FC2ブログ
雑記など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

ランキングサイト

この記事のカテゴリー >>雑記


ご存知の方がどの程度いらっしゃるかはわかりませんが、このところ、ツイッター上で自民党の衆議院議員である、杉田水脈氏が「新潮45」に寄稿した、「LGBT」に関する記事が話題になっています。



この記事のおけるLGBTに関する記述が、とても差別的なのではないか、とされ、27日にはLGBT団体等が参加し、自民党本部前で、主催者発表によると総勢5000名に上る抗議活動が行われたのだそうです。


記事の何が問題とされたのか

よく言われますように、記事の一部分だけを切り取ってあげてしまうことはよくありません。
ちょうどこの全文を転載したサイトがございますので、記事へのリンクを掲載しておきます。

杉田水脈著『「LGBT」支援の度が過ぎる』を全文書き起こす(転載歓迎)

私の記事ではあえて全文をのせることはしません。(先に記事を作成なされた方への敬意を示すものです)

記事中で、特に問題とされているのは、
子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

の部分。

ネット上では特に「左寄りの主張をする人たち」が、この「『生産性』がない」の部分を曲解して、「LGBTには価値がない」と記載したかのように言い換え、杉田議員があたかも差別主義者であるかの様に喧伝しています。


「右寄り」や「左寄り」

私自身はあまり「右」や「左」といった表現方法はあまり好きではありません。

シリーズ、「右翼」と「左翼」の違いを分かりやすく検証します。 でもご紹介したように、特に日本ではこのように「右」や「左」でカテゴライズすることに、あまり意味はありません。

フランス革命当時、『支配するものが存在せず、「政府」そのものが存在しない社会』(完全なる平等社会)を目指した連中が定義づけた「共産主義」。当時のフランスにおける身分制度、「アンシャン・レジーム」において、「第三身分(平民)」とされた人たちがその中心となっていました。

革命勃発後、憲法を制定するために開かれた議会で対立軸となったのが「国王の拒否権」と「貴族院の開設」。

これに反対したのが「第三身分(平民)」。彼らが座っていたのが議会の左側、つまり「左翼」でした。

このことが現在の「左翼」の語源とされているわけですが、第二次世界大戦前の日本では、この「共産主義」に傾倒した軍人(皇道派)たちが起こした「2.26事件」。そしてその後の日本の内閣に影響力を及ぼした軍人、「統制派」。

現在、日本で「右翼」と呼ばれているのは、この当時の内閣の在り方を意図したものです。

現在の日本の共産党は、現在の安倍内閣が、この時の日本に回帰させようとしているという「前提」で政権批判を行っているわけです。

稲田さんや、今回の杉田水脈さんがここまで徹底的にたたかれるのはなぜか。そう考えると、少し見えてくるものがありますよね。


改めて検証する杉田議員の寄稿

4zg7brxZ_400x400.jpeg
冒頭のこの文章を比較する前にまず、杉田さんが、引用先記事の冒頭部分で記している記述を見てみます。

 朝日新聞や毎日新聞といったリベラルなメディアは「LGBT」の権利を認め、彼らを支援する動きを報道することが好きなようですが、違和感を覚えざるをません。発行部数から言ったら、朝日新聞の影響の大きさは否めないでしょう。

 最近の報道の背後にうかがわれるのは、彼ら彼女らの権利を守ることに加えて、LGBTへの差別をなくし、その生きづらさを解消してあげよう、そして多様な生き方を認めてあげようという考え方です。

 しかし、LGBTだからと言って、実際そんなに差別されているものでしょうか。もし自分の男友達がゲイだったり、女友達がレズビアンだったりしても、私自身は気にせず付き合えます。職場でも仕事さえできれば問題ありません。多くの人にとっても同じではないでしょうか。

前半で杉田さんが批判しているのは、「リベラルなメディア」が、「LGBTの権利」を認めた上で、彼らを支援する動きを報道する姿勢 にあるようです。

また最近の報道の傾向として、「LGBTへの差別をなくし、その生きづらさを解消してあげよう、そして多様な生き方を認めてあげようという考え方」があることを掲載しています。

その上で、杉田さんは暗に、「LGBTは世間で騒がれるほど差別されていないのではないか」と読者に対して投げかけていますね。

上記の文章から読み取れることとして、この後の文章に掲載されている内容から見ても、杉田さんは

もともと日本では、LGBTに対する差別はなく、その生き方は認められていた

ことに言及しているわけです。そして、そこに海外の同性愛に対して寛容ではない宗教国の文化が入ってきたために、あたかも同性愛者に対する差別が、もともと日本にもあったのではないか、と国民が思い込んでいるのではないでしょうかと、そう記載しているわけです。

杉田さんが批判している内容をが、如実に表現されている投稿が、杉田さんの記事が掲載された後のツイッターの杉田さんに否定的なサイドからの投稿にあります。

LGBT記載

現立憲民主党の参議院議員である有田芳生氏の投稿ですが、ここに以下のような記載がありますね。

特定の人間を「生産性がない」と切り捨てる杉田水脈議員の浅薄な「思想」もどきの人権攻撃を無視できないのは、それがナチズムの優性思想による抹殺の歴史に通底しているからだ。実際に7万人の障害者が殺害され、10万人以上の同性愛者が逮捕された。

ナチス統治下のドイツにおいて、10万人以上の同性愛者が逮捕された、つまり「迫害されていた」ことを杉田議員を批判する事例として挙げているのですが、実際に同性愛者が差別されていたのは当時のドイツであり、日本ではありません。

そして杉田さんは、日本にはもともとそういった差別は「なかった」といっているのです。

同性愛者を差別する文化は海外から入ってきたものであり、もともと差別される対象でなかったはずの同性愛者をわざわざ「LGBT」とカテゴライズし、ここに対してわざわざ特別な「権利」を与え、支援を行っているのが今の日本のメディア報道や行政の在り方なのではないか、いうことを杉田さんは訴えていらっしゃるのではないでしょうか?

では、この考え方の下で、改めて私の記事の冒頭に掲載した引用部分を見てみます。
子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

前後の文章を追加して、少し肉付けしてみます。

 リベラルなメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにして、その解消をうたいますが、そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。

 それを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育の目的のはず。

「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。しかし、行政が動くということは税金を使うということです。


 例えば、子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。

 しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。

 にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。

いかがでしょう? ずいぶん印象が変わってくるのではないでしょうか。

この件(くだり)で、杉田さんが訴えているのは、

「生きづらさを抱えているのはLGBTだけでなく、多くの方が同じように生きづらさをかけている」こと。そして、その上で「生きづらさを解消する(正確には生きづらさを解消する方法を身に着けさせる)のは行政の役割ではなく、『教育』の役割である」と言っているのです。

同じ生きづらさでも、これが子育て支援やカップルへの不妊治療であれば、ここに税金を投入することで、当事者が抱えている根本的な問題を解消し、本人たちの生きづらさを解消することができるかもしれません。

ですが、同じ税金をLGBT問題に悩む当事者ではなく、「LGBTカップル」に対して投入することに、いったいどんな「生産性」があるのでしょうか? 本人たちが抱えている根本的な問題は何も解消せず(むしろ本人たちが問題を解決する機会を奪ってしまい)、却って当事者たちがより深い「生きづらさ」を抱えることになってしまうのではないでしょうか。

彼ら、彼女らが、育てる親のいない子供たちを引き受け、自分たちの子供として育てるということを「生産性がある」事例として引き合いに出す方もいらっしゃいますが、そのことがかえってその子供が学校でいじめられる原因になったり、あるいは(あえて言いますが)「正常な」家族観を持つ大人に育つことを阻害する要因にはならないのでしょうか?

そしてそれを本当に「生産性がある」といえるのでしょうか?


「差別」と「逆差別」

私が、福祉分野の活動にかかわるようになったのは、今から13年ほど前。特に「死にたい」という気持ちを常に抱き続ける人達に対するサポートを行う活動が最初でした。この活動は現在も続いています。

そして、その後に「障害を持った人」に関連した活動に関わる様になりました。

このころによく耳にするようになったのは、「逆差別」という言葉です。


私自身、障害者手帳を有する「3級障害者」です。私には左脚がありません。

ですが、そのことを以て私は私の人生を悲観したことはありませんし、障害があることが私の人生における選択肢の数を減少させていたことは事実ですが、私自身は自分が選択できる選択肢を選び続け、その中で精いっぱい生きづづけてきました。

子どものころであれば、障害者である私が頑張っていれば、みんな手を差し伸べてくれますし、間違えても私自身を差別するような人はいません。

ですが、大人になるとそうはいきません。

人より体力はありませんし、取り分けて頭が良いわけでもありません。整理整頓は苦手ですし、スケジュールを把握することもまた苦手。努力することそのものが苦手ですし、記す文字も汚く、とても人に見せられたものではありません。

計算も苦手で、時に二桁×一桁の簡単な計算さえ間違えてしまいます。

そう。今考察するとよくわかるのですが、私はおそらく軽度の「発達障害」なんでしょうね。

軽度の発達障害と3級の障害を抱えた私です。会社に入っても周りとコミュニケーションを作ることがうまくいきませんし、上司との関係性ばかりを気にして、雇う側から考えれば、早く切り捨ててしまいたい「社員」だったのではないでしょうか。

そう。そして私はそんな自分を悲観し(決して障害を原因としたものではありません)、周囲に対する「愚痴」を言い続けていました。

では、そんな私に「手を差し伸べたい」と考える人がいるでしょうか?

仕事上のコミュニケーションを築くことは苦手でしたが、それでも仲良くしてくれる友人は社内にもたくさんいましたから、仕事から離れればいたのかもしれません。ですが、仕事上では「皆無」です。

「かわいそうな奴だな」と端から見ている人はいたかもしれませんが、では私に手を差し伸べてくれるかといえば、決してそんなことはありません。頑張っていないやつを助けようとする人なんて通常の社会にはいないんです。その人が障害を持っているのかいないのか、なんて関係ないんです。


「逆差別」とは?

当時の私が自分自身を悲観していたのは、障害の有無ではなく、私自身の人間としての「能力」の問題です。

「会社の中で苦しい思いをしたまま、私はいつまで生きていかなければならないのだろうか」と、その思いがずっと頭の中を駆け巡り、自分自身に能力がないことが原因であることがわかっていながら、私はすべてを「周りのせい」にしていました。

ただ一つ言えるのは、私がこれを「障害のせい」にしたことだけはなかったということです。

では、もし仮に私がこれを障害のせいにし、「私に能力がないのは障害のせいだ」と周りに当たり散らしていたとしたらどうでしょう?

 「障害者である私をなぜあなたたちは助けないんだ。あなたたちは人間じゃない」

と。実は誰も私のことを「差別」なんてしていないんですよね。実は、障害を持った自分を差別しているのは「自分自身」。

「逆差別」とはすなわちこのような状況のことを言います。

コンプレックスを抱く要素なんて、社会にはうんざりとするほどあります。その一つ一つに反応して、自分の力ではどうしようもないことに腹を立て、「これもすべて社会が悪いんだ!!」なんていったってなにも解決しません。


私が参加した福祉的活動の多くには、所謂「左翼的思想」の持ち主がかかわっていました。

実際その多くの支援団体のグループはその問題を解決しようと一生懸命ですし、みんなでグループワークなどを繰り返し、自分たちが「差別される立場にある人たち」を支援するためにはどうすればよいのかと必死にアイデアを出し合っていました。

そんな活動の中の一つに、政府から受託され、給料を受け取る形で全国的に取り組むこととなった活動があります。

私ももちろん給料を受け取っていましたし、団体として参加した部分に関しては団体に対して寄附をして、これを団体の運営費として活用もしていました。

ですが、中にこの活動を「悪用」する人が出てくるわけです。本来であれば弱者のために必死に活動し、中にはこの国の法制度の網を変革させ、大きなくくりでいえば「自殺者の数を大幅に減らす」ことに貢献した活動まで行った人が、ここにお金が絡んだ瞬間から別人のようになってしまうんです。

大学教授や、地域の多くの(福祉関連の)活動家まで巻き込み、下手をすれば全国的なトップニュースとなってもおかしくはないほどに泥沼化しました。


「左翼的活動」って、その多くが社会的な弱者を救済するための活動です。元々は権力や体制への怒りが根源となっていますから、非常に相性がいいんでしょうね。

ですが、だからこそ金銭欲にかられた人たちの「ビジネス」に利用されやすい性格も有しています。

社会的弱者が、弱者自身に対して行う「逆差別」は、『似非』左翼たちのビジネスに悪用されやすいのだと思います。逆差別を行う張本人からすれば非常に心地が良いですから、彼ら、彼女らもまた似非左翼ビジネスに巻き込まれていきます。

そしてそこで徹底的に「反体制」「反権力」を刷り込まれますから、霞が関前などで行われている、ああいった大きなデモ活動に繋がりやすいのだと思います。

ですが、本来社会的弱者を支援する人たちが行わなければならないのは、社会的弱者を不必要に甘えさせ、自立する力を奪うことではないはずです。

杉田さんが記事に記されていますように、社会的弱者となる要素を持った人物が、将来本当に社会的弱者となってしまわない様、自立する力を身に着けることこそ本当の「教育」の在り方なのだと思います。


もし私に「LGBTに対する差別意識はないのか」と聞かれれば、私は絶対にYesとは答えられません。私の中にも確かにあるのです。自分と違う価値観を持った人たちに対する「差別意識」が。

ですが、それはごく当たり前のことなのではないでしょうか。そういった「差別意識」が自分自身の中にもあることを認めたうえで、自分とは違う価値観がそこにあることを受け入れていくことこそ、本当の社会の「あるべき姿」なのではないかと思います。

杉田水脈さんの言葉を拝借すれば、

 「『普通』であることを恐れない社会」

こそ、本当の意味での「差別」をなくしていくために必要なことなのではないでしょうか?



このシリーズの次の記事
>>
このシリーズの前の記事
>>

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>雑記 よりご確認ください


この記事のカテゴリー >>アクセス対策について


本日は少し趣旨を変えてこんな記事をば。

【Google検索からのアクセス数の変動】
google検索クリック数の変動

こちらは、Google Search Console 。昔は「ウェブマスターツール」という名称であった、Google検索専用のアクセス解析ツールでのアクセス解析数の変動です。

実は、今月(2017年2月)に入って、私のブログへのアクセス数が急落する・・・という現象が続いておりまして、せっかく記事を作成し、たくさんの方に見ていただいていた中で、この現象の仕方はただ事ではありません。

で、気にかかっていたのは以下のような文言。

1 月 22 日: Search Console ではインフラストラクチャの更新を実施しました。そのため、データが変わる可能性があります。詳しくは、Search Console でのデータの異常についてご確認ください


で、私のブログで起きた大きな変化は以下のような内容。

【私のブログがリンクされているサイト】
サイトへのリンク

赤いアンダーラインで引いているサイト。解りますでしょうか。
ちなみに、このサイトを開いてみると、こんな感じです。

【パクリサイトの中身】
パクリサイト
2パクリサイト
パクリサイト3
パクリサイト4
パクリサイト5

切り抜き方が下手で申し訳ありません。
解りますでしょうか。

私のブログのデザインまで含めてすべて「RSSフィード」という情報を使って完コピ引用した上で、恐らくアフィリエイトではないかと思われるのですが、そこに自分の販売したい商品を張り付け、まるで自分のサイトでもあるかのようにして丸パクリしているのです。

黒い太文字で書いている部分と最下部の赤枠で囲んだ部分以外は全て私のブログを文章及びデザインごと丸パクリした内容です。

酷すぎますね。件数で14万件のリンクって・・・
唖然です。

で、一応

「info:サイトURL」

を使って検索してみますと、これらのサイトがGoogleでインデックスされているかどうかを調べることができるのですが、どうやらインデックスはされていない模様。一ページも検出されません。(この方法を使うと、自サイトでインデックスされているページがあるかどうかが一発でわかります)

私のアクセス数が減った原因として、この悪質なリンクが原因で私のサイトがいわゆる「パンダ・ペンギン」、つまり自サイトの検索数や評価を高めるため、まったく意味のないリンクを大量に張り付けたサイトである、とみなされたのかと思ったのですが、どうやらそうではないようです。

それにしても・・・ひどい。


アクセス数が減少した本当の理由

さて。それでは私のサイトへのアクセス数が激減した理由は、一体何だったのでしょうか。

冒頭のグラフは、Googleで特定のキーワードを検索し、検索結果から私の記事をクリックしてくれた人。
その延べ人数の変動で、所謂「クリック数」という情報です。

で、この情報に「検索結果表示回数」、つまり特定のキーワードで検索をした結果、私のブログ記事がその検索結果に何回表示されたのか、というグラフを重ねてみますと・・・

google検索クリック数&表示回数の変動

如何でしょう。
見事に一致していますね。

そう。私のブログへのアクセス数が激減した最大の理由は、検索結果への「表示回数」が減少したから。
検索者が特定のキーワードで検索をする回数がここまで極端に変わることはありませんから、考えられるのは「検索順位」がダウンしたこと。

ブログ全体の検索順位で見てもよくわからないのですが、私のブログへのアクセス数が最も多い「実質賃金 推移」というキーワードで見てみますと

「実質賃金」推移の変動

解りますでしょうか?
一気にガクンと下落しているところがありますね?

下落する前、2月9日の掲載順位が2.4位、なのですが、2月10日が3.9位と減少した後、11日には6.5位。
その後、6位前後をうろうろしながら推移しています。

検索結果1ページに表示されてるサイト数は10サイトですので、確かに6.5位でも1ページ目に表示されてはいるのですが、それでも私のサイトへのアクセス数には大きな影響がみられます。

私の記事へのアクセス数をばらしてしまう様で気が引けるのですが、

【掲載順位変動(2017年2月10日→2月11日】
クリック数
3位 日中戦争結果 6.5位→11.0位
4位 実質賃金    12位→39.7位
5位 日銀 国債 引き受け 3.8位→5.0位
6位 60年償還ルール 1位→2.5位
7位 国債 日銀引き受け 問題点 2位→4.2位
8位 GDPデフレーター 11.5位→28位

ベスト10で見るとこんな感じです。
掲載していない順位はそれほど被害を受けてはいないのですが、これらのサイトは2月10日と11日を境に、明らかに平均アクセス数が減少しているのです。(11日1日だけそうだった、というわけではなく、継続的にそうだということです)

特に酷いのがずっと1ページ目に表示されていた「実質賃金」が一気に40位まで下落していたり、同じく1ページ目に表示されていた「GDPデフレーター」も3ページ目に追いやられています。

この他、「緊急事態条項」が20番台後半から圏外に、
マクロ経済スライドが20番台から40番台になど、それなりにアクセスのあったキーワードの掲載順位も影響を受けています。

「実質賃金」の下落は正直痛いですね。所謂「ビッグワード」の一つだと思います。
これが1ページ目に表示されていたのに、ここまでの下落っぷりはひどい。

可能性として考えられるのは、「実質賃金」と検索をかけたとき、なぜか私のサイトでは「実質賃金と名目賃金」というカテゴリー名が表示され、タイトル名では表示されていなかった、という事。

で、複数ページが「実質賃金と名目賃金」という同じカテゴリー名称で1ページ目に表示されていましたので、急落した理由はこれかな、と思います。

だったら正式な名称でインデックスしてほしいんですけど、Googleさん。
そうか・・・アクセスが急落した原因はそれだったのか・・・

なんだか翼をもがれた様で、心が折れそうですが、原因が分かった以上、これらの記事を上回る記事を作り上げていくしかありませんね。



このシリーズの次の記事
>>
このシリーズの前の記事
>>

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>アクセス対策について よりご確認ください


この記事のカテゴリー >>アクセス対策について


<継承する記事>
第150回 止まらないインデックスからの削除/Google検索との闘い

【前回までの振り返り】
今回の記事は再び減少したブログへのアクセス数への対策に関する記事です。

ブレイクタイム

第146回 サイトへのアクセス数が激減した理由(失敗から学ぶ大切さ)
第150回 止まらないインデックスからの削除/Google検索との闘い

こちらのふたつの記事ですね。

振り返りとして、第146回の記事では、アクセス数が激減していた理由として

1.PC向けページとスマホ向けページが同時にGoogle検索に登録されてしまったため、「同じ記事が二つある」とみなされてしまった。
2.なぜかPC向けサイトではなく、スマホ向けページが優先して登録され、場合によっては統合されてしまったため、PC向けページが削除されてしまったのではないかという仮説に基づいて記事を作成してみました。

そこで、検索登録されていたスマホ向けページを、「Google search console」を使って軒並み検索結果から登録を削除する依頼をかけたところ無事成功し、スマホページは検索結果には表示されなくなったのですが、にもかかわらず、インデックスからPCページが削除される様子に変わりがありません。

「Fetch as Google」を使ってインデックスから削除されてしまったサイトを再登録する依頼をGoogleにかけたところ、確かに登録はされるのですが、登録される速度を上回る速度で別のページが削除されてしまう・・・。

特に「北一輝」というキーワードでアクセスを増やしつつあった第68回の記事 では、「北一輝」という検索キーワードからの流入がなくなってしまったわけですが、『第68回 「北一輝」という人物』 という記事タイトルでの検索をかけると、PCサイトでもスマホサイトでもなく、ガラケーサイトが検索結果に掲載されていたということを記事にしました。

そこで、改めて、URLではなく、「記事タイトル」での検索を前ページ行ったところ、多くのページでPCページと共にガラケーページが検索結果に表示されていました。同時に『「site:」+「URL」』の組み合わせで検索を行った検索結果に表示されていないページも、タイトルで検索するとほぼすべて検索に引っかかることもわかりました。

北一輝のページは・・・残念ながら完全にPCページが削除されてしまっていましたが。
この状況は現在も解消されておらず、私は「北一輝」のキーワードで検索できる記事を失ってしまいました。

【今回のテーマ】
今回の記事では、前回の記事に引き続き、Google 検索との闘いの様子を継続して記事にしたいと思います。

このシリーズの次の記事
>>
このシリーズの前の記事
>>

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>アクセス対策について よりご確認ください


この記事のカテゴリー >>アクセス対策について


<継承する記事>
第146回 サイトへのアクセス数が激減した理由(失敗から学ぶ大切さ)

【前回までの振り返り】
今回は話題をお休みしまして、第146回の記事 でご紹介しました、私のサイトに訪れた「アクセス減少」に関連した悩みの続編として記事を作成する予定です。

ブレイクタイム

ってことで、前回と同じ画像を使ってみました。
前回は、アクセスが減少し始めた原因の一つとして、スマートフォン向けのURLが大量にインデックスされてしまったこと。
その結果、なぜか「スマートフォン向けURLが正式なURLである」というような判断をされてしまい、Googleの検索結果から、PC向けのURLが大量に削除されてしまったということをお伝えしました。

そこで、「site:」+「URL」を組み合わせて検索をかける事で表示される、各URLごとの検索結果を調査し、「Google search console(旧ウェブマスターツール)」を使ってスマホ向けのサイトをすべてGoogleの検索結果から削除。
同時に検索結果に表示されるスマホページ以外の、正規ではないURLをすべて含めて検索結果に表示されないようにしました。

削除した後、「Fetch as Google」を使って再度正規URLの登録を試みようとしたのですが・・・。

【今回のテーマ】
今回の記事では、「Fetch as Google」を使って再度正規URLを登録しようとしたその結果、私のサイトへのアクセス状況はどのように変化したのか。そんな経緯について記事にしたいと思います。


このシリーズの次の記事
>>
このシリーズの前の記事
>>

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>アクセス対策について よりご確認ください


この記事のカテゴリー >>アクセス対策について


現在進行中のシリーズ にも、とりあえず一つの区切りがつきましたので、少しテイストの違う記事を挟んでみます。

ブレイクタイム

全くの私事ですが、このブログも作成を初めて早丸1年が経過しようとしています。
勿論、ブログを作成する以上は、少しでも多くの方々に見ていただきたい・・・というのは本音です。

作成方法として、主にネット上にあふれている情報(できる限り一次ソース)を参考にし、これをたった一つの情報ではなく、複数の視点から分析を行い、全体として一貫性のある情報にまとめる作業を行っています。

経済情報であればできる限り政府が発表する一次的な情報を参考に、しかもその情報をうのみにするのではなく、一次ソースですらその統計方法等に疑問を持ちながら、最終的に最も信頼性の高い情報に仕上げています。

現在進めている「歴史」に関連するような情報であれば、できる限り複数の人がアップしている情報を比較しながら検証し、例えば中にはまったく同じ情報をコピペしたり、コピペでこそないもののの、ほんの少し文章をいじっただけで、結果的に同じ情報ソースから情報を取得しているような複数サイトもよく見かけます。

この様な情報は「複数の情報」ではなく、「一つの情報」として判断し、まったく違う視点から、記した別の情報と比較して検証を行って一つの情報にまとめています。判断したり、検証したりする人が異なりますから、どうしても食い違いが生れるわけですが、複数の情報を重ねることで、複数の情報から、「もっともらしい」情報をピックアップしていきます。

つじつまが合わなくなればその情報は捨てざるを得ませんから、一から検証し直し・・・などということもざらにあります。
結構大変な作業なんですが、自分の納得のいく答えに出会ったときの快感はやはり捨てきれないものがありますね。

それだけに、やっぱりどれだけの人に見てもらえているのか、ということは、とても気にかかる部分です。

【本日のテーマ】
このブログには、当然「アクセス解析」というものを仕掛けていて、誰が、どのような地域から、どのような方法を使ってこのブログを見てくださっているのか、ということは具(つぶさ)に観察しています。

アクセス数としては、人に自慢できるほどの数ではないのですが、それでも始めた当初に比べれば、大分増えてきたと思います。

【ページビュー数の推移】
アクセス数の推移

人さまのブログを見ていると、どうも数値等を掲載することはGoogleさん的にアウトみたいなので、とりあえず数値は省いています。6月22日に、グッと増えているのが分かると思うのですが、この時のページビュー数が1日当たり234ページ。

中々思い切った増加をしない中で、この時の増え方は個人的にとてもワクワクしました。

ですが、その後の増え方を見ていただきますと・・・増え方、というよりも減ってますよね。
過去に比べるとそれでも多いほうなのですが、やはり、増えない・・・。

一つの目標を月間で3000PV(ページビュー数)にしておりまして、これをいったんはクリアしたのですが、その後、なぜか一気にアクセス数が減少し始めたのです。

今回の記事では、減少し始めて以来の私の悪戦苦闘ぶりについて、これを一つの「失敗談」として、もし同じ悩みをお持ちの方がいらっしゃれば、「共有」する目的で記事にしてみます。

このシリーズの次の記事
>>
このシリーズの前の記事
>>

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>アクセス対策について よりご確認ください


この記事のカテゴリー >>雑記


<前回の記事 第109回 イギリスEU離脱ショックを問う~日本国経済への影響を考える~

先日、とある依頼を受けて、私の勉強会を担当させていただく機会がありました。

このブログそのものはあくまでも「趣味」で記しているものなのですが、とはいえ、ある程度の使命感を持って、ブログ読者が「情報」の正しい受け止め方を身に着けていただく事を目的としています。

突如、ある勉強会の講師がいない(もしくは急遽キャンセルになった?)とのことで、私の下に勉強会の講師依頼が届きました。
私は別に本業を持っているので、ある程度時間があれば本業に関連した内容で、別に講師を立てて受けるべきところだったのですが、今回は依頼があったのが水曜日。勉強会の開催日が土曜日と、かなり期日が差し迫っていたこともあり、とても本業の内容で受け入れる時間がなかったため、急きょ私が記すこのブログ、「真実を問う」の記事から抜粋して講師を引き受けることにしました。

改めて、このブログの目的は、

「ブログ読者が今までの常識とは異なる事実と向き合い、ブログ読者の価値観のフィルターを外すこと」

にあります。価値観のフィルターを外した上で、一旦自分自身の価値観を「無」の状態に戻すことで、改めて受け入れることが可能になる情報はたくさんあるのです。

そこで、今回の勉強会では、コンセプトとして「価値観のフィルターを外す」ことに重きを置いて講話内容を組み立てました。
あまり難しすぎず、それでも少し専門性のある内容で、多くの人の「思い込み」と現実とのギャップが大きい内容として私が選んだのは「年金問題」です。

第32回 公的年金制度の仕組み
↑こちらの記事ですね。

この記事に基づく私の理論はほぼ完成されたもので、私の中でも揺るぎのない自信のある一つの分野でもあります。
簡単に言えば「日本の年金が破綻する可能性は極めて低い」ことを前提として年金問題を考えることが大切ですよと、そのような内容になっています。

今回の勉強会で使ったパワーポイント資料から、一ページだけ抜粋して少しお示ししてみます。

【国民年金も厚生年金も実は大幅な黒字です】
国民年金も厚生年金も、実は大幅な黒字です。

等式としては、

【平成26年度の「年金保険料」-「年金給付費」=平成26年度の黒字額】

となっています。
世間一般では「破綻寸前である」と思われている年金が、実は大幅な黒字だという事実。
この事実をもって「価値観のフィルター」を外していただこうということが今回の勉強会の最大の目的でした。
(破綻しない理由は第32回の記事を改めてご覧ください)

【本日のテーマ】
結果的に、私の狙った目的地点にはきれいにフィールディングしなかった、というのが今回の勉強会の結果でした。
想定していなかった答えが返ってきた場合の対応をもっと勉強しなければならないな・・・と考えさせられました。

20名弱ほどいた人たちの中で、そのほぼ全員には私がお話させていただいた内容を受け入れていただく事ができたのですが、一部の方から反論をいただきましたので、備忘録的な意味も含めて本日の記事にしたいと思います。

このシリーズの次の記事
>>
このシリーズの前の記事
>>

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>雑記 よりご確認ください


この記事のカテゴリー >>雑記


<前回の記事 第74回 なぜ日本は大東亜戦争を起こしたのか~『満州』の歴史~

今回は、「第二次世界大戦」のシリーズは少しお休みして、こんなテーマで記事を作りたいと思います。

皆さんはご存知でしょうか。「プテラレンジャー」。
001-017c6.jpg
1992年2月より、テレビ朝日にて放映された「恐竜戦隊ジューレンジャ―」のヒロインで、1億7千万年前の世界から復活した17歳の少女「メイ」が変身します。
090809-1.jpg
画像は、許可を得ずに使用していますので、もし何らかの形でクレームが入り次第削除したします。

さて。この「プテラレンジャーメイ」役を演じた「千葉麗子」という人物。今回の記事はこの人についての記事を作成したいと思います。


このシリーズの次の記事
>>
このシリーズの前の記事
>>

にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 経済ブログへ

このシリーズの一覧をご覧になりたい方は>>雑記 よりご確認ください


スポンサードリンク

Copyright © 真実を問う!データから見る日本 All Rights Reserved.
ほったらかしでも稼げるFC2ブログテンプレート [PR]