第62回 「共産主義」と「社会主義」など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<前回の記事 第61回 「共産主義」のルーツ

前々回の記事において、「第一インターナショナル」という言葉についての記事を掲載した後、前回の記事からの予告で、今回の記事では「第二インターナショナル」及び「第三インターナショナル(コミンテルン)」という言葉について開設すること掲載しました。

ですが、調査をしていく段階において、もう一つ、「社会主義」という言葉についても一度定義づけておく必要性を感じましたので、今回の記事では、この「社会主義」という言葉についての記事を掲載したいと思います。

「共産主義」と「社会主義」

この二つの言葉。実際その違いについて疑問を持っている人も多いのではないでしょうか。
今回のシリーズにおいても、例えば「第一インタナショナル」という組織は「社会主義者による世界で初めての国際組織」と説明されていますし、第二インターナショナルも「社会主義者による国際組織」であるとされています。
ところが、「第三インターナショナル(コミンテルン)」問う言葉を調べると、これは「共産主義者」による国際組織であると掲載されています。

一方、第一インターナショナルが誕生する前のイギリス、ロンドンにおいては「共産主義者同盟」という共産主義者による国際的秘密結社が形成されていますし、またこの前身である「正義者同盟」はフランスに亡命したドイツ人に追って形成されたドイツ人共産主義結社であるとされてます。

共産主義者同盟の綱領となった「共産党宣言」も、第一インターナショナル(国際労働者協会)の創会宣言もともにカール=マルクスが作成しています。考えてみれば、マルクスもまたドイツ(当時のプロイセン)からの亡命者ですね。

マルクスが記した「共産党宣言」においてマルクスは、この「社会主義」と「共産主義」の違いについて、このように記しています。

「社会主義はブルジョアの運動を意味し、共産主義は労働者の運動を意味した」

そして、この時点でマルクスは、自分自身のことを「共産主義者」称していたようです。(1847年)
ところが、1875年。ドイツに、「ドイツ社会主義労働者党」という政党が誕生し、ここにマルクスも参加したようです。
つまり、この時点でマルクスは「社会主義者」であったことになります。

この政党は、「全ドイツ労働者協会」と「ドイツ社会民主労働党」が合併してできた政党なのですが、この政党の綱領として、「全ドイツ労働者協会」出身派閥者たちが作った「ゴーダ綱領」なのですが、ここでマルクスは痛烈な批判を行います。(ゴーダ綱領批判)

この文書の中では、

・(資本主義から共産主義に移行する)革命の過渡期において、労働者階級による権力の掌握が必要であること。
・これは、プロレタリアート(労働者階級)の独裁によってのみ実現が可能であること。
・プロレタリアには祖国はなく、プロレタリアの利害は一致していること。

などが記述されているのだそうです。
つまり、革命が暴力によってのみ可能なのだ・・・と。

ところが、ゴーダ綱領では穏健派である「ラッサール」という人物によって起草されており、その綱領をマルクスが批判しているということは、この「暴力的な部分」が排除されているということ。
マルクスの意見は採用されることなく、ゴーダ綱領はそのまま「ドイツ社会主義労働者党」の綱領として成立することになります。


現代における「共産主義」と「社会主義」の定義

「共産主義」という言葉を生み出す源流となったフランソワ・ノエル・バブーフという人物。

彼は「ルソー」という人物の影響を強く受けており、自然界において人は平等であり、土地の所有や財産の相続よって身分、階級が生まれ、不平等が発生したと考えました。
彼が土地や財産の所有、階級を否定しているのはここに起因するようです。

つまり、「共産主義」が本来目指すものはここである、と現在は解されているようです。
バブーフが訴えた「完全ある平等」。支配するものが存在せず、「政府」そのものが存在しない社会。これこそが「共産主義」であると。

一方、「社会主義」とは、そんな「共産主義」にたどり着く「過程」。

決定的な違いは、「共産主義」の場合、最終的な「消費」も平等でなければならないと解されるわけですが、社会主義の場合、「所得」こそ均等に分配されるものの、そのあとの使い方は個人に任される・・・という理屈になっているようです。

「社会主義」とは、「資本主義(個人主義)」のアンチテーゼとして確立した言葉なんですね。
個人的には、「再分配」というやり方は個人の労働意欲を奪い、結果としてその経済的な成長を阻害する要因となるのではないかと考えています。

これは、第28回の記事でも掲載した通りです。

「社会」と「個人」。そのどちらかに偏る政治システムではなく、両方の長所をうまく取り入れた政治システム。
その時の国家の状況に合わせて変化することのできる政治システム。

そんな制度こそ、特に我が国「日本」で求められている社会制度なのではないかと思います。

さて。それでは、次回は改めて「第二インターナショナル」と「第三インターナショナル」について掲載したいと思います。

このシリーズの過去の記事
>> 第61回 「共産主義」のルーツ
このシリーズの新しい記事
>> 第63回 第二インターナショナルと第三インターナショナル

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