

主にこの3つの理由が加味されていませんので、必ずしも正確な結果を現したものではありません。ですので、このグラフだけを以て、(現時点において)厚生年金部分収支が本当に赤字なのかどうか。これを断言するのは少し急ぎすぎかと思います。

今回の記事では、これらの前提条件を下に、今度は各年金勘定における「年金積立金」の推移を検証することで、では本当に年金会計は全体として危険な状態にあるのかどうか。その部分を検証してみたいと思います。


基礎年金勘定「積立金」から見る年金の財政状況

この部分に関しては第479回の記事 におきまして、記事としては既に取り上げていますね。

基礎年金勘定積立金+剰余金推移

こちらが基礎年金勘定の「積立金」の推移です。

「積立金+余剰金」としているのは、積立金にはその年度末時点での金額であり、その年に発生した「余剰金」は含まれていません。ですので、その年の「余剰金」と「積立金」を加えることで、翌年度の期首(4月時点)での各年金会計の正確な余剰資金を算出することができます。この事が理由です。

2011年までは順調に増加していた基礎年金勘定の「積立金」が翌12年、更に13年と減少しているその理由として、第479回の記事 におきまして、「基礎年金の国庫負担分」の引き上げのための財源を民主党内閣で震災復興のための予算として流用してしまったからだとお伝えしたと思います。

基礎年金勘定収支推移

こちらがその時にお示しした基礎年金勘定全体の収支状況です。今更ですが、私の年金に関する資料は、基本的に収入は「保険料収入」及び「国庫負担分」、支出は「保険料給付費」のみしか計算に加えていません。

年金収支にはそれ以外の項目もあるのですが、それを入れてしまうと焦点がぼやけてしまい、本当に「年金のシステム」だけでクロが出ているのか、もしくは赤字なのかという部分が見えてきにくいと思いますので、そのような方法をとっています。

ただし、「年金積立金」に関してだけはそのような算出方法が難しいので、すべての項目の収支が合算された結果の数字となっております。

基礎年金勘定の収支を見てみますと、12年、13年の収入が少なくなっていることがわかるともいます。ですので、この不足分が「積立金」をより繰り入れられたものと考えられます。

ただし、その上で更に2016年度、2017年度の基礎年金勘定の収支を見てみますと、2016年で296.87億円、2017年で1105.34億円それぞれ赤字出していて、基礎年金勘定積立金においてもその分マイナスが出ています。

単純に考えますと、基礎年金勘定ではその年に「納付される」ことが予測される金額が全額国民年金及び厚生年金勘定より繰り入れられています。

その年に亡くなった方へは給付がなされませんので、その分「基礎年金勘定」では資金が余ることになるはずなのですが、それでも尚積立金を削らざるを得ない状況であった、という事でしょうか?

2017年度は10月より年金の受給に必要な納付機関が25年から10年に短縮されましたので、これに伴う歳出の増加も原因として考えられますが、2016年に関してはそれでは説明が付きません。

制度として、基礎年金勘定で運用されているのは「昭和61年以降に受給者となった人」のみです。最も高齢の方で92歳を過ぎたあたりでしょうか?

厚生労働省が公表している最新の「簡易生命表」によりますと、男性の25%、女性の50%程度が90歳までは生きているのだそうです。

簡易生命表

その割合も年々増えているようですので、この辺りが想定を超えてきたのでしょうか?

これが「基礎年金勘定」の積立金を見た時点での、現時点での私の「予測」です。


国民年金勘定「積立金」から見る年金の財政状況

気を付けていただきたいのは、ここは「未納者」が多い項目で、その分余計に「年金積立金」から切り崩されて運用されている項目だという事です。

国民年金積立金+剰余金推移

動きとしますと、「基礎年金勘定」の積立金の推移とよく似た動き方をしていますね。

ただし、リーマンショックが起きた2008年と、その翌年の2009年を見ますと、順調に積立金が増えていた基礎年金部分とは異なる動きがみられます。

これは、リーマンショックに関連した動向で、「失業者」が増えた事。この事で年金を支払う事の出来ない「未納者」が一気に増えたのではないかと予測されます。

加えて2012年、2013年の落ち込み方も同様ですね。ここもおそらくは国庫負担増加に伴う財源を民主党内閣で年金ではなく震災復興のために使ってしまったことが一つの原因と考えられます。

ただ、震災に伴って失業者が増加し、同時に「未納者」が増えた事もその理由として考えられると思います。

もう一つ、「国民年金加入者」は毎年減少していて、国民年金勘定での「収入」は未納者の増減に関わらず減少していると考えられますので、安倍内閣以降の伸び悩みの理由の一つとして考えられなくはないかと思います。

ただし、「基礎年金勘定」の動向とも一致が見られることから、それ以外になにがしかの理由が考えられるのではないか、とも思います。


厚生年金勘定「積立金」から見る年金の財政状況

さて。回りくどく記事を書いてきましたが、実は私の中である一定の「結論」は出ています。

それが示されているのがこの「厚生年金勘定」における積立金の推移から見えてきます。

厚生年金積立金+剰余金推移

本心とすれば、実は2007年以前のデータも欲しいなと思っています。ただ、今の仕事の都合上、中々まとまった時間が取れませんので、現時点でわかっているデータから検証を進めていきます。

いかがでしょうか? このグラフを見ますと、安倍内閣以前と安倍内閣以後の「動向」が非常にわかりやすく見えてきませんか?

「厚生年金勘定」での積立金の推移を見てみますと、2013年を谷として、それ以前とそれ以後で明らかに動向が異なりますね。

2013年までは積立金が切り崩されており、2014年以降は逆に積み足されていることがわかります。

もう一度こちらのグラフをご覧ください。

厚生年金部分収支推移

こちらは厚生年金勘定の内、「厚生年金部分」の推移を示したグラフです。少なくとも見かけ上は「赤字」でしたね?
もちろん、「厚生年金積立金+剰余金推移」のグラフにはこの「厚生年金部分」のデータも含まれています。

では、先ほどの「厚生年金積立金+剰余金推移」のグラフから、「厚生年金部分」を取り除いてみるとどのようになるでしょうか。

厚生年金積立金(厚生年金部分を除く)

これが、「厚生年金積立金」から「厚生年金部分収支」を取り除いた「厚生年金積立金」の推移です。

ややこしいと思われるかもしれませんが、厚生年金全体の「積立金」から、「基礎年金部分以外の厚生年金保険料(+国庫負担分)」を加え、更に「厚生年金部分の給付費」をマイナスしたデータです。

つまり、もし年金制度が「基礎年金部分」だけで運用されていて、厚生年金会計における「2階部分」がなかったとしたら厚生年金勘定はプラスになるのか、マイナスになるのかというデータです。

ご覧の通り、厚生年金会計全体の収支同様基礎年金部分だけの収支も2013年以降プラスで推移していることがわかります。つまり、「厚生年金部分(二階部分)」では確かに年金会計は赤字かもしれませんが、それを差し引いても「厚生年金会計」全体では安倍内閣以降の収支はプラスだってことです。

こんなことを言うと、「厚生年金だけでいえば確かにそうかもしれないけど、年金会計全体ではどうせ赤字なんでしょ?」

という人もいるかもしれません。では、最後に「年金会計」全体の積立金の収支を見てみましょう。


年金勘定「積立金」全体から見る年金の財政状況

年金積立金+剰余金総額推移

いかがでしょうか? 厚生年金勘定の動きと同様、2013年まで減少し、それ以降は増加に転じていることがわかりますね?

年金積立金総額(厚生年金部分を除く)

こちらは年金積立金総額から「厚生年金部分」を取り除いた動きです。

いうまでもありませんが、当然「年金積立金総額」と全く同じ動きを見せています。

ちなみに、私が示している「年金積立金」にはGPIFによって運用された「運用益」は含まれていません。

最新の2017年のデータで、GPIFの運用を含まない積立金の総額は基礎年金部分まで含めて総額で122兆円ですが、GPIFの運用益をふくめると164兆円です(基礎年金部分は含みません)から、その違いは明らかですね。

ちなみに、安倍内閣がスタートした2013年の私ベースの年金積立金は108.56兆円。最新の2017年が正確には121.77兆円ですから、GPIFの運用に頼らずとも安倍内閣では年金制度全体で12.9兆円の「運用益」を増やしているってことです。GPIFではこれに加えて更に43兆円の利益が生まれているという事です。

5回に渡りまして、非常に回りくどい記事を作成しましたが、これが「結論」です。

もちろん将来にわたって確実に破綻しないかのような私の言い方は決して正しかったとは言えません。これは本当にお詫びしなければならない部分だと思います。

今回の調査で、「第二号被保険者」を増やし、年金会計を安定させていくことがいかに大切な事なのかという事がとてもよくわかりました。そのことは、私の記事にコメントをいただいた さの 様のおっしゃる通りです。

改めまして、私のこれまでの記事を信頼し、ひょっとすると情報ソースとしてご利用いただいたのではないかと思われる皆様に心よりお詫びを申し上げます。

結論としましては、現在の年金の運用方法に従って丁寧に運用していけば、年金制度は決して破綻を過度恐れる必要はないシステムだという事がわかりました。ただし、条件として「第二号被保険者」の数を増やしていくこと。そして安定させていくことが最低条件です。

改めて現在の安倍内閣の政策がいかに正しい政策を実行しているのかという事も実感させられています。

今後、新らしい記事を作成しながら、並行してという事にはなりますが、私の過去の年金に関連した記事で必要な部分を随時修正していきたいと思います。

今後とも、私のブログをどうぞ、よろしくお願いいたします。




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<継承する記事>第479回 年金に対する私の認識の誤りを「基礎年金勘定」から検証

第477回 改めて分析する基礎年金勘定~誤っていた私の分析結果~
第478回 年金制度に対する私の誤った分析結果を再検証します
第479回 年金に対する私の認識の誤りを「基礎年金勘定」から検証

の3つの記事に引き続き、私の年金制度に対する認識の誤りを検証し、また更にではどのように誤っていたのか、終局的な目的として、年金は本当に破綻しないと言い切れるのか。この事を目的とした記事としては第4段目。

今回は「厚生年金勘定」を分析することによって、年金の収支を測定する上での「ノイズ」を一つ取り除いてみたいと思います。

前回の記事では『次回以降記事では他会計の「積立金」も含めて、全体で年金収支の検証を行ってみます。』と記したのですが、もう一つ前置きとして今回の記事を作成しています。


「厚生年金勘定」のノイズ

「国民年金勘定」も「基礎年金勘定」も共に年金制度の1階部分。
年金制度2

上図でいう「国民年金(基礎年金)」部分の会計収支のみを現したものですが、「厚生年金勘定」では、この所謂「1階部分」に加えて「厚生年金部分」。つまり「二階部分」が含まれる特殊な年金勘定です。

厚生年金勘定がそもそも黒字なのか、赤字なのか。この事をきちんと算出するために、まずはこの厚生年金勘定の「ノイズ」である「厚生年金部分」に集中して記事を作成してみます。

厚生年金収支(基礎年金勘定分を含む)

参考資料としてまずは厚生年金の「保険料」と「給付費」を私独自の計算方法を用いて比較した資料。上表をご覧ください。

この資料で見る限り、厚生年金を「基礎年金勘定+厚生年金部分」で合算して考えると、厚生年金勘定は「赤字」なのではないかとする推測が容易に成り立ちます。

ただし、このグラフの内、「基礎年金部分」に関しては、厚生年金受給者の内に、「国民年金のみを収めていた期間が含まれる受給者」も含まれていますので、単純にこれを「赤字である」と決めつけるわけにもいきません。

ですが、これを「厚生年金部分」に絞れば、ここには重複する受給者は含まれませんから、純粋に厚生年金収支における「厚生年金部分」が赤字であるか、黒字であるのかという事を図ることができます。

もったいぶることはしません。まずは結論から表示します。

厚生年金部分収支推移
※グラフとしてはまだ「未完成」ですから、転用はしないでください。どのように未完成なのかは後述します。

青が保険料収入。

(厚生年金保険料収入+国庫負担分)-基礎年金勘定へ繰入

という式です。計算式に国庫負担分が含まれていますが、これは「基礎年金勘定」へ全額繰り入れられています。


一方で、緑が給付費。

「厚生年金保険料給付費-基礎年金勘定より繰入」

という式です。つまり、長い間赤字だったという事・・・。

基礎年金勘定より繰り入れられた額がそのまま「基礎年金」として給付されますので、その差額が厚生年金部分となります。ただし、「基礎年金部分」には繰り入れられた後、同期間中に受け取り者がいなくなる部分がございます。

その部分は当然浮いてしまうことになりますが、厚生年金勘定としては一体ですので、給付者がいなくなった部分は厚生年金部分の不足部分に充てられていると考えられます。

ただし、グラフ中ではその「多めに見積もって繰り入れられている繰入分」を保険料全体からマイナスしていますので、「収入」の側は少しだけ少なめに算出されています。

ちなみに、「厚生年金収支」の赤字幅は以下のようになっています。これは第478回の記事 でお示ししましたね。

2007年 -7.18兆
2008年 -7.3兆
2009年 -8.04兆
2010年 -7.84兆
2011年 -7.42兆
2012年 -8.32兆
2013年 -8.28兆
2014年 -6.98兆
2015年 -6.32兆
2016年 -5.72兆
2017年 -5.12兆

では、同じ「厚生年金」の内、「厚生年金部分」の赤字幅はどのように推移しているでしょうか?

2007年 -5.92兆
2008年 -5.63兆
2009年 -6.63兆
2010年 -6.95兆
2011年 -5.70兆
2012年 -4.69兆
2013年 -4.35兆
2014年 -3.67兆
2015年 -2.65兆
2016年 -1.28兆
2017年 -0.54兆

リーマンショックの起きた2008年、翌2009年に赤字幅が大きく膨らんでいますが、その原因は受給額が減ったことではなく、給付費が急増したこと。

理由は現時点では不明です。

赤字幅としては厚生年金勘定全体よりも、厚生年金部分の赤字幅の方が縮小幅が大きく、近々黒字化してもおかしくないような状況にはなっていますね。

まあ・・・今の私の心境としては誤った情報を長年配信し続けた罪悪感でいっぱいです。

もう一つの視点いたしましては、年金の加入者数の推移。

第478回の記事 でお示ししました通り、厚生年金の加入者の数は、平成19(2007)年度まで増加し、20年、21年の2年間減少。

22年より再び増加に転じ、以降現在に至るまで毎年増え続けています。

「基礎年金勘定への繰り入れ」は毎年の期首、つまり4月に、前年3月末時点での年金加入者数から1年間に納付されると考えられる保険料の総額を予測して基礎年金勘定に繰り入れられるものです。

ですが、昨年度の期首の厚生年金加入者よりも昨年度期末の厚生年金加入者の数の方が多くなっているわけですから、昨年度に納付された保険料の総額は、昨年度期末の厚生年金加入者の数から予測される保険料の納付額よりも少なくなってしまいます。(加入者数が減少した2年間は取り除いて考えます)

この事から、当然今年度の期首に厚生年金勘定より引き出される「基礎年金部分」の金額は、昨年に納められた厚生年金の「基礎年金部分」の総額よりも多くなってしまいますので、必然的に前年までの厚生年金勘定の資産を切り崩して支払わざるを得ません。

その財源として平成25(2013年)までは厚生年金勘定の「年金積立金」が切り崩されていました。

ですが、2014年以降は、実は厚生年金勘定では「年金積立金」より1銭たりとも財源を受け入れていません。

つまり、2014年以降は、わざわざ年金積立金を切り崩すことをせずとも「厚生年金加入者が増えることによって不足する『基礎年金勘定へ繰入』るための財源」を単年度会計の中で賄えるようになっている、という事がわかります。

またもう1点。「厚生年金」に「未納者」はいない。私はこれを前提として今まで記事を作成してきましたが、厚生年金にも、支払い義務を負った企業がこれを支払わず、場合によってはそのまま倒産してしまうケースもありますから、当然「未納額」も存在します。

上記グラフには、これらの情報が加味されていませんから、単純にこのグラフだけを配信する事だけはご遠慮願いたいと思います。

更にもう一点。厚生年金勘定において「基礎年金勘定」より受け入れている額は、「昭和60年以前に年金受給者となった人」への支給額ですから、当然毎年減少しています。(私が勘違いをして誤った情報配信を行っていた部分です)

にもかかわらず、毎年国庫負担分を含む保険料収入が毎年増え続けているという事はきちんと評価すべきだと思います。

後は、年金の受給年齢が毎年上がっている事。

年金支給開始年齢の引き上げ

上図にある「定額部分」、これが基礎年金部分、「報酬比例部分」、ここが厚生年金部分です。

基礎年金部分に関しては既に受け取り開始年齢の引き上げが終わっていますが厚生年金部分に関してはまだこれから。上図で見る限り、42年までは継続します。

このような状況を考えますと、少なくとも現時点において厚生年金制度の「破綻」を危惧するような状況にはないのではないか、と私は思います。

それでは、次回記事こそ、「積立金」の部分にポイントを絞り、年金制度の新たな解明に向けて、記事を作成していければと思います。




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