第98回 投票率は高い方がいい?~18歳選挙権年齢引き下げを問う~など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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昨日、私が住んでいる愛媛県のとある「カフェ」で、そのカフェの代表を務める人物に協力して、タイトルにある「18歳選挙権年齢の引き下げ」に関連して、25歳以下の若者たちを対象としたイベントを仕掛けました。

何しろ、その彼が強烈なリーダーシップを発揮していただけたからこそ実施できたイベントではあったのですが、本当に価値のある集まりとなったと思います。

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立ち上がって話をしているのが会場となったカフェ=「とびラボカフェ」の代表であり、イベントの主催者でもある大向克明さんです。

さて、その右側で両腕をクロスさせて、代表の話に耳を傾けているのは、山本順三さん。
現職の国会議員であり、国土交通省、内閣府、復興副大臣でいらっしゃいます。

「とびラボカフェ」が立ち上げられた目的は、中学生、高校生、大学生を主にターゲット層として、若者たちが勉強をしたり、集まって会話をしたり、議論をしたりする場所がないことを危惧した3人の若者が、そんな若者たちが集まって時間を気にせず勉強をしたり、集まって交流したり、議論をしたりする場を作りたい、との思いで立ち上げたのがこの「カフェ」。
若者向けのフリースペースのような場所になっています。

イベントを立ち上げるきっかけとなったのは、大向さんが若者たちと話をしている中で、突然選挙権を持つことになった若者たちから、

「誰に投票すればよいのかわからない」
「政治で何が行われているのかわからない」
「そもそも、なぜ投票をしなければならないのかがわからない」

などという意見が多数出たということ。
では、そんな若者たちに「選挙」に対して関心を持ってもらうにはどうすればよいのか。

そのアイデアとして出てきたのが、今回のイベントでした。
次回参議院選挙に立候補する立候補予定者をカフェに招き、若者たちの目の前で議論をしてもらうのが良いのはないか、というアイデアでした。

ただ、こういった「議論」をする場面を見せることは実際のどうなのか、という意見が出たことから、そうではなく、参加していただいた立候補予定者のみなさんに若者側から質問をしてもらい、これに回答をしてもらうという形を取ろう、という形でとりあえず話はまとまりました。

立候補予定者は与党が推薦する山本順三さんと、野党が共同で推薦する立候補予定者の2名だと思い込んでおり、このお二人にお声がけをしました。ですが、実際にはもう一名立候補者がいらっしゃって当日まで気づかず、ここは調査不足を反省するばかりです。

実際に立候補予定者2名からイベントへの参加を承諾いただき、イベントを立ち上げて情報を発信したのですが、残念ながら野党が推薦するもう一名の立候補者は、他のスケジュールと重なってしまい、結果的に参加することが難しくなってしまいました。

結果的に参加していただけることになったのは山本順三さんお一人とはなってしまいましたが、それでも参加してくれた若者たちにとっては、本当に有意義な「場」となったようです。

会場の様子や当日に議論された内容をここで明らかにする、という方法もあるのですが、今回のイベントに関して言えば、私たちはあくまでも「傍観者」であり、主役は若者たち。ここに私自身の言葉や感想を載せるのは少し筋が違うように感じますので、代表である大向さんの言葉を引用する形でイベントに関する記載は終了します。

-引用-
【昨夜、思ったこと。そして、これからの話。】
どうしても書きたくなったので。
昨夜のイベントの中で、
山本順三さんの言われてた言葉の中で、
強く頭に残ってるシーンがある。
それは、イベントのメイントピックの中で、
「今後、この日本をどのようにに変えていくのか」
という質問を投げかけさせていただいた所、
「教育を変え、国民一人一人にこの日本を変えていってもらいたい」
という旨の事を、言われたことだ。
山本さんに対して、政治的に肩を持つつもりは全く無い。
でも、この言葉の意味を理解しようとしたとき、正直震えた。
この感覚はみんなに伝えたい。
そう、この国を変えるのって、
俺ら国民なんだよと。
政治だとかさ、地域活性化だとかさ、
小難しいめんどくさい言葉を使うから、
実感がないだけでさ、
この国を動かしてるのは、
政治家でなければ、大企業の社長達でもない。
俺ら国民なんだよと。
ぶっちゃけていうとね、政治家って
極論だれがやっても一緒なんだよね。
どんなに良い政策を画策しても、
どんな法案を作ったって、
それによってメリットを受ける人がいれば、
デメリットを受ける人もいて、
悪用して私腹を肥やそうとする人もいれば、
抜け落ちて落ちこぼれる人もいて…
そのバランス配分が政治家によって変わるだけで、
完璧な政治なんて、存在しないんだよと。
じゃぁどうするか、
この国を本当に良い国にしようと思ったら、
一人ひとりの国民が、変わるしかないんだと。
一人ひとりが自分の理想を持って、
一人ひとりが本気で何ができるかを考えて、
一人ひとりが行動する。
もう国に頼る時代は終わったのだと。
国政に、税金を納める代わりにサービスをもらうだけの、
受動的な生き方をしてはいけないと。
公共サービスの充実に期待する時代は終わったのだと。
俺ら国民が、
自分の持っている能力の中でも、
人より優れている部分を発揮しあって、
足りない部分を補い合って生きていく時代がくるんだと。
サービスは受け取るものじゃない。
サービスは、送りあうものだと。
だからもう、
「政治とかよくわかんないよね」
なんて言っててはいけない。
というか、
政治なんてわからなくていい。
難しく考えなくてよくて、
政治なんて言葉を使う必要はなくて、
身近な生活の中で、誰にどうしたいか。
それだけでいい。そこからでいい。
一人ひとりがそう思ったら、
この国って本気で変えれる。
国を動かすのは、政治じゃない。
国を作るのは、憲法や法律じゃない。
国は、俺らからできてるんだ。
だから、一人ひとりの国民が変わったら、日本が変わるんだと。
そう考えたら、体温が2度上がった気がした。

後段ではタイトルにある「18歳選挙権年齢引き下げ」について、「投票行動を行う意義」という視点から記事を作成したいと思います。


投票行動を行う意義

さて、今回のイベント、実は上記に掲載した内容以外にももう一つ、「理由」があります。
それは、「白紙投票」の意義についてです。

大向さんと私が初めて「選挙」の話をしたときに出てきたのは、この「白紙投票」という言葉でした。
彼は毎回投票に行くけれども、そのたびにこの「白紙投票」を行っている、ということでした。

その理由は、特に県議選や市長選で投票行動を行うとき、どの立候補者がどんな政策をもっているのか、例えばそれをチラシやホームページで見たとしても、では実際にその人がそれをやってくれるのかどうか。その政策を実施することは、本当は自分たちにとって良いことなのか悪いことなのか。

そんなことをまったく知らない自分たちが、無責任に票を投じてもよいのだろうかと、そんな思いから出た「白紙投票」だったのだそうです。
ですが、「白紙投票」は、これを行ったとしても「無効票」として認識されてしまいますし、選挙結果に何か特別な影響を与えることはありません。「無効票」として認識されますので、もちろん「投票率」には影響を与えるのですが、毎回の選挙におけるこの「無効票率」は大体2%~3%代後半程度。

中にはこの無効票率をもって、「どの政党も新任していない人がこれだけいるんだというメッセージだ」という人もいますが、たかが3%前後の無効票率では、選挙結果に対してはまったく影響を与えません。

仮に無効票率が上がったとしても、それは見せかけの投票率を上昇させるだけにすぎず、仮に政治に対して何か変えてほしい、という要望があったとしても、「白紙票」では政治に対して何の影響も与えることができない・・・というのが現実です。

「投票率」について考えてみる。

世間ではよく、「投票率を上げましょう」。「みんな投票に行きましょう」というキャッチフレーズをよく見かけます。
だけど、こんなことを考えたことはありませんか?

「本当に投票率は高いほうがいいんだろうか?」
と。

では、ここ数回の「衆議院議員選挙」の投票結果を見てみましょう。
第47回 平成26年(2014年) 52.66% 自民党安倍内閣→自民党安倍内閣
第46回 平成24年(2012年) 59.33% 民主党野田内閣→自民党安倍内閣
第45回 平成21年(2009年) 69.28% 自民党麻生内閣→民主党鳩山内閣
第44回 平成17年(2005年) 67.51% 自民党小泉内閣→自民党小泉内閣
第43回 平成15年(2003年) 59.86% 自民党小泉内閣→自民党小泉内閣

この一覧の中で投票率が「高い」と言われているのが第45回の所謂「小泉郵政選挙」と第46回の「政権交代選挙」の2回です。
ちなみに過去の選挙の中で、最も投票率が低かった選挙は実は前回行われた第47回総選挙。その次に低いのが46回総選挙。

それぞれの内閣が、どんな政治を行ったのか、ということが分からなければ、それぞれの選挙結果がもたらした影響にどんな意味があるのか、ということを判断する材料とはなりにくいと思うのですが、

近年の選挙で最も投票率が高かった、第45回選挙の結果誕生したのが民主党内閣
過去の選挙の中で2番目に投票率が低かった第46回選挙の結果誕生したのが第二次安倍内閣です。

様々な内閣に対する批評はあると思いますが、おそらく民主党内閣と第二次安倍内閣に対する評価はまともな見識を持っている方であればほぼ共通しているのではないかと思います。

ですが、過去5回の選挙の中で最も投票率高い選挙の結果誕生したのが民主党内閣。
2番目に低い選挙の結果誕生したのが第二次安倍内閣。

この選挙結果から、「投票率は高いほうがいい」と自信をもって言える人は、一体どのくらいいらっしゃるでしょう。

投票率が高い選挙のメリット・デメリット

「投票率が高い」場合と「低い」場合を比較した時、そこには高いなら高いなりに、低いなら低いなりのメリット、デメリットが存在します。「誰に対しての?」という部分が実は大切だったりするのですが・・・。

投票率が高い場合の選挙結果がいびつになる理由の一つに、「選挙結果を左右するのは、『浮動票』だから」という明確な理由があります。

「浮動票」とは、つまり普段は投票行動に対して明確な意思を持たず、投票するのかしないのか、どの政党や候補者を支持するのかということを明確に決めていない、所謂「無関心層」です。

この人たちが投票行動を行うかどうかが「投票率が上がるか、下がるか」というところに繋がってきます。
投票率が高くなりそうなときは、どの政党も立候補者もこの『浮動票』をどう取り込むかということに必死になります。

ですが、実はこの『浮動票』の投票行動をコントロールしている媒体があります。
それが、「マスメディア」です。

マスメディアの果たす役割

覚えていらっしゃいますでしょうか。

高市総務大臣が「放送法第4条」に言及し、放送法第4条に違反する場合、「電波法第76条」に基づいて放送局の電波利用を停止させることもありうる、と言及した時の動画です。
ちなみに、放送法第4条には以下のように記されています。
第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一  公安及び善良な風俗を害しないこと。
二  政治的に公平であること。
三  報道は事実をまげないですること。
四  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

つまりは、マスコミが政治に関連する報道を行うときは、常に政治的に公平な立場から報道してくださいね、事実は曲げずに報道してくださいね、意見が対立している問題については、多角的な視点から報道を行ってくださいね、とこう記されているわけです。

で、この発言に対してマスコミが一斉に反発し、

「放送法は報道に対する『義務』が掲載されたものではなく、『努力規定』が掲載されたものである」

という主張を始めたのです。
そして、そんなマスコミの主張を擁護する質疑を当時の民主党、現在の民進党のみなさんが次々に行い始めましたよ、というのがこの発言に対する一連の流れです。

前項で私は、「浮動票をコントロールしているのはマスコミです」とお伝えしましたね?

「政治的に公平」であり、「真実を曲げずに報道」し、「対立する意見がある場合は多角的な視点から報道しましょう」

と放送法に掲載された内容が守られなければ、(将来的に、どこかの内閣で)放送局が電波を利用する権利をはく奪する可能性がある、と言及しただけでここまで反発するということは、裏を返せば

現在のマスコミ報道は政治的に公平でなく、真実を曲げて報道し、対立する意見がある場合も一方向的な視点のみを報道している

と言っているようなものです。そして、この放送局をここまで民主党(現民進党)が擁護する、ということは、裏を返せば現在のマスコミは政治的に民主党に偏った報道を行い、民主党を擁護するために真実を曲げて報道し、対立する意見がある時も民主党に有利な意見ばかりを報道している・・・・ということなんじゃないでしょうかね?

そして、このような姿勢を貫いているマスコミが、「浮動票」をコントロールしているということです。

投票率が高い選挙のメリット・デメリット
ということで、もうお分かりですね?
投票率が高い場合、一見すると「民意が反映されている」ように思われがちなのですが、本当は「民意がマスコミによってコントロールされている」ということになります。

これは、実は投票率が高い選挙の最大のデメリットです。
もしマスコミが公平で、本当に日本という国によくなってもらいたいと願い、真実をあるがままに伝えてくれているのなら問題はありません。
ですが、必ずしもそうだとは言えないといことはわかっていただけると思います。

では、投票率が高い選挙に、本当に「メリット」はないのでしょうか。このことに関しては後程お示しします。

投票率が低い選挙のメリット・デメリット

投票率が高い選挙の「デメリット」はよくわかりました。
では、それでは投票率は「低い」ほうがいいのでしょうか?

実は、必ずしもそうだとは言えません。投票率が低い選挙にも、やはり「デメリット」は存在します。
投票率が高い選挙では、「浮動票」が投票結果を左右していましたが、投票率が低い選挙では、今度は「組織票」というものの力が強くなります。

投票率が低いということは、「浮動票」が動かないということですので、おのずと普段から政治そのものや投票行動に対して関心を持ち、常に投票行動を行っている人たちの力が大きくなります。

そんな中で、もっとも威力を発揮するのが「組織票」です。
「企業」であったり、「企業団体」であったり、「労働団体」であったり、「宗教団体」であったり。

「自民党」という政党も確かに組織票を持っていますが、この政党が保有している「組織票」とは、確かにその中枢にいる人たちは心強い味方となってくれるかもしれませんが、だからと言って、例えば企業のトップが、「うちの会社は全体で自民党を応援するぞ」といったとしても、部下や社員たちが必ず自民党に票を投じるかというと、そこまで確定的な投票行動を期待することはできません。

それよりもやはり強いのは「共産党」や「公明党」といった政党ではないかと思います。
共産党を支持する人や、公明党を支持する人は、ほぼ毎回同じ投票行動を行います。なぜか・・・という理由についてはあえて言及しませんが、おそらく想像はつくと思います。

投票率が下がると、このような政党の得票率が伸びることになります。

例えば、投票権を持った人が全員で1万人いた場合。票数は最大で1万票。
政党Aの組織票が2000票であった場合。

前回の選挙では、投票率が70%あって、投票数は8000票であったとすると、政党Aの得票率は25%になります。
今回の選挙では投票率が下がって50%になったとすると、投票数は5000票。政党Aの得票率は40%にまで上昇します。

ここまで露骨な結果にはならないと思いますが、低投票率であった場合のデメリットとは、まさしくこの「組織票」の存在になります。
もしその組織票を持った政党が本当に良い政治を行ってくれるのであれば、それは逆に低投票率となる場合のメリットとも言えますが、必ずしもそうだとは言えませんよね?

では、投票率は高いほうがいいのか、低いほうがいいのか?

実は、投票率が低い場合には、一つ「メリット」がありまして、これは低投票率である場合の投票者は、比較的政治に関心を持っている人が多く、確かに組織票が強くなるかもしれませんが、比較的マスコミの意見に流されにくい、正しい投票行動を行う場合が多い、ということです。

ですが、同様にもう一つデメリットもございまして、投票率が低い場合、もう一つ「票数」に絡んでくるのが、立候補者の「知名度」です。
これは、実は投票率が高い場合にも言えることなのですが、投票者は投票行為を行う場合、その人が良い政治を行ってくれるかどうかではなく、その人のことを「知っているか、いないか」という理由で投票する人がとても多く存在します。

例えば今回の愛媛県の選挙で考えた場合、自民党から立候補するのは、冒頭でも掲載した通り現職の国土交通・内閣府・復興副大臣を務めている山本順三さんです。
現職として大活躍中で、国政に対しても本当に有能な方です。いずれは「副」ではなく「正」として大臣職を担ってもおかしくない方だと思っています。

ですが、どんなに実績がある人でも、山本さんは今回の選挙は「危ない」と言われています。
理由は、対抗して野党が押してきているもう一人の立候補者が、地元ではとても有名な方だからです。

山本さんのことを知らなくても、もう一人の方の名前を知っている人は、この愛媛県にはとてもたくさんいらっしゃいます。

で、結局どうなの?

結論です。実は、本当にこの国のことをよくしていこうとするならば、本当は投票率は高くなければならないと私は考えています。
ですが、先にも述べたように、投票率が高い選挙が抱えている「デメリット」は深刻なほどに大きいものだと私は考えています。

それでもこの国の政治をよくしていこうと考えるのならば、私たち国民が、本当に政治に関心を持ち、どの政治家がどんなことを現在、具体的に「実践」しているのか。どの政党が政党全体として理念をもって、本当に国民のことを考えて「政治」を行っているのか。

このようなことに関心を持ち勉強をすることが一番大切なことだと思います。
有名だからとか、マスコミが報道しているからとか、○○という人がいいと言っていたから、誰々に勧められたからとか、そんないい加減な理由じゃなく、本当に自分たちの国や生活をよくしてくれる政治家は誰なのか。
真剣に考えて、たとえ間違っていてもいい。失敗してもいい。

次の投票行動にきちんとつなげられるような、責任ある「投票行動」を行う国民・都道府県民・市区町村民が増えていくことこそ、本当にこの国の目指す理想的な社会を作り上げていくために必要なことだと私は思います。


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