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<継承する記事>第504回 ドイツはどのようにしてハイパーインフレーションを終息させたのか

前回の記事では、第一世界大戦後、「ハイパーインフレーション」という経済状況に陥ったドイツが、その絶望的な経済状況から一体どのようにして立ち直ることができたのか。この事にポイントを絞って記事を作成してみました。

とはいうものの、実際に記事をまとめている際、私が追求したかったことをそのまま、非常に整然とまとめていた動画を発見してしまいましたので、内容とするとそちらに完全に振った感じになりました。

動画を見ていても、私が今更まとめたところでとてもこの動画の内容にはかなわないな、と感じたのが最大の理由です。

ただ、完全に投げっぱなしにすることはせず、いつか「外伝」的な内容で私の記事なりにまとめることができればと思っております。

その上で追加して、第一次世界大戦後のドイツ史として、「ルール占領の終息」をまとめる上で必要な要素のみ抽出して記事にしました。

この流れの中で、まずはレンテンマルクの導入によって「首相」という立場からはドイツのハイパーインフレという状況を終息させることに成功したシュトレーゼマン、そしてルール占領を強行し、ドイツのハイパーインフレをより深刻なものとさせたフランスのポアンカレ首相はそれぞれルール占領が収束するまでに「首相」の座を降りることとなりました。

ここまでを第一次世界大戦後のドイツの「戦後処理」に係る歴史的経緯としてこの部分について一旦終結させます。

本日の記事では、前述した「戦後処理」の問題の内、話題として触れながら深堀しなかった二つのテーマについて記事にします。


ヨーゼフ・ヴィルトの「密約」と「共和国防衛法」

一つ目が、この「ヨーゼフ・ヴィルト」がソ連との間で締結していた「密約」、そしてヴィルトが退陣する理由の一つともなった「共和国防衛法」です。

で、この「密約」が「ラパッロ条約」と呼ばれるもので、これは1922年4月10日から5月19日にかけて、イタリアの「ジェノア」という都市で開催された、国際会議「ジェノア会議」が開催された際、共に会議に参加していたドイツとロシア(ソビエト・ロシア)が同じくイタリアのラパッロというところで締結した条約がこの「ラパッロ条約」です。

ラパッロ条約

内容としてはドイツとロシアが共に第一次世界大戦によって発生した領土や賠償に関する請求を放棄した条約です。これによって両国の国交が正常化することになりました。

ドイツは「ブレスト=リトフスク条約」によってロシアから得た請求権を、ロシアはヴェルサイユ条約後、得ることができると考えられる請求権をそれぞれ放棄した感じです。

当時はソビエト政権が統治する「ロシア」という国をどの国も国家として承認していませんしたので、ドイツは世界で初めてソビエト政権を国家として承認した国・・・ということになります。1922年4月16日の事です。

また更に、この条約は11月5日、ベルリンにおいて捕捉条約が結ばれ、この捕捉条約において、ウクライナ、白ロシア、ザカフカース連邦(グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア)、極東の各ソビエト共和国をドイツは承認。12月、ソビエト・ロシアはこれらの国々と共に「ソビエト連邦」を結成します。

第一次世界大戦はドイツとロシアとの対立に始まり、両国が社会主義革命の勃発によって共に自滅したことによって終結した戦争です。

戦後、両国は連合国からのけ者にされ、のけ者にされた国同士で締結したのが「ラパッロ条約」。

恐ろしいなと思うのは、後の世界を絶望の渦に巻き込んでいく「共産党」という勢力によって形成された「ソビエト政権」を認めたのが、ドイツでも「保守」政党によって支持された首相、「ヴィルヘルム・クーノ」だったという事。

また更に、ドイツは後のソビエト連邦を形成する国々の「ソビエト政権」を認めたのと引き換えに、ソビエト国内での軍事訓練等を行うことを認めさせています。ドイツはヴェルサイユ条約によって軍備縮小を約束させられていますので、これは「ヴェルサイユ条約」に違反する条約でもあります。

両国の関係は、その後ヒットラー政権が誕生するまで継続したのだとか。


ラパッロ条約がドイツ国内に齎したもの

ラパッロ条約の締結は、まずドイツ国内で「右派」の反発をもたらします。

典型的な事例として、ラパッロ条約をソ連との間で締結したヴァルター・ラーテナウ外相が、「コンスル」というテロリスト集団に暗殺されます。

「コンスル」については、第484回の記事 で話題にしましたね。

第483回の記事 でご紹介した「バイエルン・レーテ共和国」。これを滅亡させる上で活躍した「エアハルト旅団」。

エアハルト旅団はヴェルサイユ条約によって軍縮を求められたドイツ政府、グスタフ・ノスケ国防相によって解散を求められるのですが、これに反発して「カップ一揆」を引き起こしました。

民衆からの反抗でカップ政権が崩壊した後、エアハルト旅団は再び解散を命じられるのですが、このエアハルト旅団の残党によって結成されたのがテロリスト集団「コンスル」。

彼らによってラーテナウ外相は暗殺されました。(1922年6月24日)

これを受け、7月18日の議決を経て21日~23日にかけて施行されたのが「共和国防衛法」です。

「共和国防衛法」に関しては、詳細な情報を見ることができるサイトがほぼ皆無。唯一Wikiのドイツ語版でその詳細をうかがえる程度ですので、掘り下げることは現状難しいのですが、数少ない情報からすれば暗殺は「極右」である「コンスル」によって行われたものですが、対象は「極右と極左」両方がその対象となっていたようです。

また、この法律そのものは憲法に照らせば違憲なものだったのですが、「国会の2/3の賛同」を得て成立しているようです。更にこの法律は1929年に改正されており、第二次法としては違憲な状態がない形に修正されていた、とのこと。

そして、この法律の扱いがまたヴィルト首相はヘルメス財務相との対立を招く一因となり、戦後賠償問題と共に紛糾し、同年11月に退陣することとなりました。


ミュンヘン一揆勃発までの経緯

そしてこちらが二つ目のテーマ。

戦後処理をめぐり、ドイツ国の首相は

 コンスタンティン・フェーレンバッハ
→ヨーゼフ・ヴィルト
→ヴィルヘルム・クーノ
→グスタフ・シュトレーゼマン

へと代替わりするのですが、ミュンヘン一揆がおきたのは1923年11月の事。グスタフ・シュトレーゼマンが首相へと就任した直後の出来事です。

シュトレーゼマンは先代ヴィルヘルム・クーノの政策である「受動的抵抗」政策を中止し、通貨を「パピエルマルク」から「レンテンマルク」へと交換し、見事ハイパーインフレを終息させた人物です。(実際に収束させたのは通貨委員であるヒャルマル・シャハトですが)

前回の記事 でバイエルン州首相であるオイゲン・リッター・フォン・クニリングがバイエルン州に「非常事態宣言」を発令した上で、グスタフ・フォン・カールという人物を「バイエルン州総督」に任命したことを記事にしました。

よくよく考えるとバイエルンは同じドイツの中でもビスマルクが統合した際「自由都市」として自治を認めた南ドイツの州であり、そのせいでこのような所業が可能になるわけですね。

カールは元々カップ一揆の余波で「バイエルン州首相」の座に就いた(第484回記事参照)ものの、バイエルン州独立を目指そうとしたカール首相はベルリン政府より首相の座を追われることとなりました。

それでもバイエルン州独立の機運が収まることはなく、バイエルン州内での「右翼」と「左翼」が正面衝突しかねない状況となったことから発令されたのが「非常事態宣言」。これが前回の記事でお示しした内容です。

州総督となったカールには「独裁的権限」が与えられました。

この時点で既にナチス、つまり「国家社会主義ドイツ労働者党」は結成されていて、カール政権はこのナチスからも支持されることになりました。「独裁を行わないこと」が条件とされました。

支持する、とはいうものの、この時点ではまだ「静観」する姿勢だったようですね。

カールの取った政治姿勢はベルリン政府と対立する様相を得示していて、カール政権とベルリン政府との関係は緊迫した状況であった、との事です。


主犯・「ドイツ闘争連盟」

ミュンヘン一揆を実行したのは「ドイツ闘争連盟」というグループで、ここにはアドルフヒットラーをはじめとするナチスの党員も参加していました。

「ドイツ闘争連盟」の母体となったのは、ベルリン政府がルール地方を占領するフランス軍に対抗するために組織しようとしていた「ドイツ義勇軍」の一部で、バイエルン州の民間軍事組織を連携させるために結成(1923年2月)した「祖国的闘争同盟共働団」です。

「祖国的闘争同盟共働団」にはヒットラーが代表者であるナチスも参加していたのですが、ヒットラーは主導的な立場にはありませんでした。

同年8月、ルール闘争の失敗やハイパーインフレを引き起こした責任を取り、ヴィルヘルム・クーノが首相を辞任。シュトレーゼマンが首相となります。

バイエルン州には彼がとった「受動的抵抗の中止」という政策に反対する声が多くありました。

ちなみにこの時点でヒットラーを代表とするナチスは自身が「ドイツ人」であると考える「大ドイツ派」。一方、後に州総督となる前バイエルン州首相グスタフ・フォン・カールは自身がバイエルン人であると考える「バイエルン分離独立派」。

「受動的抵抗の中止」に反抗してヒットラーは9月1日~2日にかけて行われた「ドイツの日」のイベントを通じてナチスはバイエルン州右派よりの支持を集める様になったのですが、同時にバイエルン分離独立派との関係は悪化したのだそうです。

で、そんなナチスがカール政府誕生後、カールを「支持する」姿勢を表明したという事ですね。

「ドイツの日」の直後に「祖国的闘争同盟共働団」の「極右派」が、指導者であるヘルマン・クリーベルを議長とした「ドイツ闘争連盟」を組織し、この団体を通じてヒットラーもついに「政治指導者」としてその頭角を現すこととなりました

カール政府が誕生したのはこの後のことです。


記事が長くなりそうなので、「ミュンヘン一揆」に関する記事はさらに別の回に分けて製作しようと思います。




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<継承する記事>第503回 ルール占領と「ハイパーインフレーション」の影響

前回の記事では、ヴィルヘルム・クーノがドイツ国首相となった後、前首相であるヴィルトの政策を引き継いだことからフランスのポアンカレ首相より「生産的担保」、つまり「ルール地方の鉱山管理権」を要求された事。

その後、フランスとベルギーによりドイツのルール地方が占領され、既に対外貨幣ベースでは極端な「通貨安」状態に陥っていたドイツがルール占領への対抗策としてルール地方の国民に対し「ストライキ」を呼びかけ、賃金を「通貨発行」によって賄った事。

結果対ドル相場でなんと2億3606万倍で貨幣の価値が下落してしまった、つまり「ハイパーインフレーション」を引き起こしてしまったことを記事にしました。

後半で現在の国内で話題となっている貨幣政策への批判を織り交ぜてしまいましたので、記事としてはそこまで終了させたのですが、今回はそこから更に、ドイツ国内でこの「ハイパーインフレーション」という経済状況に対してどのような政策が実行されたのかという内容を中心に記事を進めていきます。


グスタフ・シュトレーゼマンの政策

情勢に変化のない時期を追ってもあまり意味がないと思いますので、「ハイパーインフレーション」まで含むドイツ国内の情勢に大きな変化があった出来事にポイントを絞って記事を進めていきます。

ヴィルヘルム・クーノの就任後、ドイツは連合国に対してドイツの支払能力を査定する中立な機関設立を求め、これにイギリスとイタリアは賛同する意思を示すものの、フランスとベルギーによって拒否。

イギリスのジョージ・カーゾン外相より両国の占領がヴェルサイユ条約に違反することをフランスに通告、アメリカの仲介による中立的な査定期間の設立を提案するものの、これもフランスによって拒否。

結局クーノはハイパーインフレーションを引き起こしただけで何一つまともな政策を打ち出すことができず、1923年8月11日、社会民主党より不信任を突き付けられ、退陣へと追い込まれます。

彼の後を引き継ぎ、首相になった人物がグスタフ・シュトレーゼマン。

グスタフ・シュトレーゼマン

彼が首相となった後、11月に「ミュンヘン一揆」が起きます。この一揆を主導したのが「ドイツ闘争連盟」。そのメンバーの一人として、「アドルフ・ヒトラー」の名前が登場します。

かなり中心的な立場となって彼は活動しているのですが、このテーマは次回記事でポイントを絞って記事にする予定です。


では、改めてグスタフ・シュトレーゼマンについて。

シュトレーゼマン内閣で財務相を務めたルドルフ・ヒルファーディングの試算によれば、シュトレーゼマンが首相に就任した時点で既に「ルール闘争支援」のための費用は限界を迎えており、シュトレーゼマン自身も冬が始まるまで今の「消極的抵抗」政策を続けることは不可能であると考えていました。

この事から、シュトレーゼマンは9月26日、「受動的(消極的)抵抗の中止声明」を行います。

これに対して反対したのが「ドイツ共産党」と「ドイツ国家人民党」。

またこれに対抗し、バイエルンでは9月20日の時点でなんとバイエルン州政府に「非常事態宣言」を行い、バイエルン州首相であるオイゲン・リッター・フォン・クニリングはグスタフ・フォン・カールという人物を「バイエルン州総督」に任命しました。

グスタフ・フォン・カール

グスタフ・フォン・カールはクリニングの前の首相でもあります。

第484回の記事、及び 第490回の記事 でも名前が登場しましたね。

第484回の記事

バイエルン州ではカップ一揆の影響を受け、バイエルン州の右翼陣営より当時バイエルン州須小であったドイツ社民党のヨハネス・ホフマン政権を打倒しようとする動きが起こります。(既に結成されていたナチスのヒットラーも名を連ねています)

この動きによってホフマン首相は退陣を余儀なくされ、後継ととして王党派・右派のグスタフ・フォン・カールが新首相となります。

カール首相の下、バイエルンにはドイツ国内の反革命過激派が集まるようになり、「バイエルン住民防衛軍」が組織されるのですが、連合国からの圧力によりこれが解散させられます。

この事から、バイエルンではベルリン政府に対する反発心が高まることになり、住民防衛軍の後継として「軍」の名称を持たない、様々な組織が結成されました。この中にはヘルマン・エアハルト(元エアハルト旅団のリーダー)のヴァイキング同盟なる名称も見られます。

という内容を掲載しました。

第490回の記事 で掲載したように、首相に就任したカールはバイエルンの「分離主義者」たちに支えられ、バイエルン州の独立を目指すのですが、これに危機感を覚えたベルリン政府によって首相の座を追われることになりました。

それでも州内の独立の機運が収束することはなく、そこに「受動的(消極的)抵抗の中止声明」が重なりました。

「非常事態宣言」が発令されたのは、今ことが理由でバイエルン州内での「右翼」と「左翼」とが前面衝突しかねない状況が生まれたから、なのだそうです。

カールはシュトレーゼマンの政策を批判し、ベルリンtのの対決姿勢が強まりました。

ここから先はミュンヘン一揆の記事に委ねます。


シュトレーゼマンの声明の影響はドイツ国全体にも衝撃を与え、エーベルト大統領もまた、「戒厳令」を発令。指揮権を国防相に与えました。


シュトレーゼマンの「デノミネーション」政策

ドイツで「ハイパーインフレーション」が問題になったのは、その影響で物やサービスの値段が安定せず、「昨日の買えていた値段で明日パンを買う事ができない」というような事態が発生したから。

例え「ハイパーインフレーション」が起きて通貨の価値が急速に下落しようが、政府がお金を発行してばらまいてくれるわけですから、一定の下落幅で安定し安心して買い物を行う事ができれば不満が大きくなることはありません。

最大の問題は通貨の価値が下落し続け、つまりは「物価が高騰『し続ける』」から問題になるのです。

と・・・情報を検索していると、私が今回記事にしたかった内容を実に鮮やかにまとめた動画を発見してしまったので、その動画を紹介します。



そう。サブタイトルを「シュトレーゼマンの『デノミネーション』政策」としたのですが、実質的にこのデノミネーション政策を実行したのは「ライヒ通貨委員」となったヒャルマル・シャハト。

彼は「ドイツレンテ銀行」を設立し、国内の「地代請求権」を担保とした「レンテマルク」という通貨を発行し、「パピアマルク」と交換しました。

レンテンマルクは「土地の価格」と紐づけられていますので、日々・・・というよりも時間単位で通貨の価値が下落する「パピアマルク」と比較すると価値が安定しており、国民は我先にとパピアマルクをレンテマルクへと交換したのだそうです。

「レンテンマルクの奇跡」と呼ばれているようで、この事がドイツの通貨の価値を安定させ、ドイツの「ハイパーインフレーション」を急速に鎮静化しました。

1:1兆のレートで交換されましたので、実質的には通貨の単位が1兆マルクから1マルクに切り下げられた形となり、このような通貨政策の事を「デノミネーション」と呼びます。

ドイツのは場合は通貨の種類そのものが変わっていますので、疑似的なデノミネーションなんですけどね。

「レンテンマルクの奇跡」、そしてヒャルマル・シャハトという人物の名称は、その後のナチスドイツの政策にも関わってくるようですので、改めて後日的を絞って記事にしたいと思います。

本日ご紹介した動画の内容を参考にして作成すると思いますので、良ければ先に動画に目を通してみてください。私が改めて記事を作成する必要がないほどに、わかりやすいです・・・💦

私とすると打ちのめされた感満載です。


ルール占領の終息

さて。レンテンマルク政策によって見事にインフレを鎮静化させたシュトレーゼマンですが、彼の内閣もまた、バイエルン州問題への対応などをきっかけとして社会民主党が連立を離脱し、総辞職することとなります。(11/23)

彼が総辞職する1か月前、10月23日、米国が賠償員会に加わり、フランスの反対を押し切って賠償策定プロセスにドイツを参加させる方針を決定させました。

これまでは「イギリス」「イタリア」「フランス」「ベルギー」そして「チェコスロバキア」が賠償委員会に参加しており、評決に参加することができたのはチェコを除く4カ国でしたから、どうしてもドイツに対して直接利害関係を有するフランスとベルギーの発言力が高まっていました。

ですが、ここに米国が参加したことで、この構造が変化しましたね。

フランスのポアンカレ首相はそれでもルール占領の正当性を主張していたのですが、シュトレーゼマン退陣後、米国の賠償委員会への評決への関与を受諾する事となりました。

この決定は米国より賠償委員会に加わったチャールズ・ドーズの名称を取り、「ドーズ案」と呼ばれるのだそうです。

内容としては、まず「ドーズ公債」なるものがロンドンのイングランド銀行とニューヨークのJPモルガンが連携して発行され、ドイツが両国からお金を借りる形でフランス・ベルギーに返済を行い、ドイツは新通貨である「ライヒスマルク」を発行。

これまでドイツ国内でしか使用することのできなかったレンテンマルクと交換。ドイツは金本位制に復帰し、漸くマルク相場も落ち着きを取り戻しました。

フランス、ポアンカレ内閣は翌年(1924年)6月に総選挙で敗北し、退陣。

8月16日、独仏双方が折り合い、フランス軍・ベルギー軍は同年10月より撤退を開始することとなりました。


さて。次回記事は「ミュンヘン一揆」へとスポットを当て、それ以降はいよいよヒットラーにスポットを当て、記事を進めていきたいと思います。

シリーズのテーマとしては「ナチスドイツはなぜ誕生したのか」という名称になっていますが、目的としてはヒットラーの「ユダヤ人虐殺」の真相までたどり着ければ、と思っています。

シリーズとしてはその時点での終了を目指します。

一応、次期シリーズの事も私の構想にはあり、それは「モンゴル」について。「ソ連」という国の大部分がかつてはモンゴルであった事。一方で中国人の持つ「残虐性」に実はモンゴル人が関係があるのではないか、という私の仮説を裏付ける作業を行っていきたいと思っています。




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<継承する記事>第502回 ジョン・メイナード・ケインズの警告とルール占領までの経緯

前回の記事では、ヴェルサイユ条約以降、ドイツと連合国との間で行われた賠償額の決定に向けた経緯を特にジョン・メイナード・ケインズの視点を通して、更にその後のドイツの対応と関連国、特にフランスの反応について記事にしました。

なんとか「ルール占領」が実行される伏線までは到達できたかと思います。

復習として、

・コンスタンティン・フェーレンバッハ首相は連合国側からの無茶な賠償金額を受け入れることができず、退陣。

・続いて就任したヨーゼフ・ヴィルト首相は、とりあえず無茶な要求を受け入れて「払えない」ことを実証する作戦に出た。

・ジョン・メイナード・ケインズはドイツが受け入れた賠償額を「支払いが著しく困難である」ことを警告。

・ケインズの警告通り、ドイツは償還が困難となる。

・ヴィルトはこの賠償問題及び「共和国防衛法」をめぐって財務大臣と対立し、退陣。

・ヴィルトは退陣と共に「賠償金・現物払いの3-4年免除を求める覚書」を連合国側に提出。

・続いて就任したヴィルヘルム・クーノはヴィルトの見解を継承する。

・フランスの首相ポアンカレはドイツに「生産的担保」を求める。

ドイツ首相の交代劇を中心に、ザっとまとめましたが、こんな感じです。

で、この「生産的担保」がルール地方の事だ、ってところで話題を今回に委ねました。


フランスとベルギーによるルール占領

という事で、今回は改めてフランスとベルギーによって実行された「ルール占領」の具体的な経過と、その収束についてまず記事にします。

改めて、この時点でのドイツ国首相は「ヴィルヘルム・クーノ」です。ちなみにこの当時のドイツの国名は「ドイツ国」が正式名称ですが、後の歴史では「ワイマール共和国」としても認識されています。

前首相であるヴィルトの下でドイツは連合国側に対して資金調達が困難になったことを理由に「賠償金・現物払いの3-4年免除を求める覚書」を提出しました。

クーノはこの認識を引き継ぎ、また連合国側でもイギリスはこの要求に一部応じるのですが、フランスはこれに反対し、「生産的担保」として「ルール地方の鉱山管理権」をドイツに要求しました。

この後のドイツについてWikiでは

「その後、ドイツの賠償支払いは遅れ、石炭引き渡し額が200万トン足りないなど、現物支払いを履行しなかった」

と記されています。この「現物払いの遅れ」がドイツによる故意のものであるのか、あるいは本当に不足し、履行することができなかったのかといった内容についての記載はないのですが、これに対し、「12月26日、賠償委員会はイギリスの反対を押し切ってドイツの賠償不履行認定を宣言した」とあります。

賠償委員会の構成国はアメリカ・イギリス・フランス・イタリア・日本・ベルギー・ユーゴスラビアの7カ国。この当時のユーゴスラビアはユーゴスラビアとい名前ではなく、「セルブ・クロアート・スロヴェーン王国」という名称だったのだそうです。

この内、評決に加わることができたのはアメリカ・イギリス・フランス・イタリアの4カ国。日本は日本に直接関係する問題について、ベルギーはそれ以外の問題について評決に加わることができたのだそうです。

ところが、実際にはこの内アメリカは前提となるヴェルサイユ条約に批准しておりませんので、賠償委員会そのものには参加していません。

ユーゴスラビアに関しては委員会に参加することはできるけど、評決にかかわることはできなかったという事でしょうか。

この内容から考えると、欧州の問題に関連して実際にドイツの賠償に関与することができたのは「イギリス・フランス・イタリア・ベルギー」の4カ国だけですね。

で、フランスとベルギーは直接被害を受けており、イギリスは両国に請求権を持っています。

「賠償委員会はイギリスの反対を押し切ってドイツの賠償不履行認定を宣言した」とありますが、これはつまりフランス・ベルギーの両国がイギリスの反対を押し切ってドイツの「賠償不履行認定を宣言した」という事に他なりません。

この時点、つまり1922年12月26日の時点でも既に連合国側によってドイツはデュースブルクをはじめとする3つの都市を占領されています。

これに加えて1923年1月4日フランスの首相ポアンカレはついにルール地方の占領を宣言。ベルギーととともに1月4日よりルール地方の占領を開始します。

ここからは私のブログでも何度も記事にしていますが、この両国のルール占領に対し、ドイツ国首相ヴィルヘルム・クーノは「消極的(または受動的)抵抗を行います。

即ち、ルール地方の労働者に対するストライキの呼びかけ。ストライキ中の労働者に対する賃金は政府が保証しましたが、これは財源がなかったために「紙幣増刷」で補っています。

本日は令和2年6月21日ですが、この時のドイツ国政府の対応、どことなく今回の日本の「コロナ対策」を彷彿させますよね?

政府が国民に対して「自粛」を呼びかけ、で国民からは「保証の要求」が行われ、これに応じる形で全国民に10万円が支給された、あの様子です。

今回は事情が非常に特殊でした。というのは、「自粛」を要求されていたのは日本だけでなく全国的に同様であったこと。かつ他国から日本への移動が制限されていました。

このおかげで仮に日本国内でお金をばらまいてもこれを狙って国外の企業が日本にたかるようなことはありませんし、また仮に同様の政策を今後継続し、日本国内で「生産活動」そのものが休止に追い込まれたとしても、代替品として海外の生産物が選択されるような状況にはありませんでした。

ですから日本国内で「物・サービスの値段」が高騰するようなことはありませんでしたが、長期的に見ると、あるいは日本国内だけがこのような状況に追い込まれていたとすると、安易に国債発行・・・というよりも「通貨発行」に頼った政策をとると、それは日本国民の生活を破綻に追い込みかねない政策であるってことを私たちははっきり認識しておく必要があると思います。


話題が逸れました。ドイツ政府とすると、フランスの武力による占領に対し、武力で抵抗する方法ももちろんありました。ですが、実際は占領政策によってドイツ軍は縮小、及び廃止を余儀なくされていますし、敗北し、ドイツ全土が占領されてもおかしくない状況だったかと思います。

この事から、当時の軍総司令であるハンス・フォン・ゼークトは義勇軍の拡充や鵜は独立政権の樹立まで計画していたのだそうです。

フランスのこのような行動は、イギリスやフランス国内の左派政党などからも批判を受けていましたが、フランス国内の右派、及び新聞機関等がさらに強硬な姿勢をとる様煽っているような状況にありました。

この時の状況を再びWikiから引用して掲載してみます。

5月8日に占領軍はクルップ社の社長や幹部を不服従の罪で訴追し、数ヶ月から20年の禁固刑を科した。

5月末にはクルップ社の工場で、占領軍の実力行使による衝突が発生し、13人の労働者が死亡した。

抵抗運動全体では250名の死傷者が発生し、占領軍は対抗手段としてルール地方から14万5000人のドイツ人労働者を追放して、ベルギー人・スイス人労働者を導入してこれにかえようとした

この他、既に連合国の占領下にあったラインラントなどでは占領軍に対するテロも発生するようになっていたそうで、客観的に見てフランス・ベルギーの行動は「侵略」の様相を呈していたんですよね。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」です。


「ハイパーインフレーション」の影響

改めてハイパーインフレーションの影響にさらされたドイツの様子を見ていて、ハイパー・・・というより「インフレ」という言葉の本当の意味を認識させられた思いがしました。

なので、少しそのお話をしてみます。

前回の記事 でドイツの通貨価値について、ヴィルヘルム・クーノが就任した直後、1922年12月の時点で「マルクの対ドル相場はなんと1919年比で1807.8倍にまで到達していた」ことを記事にしました。

1807倍ですと、日本で考えますと、1919年には500円くらいで買えていた米国産の牛肉が90万円以上出さないと買えなくなるレベルの話ですから、これだけでも半端ないです。

ここから更に、「生産をストップし、賃金だけばらまく」ことを実行しましたので、ドイツの通貨は1923年1月と比較して11月には対ドル相場でなんと2億3606万倍にまで跳ね上がりました。

感覚がわかりにくいかもしれませんが、例えばドイツが通貨を発行してばらまくわけですから、別に1月の時点で1マルクで買えていたものが11月に2億3606万マルクださなければ買えなくなっていたとしても、これをドイツ政府がきちんと支給してくれれば問題はないのです。

ですが、それが問題になってくるのは、例えば11月1日の時点で1000マルクを政府から受け取って、11月1日に500マルクで販売されていたものを11月3日に買おうとすると5000マルク出さなければ買えなくなっていた・・・というのでは話にならないってことです。

売れなくなれば値段は下がるんじゃないかと考える人もいるでしょうが、購入対象が命や生活そのものを左右するような品物で、在庫が入荷する見通しが全く立たず・・・っていう話になると、たとえそれにどのような値段がついていたとしても販売した瞬間に売り切れる。これは、実は私たち日本人もかなり最近体験しています。

そう。「マスク」や「トイレットペーパー」というものを通じて。

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結果、「高いマスクしか買えなくなった」と実感されませんでしたか?

あれが数日ペースで、更に何百、何千倍というペースで進んでいくと考えてみてください。

パンを買いに行っても陳列されていない。陳列されていても高値で一瞬で売り切れてしまう。今日用意した金額ではとても足りない。

足りない分を次の日に政府から受け取ったとしても、買いに行くとない。陳列されているものは昨日の10倍くらいになってる。そんな状況が続いていたわけです。当時のドイツでは。

「インフレーション」の言葉の意味は、「物価が継続して上昇し続ける」ことを言います。

で、同じ「物価の高騰」でも、販売数そのものが増えることによって起きる「物価の高騰」と、販売数が一定で、値段のみが吊り上がっていくことによる「物価の高騰」の2種類があります。

前者ですと、仮に商品単価が下落したとしても「物価」事態は上昇することがあります。全社ですと「商品単価」事態は上昇したとしても「物価」は下落する事もあります。

ですが、数量そのものが限られている状況で単価が高騰すると、それはおのずと「物価の高騰」へとつながっていきます。

限られた経済圏に対して通貨のみを無条件給付した場合、その消費力を受け止めるだけの生産力がその経済圏になければおのずと物価は高騰します。物資が不足すれば、おのずとその経済圏の外にその生産力を求めるしか方法がなくなります。

勿論、その経済圏の内側の生産力を高めることが最良の手段ですが、それはそう早急にできることではありません。不足した「マスク」の供給が需要に追い付かず、必要とする場所に最良の生産物を届けるため、政府が海外から調達した生産物を全戸配布しましたよね?

あれにはそういう意味があります。

更に、海外の生産力のみに頼るようになれば、海外で何かあったときに、当然国内では急激な「供給不足」が起きてしまいます。通貨を供給する仕組みのみに着目し、日本国内の「生産力」を置き去りにした思想。これが「MMT(現代貨幣理論)」という考え方です。

例えば、MMTの考え方の中に「貨幣の信用・価値は、国家の徴税権によって保証されている」という考え方があるようですが、これは大きな誤りです。通貨の信用や価値は、その国内の「生産力」。日本人であればその「勤勉さ」によって保障されています。

これを忘れて通貨の供給のみに着目した思想に私は全く賛同することができません。

少しコロナの問題に関連させ「ハイパーインフレーション」のテーマを掘り下げてすぎてしまいました。

改めまして、次回記事ではこの後ドイツがどのようにして「ハイパーインフレーション」という状況から脱却することができたのか。ハイパーインフレーション下のドイツで起きたことと絡めまして、次回はこのテーマで記事を進めてみます。




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<継承する記事>第490回 第一次世界大戦後のドイツはどのようにして「右傾化」したか

しばらくコロナウイルス関連の記事を続けたのですが、改めてシリーズ「ナチスドイツは一体なぜ誕生したのか?」に路線を戻します。

シリーズ前回の記事 の文末でご案内した通り、今回はドイツに「ハイパーインフレ」を招く直因となった「ルール占領」について、ハイパーインフレが起きた経緯ではなく、ルール占領が行われた経緯にポイントを絞って記事にしたいと思います。

その後、ハイパーインフレに対して当時のドイツがどのような対応を行ったのか。こちらにポイントを移していきます。


ヴェルサイユ条約後、ドイツの賠償が決定する経緯

ヴェルサイユ条約後、ドイツに対する賠償が決定していく経緯について、もう少し深く掘り下げてみます。

ヴェルサイユ条約でドイツが連合国(主にフランスとベルギー)に賠償を行う事が決定するのですが、実際には1920年4月以降、合計12回に渡って開催された会議においてその正式な賠償額が決定します。

この時の首相はコンスタンティン・フェーレンバッハ。第484回の記事 で話題にした「ルール蜂起」。

この後、初めて行われた国会選挙において誕生した内閣です。

前回の記事 でもお伝えしましたね。

フランス・イギリス・イタリア・ベルギー・日本・ポルトガルなど複数の国々によってその賠償額が話し合われ、その総額は1920年6月の時点で総額2690億金マルクとされました。

また、同年11月にはドイツがその賠償請求に応じない場合には連合国によって、ルール地方、またはドイツ全土を占領することが決められています。

1921年2月~3月にかけて開催されたロンドン会議ではドイツ側より総額を500億金マルクとする対案が出されたのですが、連合国側により却下された上、連合国はルール地方にある「デュッセルドルフ」などの3つの都市を占領します。(~1925年8月25日。これは所謂ルール占領とは異なります)

1921年4月27日、その最終的な金額は1320金マルクと決定します。

ドイツははこの額が国力を超え、実行不可能であると反論しますが受け入れられず、フェーレンバッハついに退陣に追い込まれます。

一方で新首相となった「中央党左派」、ヨーゼフ・ヴィルトは、とりあえず連合国側の要求を受け入れ、実際に賠償金を支払った上で、その履行が不可能であることを実証する、「履行政策」を取りました。

ヴィルト


ちなみこの時政権が右派政権から左派政権に代わってますね。彼がとったこの「履行政策」は、ヴェルサイユ条約の見直しを主張する「右翼民族主義者」たちから攻撃の的とされます。

後のドイツの国際関係を検証する上で、この時に首相を務めたヨーゼフ・ヴィルトという人物は、中々重要な立ち回りを演じていますので、この話題は後日深めてみます。

ともあれ、ヴィルトが「履行政策」を取ったことから結果的にドイツの賠償額は総額1320金マルクを30年払いという形で決着がつきました。(1921年5月5日)

既に過去の記事で話題としていますが、更にこの賠償金は外貨建てでの返済を要求されていましたので、ドイツが賠償金を支払えば支払うほど外貨高となり、これが所謂「ハイパーインフレ」を引き起こす一つの要因ともなりましたね。

この後、ドイツはフランスに再三賠償金の支払いについて交渉を行うのですが、悉くフランスに拒否されており(実際に協定の締結まで進んだものも、フランス産業界等の批判により中止にされるなど)、ドイツには厳しい状況が続きます。


ジョン・メイナード・ケインズの警告

以外なのは、ドイツへの賠償を確定させるうえで、イギリスの責任者としてあの「ジョン・メイナード・ケインズ」が就任していたという事。

「ケインズ経済学」の下となる理論をまとめたあの、ケインズです。

ケインズ


彼は元々ドイツの支払い能力として「高めに見積もれば40億ポンド、楽観的に見れば30億ポンド、慎重に見れば20億ポンド」とする報告書を策定していました。

これを、当時の首相であるロイド・ジョージ氏は受け入れず、「ドイツの限界まで賠償を支払わせる必要がある」として240億ポンドという額での賠償をドイツに求めていました。(1918年12月)

翌年1月に開催されたパリ講和会議。これとは別に開催されていた賠償委員会にケインズは出席することができず、代わりに出席した「イギリス代表」はケインズとは異なり、ジョージ首相同様ドイツに限界「以上」の賠償をさせようとする「強硬派」でした。

例えばアメリカがドイツの賠償額を各国が受けた「損害の範囲内」の補償に留めようとする提案を行ったのに対し、イギリス代表は「戦費」までその補償に含めるべきだと主張しました。

1919年3月からはイギリス代表としてケインズが参加するようになったのですが、イギリスの強硬派たちの抵抗は強く、結果的に同講和会議での賠償額の決定は見送られることとなりました。

また更に英仏は賠償額に対し、更に軍人恩給まで含めることを米国に要求し、米国を屈服させました。イギリス代表であったはずのケインズはこの流れに抗議して会議の途中で帰国しています。

この結果、締結されたのが「ヴェルサイユ条約」です。ちなみに同条約116条において、「ロシアの賠償請求権」は保留されることとなっています。ロシア革命後のソビエト政府が正式に成立した後、協議されることとなりました。


ケインズは、この時のイギリス政府の姿勢を「平和の経済的帰結」という書籍において批判し、更に1922年、「条約の改正」という書籍において、賠償に批准したドイツの賠償支払いが著しく困難であることを警告しています。

ここはそのままWikiから引用します。

1922年の「条約の改正」では予算問題とトランスファー問題によってドイツの賠償支払いが著しく困難なものであると警告している。

予算問題とはドイツ政府が賠償を支払うためには、政府財政で毎年黒字を計上せねばならない。黒字達成のためには増税や支出削減が必要であるが、賠償額が大きくなればなるほど国民生活を圧迫し、これが続けば労働意欲や生産力も低下するというものである。

トランスファー問題とは、ドイツが賠償支払いを外貨で行わねばならないことから生じる問題で、ドイツが自国の財政黒字を外貨に両替するためには経常収支が黒字であることが必要であるが、現実的にはその達成が困難だと指摘したものである。

ケインズはこれらの理論により、イギリスとアメリカに対連合国債権をすべて放棄させた上で、ドイツに賠償額を30年賦で12億6000万金マルクずつ支払わせるのが妥当と算定した。

ドイツ政府の賠償金調達はケインズの警告通り、19922年5月の時点で困難となり、ドイツはフランスに対し支払いの延期を求めますが、フランスはこれに応じず、おそらくこの時ドイツは通貨の発行によってこれを賄ったのだと思います。

結果、マルクは「一ポンド=5575マルクまで下落した」とあります。この金額が当時の通貨単位でどの程度の下落であったのかは記されていませんが、ケインズの警告をなぞるような下落幅だったのだと想像します。


フランス・ベルギーのルール占領に至る経緯


1922年1月には一時的に支払いの猶予が認められていたのですが、これに賛成した当時のフランスの首相であったアリスティード・ブリアンは、強硬派の反対を受け、辞任に追い込まれています。

その後もドイツマルクは暴落を続け、ドイツ政府は7月12日、連合国に対し「6ヶ月の賠償支払い停止」を求めた上、「1923年と1924年の賠償支払い不能を宣言」します。この時点でドイツの対ドルレートとして1919年比で117.5倍まで増加していたのだそうです。

これに対し、アメリカは譲歩の姿勢を見せるのですが、その他の国々はこれに反対します。

ここで一つの構造が見えたんですが、アメリカ以外の欧州の国々は、「アメリカに対する債務」があったんですね。

逆に言えば、アメリカがこれらの国々に対する債務を減額するなりしていれば、他の国々もドイツの要請に応じることもできていたという事になります。

ただ、フランスやベルギー、特にフランスはドイツに対する特定の負の感情を抱いていますから、より強硬な姿勢を示したのだと思います。

またフランスはドイツと国境を接しており、帝国時代のドイツの強烈な印象は拭いされていないでしょうから、二度と立ち直れないほどに国力を低下させたかったという本音もあったのではないでしょうか。

連合国側は1922年後半分に関しては事実上ドイツ側の要請に応じるのですが、ドイツ首相であったヴィルトはこの賠償問題、及び「共和国防衛法」の扱いをめぐって財務大臣と対立することとなり、同年11月に退陣しています。

続いてドイツ国首相となったのがヴィルヘルム・クーノ。

ヴィルヘルム・クーノ

フランス・ベルギーによるルール占領は彼の時代に勃発します。中央党、ドイツ人民党、バイエルン人民党の連立政権ですから、右左でいえば右側の保守政権です。彼は大統領であるエーベルトの指名を受けて首相となります。

ちなみに彼が首相に就任した直後、12月の時点でマルクの対ドル相場はなんと1919年比で1807.8倍にまで到達していたんだそうですよ。

ヴィルトは辞任とともに「「賠償金・現物払いの3-4年免除を求める覚書」を連合国側に提出しており、クーノはこの見解を継承しました。

これに対し、フランスの首相であるポアンカレは、ドイツに対し、「生産的担保」を求めます。「生産的担保」。つまり、「ルール地方」の事です。(1922年12月19日)

フランスも対英米債務に苦しんでいたんですね。


次回記事では、改めて「ルール占領」そのものに着目し、その上でドイツが「ハイパーインフレ」から脱却するまでの経緯を追いかけてみます。




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<継承する記事>第500回 陰謀論に敗北した安倍内閣~検察庁法改正騒動を分析する~

前回の記事では、「検察庁法」で改正される部分の内、「第22条」の内容を解析するのにそれなりの時間を要しましたので、一旦記事を止め、今回の記事に続きを委ねる形を取りました。

いや、それにしても・・・わかりにくい。

で、前回では「国家公務員法第81条の7」を参考に「検察庁法第22条-2」のみを文章化してみたのですが、今回改めて「検察庁法第22条-3」についても文章家してみたいと思います。

検察庁法第22条-3
任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員に係るが定年に達した日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該職員が定年に達した日において従事期限を定め、その職員を当該している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、検察庁法第九条第三項又は第四項(これらの規定を同法第十条第二項において準用する場合を含む。)の規定により検事正又は上席検察官の職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該検事正又は上席検察官の職を占める職員については、引き続き勤務させることについて法務大臣が定める準則(以下単に「準則」という。)で定める場合に限るものとする。

一 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として準則で定める事由

二 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

②任命権者は、前項本文の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項第一号に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、準則で定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が六十三年に達した日)の翌日から起算して三年を超えることができない。

③前二項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、準則で定める。

なぜ改めて3項も掲載することにしたのかと申しますと、両項の間では明らかに違う部分が1か所存在するからです。

前回の記事でもお示しした通り、2項は「検事総長、次長検事または検事長」について、3項は「検事または副検事」ついて記したものです。

改めてそれぞれの項を並列して並べてみます。

検察庁法第22条-2
任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員が定年に達した日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該職員が定年に達した日において従事期限を定め、その職員を当該している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、検察庁法第9条第3項または第4項(これらの規定同法第10条第2項において準用する場合を含む)の規定により検事正又は上席検察官の職を占めたまま勤務を指せる期限の設定又は延長をした職員であって、定年に達した日において当該検事正又は上席検察官の職を占める職員については、引き続き勤務させることについて法務大臣が定める準則(以下単に「準則」という)で定める場合に限るものとする。

一 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由

二 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

②任命権者は、前項本文の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前号第1項に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、内閣の定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあっては、年齢が62歳に達した日)翌日から起算して三年を超えることができない。

③前二項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、内閣が定める。


検察庁法第22条-3
任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員に係るが定年に達した日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該職員が定年に達した日において従事期限を定め、その職員を当該している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、検察庁法第九条第三項又は第四項(これらの規定を同法第十条第二項において準用する場合を含む。)の規定により検事正又は上席検察官の職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であつて、定年に達した日において当該検事正又は上席検察官の職を占める職員については、引き続き勤務させることについて法務大臣が定める準則(以下単に「準則」という。)で定める場合に限るものとする。

一 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として準則で定める事由

二 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

②任命権者は、前項本文の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項第一号に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、準則で定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあつては、年齢が六十三年に達した日)の翌日から起算して三年を超えることができない。

③前二項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、準則で定める。

わかりますでしょうか? 2項については当該職員の定年延長を規定するのが「内閣」であり、3項については「(法務大臣が定める)準則」となっています。

そもそも検察官の定年延長については、「国家公務員法等の一部を改正する法律案」として、国家公務員全体の定年を延長する一環として、同じ「国家公務員」である検察官についてもその定年延長を定めようとしたものです。


現行の検察庁法に「人事院」という言葉は一言も含まれていない


で、改めて現行法について検察庁法全体で「人事院」というワードに対して検索を掛けてみたのですが、現行の検察庁法において「人事院」という言葉は一言も登場しません。

この事から一体何が推察できるのかと申しますと、つまり「検察庁法」は「人事院」からも完全に独立した存在で、検察官はその任免に関して人事院からも一切の干渉を受けない存在であるという事です。

この事は、前回の記事でも記した「検察庁法第25条」によっても、

「検察官は、前三条の場合を除いては、その意思に反して、その官を失い、職務を停止され、又は俸給を減額されることはない。但し、懲戒処分による場合は、この限りでない。」

という文章によって保障されています。検察庁法上検察官の身分を左右するのは「年齢」と「検察官適格審査会の議決及び法務大臣の勧告」の二つしかありません。

法務大臣による勧告も、「検察官適格審査会の議決」を経てなされるもので、法務大臣が勝手に行うことはできません。

つまり、本来「検察庁」とは、法文全体を通して見ても他の国家公務員とは違い、「人事院」に対しても独立した特殊な存在で、唯一「検事総長、次長検事または検事長」については内閣(総理大臣)が、「検事または副検事」ついては法務省(法務大臣)が関与する権能を持っている、という事がわかります。

「権能」と言っても実際に権限を持つのは「任命」に関するものだけで、これに今回の改正により初めて「定年の延長」に関する権能が追加されることとなるわけです。

今回の検察庁法改正について、野党やマスコミ、及びまるで自分が知識人でもあるかのように勘違いしている連中がツイッター上等で「任期の延長」が人事院ではなく内閣によって行われることが、「内閣によって恣意的に検察庁人事に介入することを目的としたもの」であるかのように振れまわられていますが、全く違う事がわかりますね?

元々「検察庁法」は「人事院規則」から独立した存在なんです。

そして、元々「検事総長、次長検事または検事長」の任命権者は内閣総理大臣であり、「検事または副検事」の任命権者が法務大臣であることから、検察庁法における定年の延長に関する規定において、国家公務員法を援用する際、「人事院の承認」という文言を「内閣」及び「(法務大臣の)準則」と置き換えているだけです。


当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由

さて。では改めて前回紹介した、予算委員会質疑に関連した動画を見てみましょう。



いくつか紹介したい場所はあるのですが、記事が長くなりすぎてもいけませんので、私が見た中で一番興味深いと感じた部分を記事にしてみます。

質問しているのは国民民主党の後藤祐一議員。受けているのが森法務大臣です。

後藤祐一議員は森大臣に対し、

「ここ数年の国際的組織犯罪、サイバー犯罪の中で『最も』複雑困難化したと思われる事件をそれぞれ5件挙げる様に」

と問いかけています。

質疑の内容から判断すると、「当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由」の事例として、過去の答弁の中で森大臣より「国際的組織犯罪、サイバー犯罪」が例として挙げられたのだと思います。

これについて後藤祐一議員より「具体的事例を挙げろ」という質疑が行われました。

これに対して森大臣は、『最も』複雑困難化したと思われる事件について答えることが、捜査機関が『複雑困難だ』と考えている事件を明らかにすることとなり、治安への影響から考えても明らかにすることは困難であることを伝えながら、

「ここ数年国境を超える犯罪として報道されているもの」
「ここ数年のサイバー犯罪として報道されているもの」

についてそれぞれ5件事例を挙げています。ではどんな事例かと申しますと、まずは「ここ数年国境を超える犯罪として報道されているもの」について。

1.起訴:令和2年
 フィリピンに拠点を置いていた日本人グループによる特殊詐欺事件

2.起訴:平成30年
 韓国籍の被告人が韓国から金塊三キロを密輸したとされる事件

3.起訴:平成29年
 北海道の松前小島に着岸した北朝鮮の船の船長が発電機等を盗んだとされる事件

4.起訴:平成29年
 韓国籍の被告人が共犯者と共謀して韓国から金塊約30キロを密輸したとされる事件

5.起訴:平成28年
 横浜敷地内の韓国総領事館敷地内に人の排せつ物の入った紙箱を投げ込み、同総領事館の業務を妨害したとされる事件

あれ?

いかがでしょうか。ハッとされた方もいらっしゃるかもしれません。

そうです。第1件目のフィリピンに拠点を置いていた日本人グループによる特殊詐欺事件以外、すべてが「韓国」及び「北朝鮮」に関連した事例です。

5件目の事例は犯人対象の国、というわけではありませんので少し性質が異なっているかもしれませんが、このような事例を見ると、「検察庁法改正をやり玉にあげ、疎外しようとしている連中はひょっとして・・・」とすら思えてきます。

国会にたち、責めている連中はひょっとしてそういった国々の利権を守るために答弁しているのではないか、と。

勿論そんなことはないと思います。ですが、あたかも安倍内閣が「恣意的に検察庁人事に介入しようとしている」という飛んでも陰謀論をでっちあげることが許されるのなら、この事例の方がよほど信憑性が高いと思います。

続いてサイバー犯罪の事例です。

1.起訴:令和元年
 オンラインサービスの会員IDを不正に取得し、ネットショッピングに使えるポイントをだまし取ったとして電子計算機使用詐欺の罪に問われたとされる事件

2.起訴:平成30年
 ウェブサイトに仮想通貨の獲得手段マイニングに無断利用するプログラムを設けたとされる事件

3.起訴:平成27年
 仮想通貨ビットコインの取引所マウントゴックスから巨額の資金が消失したとされる事件

4.逮捕:平成26年
 被告人が他人のインターネットバンキングIDを不正取得するため、遠隔操作ウイルスをメールで送信するなどした事件

5.平成20年以降に順次基礎
 ウイルスに感染させたパソコンを遠隔操作するなどした事件

犯罪名はちょっと聞き取りづらかったので割愛していますが、いかがでしょう?

事件がものすごく専門性を増しているように思えませんか?

では、このような事件にかかわっている検事が定年により途中で交代しなければならなくなった場合。果たして問題なく引き継ぐことができるでしょうか?

これらの事件は全て検事が後退したとして問題がなかった事件であると言及されていますが、後藤祐一議員は、森大臣に対し、「これらの事件を上回るような、『引き継ぎ要件』となるような具体的事例を示せ」と森大臣に迫っています。

森大臣は答弁において、「当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由」等の内閣が定年延長に関連して、新たに制定する「事由」について、「法律として格上げされる人事院規則」を参考とし、より具体的に制定するという事を示しています。

順序として、

①第三者機関である人事院規則に於いて国家公務員の定年延長に関連した具体的な法律が制定される
②人事院規則が法律として制定された後、これに準ずる形で検察庁法改正における定年延長に関連した要件を具体的に定める

という順番になります。

この説明を森大臣は何度も繰り返し行っているのですが、後藤祐一議員は全く理解しようとしません。同じ質問を繰り返し行い、自ら質問時間を潰しておいて、挙句の果てに議長から質問時間が過ぎていることを何度も勧告されるのですが、これに全く従おうとしません。

そして最後の最後に出てきた言葉が

 「次の機会までに準備をして、人事院規則ができる前に具体的なイメージを示せ!」

という言葉。これ、後藤祐一議員の本音なんだと思います。

森大臣は、はっきりと「捜査機関が『複雑困難だ』と考えている事件を明らかにすることは、治安にも影響するため難しい」という説明をきちんと行っていますね?

だからこそ中立機関である「人事院」で定めた規定に準じる形で「定年延長に関連した具体的な要件を定める」と言っているのに、全く耳を貸しません。

答えられないことを知っててこういう質問しているんだろうと思います。


まとめ

元々国家公務員法において規定される予定の定年延長のためのルールを、援用する形で定めたに過ぎない「検察庁法改正」における定年のルールを、あたかも安倍内閣になにがしかの思惑があり、悪用するために改正するかのような「陰謀論」を仕立て上げた。

これが今回の検察庁法改正に関する顛末のすべてだと思います。

勿論、ではこれをコロナ騒動で世間があたふたしている中で決める必要があるのかと言われれば、一部の人間によってここまで複雑化されてしまった以上、これは適切ではないのかもしれません。

ですが、今回の顛末は、例えば「チェーンメール」が拡散されたり、「デマ」が拡散されるのと同じレベルで非常に悪質な事件だと思っています。

「チェーンメール」だって、それはあたかも正しいことが書かれているかの様に見えて、そこにはなにがしかの世論を惹起させるための「悪意」が込められているからこそそれは悪質なのです。

「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグも、これは明らかに悪意を以てこれを仕掛けた人間が存在します。

良しあしは別として、それに乗っかった皆々様。あなたたちはそれが本当に「正義」だと思っているのですか?

いい加減そういった「陰謀論」に乗っかるのはそろそろ終わりにしませんか?




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記事はこちらから。

共同通信社記事より 5/18 15:31】
検察庁法改正、今国会見送りを確認

 安倍首相は自民党の二階幹事長との会談で、検察庁法改正案について、国民の理解なしに前に進めることはできないとして、今国会成立を見送る方針を確認した。


「#検察庁法改正案に抗議します」(#↽はあえて全角にしています)
↑というツイッターのハッシュタグが拡散され、結果的に今国会でも成立が見送りとされそうな「検察庁法改正法案」。

まずはこの法案。肯定派と否定派の間で論争のポイントとなっているのは「検察庁法第22条」の改正について。

以下に掲載しますが、例によってまともに読もうとすれば脳がわきますから、枠内は飛ばして読んでください。

まずは現行法。

「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」


この法案を、

第22条 検察官は年齢が65年に達したときに退官する。

2.検事総長、次長検事または検事長に対する国家公務員法第81条の7の規定の適用については、同条第1項中「に係る定年退職日」とあるのは「が定年に達した日」と、「を当該定年退職日」とあるのは「を当該職員が定年に達した日」と、同項ただし書中「第81条の5第1項から第4項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む)を延長した職員であって、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第1項または第2項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であって、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は末日の翌日から起算して三年を超えることができない」とあるのは「検察庁法第22条第5項または第6項の規定により次長検事または検事長の官及び職を占めたまま勤務をさせる期限の設定又は延長をした職員であって、定年に達した日において当該次長検事または検事長の官及び職を占める職員については、引き続き勤務させることについて内閣の定める場合に限るものとする」と、同項第1号及び同条第3項中「人事院規定で」とあるのは「内閣が」と、同条第2項中「前項の」とあるのは「前項本文の」と、「前項各号」とあるのは「前号第1項」と、「人事院の承認を得て」とあるのは「内閣の定めるところにより」と、同項ただし書き中「に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあっては当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)」とあるのは「が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあっては、年齢が62歳に達した日)」とし、同条第1項第2項の規定は、適用しない。

3.検事または副検事に対する国家公務員法第81条の7の規定の適用については、同条第1項中「に係る定年退職日」とあるのは「が定年に達した日」と、「を当該定年退職日」とあるのは「を当該職員が定年に達した日」と、同項ただし書中「第81条の5第1項から第4項までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む)を延長した職員であって、定年退職日において管理職監督を占めている職員については同条第1項または第2項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であって、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の様実から起算して3年を超えることができない」とあるのは「検察庁法第9条第3項または第4項(これらの規定同法第10条第2項において準用する場合を含む)の規定により検事正又は上席検察官の職を占めたまま勤務を指せる期限の設定又は延長をした職員であって、定年に達した日において当該検事正又は上席検察官の職を占める職員については、引き続き勤務させることについて法務大臣が定める準則(以下単に「準則」という)で定める場合に限るものとする」と、同項第1号及び同条第3項中「前項の」とあるのは「前項本文の」と、「前項各号」とあるのは「前項第1号」と、「人事院の承認を得て」とあるのは「準則で定めるところにより」と、同項ただし書中「に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあっては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)」あるのは「が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあっては、年齢が63年に達した日)」とし、同条第1項第2項の規定は、適用しない。

4.法務大臣は、次長検事及び検事長が年齢63年に達したときは年齢63年に達した日の翌日に健治に任命するものとする。

5.内閣は前項の規定に関わらず、年齢が63年に達した次長検事または検事長について、当該次長検事または検事長の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該次長検事または検事長を検事に任命することにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由があると認めるときは、当該次長検事または検事長が年齢63年に達した日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、引き続き当該次長検事または検事長に、当該次長検事または検事長が年齢63年に達した日において占めていた官及び職を占めたまま勤務をさせることができる。

6.内閣は前項の期限又はこの項の規定により延長した期限が到来する場合において、前項の自由が引き続きあると認めるときは、内閣の定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して1年を超えない範囲内(その範囲内に定年を延長する日がある次長検事または検事長にあっては、延長した期限の翌日から当該定年に達する日までの範囲内)で期限を延長することができる。

7.法務大臣は前2項の規定により次長検事または検事長の官及び職を占めたまま勤務を指せる期限の設定又は延長をした次長検事または検事長については、当該期限の翌日に検事に任命するものとする。他足、第21条の7第1項の規定により当該次長検事または検事長を定年に達した日において占めていた職及び職を占めたまま引き続き勤務させることとした場合は、この限りでない。

8.第4項及び前項に定めるもののほか、これらの規定により健治に任命するに当たって法務大臣が遵守すべき基準に関する事項その他の検事に任命することに関し必要な事項は法務大臣が定める準則で、第5項及び第6項に定めるもののほか、これらの規定による年齢63年に達した日において占めていた官及び職を占めたまま勤務を指せる期限の設定及び延長に関し必要な事項は内閣がそれぞれ定める。

検察庁


というに変える・・・というのが今回の改正案騒動でした。

単純に読み解いたのでは意味が分かりませんので、いくつか捕捉する法案を掲載します。

まず登場するのが、「国家公務員法第81条の7」。実は、「国家公務員法」も改正されますので、この法律は新しい国家公務員法第81条の7のことを指しています。

国家公務員法第81条の7

(定年による退職の特例)
第八十一条の七 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該定年退職日において従事期限を定め、その職員を当該している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、第八十一条の五第一項から第までの規定により異動期間(これらの規定により延長された期間を含む。)を延長した職員であつて、定年退職日において管理監督職を占めている職員については、同条第一項又は第二項の規定により当該定年退職日まで当該異動期間を延長した場合であつて、引き続き勤務させることについて人事院の承認を得たときに限るものとし、当該期限は、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日の翌日から起算して三年を超えることができない。

一 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

二 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

②任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項各号に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、人事院の承認を得て、これらの期限の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員に係る定年退職日(同項ただし書に規定する職員にあつては、当該職員が占めている管理監督職に係る異動期間の末日)の翌日から起算して三年を超えることができない。

③前二項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、人事院規則で定める


で、検察庁改正法ではこの81条の7を読みかえるようですので、これに従って打ち換えていきます。

検察庁法第22条-2
任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、次に掲げる事由があると認めるときは、同項の規定にかかわらず、当該職員が定年に達した日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、当該職員を当該職員が定年に達した日において従事期限を定め、その職員を当該している職務に従事させるため、引き続き勤務させることができる。ただし、検察庁法第9条第3項または第4項(これらの規定同法第10条第2項において準用する場合を含む)の規定により検事正又は上席検察官の職を占めたまま勤務を指せる期限の設定又は延長をした職員であって、定年に達した日において当該検事正又は上席検察官の職を占める職員については、引き続き勤務させることについて法務大臣が定める準則(以下単に「準則」という)で定める場合に限るものとする。

一 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の遂行上の特別の事情を勘案して、当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由

二 前条第一項の規定により退職すべきこととなる職員の職務の特殊性を勘案して、当該職員の退職により、当該職員が占める官職の欠員の補充が困難となることにより公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として人事院規則で定める事由

②任命権者は、前項本文の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前号第1項に掲げる事由が引き続きあると認めるときは、内閣の定めるところにより、これらの期限の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、当該期限は、当該職員が定年に達した日(同項ただし書に規定する職員にあっては、年齢が62歳に達した日)翌日から起算して三年を超えることができない。

③前二項に定めるもののほか、これらの規定による勤務に関し必要な事項は、内閣が定める。

ここで、「前条第一項」の文言が3か所出てくるのですが、これはどう考えても「同条第1項」の誤りだと思います。書き漏れでしょうか

この場合の「任命権者」は内閣や法務大臣ですね。同条第3項についてもほぼ同じ変更がなされています。

2項が「検事総長、次長検事または検事長に対する国家公務員法第81条の7の規定の適用」について、、3項が「検事または副検事に対する国家公務員法第81条の7の規定の適用」

きちんと読み切れているのかは少し自信のない部分もありますが、ここで定年により退職をする職員が「内閣の定める」「当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由」ある場合に定年を超えても最大で3年間職務の延長ができる・・・と記されている部分が問題になっているわけです。



ちょうどこちらの動画で内閣から「武田国家公務員制度担当大臣」と「森法務大臣」が出席して国民民主党の後藤祐一議員と共産党の藤野保史議員からの質疑に応答しています。

全体を通じてポイントとなっているのは、現行法第22条にある

「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」

という一文です。


黒川検事長の定年延長

検察庁法における検察官の定年延長の問題がここまで大きく騒がれることとなった理由の一つとして、黒川検事長の定年延長の問題があります。

深く検証することは致しませんが、黒川氏の任期延長については「東京高等検察庁」からの依頼を受け、「人事院の判断」を受けて内閣が閣議決定したものです。

この時、内閣は閣議決定を行う際(検事長の任命権者は内閣)、検察庁法には延長についての規定がないため、国家公務員法を適用しました。

(定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。

 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。


野党は検察庁法の

「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」

という規定について、

「年齢以外の要素は一切考慮しないと書かれている!」

という主張を行っているのですが、実は検察庁法のどこを見てもそんな規定は記されていません。検察庁法にはただ、

「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する」

という規定だけが記されているのです。また、25条には

第二十五条 検察官は、前三条の場合を除いては、その意思に反して、その官を失い、職務を停止され、又は俸給を減額されることはない。但し、懲戒処分による場合は、この限りでない。

とも記されており、この条文によって検察官の身分の独自性もきちんと保障されています。

この前提の下、記事としては本日の記事が長くなっていますので、後半を分けて次の記事にしたいと思います。




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今回の記事は、タイトルにある通り、全国47都道府県の「現在感染者数」比較とこれに伴って一昨日、5月4日に安倍首相より行われた「緊急事態宣言の延期」に関する安倍首相の会見に対して、「出口戦略が表明されなかった」という意見が多発している事に対して私が感じた「違和感」を記事にしたいと思います。


全国の「現在感染者数」比較

では、早速ですが、ヤフーの「新型コロナウイルス感染症まとめ」 に掲載されています情報より、全国の「現在感染者数」の推移比較を目に見える形で掲載してみます。

後程、なぜ「現在感染者数」の推移を記事にするのかという事も含めて掲載しますが、全都道府県の情報を掲載しますので、非常に長くなります。まずは気になる都道府県のみをご覧いただくようにして、それ以外の都道府県は読み飛ばしてください。


全国

全国


北海道

北海道


青森

青森


岩手

岩手


宮城

宮城


秋田

秋田


山形

山形


福島

福島


東京

東京


神奈川

神奈川


埼玉

埼玉


千葉

千葉


茨城

茨城


栃木

栃木


群馬

群馬


山梨

山梨


新潟

新潟


長野

長野


富山

富山


石川

石川


福井

福井


愛知

愛知


岐阜

岐阜


静岡

静岡


三重

三重


大阪

大阪


兵庫

兵庫


京都

京都


滋賀

滋賀


奈良

奈良


和歌山

和歌山


島根

島根


鳥取

鳥取県


岡山

岡山


広島

広島


山口

山口


徳島

徳島


香川

香川


愛媛

愛媛


高知

高知


福岡

福岡


佐賀

佐賀


長崎

長崎


熊本

熊本


大分

大分


宮崎

宮崎


鹿児島

鹿児島


沖縄

沖縄


安倍首相が示した「出口戦略」

先日の安倍首相の会見を受け、マスコミやその出演者を中心に、「出口戦略」が示されていない、「具体的な数値を以て示してほしい」

という私からすればこれは非常に偏った意見が一斉に報道されました。

その上で大阪の吉村知事が示した「大阪モデル」を以上に持ち上げ、あたかも安倍首相が出口戦略を示していないかのような世論を一気に形成してしまいました。

ですが、実はそんなことはありません。先日の安倍さんの会見をきちんと聞いていた人たちには明確にわかったはずです。安倍首相の示した「出口」が。

では、次の資料を見てみましょう。

5-6感染状況

こちらはNewsDigestというアプリで、私がコロナ関連の情報を見る際に参考としているアプリです。わかりやすいので。

で、この画像は本日、2020年5月6日21時18分時点で最新の情報です。

わかりますでしょうか? 「現在感染者」項目の下に、緑色で「前日比-238」と記されていますね?

これは、「現在入院(またはホテル等で待機している人」の数が前日と比較して238人減少しましたよ、という情報です。

なぜ減ったのでしょう?

勿論、「累計死亡者数」が+11となっていますから、昨日まで入院していた人たちの中から11人の方が亡くなったので、その分病床が空いた・・・という事もあるのですが、実はそれ以上に「累計退院者数」が331名増えている事。

つまり、本日331名の方が「退院」したことが一番大きいのです。患者数そのものは全国で104名しか増えていませんから、本日の「退院者数」が「新規感染者数」を大きく上回ったため、「現在入院者数」が大幅に減少したのです。

「本日はゴールデンウィークで検査数が」とおっしゃる人もいるかもしれません。

ですが、たとえそうであったとしても「本日『現在感染者数』」が昨日までと比較して減少したという事は事実です。

ひょっとすると、明日明後日、ゴールデンウィーク中で検査ができなかった人の検査数が増加し、再び「感染者数」が大幅に増えるかもしれません。ですが、「本日『現在感染者数』が減少した」という事は事実です。

つまり、この事実を積み重ねていくことこそ、安倍首相が示した「出口戦略」なのです。

ハッキリおっしゃっていますね?

「回復者の数が新規感染者数を上回る」ことが必要だという事を。それを示す具体的な数字が「現在感染者数」の推移です。


「大阪モデル」はそんなに過ぎれた指標なのか?

さて。その上で、上記に列記した全国の「現在感染者数」の推移を見てみましょう。

お伝えしましたように、本日は全国で見ても「回復者数」が多かったですし、逆に「新規感染者数」は少なかったですから、当然「現在感染者数」は減少しています。

ですが、これは「特別な事」なのかもしれません。たまたまそうなっただけなのかもしれません。

そう考えた上で、例えば「東京」の推移を見てみます。

東京

いかがでしょう。「全国」では確かに「現在感染者数」は減少していますが、東京だけ見てみますと、この数字は増加し続けていますね?

では、「大阪」はどうでしょうか。

大阪

5月1日に大幅に「現在感染者数」が減少したと、ほぼ横ばいが続き、本日ぐっと下落していますね?

ですが、本日の数字はひょっとすると「特別な事」なのかもしれません。そう考えると大阪の状況は「横這い」が続いていることになります。

では、私が居住している「愛媛県」のグラフを見てみます。

愛媛

4月22日をピークとして、それ以降「現在感染者数」は継続して下落していることがわかりますね?

そう。そういいう意味で見ると、私の住む「愛媛県」では、「コロナ問題」は収束しつつあります。

更に岩手県に至ってはこれまで継続して考えて一人たりとも感染者を出していません。ずっと「0人」のままです。

そう。地域によってコロナウイルスの感染状況は大きく異なっているのです。

では、なぜあたかも日本全国で「経済活動の自粛」が強要されているかのような状況が継続しているのでしょうか?


「緊急事態宣言」の意味

さて。よく考えてみてください。

安倍首相は最初、中々「緊急事態宣言」を出そうとしていませんでした。

なぜでしょう?

それは、安倍首相は「新型インフルエンザ等特別措置法」の規定にのっとり、ちゃんと専門家の意見を聞き、専門家が「緊急事態宣言」を出す条件として、「2~3日で感染者の数が2倍、3倍になるような状況」とはっきり示していました。

ですが、特に東京においてその専門家が示した「2~3日で感染者の数が2倍、3倍になるような状況」が今にも起きるのではないか、思わせるような急速な増加幅を示した時期がありました。

この時、小池知事が「緊急事態宣言が出されれば、いつでも対応できる準備はできている。早く緊急事態宣言を行ってほしい」といった趣旨の発言をしていたことを私はとてもよく覚えています。

ですが、私はこの時非常に疑問に感じていました。

「なぜ東京は東京独自で緊急事態宣言を行わないのだろう」と。

これは大阪に対しても一緒です。逆に北海道では独自に緊急事態宣言を出し、「コロナウイルスの第一波」を見事終息させていました。

そう。実はこの時、政府が緊急事態宣言を発令するより前に、東京、大阪で独自に「緊急事態宣言」を出すことこそ、両知事が本当にやらなければならなかったことなのです。

両知事が緊急事態宣言を独自で出さなかった理由は、仮に自分たちが緊急事態宣言を出したとしても「法的な根拠」がないからです。

緊急事態宣言が出されることによって小池知事や吉村知事の発言に「法的な根拠」が生まれ、その根拠に則って各自治体に「要請」や「指示」を行うことができるようになるため、両知事は安倍首相に対し、「緊急事態宣言」を出すことを求めました。

安倍さんは、この様な「圧力」を抑えきれず、やむを得ずに出したのが最初の「緊急事態宣言」でした。

そうです。「緊急事態宣言」を出す事によって高められるのは首相の権限ではなく、各「自治体の長」の権限なのです。

これを小池知事も吉村知事も忘れてしまっているんじゃないでしょうか?

安倍さんは宣言を出すとき、「東京」「神奈川」「千葉」「埼玉」「大阪」「兵庫」「福岡」の7都府県をその対象地域としました。

ですが、その結果、これらの地域から他の地域に感染者が流出し、感染が全国に拡大する恐れが生まれたことから、その後更に感染が拡大しつつあった「北海道」「茨城」「石川」「岐阜」「愛知」「京都」を「特定警戒都道府県」として指定した上で、全国に「緊急事態宣言」を発令しました。

その最大の目的は「都道府県をまたいだ人の移動を防ぐこと」を目的としたものです。

その上で、発令時にはすでに「都道府県をまたいで移動した人」が各都道府県に存在していました。これらの感染者から各地域への蔓延を防ぐため、クラスターの発生が確認されている繁華街での「接待を伴う飲食」や「三密が発生するイベント」などの中止を全国に要請しました。

ですが、逆に考えれば、これらの目的が達成された地域では順次「自治体の長」の判断で自粛要請を「緩和」することは可能であったはずです。

「新型インフルエンザ等特別措置法」の最大の特徴は「知事」の権限を高めることにこそあるわけですから。小池知事も、吉村知事もそれを求めて「緊急事態宣言」の発令を安倍首相に求めたのではなかったのでしょうか?

5月4日、改めて安倍首相より「緊急事態宣言の延長」が宣言されました。

ですが、同時に13の「特定警戒都道府県」を除く都府県に対しては宣言に伴った「制限の緩和」についても言及されました。

内容としては、県外への移動の他、過去にクラスターが発生した繁華街での「接待を伴う飲食業」や「大規模なイベント」以外は「3蜜」をさける事を条件として緩和される内容となっています・・・って、よく見れば、そもそも延長される前の内容と大きな変化は有りませんね。

ということは、今回の「緊急事態宣言」は元々そういう内容だったってことですよ。

であれば、もし「大阪」の状況が改善されたのであれば、それは特措法によって高められた大阪の「府知事」の「権限」で制限を緩和すればよいだけの話であり、その指標を国に求めるのはそもそもお門違いだと言うことです。

自粛延長に伴う「補償」の問題も散々話題に上がっていますが、その補償を求めるよりも先に、政府がすでに準備している「補償」を府民、都民が円滑に受けられるよう「情報提供」や「サポート」を行うのが知事の役割じゃないんでしょうか?

その上で「ここが足りないから力を貸してください」と政府に求めるのが「緊急事態宣言によって権限を高められた」知事の役割なんじゃないでしょうか?

安倍さんは、更にコロナの問題について、何度も「主に東京の問題なんですが」と述べています。

それはそうですよね?

全国の「現在感染者数」11876名(Yahooベース)の内実に4635名が東京の「現在感染者数」なんですから。

自治体によってはすでに改善され、「現在感染者数」が減少に転じている自治体も多数あるのですから。

政府はきちんと「補償」を用意しています。

特に「弱者」に対する補償は非常にしっかりしています。(使いやすい、使いにくの問題こそあれ)

自治体によってはその補償が、特に「対企業」ベースでは十分ではないかもしれません。ですが、だから政府が何も対策を行っていないかのように情報を撹乱させ、「緊急事態宣言を独自で発令する」という責任から逃げた二人の知事を持ち上げ続けるのはそろそろ、終わりにしませんか?




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第496回の記事 では

 「家賃の猶予、免除に応じた不動産業者への固定資産税の免除制度」
 「中小企業者・小規模事業者に対する固定資産税・都市計画税の減免」
 「住居確保給付金」

という3つの制度について、第497回の記事 では

 「緊急小口資金等の特例貸付」

について、それぞれ記事にしました。

ですが、これらの制度からは大きく零れ落ちている存在がありまして、それが「企業」の経費の問題です。

勿論、前回、前々回で記事として掲載した補助制度でも、例えば「個人事業主」レベルであれば十分に救済措置となる可能性はあるのですが、おそらく中小企業以上のレベルになると「これではとても賄えない」という企業も出てくるでしょう。

これを補填する目的で先日の予算員会を通過したのが「持続化給付金制度」です。


持続化給付金制度とは

既に多くの方がご存じだとは思いますが改めまして。

持続化給付金

ポイントをまとめてみます。
【対象】
中小企業及び個人事業主の内、
ひと月の売上が前年同月比で50%以上減少している事業者。

【金額】
中小企業・・・200万、個人事業主・・・100万 かつ 昨年年間の売り上げからの減少分が上限

となっています。

で、こちら、「確定申告」を行っていることが前提条件となっていまして、売り上げが減少した月が昨年より50%以上減少していれば給付の対象となります。


持続化給付金のウィークポイント

さて。前回から前振りをしているこの「持続化給付金のウィークポイント」。

ポイントとなるのが給付されるベースとなるのが「売上」であるという事。「所得」ではないんですね。

勿論、普段、「売上」から経費を支出してその差額分が「所得」となっていますので、その「売上」を補填しますという発想そのものはおかしくないと思います。

ですが、ここで一つネックとなるのが「雇用者報酬」。つまり、「給与」のことです。

勿論、政府が用意している制度としては「雇用調整助成金」がございまして、この制度を使えば「雇用者報酬」の部分は賄えるかもしれません。

雇用調整助成金も改善され、元々給与の2/3を政府が補填したものが、7.5割~9割にまで改善され、更には10割まで引き上げられました。

つまり、事業が苦しくなって、従業員の解雇が必要になっても解雇せず、雇い続けた場合、その全額を政府が保証しますよ、というレベルにまで制度が改善されています。要件として

 「売上高又は生産量などの事業活動を示す指標について、その最近3か月間の月平均値が前年同期に比べて10%以上減少していること」

という要件が、10%ではなく5%にまで引き下げられましたので、非常に利用しやすくはなっていると思います。

ですが、それでもその支給額には上限(日額8330円)があり、制度といて完璧なわけではありません。

申請そのもののも手間ですし、これを面倒だと感じて例えば従業員の給与を減額してしまったり、あるいは解雇してしまうような企業も少なくはないのではないでしょうか?

もしくはそれでも我慢してこれまでと同じ給与を従業員に手渡していて、自身の貯蓄を食いつぶしている「個人事業主」などもいるかもしれません。


持続化給付金、給付条件のウィークポイント

では、例えば個人事業主などで、

「従業員に給料を支払わなければ売り上げが1/2以下になることはないが、従業員に給料を支払ってしまうと手元に残るお金がゼロになってしまう」

ような事業主がいたとしたらどうでしょう?
または給料を全額歩合制にしていて、

「従業員が自分自身で稼ぐ給料は増収だが、それ以外の売り上げが1/2を割り込んでしまう」

様な場合はどうでしょうか? 「そんなことはありえない」と思う人もいるかもしれません。

では、

「個人事業主が事業Aと事業B二つの事業をしていて、事業Aを完全に従業員に任せていて、事業Aの収入は全額給与として従業員に渡していた場合」

はどうでしょうか? この時、

事業Bがコロナの直撃を受けて全く採算が取れなくなった

とするとどうでしょう?

事業Aは順調で、ひょっとすると「増収」になっているかもしれません。ですが、事業Aは壊滅的な打撃を受けていますから、個人事業主本人が受け取ることのできる売り上げはひょっとすると0になっているかもしれません。

個人事業主本人がコロナに感染し、入院してしまった場合などはどうでしょうか?

私このようなケースが発生することは十分に考えられると思うのです。

従業員がとても経営者のことを尊敬していて、「半分はお渡ししますよ」などというケースもあるでしょうが、必ずしもそうなるとは限りません。

ではもし「持続化給付金」の給付条件として、

ひと月の売上が前年同月比で50%以上減少している事業者。(ただし被雇用者への給与を除く)

という条件であったとしたらどうでしょう? 「被雇用者への給与を除く」の一言が条件に加えられるだけでかなり助らえる経営者もいると思いませんか?

もしくはここに「雇用調整助成金を利用している事業者は別」という文言が入っていてもよいと思います。

制度設計時にはまだどのようなウィークポイントがでてくるのか、予測しづらい部分もあると思います。

何よりもまず、実際に運用し、使える状態にすることの方が優先されますから、法案として出された段階で「ここがおかしい!」と突っ込むのはナンセンスだと私も思っています。

ですが、既に「制度」としては出来上がったのですから、「ブラッシュアップ」していく必要はあると思います。

「雇用調整助成金」も「緊急小口資金等の特例貸付」も、実際に施工された後、問題点を洗いなおしてブラッシュアップした結果、どんどんと国民が使いやすい形に変容していきました。

これは持続化助成金も同じことだと思います。

安倍さん、麻生さん。そして実際に制度設計をする官僚の皆さん。

個人事業主に対してだけでも構いません。私のこの案、ぜひ採用してみませんか?




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昨日の記事 では、「家賃の猶予、免除に応じた不動産業者への固定資産税の免除」、「中小企業者・小規模事業者に対する固定資産税・都市計画税の減免」、「住居確保給付金」といった、主に「家賃」に関連した政府の現行補助制度について記事にしました。

趣旨としては、これだけの補助制度があるにも関わらず、あたかも政府が何の家賃補助制度を行っていないかの様なマスコミ報道、野党側の追及に対し、一言物申したい気持ちから作成した記事です。

ですが、特に「住居確保給付金」などはダイレクトに生活の支えとなる方などもいらっしゃるでしょうし、こちらは不動産会社側の企業努力に依存することにはなりますが、「家賃の猶予、免除に応じた不動産業者への固定資産税の免除」制度なども広く多くの国民が知っていただけるようになればいいな、と思っています。

今回は、加えて中小企業、大企業の経営難に対する支えとなるであろう、「持続化補助金」について記事を作成しようと思います。

私の視点としては、「このウィークポイントを改善すればもっと良くなるのにな」と感じる部分を掲載しようと思っています。

ただ、その前に。もう一つ、私としては「神制度」だと感じている「緊急小口資金等の特例貸付」についての記事を掲載します。

内容として多くの方の助けになるだろう、という視点と、「国民への一律10万円給付」制度の実施によって廃案となった「収入が激減した国民1世帯当たり30万円」という制度にもスポットを当てたいという視点もあります。


緊急小口資金等の特例貸付

この制度、私もともと存在は知ってはいたのですが、我がごととしては受け止めていませんでした。

私の収入としてはこの制度のお世話になるほどには減少していませんし、私の生活を支えられないわけではありませんから。

ですが、私の雇い主が急遽入院することとなり、私自身ではなく、雇い主の生活費を支える必要性に駆られたため、普段からお世話になっている松山市議さんにご相談したところ、今回話題とした「緊急小口資金等の特例貸付」という制度の話が登場しました。

Facebookで私自身としても話題を乗せたことがあったのですが、その時と比較しても、借り入れのためのハードルがかなり引き下げられていることを案内されたのです。

具体的に、ではどの部分が引き下げられたのかというと、「所得証明」の部分です。

この貸付を受けるためには、元々前年度の所得と比較し、今年度の収入が減少していること、更にそれによって生活が困窮していることを証明する資料が必要だったのですが、この確認が「口頭による確認で可能になった」とのお話でした。

また更に、「住民票」「印鑑証明」「振込先の口座情報(通帳のコピー)」等の書類さえ整っていれば受付後1週間後には指定された口座に振り込まれている、との情報もお伺いし、これは、と感じましたので私も窓口である自治体の社会福祉協議会へ向かいました。

実際、建物に入りますと、担当者が非常にわかりやすい場所に窓口を設置していただいておりまして、私と担当者との間に透明のフェンスを設置した上で、対応をしてくださいました。

ただ、私が訪問した際には、若干受付のルールが変わっていまして、受付担当者と申込者との間での濃厚接触を防ぐため、申し込みは全て郵送で行うこととなっていました。

想定としては、窓口で受け付けをしてもらって、所得についてもその場で口頭で説明できることを想定していたのですが、この点が想定と異なっていました。

また、もう一つハードルとしてあったのは「印鑑証明」の問題。

貸付を受ける当人は入院しています。印鑑証明を受ける場合は「印鑑証明カード」が必要となります。これが当人の自宅にあり、入院先では保管していませんので、どう考えても印鑑証明を入手することが不可能でした。

で、窓口でこの事を伝えたところ、「4月30日より印鑑証明が必要ではなくなるのではないか、との情報が入っている」との情報をくださいました。

その話をお伺いした上で、私は4月30日以降に改めて窓口を訪問することとしました。


緊急小口資金等の特例貸付の申し込み方法

という事で、改めて5月1日に訪問した際に確認した「緊急小口資金等の特例貸付の申し込み方法」について、ご案内いたします。
【緊急小口資金等の特例貸付の申し込み方法】

【申し込み窓口】

各自治体の社会福祉協議会

【申し込み方法】

 ①-1 社会福祉協議会窓口で必要資料を受け取る

 ①-2 または、書きリンク先より必要書類をダウンロードし、印刷する
  ○申請に必要な書類(様式、記入例)

 ② 必要となる書類を用意する

 ・必要となる書類

  1.社協で受け取った申し込み書類
  2.世帯全員が記載されている申込者本人の住民票
  3.振込先となる銀行の預金通帳の金融機関名、支店名、口座名義、口座番号が分かる部分のコピー
  4.本人が確認できる書類(下記ア~オのいずれか)
   ア. 運転免許証(住所変更している場合は両面コピー)
   イ. パスポート
   ウ. マイナンバーカード(保護ケースに入れたまま表面のみコピー)
   エ. 健康保険証
   オ. 在留カード(特別永住者証明書)※外国籍の方の場合

 ③ 必要となる書類1~4をすべて封筒に入れ、自治体の社会福祉協議会へ郵送

申し込み方法はこれだけです。

勿論、これは「申し込み方法」であり、申し込みを行った人がすべて対象となるとは限りませんが、私が聞いた限りではかなりの確率で対象となっています。

これを「どうせ貸し付けでしょ」と思う人もいらっしゃるかもしれません。

ですが、実際の返済スタートは受給できるようになった1年後。更にこの時点で本人が「住民税非課税世帯」であった場合、この20万円は返済する必要はありませんん。

そして、この制度は1か月で終わるわけではなく、2か月目以降、「総合支援資金」という制度も用意されていまして、

 ・(二人以上)月20万円以内
 ・(単身) 月15万円以内

を合計で3か月間受け取ることができます。

もちろん、こちらも「貸付」ですから返済する必要がありますが、緊急小口資金と同じで償還時に当人が「住民税非課税世帯」であった場合には返済が免除されます。

緊急小口資金


本当に「一律10万円給付」という選択は正しかったのか?

いかがでしょうか?

今回記事にした「緊急小口資金等の特例貸付」について。

勿論ご存知の方もいらっしゃったとは思います。ですが、実際に利用された方はいらっしゃるでしょうか?

こんなにも手続きが簡略化されていたことに驚かれている方もいらっしゃるのではありませんか?

ここで、改めて「世論からの異常なほどの同調圧力」を受けて実行されることとなった国民全員に給付される「一律10万円」のことを考えてみたいと思います。

一律10万円給付が採用される前に議案として上っていた「生活困窮世帯への30万給付」。

私の今回の記事を読んで、ハッとされた方も多いのではないでしょうか?

勿論制度としては「収入」が基準となっており、基準もやや不明確でしたので、「わかりにくい」制度であったことは事実です。

ですが私、今回の緊急小口資金等の特例貸付に関する体験を通じて思ったのですが、ひょっとして30万給付制度にはこの緊急小口資金貸付制度の対象が「援用」されていたんじゃないかと思うのです。

実際申請しているのは事業経営などを行った結果、「所得が非課税世帯並みになった」人たちばかりだと思います。

例えば、法案が成立した直後は「収入」ベースであったとしても、今回の緊急小口資金貸付制度がそうであったように、準じてその対象が拡大されるという方法が用いられていたのではないでしょうか?

もしくは同じ圧力をかけるのなら、「一律10万円を給付しろ」という圧力ではなく、「30万給付の対象を拡大しろ」という圧力をかけるべきだったのではないでしょうか?

緊急小口資金貸付制度では振込先の口座情報を提出することが前提条件となっていますから、この申し込みを行った時点で政府は生活困窮者の口座情報を手に入れることも可能であったはずです。

もしくは窓口を社協にすることで口座情報の再利用も可能になったはずです。

だとすれば、ひょっとすると緊急小口資金貸付の申し込みを行った人たちの手元には、既に30万円が届いていたかもしれません。

「一律10万円給付」は一聞するとかなり有益な制度である様にも思えます。

ですが、その予算は12兆円で、その財源は国債で賄われています。

そして、その大半が「今すぐには給付金を必要としない世帯または個人」に届けられます。



このようなツイートをなされていた議員さんもいらっしゃりますが、議員に手紙を送ったとされるお子さんの家庭は7人家族、とのこと。

たかがマスクでこのような手紙を送ってくるほどですから、おそらく生活としてはそれほど困窮しているわけではないかと思います。

ですが、この過程にはなんと70万円もの給付金が支給されることになります。

一方でコロナの影響にさらされ、今日明日を生きることに必死で、例えばその人が単身者であった場合などはたった10万円しか給付金は届けられません。

30万の世帯別給付では予算が3兆円組まれていましたから、あくまで政府の資産によれば、ということになりますが、12兆で組まれた10万円一律給付の内、本当に必要とされる人の下に届く給付金は3兆円分。

残り9兆円分はそうではない国民の下に届けられるという事です。

10万円一律給付という制度そのものが悪いというわけではありませんが、同じ12兆の予算を使うのであれば、世帯別30万円給付制度をもっとブラッシュアップさせていく方がよほど国民に寄り添った政策となったのではないでしょうか?

最初は問題のある制度でも、一旦制度を成立させた上でブラッシュアップしていけば、本当に価値のある制度に化けていたんじゃないかと、私にはそう思えてなりません。


持続化補助金についての記事も後半に記そうと思っていたのですが、緊急小口資金貸付に関する内容が濃くなりすぎましたので、持続化補助金についての記事は次回に委ねます。




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記事としては、将来消えてしまわない者の方がよいと思うので、こちらの産経新聞記事からまずは引用します。

【産経ニュース記事より 2020.4.30 21:00】
自民、家賃補助独自案へPT 岸田氏、求心力の維持狙う

 自民党は30日、新型コロナウイルスの影響で売り上げが激減した飲食店のうち、賃貸物件に入居するテナントの家賃支援を検討するプロジェクトチーム(PT)の初会合を開いた。野党が既に家賃を一定期間猶予する法案を衆院に提出しており、検討を急ぐ。

 「時間との戦いだ。早急に取りまとめていただきたい」。会合の冒頭、自民の岸田文雄政調会長はこう述べ、迅速な協議を求めた。PTは岸田氏の案を基に、5月7日に党としての考えを取りまとめる。

 岸田氏の案は、家賃の支払いが困難な借り主(テナント)に対して政府系金融機関などが無利子・無担保融資を実施。テナントは融資を家賃などの固定費に使い、家賃の一部を国が後から給付金や助成金などで補填(ほてん)する。法整備が不要で、迅速に対応できる。

 岸田氏は減収世帯への30万円給付で党内を主導したものの、一律10万円給付に覆された。家賃支援で独自案を打ち出し、「ポスト安倍」の有力候補として求心力を維持したい考えだ。

 今回のPT座長には石原伸晃元幹事長、座長代理には根本匠前厚生労働相が就任。石原氏はかつて宏池会(現岸田派)に所属し、平成12年の「加藤の乱」では岸田氏や根本氏らと行動を共にした盟友だ。PTでは両氏が岸田氏を支える。

 公明党も30日、オーナーやテナントを支援する地方自治体の取り組みに対し、国が補助金などを支給することを柱とした対策案を打ち出した。

 立憲民主など野党5党の支援法案は2月以降、1カ月の売り上げが2割以上減った中小企業や個人事業主などを対象に日本政策金融公庫が家賃を肩代わりする猶予制度と、テナントの家賃を減額したオーナーに国が財政支援する補助制度を組み合わせた。(長嶋雅子)

個人的に、政治家としての岸田さんはあまり好きじゃないので、この記事のタイトルにも非常に抵抗を覚えるのですが、記事としてはコロナウイルスに対して、休業等の要請により収入が激減し、支払いが困難となった

 「家賃の支払いが困難な借り主(テナント)」

に対して家賃補助をどのように行っていくのか、とすることについて、自民党が独自案を考え始めましたよ、という内容になっています。

また更に野党から「家賃を一定期間猶予する法案」が既に「衆院に提出」されている事、

公明党からは「オーナーやテナントを支援する地方自治体の取り組みに対し、国が補助金などを支給することを柱とした対策案」が出てきたという事、

野党案の詳細として「1カ月の売り上げが2割以上減った中小企業や個人事業主などを対象に日本政策金融公庫が家賃を肩代わりする猶予制度」に加えて「テナントの家賃を減額したオーナーに国が財政支援する補助制度」が組み合わせられた事なども記されていますね。

ですが、このような記事を読みますと、あたかも現政権が「家賃」を補助する制度について、あたかも全く何一つ実行していないかのような印象を受けてしまいませんか?

そう。私がこのような話題の振り方をするという事は、そうではない、という事です。現政権は既にコロナの影響を受けた「国民」や「事業者」に対する補助制度を既に用意しているという話です。

野党は、現政権が野党が要求したこのような家賃の補助制度、及び「アルバイトの収入が減って生活が厳しい大学生への支援」についての要請に対し、「応じなかった」として現政権を追求する姿勢を見せている・・・という報道もよく見ますね?

ですが、このような報道の在り方は、私は決して適切ではないと思います。

現政権は、これらの支援をサポートするために「新制度」を作ることではなく、「現行の支援制度を拡充する」形で様々な支援策を既に実行済みです。その上で、例えば「持続化補助金制度」などの新制度を合わせて施行しています。

このようなことを、一体どれほどの方がご存じなのでしょうか?


家賃の猶予、免除に応じた不動産業者への固定資産税の免除

国交省のホームページより引用します。

ビル賃貸事業者の皆様へ~新型コロナウイルス感染症に係る支援策~

1. 減免したテナントの賃料は損金として計上することが可能です。

法人・個人が行った賃料の減額が、次の条件を満たすような場合等には、その減額した分については、寄附
金に該当せず、税務上の損金として計上することが可能であることが明確化されました。

① 取引先等において、新型コロナウイルス感染症に関連して収入が減少し、事業継続が困難となったこと、又は困難となるおそれが明らかであること

② 実施する賃料の減額が、取引先等の復旧支援(営業継続や雇用確保など)を目的としたものであり、そのことが書面などにより確認できること

③ 賃料の減額が、取引先等において被害が生じた後、相当の期間(通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間をいいます。)内に行われたものであること

2. 国税・地方税・社会保険料が、原則として1年間納税猶予されます。

新型コロナウイルス感染症により国税・地方税・社会保険料を一時に納付することが困難な場合は、個人・法人の別、規模を問わず、申請により、原則として1年間、納税が猶予されます(延滞税も軽減)。

また、令和2年2月1日から令和3年1月31日までに納期限が到来する税については、新型コロナウイルスの影響により令和2年2月以降の任意の期間(1か月以上)において、事業等に係る収入が前年同期に比べて概ね 20%以上減少している場合かつ、一時に納付することが困難と認められるときは、無担保・延滞税(延滞金)なく、1年間納付を猶予することができます。

※ 不動産所有者等がテナント等の賃料を減免した場合や、税・社会保険料の納付期限において賃料支払いを猶予した場合も収入の減少として扱われます。

3. 固定資産税・都市計画税が減免されます。

新型コロナウイルス感染症の影響により事業等に係る収入に相当の減少があった場合、中小事業者、中小企業者が所有し、事業の用に供する家屋(建物)及び償却資産(設備等)の令和3年度の固定資産税及び都市計画税が、事業に係る収入の減少幅に応じ、ゼロ又は1/2となります。

※ 不動産所有者等がテナント等の賃料支払いを減免した場合や、 書面等により賃料支払いを猶予した場合も収入の減少として扱われます。

このほか、同ページには融資や持続化補助金についての記載もあるのですが、「家賃の減免に応じた不動産業者」に対する直接の支援制度としてはこの3つではないかと思いますね。

固定資産税の免除(減少幅による)以外にもかなりな優遇制度が用意されています。

実は、「固定資産税の免除」については不動産業者だけでなく、「中小企業及び小規模事業者」についても同様な制度が用意されています。


中小企業者・小規模事業者に対する固定資産税・都市計画税の減免

おそらくなんですが、制度としては不動産業者に対する減免制度よりも先にこちらの「中小企業者・小規模事業者」に対する制度が先に考えられていたんじゃないかと思います。

以下、中小企業庁HPからの引用です。

新型コロナウイルス感染症の影響で事業収入が減少している
中小企業者・小規模事業者に対して固定資産税・都市計画税の減免を行います


<減免対象> ※いずれも市町村税(東京都23区においては都税)

・事業用家屋及び設備等の償却資産に対する固定資産税(通常、取得額または評価額の1.4%)
・事業用家屋に対する都市計画税(通常、評価額の0.3%)

020年2月~10月までの任意の 連続する3ヶ月間 の事業収入の対前年同期比減少率

  50%以上減少・・・全額
  30%以上50%未満・・・2分の1



住居確保給付金

この制度は、元々「生活困窮者自立支援制度」として平成27年に制定された制度で、この制度が今回のコロナに関連して対象が拡大され、条件も緩和されました。

元々の制度としては、

➢ 支給対象者
○ 申請日において65歳未満であって、離職等後2年以内の者
○ 離職等の前に世帯の生計を主として維持していたこと
○ ハローワークに求職の申し込みをしていること
○ 国の雇用施策による給付等を受けていないこと

➢ 支給要件
①収入要件:申請月の世帯収入合計額が、基準額(市町村民税均等割が非課税となる収入額の1/12)+家賃額
以下であること。家賃額は、住宅扶助特別基準額が上限。
(東京都1級地の場合)単身世帯:13.8万円、2人世帯:19.4万円、3人世帯:24.1万円
②資産要件:申請時の世帯の預貯金合計額が、基準額×6(ただし100万円を超えない額)以下であること。
(東京都1級地の場合)単身世帯:50.4万円、2人世帯:78万円、3人世帯:100万円
③就職活動要件:ハローワークでの月2回以上の職業相談、自治体での月4回以上の面接支援等

➢ 支給額
賃貸住宅の家賃額(上限額は住宅扶助特別基準額)(東京都1級地の場合 単身世帯:53,700円、2人世帯:64,000円)

➢ 支給期間
原則3か月間(就職活動を誠実に行っている場合は3か月延長可能(最長9か月まで))

という内容になっていました。

ですが、例えばコロナに関連して家賃に困窮する対象の中には「個人事業主」も含まれていますね?

個人事業主ですから、当然コロナ騒動が落ち着いたら事業を再開する人もいるでしょうし、もしくは現在収入が激減していたとしてもいつかは回復するかもしれません。

ですからそんな人は当然「ハローワーク」などにはいきませんし、就職活動もしません。

この事から、「支給対象者」に以下のような条件が加えられました。

○ 申請日において65歳未満であって、離職等後2年以内の者
○ 給与等を得る機会が当該個人の責に帰すべき理由・当該個人の都合によらないで減少し、離職や廃業と同程度の状況にあるもの

また、これはきっちり確認できているわけではありませんが、

○ 離職等の前に世帯の生計を主として維持していたこと
○ ハローワークに求職の申し込みをしていること
○ 国の雇用施策による給付等を受けていないこと

の3つの条件は撤廃されているのではないかと思います。

ちなみに「補助率」というものがありまして、家賃の3/4がその補助の対象となります。

実施主体は都道府県・市・区等の自治体で、例えば私が住んでいる愛媛県では以下のような内容になっています。

支給内容

支給額

世帯の人数に応じた額を上限として、支給対象者が賃借する住宅の家賃額を支給。ただし、支給対象者の世帯月収が下記(表1)の「基準額(A)」を超える場合は、収入に応じて以下の数式により算定された額を支給。

(上限額)

・単身:32,000円
・2人世帯:38,000円
・3~5人世帯:42,000円
・6人世帯:45,000円
・7人以上世帯:50,000円
(支給対象者の世帯月収が「基準額」を超える場合)

住居確保給付金支給額=家賃額-(世帯月収-「基準額」)
(※)「基準額」は下記の(表1)収入基準額の「基準額(A)」を指す。

支給期間

原則3か月間(一定条件の下(※)最長9か月間)
(※)当該受給中に下記「支給要件」の(6)の活動を誠実かつ熱心に行い、かつ、延長申請時に(2)を除く「支給要件」を満たすこと。

支給方法

県の福祉事務所(県地方局地域福祉課及び八幡浜支局福祉室)から住宅の貸主の口座に直接振り込みます。

支給要件

住居確保給付金は、支給申請時に次の(1)~(8)の要件のすべてに該当する方が対象です。

(1)離職等又はやむを得ない休業等により経済的に困窮し、住居を失った又は賃貸住宅に居住し住宅を失うおそれのあること。
(※)申請者及び申請者と同一の世帯に居住し、生計を一にする者のいずれもが、申請者が就労活動を行うに当たって居住可能な住居を所有していない場合に限ります。

(2)(ア)申請日において、離職、廃業の日から2年以内であること又は(イ)就業している個人の給与その他の業務上の収入を得る機会が当該個人の責めに帰すべき理由、都合によらないで減少し、当該個人の就労の状況が離職又は廃業の場合と同等程度の状況にあること。

(3)離職等の日において、主に世帯の生計を維持していたこと又は申請日の属する月において、主に世帯の生計を維持していること。
(離職時には主たる生計維持者ではなかったが、その後離婚等により、申請時には主たる生計維持者の方も含みます。)

(4)申請日の属する月における、申請者及び申請者と同一の世帯に居住し、生計を一にする者の収入の合計額が下記(表1)の「収入基準額(A)+(B)」の以下の方(※)
(※1)収入には、公的給付を含みます。また、給与収入の場合、社会保険料等天引き前の事業主が支給する総支給額になります。
(※2)基準額(A)は、住民税均等割が非課税となる所得額を収入額に換算し、12分の1を乗じて得た額になります。
(※3)家賃額(B)は、生活保護法による住宅扶助基準に基づく実施機関別の限度額になります。


愛媛県収入基準額

(5)申請日における、申請者及び申請者と同一の世帯に居住し、生計を一にする者の金融資産(預貯金及び現金)の合計額が下記(表2)の金額以下である方

愛媛県資産要件

(6)常用就職の意欲があり、ハローワークに求職申し込みをし、誠実かつ熱心に常用就職を目指した求職活動を行うこと。
(ハローワークへの求職申し込みと月2回以上の職業相談等を受けること、月4回以上「くらしの相談支援室」の面接等の支援を受けること、原則週1回以上求人先への応募を行う又は面接を受けることが必要です。)

(7)申請者及び申請者と生計を一つにしている者のいずれもが、国の雇用施策の給付(求職者支援制度の職業訓練受講給付金)または地方自治体が行う住宅等困窮離職者への類似の給付または貸付を受けていないこと

(8)申請者及び申請者と生計を一つにしている者のいずれもが暴力団員でないこと。

全国版と異なっているのは「補助率」の部分ですね。

全国版では補助率が3/4となっていますが、愛媛県版では「収入基準額」を設定した上で、収入がこれを下回る分では全額、上回る分では収入全額から収入基準額をマイナスした金額、となっていますね。

ちなみに私が参考にしている全国版は「一般財団法人ハトマーク支援機構」様サイトに掲載されている情報を参考にしていまして、「全国版」というと語弊があるかもしれません。


対コロナ対策としての家賃補助制度報道のデマ

さて。いかがでしょう。

この記事に目を通していただいている方の中に一体どの程度の方が現在これだけの補助金・免除制度が整っていることをご存知の方がいらっしゃるでしょうか?

殆んどの方がこの事をご存じないのではないでしょうか?

これらの補助金・免除制度が整った上で、更に給付されるのが「持続化補助金」です。

中小企業で200万、個人事業主で100万です。

果たしてこの額が「少ない」と感じるでしょうか? 政府の経済対策は本当に「後手」に回っているのでしょうか?

確かに私が今回の記事でお示しした現行の政府の助成制度では間に合わない業者もたくさんあるでしょう。

ですが、それを指摘するのなら、まずはこれらの助成制度をきちんと国民にわかりやすく紹介した上で「それでもまだ足りない部分がありますよね?」と訴えるのが本体の報道の在り方ではありませんか?

今回は「家賃」のことしか掲載していませんが、この上で更に用意されているのが企業の従業員の給与を補填する「雇用調整助成金」制度。

実は私、記事にこそ掲載していませんが、今回のコロナに関してはかなり早い段階でこの「雇用調整助成金」には着目していたんじゃないかとする自負もあります。



勿論、手続きが煩雑だとか、上限が低いといった問題点があることも事実ですが、政府としてはかなりな頻度でブラッシュアップを行っていますし、近いうちに電子申請も可能となります。

今朝のNHK報道では西村経済再生担当大臣では将来的な上限の引き上げ、更にその額を過去に遡及して繁栄させることにまで言及していました。

対コロナ法体系全体として、本当に国民の使いやすい形になっているのか、本当に役立っているのか、指摘される部分があるのは当然だと思います。ですが、それは「遅い」わけではないのではないでしょうか?

国民が政府の動きを「遅い」と感じるのは、報道機関がこういった政府の具体的な動きを報道せず、現時点で活用できる法体系に対して全くと言っていいほど報道しないからではないでしょうか?

法体系を考える官僚だって鉄人じゃありません。首相が独断で勝手に法制度を決めることができるわけではありません。

現政権を責める人たちは、寧ろ「後追い」で政府を批判しているようにしか私は見えません。

次回記事では、改めて「一律10万円給付」に対する私の考えと、「持続化補助金」のブラッシュアップすべきではないかと私が感じる部分について記事にしたいと思います。




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