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ご存知の方がどの程度いらっしゃるかはわかりませんが、このところ、ツイッター上で自民党の衆議院議員である、杉田水脈氏が「新潮45」に寄稿した、「LGBT」に関する記事が話題になっています。



この記事のおけるLGBTに関する記述が、とても差別的なのではないか、とされ、27日にはLGBT団体等が参加し、自民党本部前で、主催者発表によると総勢5000名に上る抗議活動が行われたのだそうです。


記事の何が問題とされたのか

よく言われますように、記事の一部分だけを切り取ってあげてしまうことはよくありません。
ちょうどこの全文を転載したサイトがございますので、記事へのリンクを掲載しておきます。

杉田水脈著『「LGBT」支援の度が過ぎる』を全文書き起こす(転載歓迎)

私の記事ではあえて全文をのせることはしません。(先に記事を作成なされた方への敬意を示すものです)

記事中で、特に問題とされているのは、
子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

の部分。

ネット上では特に「左寄りの主張をする人たち」が、この「『生産性』がない」の部分を曲解して、「LGBTには価値がない」と記載したかのように言い換え、杉田議員があたかも差別主義者であるかの様に喧伝しています。


「右寄り」や「左寄り」

私自身はあまり「右」や「左」といった表現方法はあまり好きではありません。

シリーズ、「右翼」と「左翼」の違いを分かりやすく検証します。 でもご紹介したように、特に日本ではこのように「右」や「左」でカテゴライズすることに、あまり意味はありません。

フランス革命当時、『支配するものが存在せず、「政府」そのものが存在しない社会』(完全なる平等社会)を目指した連中が定義づけた「共産主義」。当時のフランスにおける身分制度、「アンシャン・レジーム」において、「第三身分(平民)」とされた人たちがその中心となっていました。

革命勃発後、憲法を制定するために開かれた議会で対立軸となったのが「国王の拒否権」と「貴族院の開設」。

これに反対したのが「第三身分(平民)」。彼らが座っていたのが議会の左側、つまり「左翼」でした。

このことが現在の「左翼」の語源とされているわけですが、第二次世界大戦前の日本では、この「共産主義」に傾倒した軍人(皇道派)たちが起こした「2.26事件」。そしてその後の日本の内閣に影響力を及ぼした軍人、「統制派」。

現在、日本で「右翼」と呼ばれているのは、この当時の内閣の在り方を意図したものです。

現在の日本の共産党は、現在の安倍内閣が、この時の日本に回帰させようとしているという「前提」で政権批判を行っているわけです。

稲田さんや、今回の杉田水脈さんがここまで徹底的にたたかれるのはなぜか。そう考えると、少し見えてくるものがありますよね。


改めて検証する杉田議員の寄稿

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冒頭のこの文章を比較する前にまず、杉田さんが、引用先記事の冒頭部分で記している記述を見てみます。

 朝日新聞や毎日新聞といったリベラルなメディアは「LGBT」の権利を認め、彼らを支援する動きを報道することが好きなようですが、違和感を覚えざるをません。発行部数から言ったら、朝日新聞の影響の大きさは否めないでしょう。

 最近の報道の背後にうかがわれるのは、彼ら彼女らの権利を守ることに加えて、LGBTへの差別をなくし、その生きづらさを解消してあげよう、そして多様な生き方を認めてあげようという考え方です。

 しかし、LGBTだからと言って、実際そんなに差別されているものでしょうか。もし自分の男友達がゲイだったり、女友達がレズビアンだったりしても、私自身は気にせず付き合えます。職場でも仕事さえできれば問題ありません。多くの人にとっても同じではないでしょうか。

前半で杉田さんが批判しているのは、「リベラルなメディア」が、「LGBTの権利」を認めた上で、彼らを支援する動きを報道する姿勢 にあるようです。

また最近の報道の傾向として、「LGBTへの差別をなくし、その生きづらさを解消してあげよう、そして多様な生き方を認めてあげようという考え方」があることを掲載しています。

その上で、杉田さんは暗に、「LGBTは世間で騒がれるほど差別されていないのではないか」と読者に対して投げかけていますね。

上記の文章から読み取れることとして、この後の文章に掲載されている内容から見ても、杉田さんは

もともと日本では、LGBTに対する差別はなく、その生き方は認められていた

ことに言及しているわけです。そして、そこに海外の同性愛に対して寛容ではない宗教国の文化が入ってきたために、あたかも同性愛者に対する差別が、もともと日本にもあったのではないか、と国民が思い込んでいるのではないでしょうかと、そう記載しているわけです。

杉田さんが批判している内容をが、如実に表現されている投稿が、杉田さんの記事が掲載された後のツイッターの杉田さんに否定的なサイドからの投稿にあります。

LGBT記載

現立憲民主党の参議院議員である有田芳生氏の投稿ですが、ここに以下のような記載がありますね。

特定の人間を「生産性がない」と切り捨てる杉田水脈議員の浅薄な「思想」もどきの人権攻撃を無視できないのは、それがナチズムの優性思想による抹殺の歴史に通底しているからだ。実際に7万人の障害者が殺害され、10万人以上の同性愛者が逮捕された。

ナチス統治下のドイツにおいて、10万人以上の同性愛者が逮捕された、つまり「迫害されていた」ことを杉田議員を批判する事例として挙げているのですが、実際に同性愛者が差別されていたのは当時のドイツであり、日本ではありません。

そして杉田さんは、日本にはもともとそういった差別は「なかった」といっているのです。

同性愛者を差別する文化は海外から入ってきたものであり、もともと差別される対象でなかったはずの同性愛者をわざわざ「LGBT」とカテゴライズし、ここに対してわざわざ特別な「権利」を与え、支援を行っているのが今の日本のメディア報道や行政の在り方なのではないか、いうことを杉田さんは訴えていらっしゃるのではないでしょうか?

では、この考え方の下で、改めて私の記事の冒頭に掲載した引用部分を見てみます。
子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

前後の文章を追加して、少し肉付けしてみます。

 リベラルなメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにして、その解消をうたいますが、そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。

 それを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育の目的のはず。

「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。しかし、行政が動くということは税金を使うということです。


 例えば、子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

 しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

 にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。

いかがでしょう? ずいぶん印象が変わってくるのではないでしょうか。

この件(くだり)で、杉田さんが訴えているのは、

「生きづらさを抱えているのはLGBTだけでなく、多くの方が同じように生きづらさをかけている」こと。そして、その上で「生きづらさを解消する(正確には生きづらさを解消する方法を身に着けさせる)のは行政の役割ではなく、『教育』の役割である」と言っているのです。

同じ生きづらさでも、これが子育て支援やカップルへの不妊治療であれば、ここに税金を投入することで、当事者が抱えている根本的な問題を解消し、本人たちの生きづらさを解消することができるかもしれません。

ですが、同じ税金をLGBT問題に悩む当事者ではなく、「LGBTカップル」に対して投入することに、いったいどんな「生産性」があるのでしょうか? 本人たちが抱えている根本的な問題は何も解消せず(むしろ本人たちが問題を解決する機会を奪ってしまい)、却って当事者たちがより深い「生きづらさ」を抱えることになってしまうのではないでしょうか。

彼ら、彼女らが、育てる親のいない子供たちを引き受け、自分たちの子供として育てるということを「生産性がある」事例として引き合いに出す方もいらっしゃいますが、そのことがかえってその子供が学校でいじめられる原因になったり、あるいは(あえて言いますが)「正常な」家族観を持つ大人に育つことを阻害する要因にはならないのでしょうか?

そしてそれを本当に「生産性がある」といえるのでしょうか?


「差別」と「逆差別」

私が、福祉分野の活動にかかわるようになったのは、今から13年ほど前。特に「死にたい」という気持ちを常に抱き続ける人達に対するサポートを行う活動が最初でした。この活動は現在も続いています。

そして、その後に「障害を持った人」に関連した活動に関わる様になりました。

このころによく耳にするようになったのは、「逆差別」という言葉です。


私自身、障害者手帳を有する「3級障害者」です。私には左脚がありません。

ですが、そのことを以て私は私の人生を悲観したことはありませんし、障害があることが私の人生における選択肢の数を減少させていたことは事実ですが、私自身は自分が選択できる選択肢を選び続け、その中で精いっぱい生きづづけてきました。

子どものころであれば、障害者である私が頑張っていれば、みんな手を差し伸べてくれますし、間違えても私自身を差別するような人はいません。

ですが、大人になるとそうはいきません。

人より体力はありませんし、取り分けて頭が良いわけでもありません。整理整頓は苦手ですし、スケジュールを把握することもまた苦手。努力することそのものが苦手ですし、記す文字も汚く、とても人に見せられたものではありません。

計算も苦手で、時に二桁×一桁の簡単な計算さえ間違えてしまいます。

そう。今考察するとよくわかるのですが、私はおそらく軽度の「発達障害」なんでしょうね。

軽度の発達障害と3級の障害を抱えた私です。会社に入っても周りとコミュニケーションを作ることがうまくいきませんし、上司との関係性ばかりを気にして、雇う側から考えれば、早く切り捨ててしまいたい「社員」だったのではないでしょうか。

そう。そして私はそんな自分を悲観し(決して障害を原因としたものではありません)、周囲に対する「愚痴」を言い続けていました。

では、そんな私に「手を差し伸べたい」と考える人がいるでしょうか?

仕事上のコミュニケーションを築くことは苦手でしたが、それでも仲良くしてくれる友人は社内にもたくさんいましたから、仕事から離れればいたのかもしれません。ですが、仕事上では「皆無」です。

「かわいそうな奴だな」と端から見ている人はいたかもしれませんが、では私に手を差し伸べてくれるかといえば、決してそんなことはありません。頑張っていないやつを助けようとする人なんて通常の社会にはいないんです。その人が障害を持っているのかいないのか、なんて関係ないんです。


「逆差別」とは?

当時の私が自分自身を悲観していたのは、障害の有無ではなく、私自身の人間としての「能力」の問題です。

「会社の中で苦しい思いをしたまま、私はいつまで生きていかなければならないのだろうか」と、その思いがずっと頭の中を駆け巡り、自分自身に能力がないことが原因であることがわかっていながら、私はすべてを「周りのせい」にしていました。

ただ一つ言えるのは、私がこれを「障害のせい」にしたことだけはなかったということです。

では、もし仮に私がこれを障害のせいにし、「私に能力がないのは障害のせいだ」と周りに当たり散らしていたとしたらどうでしょう?

 「障害者である私をなぜあなたたちは助けないんだ。あなたたちは人間じゃない」

と。実は誰も私のことを「差別」なんてしていないんですよね。実は、障害を持った自分を差別しているのは「自分自身」。

「逆差別」とはすなわちこのような状況のことを言います。

コンプレックスを抱く要素なんて、社会にはうんざりとするほどあります。その一つ一つに反応して、自分の力ではどうしようもないことに腹を立て、「これもすべて社会が悪いんだ!!」なんていったってなにも解決しません。


私が参加した福祉的活動の多くには、所謂「左翼的思想」の持ち主がかかわっていました。

実際その多くの支援団体のグループはその問題を解決しようと一生懸命ですし、みんなでグループワークなどを繰り返し、自分たちが「差別される立場にある人たち」を支援するためにはどうすればよいのかと必死にアイデアを出し合っていました。

そんな活動の中の一つに、政府から受託され、給料を受け取る形で全国的に取り組むこととなった活動があります。

私ももちろん給料を受け取っていましたし、団体として参加した部分に関しては団体に対して寄附をして、これを団体の運営費として活用もしていました。

ですが、中にこの活動を「悪用」する人が出てくるわけです。本来であれば弱者のために必死に活動し、中にはこの国の法制度の網を変革させ、大きなくくりでいえば「自殺者の数を大幅に減らす」ことに貢献した活動まで行った人が、ここにお金が絡んだ瞬間から別人のようになってしまうんです。

大学教授や、地域の多くの(福祉関連の)活動家まで巻き込み、下手をすれば全国的なトップニュースとなってもおかしくはないほどに泥沼化しました。


「左翼的活動」って、その多くが社会的な弱者を救済するための活動です。元々は権力や体制への怒りが根源となっていますから、非常に相性がいいんでしょうね。

ですが、だからこそ金銭欲にかられた人たちの「ビジネス」に利用されやすい性格も有しています。

社会的弱者が、弱者自身に対して行う「逆差別」は、『似非』左翼たちのビジネスに悪用されやすいのだと思います。逆差別を行う張本人からすれば非常に心地が良いですから、彼ら、彼女らもまた似非左翼ビジネスに巻き込まれていきます。

そしてそこで徹底的に「反体制」「反権力」を刷り込まれますから、霞が関前などで行われている、ああいった大きなデモ活動に繋がりやすいのだと思います。

ですが、本来社会的弱者を支援する人たちが行わなければならないのは、社会的弱者を不必要に甘えさせ、自立する力を奪うことではないはずです。

杉田さんが記事に記されていますように、社会的弱者となる要素を持った人物が、将来本当に社会的弱者となってしまわない様、自立する力を身に着けることこそ本当の「教育」の在り方なのだと思います。


もし私に「LGBTに対する差別意識はないのか」と聞かれれば、私は絶対にYesとは答えられません。私の中にも確かにあるのです。自分と違う価値観を持った人たちに対する「差別意識」が。

ですが、それはごく当たり前のことなのではないでしょうか。そういった「差別意識」が自分自身の中にもあることを認めたうえで、自分とは違う価値観がそこにあることを受け入れていくことこそ、本当の社会の「あるべき姿」なのではないかと思います。

杉田水脈さんの言葉を拝借すれば、

 「『普通』であることを恐れない社会」

こそ、本当の意味での「差別」をなくしていくために必要なことなのではないでしょうか?



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<継承する記事>第408回 消費税収から逆算される「消費」の推移~過去の記事訂正を含む~

前回の記事 に置きまして、私が過去の記事で行っていた「消費税収から逆算される消費」について、「税率」に対する認識の誤りで、特に消費増税前後の「消費」について掲載した記事の多くに「誤り」があることを掲載させていただきました。

もし、私の記事を参考にされている方がいらっしゃったとしたら、大変申し訳ないことをいたしました。

ただ、私にも記事を作成するなりの「矜持」というものがございますので、今回の訂正で私の経済に対する「分析」にどの程度の誤差が生じるのか、改めて検証してみたいと思います。


改めて分析する「消費税収から逆算される消費」


消費税課税対象となった消費の推移

グラフは、棒グラフが消費税収から逆算される「消費」の推移。折れ線グラフは政府による一般会計歳出から「国債費」と「社会保障費」を取り除いた歳出の推移です。

「国債費」は文字通り償還期を迎えた国債の返済に充てられる費用で、この歳出にはそもそも国内の「消費」を喚起することは望めませんので取り除いています。

また、「社会保障費」は国内の景気動向に関係なく、日本国内の「高齢化」という問題で否が応でも増加し続ける分野です(限界はあるものの)。

ですので、この2つの項目を除外してグラフにしてみました。こうしてみると、2009年。麻生内閣における歳出ですが、その金額がいかに多かったのかということがよくわかりますね。

この2つのグラフを重ねて作成した一つの目的は、政府による「歳出」と「消費」にある一定の相乗関係があるのではないか、とする推測に基づくものです。


「消費」動向の特徴

「消費」の動きを見ますと、何度か急速に伸びているところがありますね。

1.1995→1996年度
2.1998→1999年度
3.2004→2005年度
4.2012→2013年度

の主に4つかと思います。ただし、1999年は消費が急速に上昇した後、2000年度には急落。2002年度には5%への消費増税後、最少にまで下落した後、今度は2005年に向けて急速な上昇に転じています。

また一方で2005年度に関しても、2004年度から急速に上昇した後、今度は2008年のリーマンショック、そしてその翌2009年に向けて急速に下落しています。

その後、今度は2010年から急速に消費が回復し、迎えるのが2013年度、安倍内閣初年度です。

消費税課税対象となった消費の推移2

補助線を加えてみました。赤丸で囲った年度が「増税年度」。赤と緑の縦線は総理大臣が変わった月を示しています。

1997年の消費が伸びているように見えますが、これは必ずしも正確ではありません。増税年度ですので、3%の税収と5%の税収が混じっている状態で、世の中の経済状況は1998年の方が1997年よりも悪かった、と記憶していますので、1998年の数字よりも1997年の数字が高くなるよう、私が調整しているだけですので、この年度に関してはあまり信用なされませんよう、お願いします。

① 村山 富市 1994年6月30日~1996年1月11日

② 橋本龍太郎 1996年1月11日~1998年7月30日(1997年7月アジア通貨危機)

③ 小渕 恵三 1998年7月30日~2000年4月5日

④ 森  喜朗 2000年4月5日~2001年4月26日

⑤ 小泉純一郎 2001年4月26日~2006年9月21日(2001年9月11日同時多発テロ)

⑥ 安倍 晋三 2006年9月26日~2007年9月26日

⑦ 福田 康夫 2007年9月26日~2008年9月24日

⑧ 麻生 太郎 2008年9月24日~2009年9月16日(2008年9月15日リーマンショック)

⑨ 鳩山由紀夫 2009年9月16日~2010年6月8日

⑩ 菅  直人 2010年6月8日~2011年9月2日

⑪ 野田 佳彦 2011年9月2日~2012年12月26日(2011年3月11日東日本大震災)

⑫ 安倍 晋三 2012年12月26日~

今後、詳細は検証していく予定ですが、現在私が考えている「予測」をここで示しておきます。

1.1996年の伸び率について。

首相は1月で後退していますので、本予算は村山内閣にて、補正予算が橋本内閣において組まれたものと考えられます。ちょうど増税前年ですから、最も考えられるのは「駆け込み需要」と、増税に備えて組まれた経済対策予算です。


2.1999年の伸び率について。

本予算から、補正予算まで含めて担当しているのが小渕内閣。つまり、小渕さんの政策が「消費」を急上昇させた理由なのではないか、と考えられます。


3.2003年~2005年にかけての「上昇」、2005年の伸び率について。

言うまでもなく内閣は小泉内閣。私は小泉内閣の政策については否定的ですが、実績は実績として検証する必要があります。一つの内閣が6年続いたことが理由か、それともマネタリストたちの言う「金融緩和」が原因なのか。少なくとも、小泉内閣が「実績」を残していることだけは間違いなさそうです。


4.2010年~2012年にかけての「上昇」について。

まさしく、「民主党」が政権を担当していた時代です。ですが、私が個人的に思っているのは、民主党政権の影響よりも、その直前。麻生内閣において実施された政策の影響の方が大きいのではないかと考えています。この辺りも追及してみたいと思います。

これらを検証した上で、改めて2013年度以降。安倍内閣の政策を評価する内容へと移っていきたいと思います。

ドイツに関するシリーズ も継続して作成していく予定ですので、少し時間はかかると思いますが、どうぞお付き合いください。

本日の記事はいったん、ここで終了いたします。



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この記事のカテゴリー >>日本の税収の見方



前回の記事におきまして、

「消費税」は、その税率から、消費税の課税対象となったものに限り、その年に消費されたものやサービスの消費金額を逆算することができます。

この金額を計算していて、少し興味深い事実が見えてきたので、このことは後日改めて記事にしてみたいと思います。

と、掲載いたしました。

今回の記事は、この記述に関するアンサー記事を作成する予定です。

ただ、分析を行う中で、過去の記事全体を通じて多くの修正を行うことが必要な私の認識の謝りがございましたので、まずはこの記事でこれを訂正し、随時過去の記事にさかのぼって訂正を記載していく予定です。


消費税課税対象となった消費の推移


消費税課税対象となった消費の推移

こちらが、「消費税課税対象となった消費」の推移。

これまで、私はこの「消費税課税対象となった消費」を安倍内閣誕生以後のものにしか関心を持っていませんでしたので、基本的に安倍内閣誕生以後の「消費」にしか触れてきませんでした。

ところが、SNSサイトで議論を繰り返す中で、ふと「安倍内閣誕生以前」の消費にも関心を持つきっかけがあり、その数字を出してみたのですが、結果はグラフにお示しした通り。

麻生内閣が崩壊したのが2009年の9月。この2009年の「消費」を底値として、2010年、2011年、2012年と継続して「消費」は伸びており、前年と比較して2010年は5兆、2011年は3兆、2012年は同じく3兆、消費が伸びています。

もちろん、これは「消費税の課税対象となった」消費に限定したものですから、「消費」全体を示しているものではありません。

ですが、それでも「消費」を測る指標としては、他のデータよりよほど参考になるデータだと思っています。


私の「思い込み」が原因となった「勘違い」

グラフをよく見ていただくとわかると思うのですが、グラフの中に、私が過去の記事。例えば、 第405回の記事 で掲載した内容と異なるデータが掲載されています。

安倍内閣が誕生した直後の2013年度の「消費」が217兆円、2014年度の「消費」が同じく217兆円、2015年度の「消費」が218兆円となっていますね?

ですが、第405回の記事 では2013年度の消費額が270.748兆円、2015年度の消費額が276.607兆円と掲載していました。

消費総額でもその額が大きく異なっているわけですが、これは、私の中に一つ大きな「思い込み」があったことが原因です。

例えば、消費税率8%の「消費税率」の中で、「一般会計税収」は6.3%、「地方消費税」は1.7%となっています。
5%の当時であれば4%が一般会計税収、1%が地方消費税です。3%の時は全額が一般会計税収でした。

私は財務省のホームページに掲載されている 租税及び印紙収入、収入額調 のページから毎月の政府の「一般会計税収」を見ています。

で、ここに「一般会計税収」の項目で掲載されている「消費税収」を、例えば2017年度のものであれば、税率を「6.3%」、2013年度以前のものであれば税率を「4%」であると考えて税収を逆算していました。

ですが、先ほど掲載したグラフを作成している折、明らかにいびつな数字が算出されてしまったことから、これが誤りなのではないか、と感じたのです。

ポイントとなったのは、1996年度から1998年度にかけての「消費」です。

増税年度である1997年や2014年は税率が増税前のものと増税後のものが混在していますので、あくまで私の推測によって尤もらしい数字を算出したもの。仮の数字です。

3%から5%に増税されたときの数字で考えると、比較するべきなのは増税前の1996年度と増税後の1998年度の数字です。

3%当時は全額一般会計税収ですから地方消費税のことを考える必要はないのですが、5%に上がったときに問題は生じました。

私は当然4%であると想定して計算したのですが、1996年の「消費」は202兆。1998年。5%に増税されたとき、仮に4%であると考えると、1998年度の消費は、なんと252兆円になるのです。

1997年7月のアジア通貨危機勃発を受け、1998年はただでさえ日本国全体は数多くの金融機関が倒産し、それまで2万人台であった自殺者数が一気に3万人台を超えるほどの「大不況」に見舞われました。

そんな年に消費が一気に50兆円も増えるということは、まず考えられません。それ以降、他のどの年度を見てもそこまで消費が増加した年はありません。このことから、税率を4%で考えるのは誤りだと直感したわけです。

そこで、改めて5%で計算しなおすと、その消費額は201兆円。増税前より1兆円少ない金額となっていました。

もちろん、これが本当に正解なのかどうかはまず財務省に確認をする必要があるのですが、まず間違いはないものと思われます。


「誤り」を受けて改めて考察すると・・・

同じ状況は当然安倍内閣における「増税」でも起きているわけで、つまり増税前後、2013年と2015年を比較して、消費が6兆円増えたとする私の説は誤っていたことになります。

ただし、それでも2015年度の「消費」は2013年度と比較して1兆円増えており、少なくとも「消費増税」の悪影響を2013年1年で吸収することができていたという私の主張に誤りはないと考えています。

その翌年、2016年度に3兆円消費が縮小し、増税前の消費よりも縮小していますが、それでもその翌年(2017年度)は4兆円消費が増え、再び2013年度の消費を上回ることとなりました。

民主党内閣時代、2010年~2012年の3年間、4兆円→3兆円→3兆円のペースで消費は増えています。

そして安倍内閣が誕生したのは2012年12月。この年から翌2013年度にかけて、消費は実に10兆円も増加しています。

ですが、消費増税が行われた2014年度以降、その上昇幅にブレーキがかかっていることは、確かに事実です。

では、消費増税が行われなければ、本当に消費はもっと増えていたのでしょうか。では、どの程度増えていたのでしょう?

そして、仮に消費増税が行われていなければ、2017年度の消費税収は、どこまで増えていたのでしょうか?

次回以降の記事では、今回掲載した「消費税課税対象となった消費の推移」のグラフを用いて、改めて「検証」を進めてみたいと覆います。



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「税収」を年間で具(つぶさ)に追いかけてきた私としては、いよいよ、待ちに待った、という感慨のひと時であったりします。

もちろん、この結果が悪ければ、それはそれで残念な結果ではあるのですが、少なくとも2017年度のデータとしては、決して「残念な」結果にはなっていないところがミソ。

最終月である5月度のデータとして、唯一残念に思っているのは、5月単月の「消費税収」が、前年同月比で「93.8%」と前年割れしてしまっていたこと。4月までの時点では累計で103.3%と「消費の好調さ」を示唆していただけに、最も多くの税収が期待できる5月度のデータが前年を大きく下回っていたことは、私としては残念な結果ではありました。

ただし、それはあくまでも「5月単月」のデータであり、通年で見れば101.7%。前年を1.7%上回る結果です。

一般会計税収全体でも、5月単月で前年比106.3%、通年で106.0%。予算ベースを2%上回る結果となりました。


2017(平成29)年度税収

2017年度税収

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【2018(平成30)年5年度税収】※(  )内は前年同月です。
所得税全体 5月分 0.0759兆(101.1%) 累計 18.881兆(107.2%)

 源泉分 5月分 0.0099兆(91.0%) 累計 15.627兆(107.9%)
 申告分 5月分 0.0659兆(102.9%) 累計 3.188兆(104.1%)

法人税 5月分 5.053兆(116.9%) 累計 11.995兆(116.1%)

消費税 5月分 2.793兆(93.8%) 累計 17.513兆(101.7%)

一般会計全体 5月分 8.388兆(106.3%) 累計 58.787兆(106.0%)

データとしては5月度のものを載せていますが、「累計」の部分が2017年度の通年の実績となっています。


いつもですと、ここから税収別に詳細を掲載していくのですが、今回は先に新聞の記事を引用してみます。

【朝日新聞ニュースより】2018年7月6日14時42分
税収、昨年度は58・8兆円 好況で過去3番目の高水準

 財務省は4日、2017年度の決算見通しを発表した。世界的な好景気で消費税、所得税、法人税の「基幹3税」が3年ぶりにそろって前年度を上回り、一般会計の税収は58兆7875億円と過去3番目に高い水準となった。与党から歳出拡大を求める声が高まりそうだ。

 税収が増えたのは2年ぶり。前年度から3・3兆円増え、バブル期直後の1991年度の59・8兆円以来26年ぶりの水準となった。

 増収を後押ししたのは、好調な世界経済を背景とした企業業績の回復だ。16年度まで2年連続で減少した法人税は16・1%増の12・0兆円と、当初の見込みは下回ったものの、基幹3税の中で最も伸びが大きかった。自動車などの輸出が好調だったことや、東京五輪を控えた建設需要の高まりなどが寄与した。

 企業の好業績は所得税の伸びにも影響。上場企業の株式の配当収入や売却益の増加により、7・2%増の18・9兆円となった。消費税も1・7%増えて17・5兆円となった。

 この結果、税収は当初の見込みより1兆754億円上ぶれ、予算の使い残しなどもあわせた最終的な「剰余金」は約9100億円となった。

 18年度の税収はさらに59・1兆円に伸びると見込んでいる。歳出の3分の1以上を借金に頼る構造は変わっていないが、税収増で財政規律は緩みかねない。来年の消費増税や参院選を控え、歳出拡大を求める声が一層強まる可能性がある。

税収が増えた理由として、記事では日本国内の事情ではなく、海外の好調な経済状況が理由だ、と掲載されています。

前年と比較して伸び率が最も大きいのは「法人税」。率だけでなく、額面分でも1.67兆円増となっています。
次に所得税収(源泉分)。105%の伸び率で、金額では1.14兆円増となっています。

一般会計税収全体では3.3兆円増。予算ベースでは1.1兆円の「上振れ」となっています。


所得税収の見方

「所得税収」の内、伸び率が大きいのは所得税収「源泉分」となっているわけですが、これは記事中では以下のように記されています。

企業の好業績は所得税の伸びにも影響。上場企業の株式の配当収入や売却益の増加により、7・2%増の18・9兆円となった。

引用は朝日新聞記事から行っているのですが、今回の記事に関してはわかりやすく、内容がきちんとまとまっていると思いますね。私は源泉分を単純に私たちが受け取っている「給与所得」のみからねん出されていると思っていたのですが、確かに株式等からの配当も源泉徴収されますね。勉強になります。


消費税収の見方

また一方で消費税に関しては、確かに海外に販売されるものに関しても一時的に課税されているわけですが、これは事後的に還付を受けることができます。

例えば、同じ2018年5月の「消費税収」でも、これを「2017年度」で見るか、「2018年度」で見るかで掲載のされ方が異なります。

2017年度分ですと、前記した通り消費税収は「2.793兆」、累計で「17.513兆」となるわけですが、2018年度で見ると次のように掲載されています。

消費税 5月分 △0.092兆(前年同月比なし) 累計 △0.156兆 (前年同月比なし)

これはおそらく前年度分から還付されたものだと考えられます。
還付には海外に輸出したものにかけられていた消費税額以外に、2つほどパターンがあります。マイナス経常されているのはその総額です。

前年度輸出したものにかけられていた消費税は翌2018年度に還付されていますので、この金額を見れば2017年に輸出されたものにかけられた消費税と、2016年度に輸出されたものにかけられた消費税を比較することができます。(もちろん完全にわかるわけではありませんし、100%輸出に対する還付ではありませんが)

ちなみに、前年度の5月時点での還付は次の通りです。
消費税 5月分 △ 0.116兆 累計△ 0.160兆

5月分、累計とも2016年度の金額の方が2017年度の金額より多くなっていますので、少なくとも5月までのデータからは、

 ・2016年度に納税された消費税額を2017年度に納税された消費税額の方が上回っている。
 ・2016年度に輸出されたものにかけられていた消費税額が、2017年度に輸出されたものにかけられていた消費税額を上回っている。
 ・2017年度に日本国内で消費されたものの方が、2016年度に日本国内で消費されたものの金額を上回っている。

つまり、単純に「内需」で考えた場合でも、2016年度の内需を2017年度の内需が上回っている、と推測することができます。

「消費税」は、その税率から、消費税の課税対象となったものに限り、その年に消費されたものやサービスの消費金額を逆算することができます。

この金額を計算していて、少し興味深い事実が見えてきたので、このことは後日改めて記事にしてみたいと思います。


2017年度税収評

2017年度は、一般会計予算だけでなく、12月には補正予算も組まれています。

その額は2.7兆円で、その財源の一部として1.184兆円の「公債金(国債)」が充てられることになっていました。

ですが、結果的に2017年度の税収は予算に比べて1.1兆円「上振れ」したうえ、赤字国債の発行額は2兆円減額。また、実際に係った経費と予算との差額が9100億円発生し、これは「使い道のない金額」として予算上中に浮いた形となってしまっています。

私がそもそも「税収」を継続して記事にしている理由は、

 1.税収から日本の景気を観測すること
 2.2014年度に行われた消費増税の影響が限定的であったことを証明すること。

主にこの2点を理由としています。

テーマはやっぱり「消費増税」なんですよね。

私だって消費増税を行わないという選択肢をずっと主張していた側ですから、現在消費増税に反対している人たちの気持ちがわからないわけではないのです。

ですが、反対しているからといって、消費増税を行ったことでアベノミクスが失敗に終わったかのような主張を行う人たちがいることもやっぱり許せないわけです。なので、これを否定するための情報を集めることがまずは第一の目的でした。

ですが、一方で私のブログの代名詞ともいえる「60年償還ルール」。ある議論の中で、これを否定しようとする人がいたこともまた私が税収の調査を継続している目的ともなっています。

第359回 60年償還ルールで財政が破綻しない理由 の中で、国債発行元年から60年経過すれば、「国債発行残高」の増加額は頭打ちとなり、後は各年度で発行される国債発行額の単純な違いが増減の根拠になることを記事にしました。

これをやっぱり否定したい人がいるのです。

60年経過しようが、このまま国債を発行し続ければ、いつか日本の財政は破綻する・・・ことにしたい人が。

その理由として、「今年度(2017年度)も補正予算が組まれており、その財源として国債が発行されることが決まっている」という主張を行っていましたが、実際には財源として国債が発行されなかったばかりか、発行額は2兆円分縮小され、さらに9100億円の「使い道のない税収」までが発生している有様です。

もちろん自分の予測した経済状況と異なる結果が発生することがあるのは仕方のないことです。ですが、だからといって詳細に分析することをせず、単なる思い込みや願望で誤った情報を配信しようとする連中がいることは、私としては本当に腹立たしく思っているわけです。

せめて私自身はそうならない様、分析と検証を繰り返し、どこが正しくて、どこが誤っていたのか、これをきちんと配信されるサイトを作成するよう努めていきたいと思います。


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