第40回 フランスの同時多発テロ事件について思うことなど、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<前回の記事 第39回 アベノミクスを問う14

「アベノミクスを問う」の続きは少しお休みして、今回はタイトルの通り、先日フランスにて発生した、同時多発テロについて、私の考え方を述べたいと思います。

今回、この意見を掲載しようと思ったのは、私がFacebookにてふと投稿した私見が、マスコミ報道を見ていると、ずいぶん的を射た内容であったことがわかり始めたからです。

以下、引用します。

【差別的だと思われたとしても・・・】

<11月15日 15:43 記>
昨日のフランスで、ISによって引き起こされた悲惨な事件。


私たちの住む「日本」は、単一の民族が形成してきた国家としては、世界最古の国になります。
ですが、それでも本当に単一の民族だけで形成されているのかと言われれば、そうではありません。

特に第二次世界大戦中、日本国の植民地として日本国土となったが、敗戦後、サンフランシスコ講和条約によって日本国籍を離脱することとなった人たち。「平和条約国籍離脱者」と呼ばれる人たちで、「特別永住者」と呼ばれる人たちが日本には日本人と共に暮らしています。

彼ら、彼女らとその子孫の大半は、世代をまたいで日本に居住していながら、日本国籍を取得していません。日本に長年暮らしていることで、当然日本という国に対する愛着もあるでしょうし、日本人に対する親近感も覚えているでしょう。
ですが、彼ら・彼女らには同時に母国に対する愛情があることも事実です。ですので、どうしても時として日本ではなく母国側の利益を優先する選択を取ることがあります。

このことで、戦後70年間の日本が被ってきた不利益も多分に存在します。安倍内閣に入って、特にその「不利益」の部分が露骨に姿を見せるようになりました。

なぜこのようなことが起きるのか。それは、間違いなく日本人と他国籍者の間では「価値観」に相違があるからです。


フランスで起きたあの悲惨な事件。

あのような事件が起きた理由の一つに、フランスという国に、「フランス」という国の価値観とは大きく逸脱する思想を保有していた人が紛れ込んでいたことが挙げられます。

冷たいようですが、私は欧州で際限なく行われているような「移民受け入れ」には反対です。
「日本さえ良ければいいのか」という考え方もあるでしょうが、日本という国をわざわざ危険にさらす必要性などないと思います。


<引用終わり>

フランス同時多発テロ事件について思うこと

上記内容は、Facebookに掲載した内容を加工せず、そのまま貼り付けたものです。
引用した動画はベルギーの現状を訴えるもので、投稿されたのは2011年1月6日。映像が制作されたのは2009年の9月です。

今回の事件の主犯はベルギーの人物だということを含めて、まるで今回の事件を暗示しているかのような動画の内容となっています。

また、私は上記記事を、特に何かの報道の影響を受けたわけでなく、事件が発生した時点で覚えた感覚を、そのまま書き記したものです。直感で、移民の問題であることを感じました。


実際に記事を書き記した理由は、1カ月ほど前、知人と話をしていた時に、彼が日本国政府が移民を受け入れないことに対して、批判的な意見を述べていたことが理由です。

彼からその話題を耳にした瞬間に、私の口からは、「私は、移民受け入れには反対です」という言葉がふっと出てきました。

ドイツをはじめとする欧州諸国で、シリアからの避難民受け入れの話題が、TVで盛んに報道されていた時期です。
この時点で、私はなんとなく予見していたわけです。今回の事件を。

それが、案の定、しかもこれほどに悲惨な形で発生してしまいました。

私は、別に移民を受け入れるなと言っているわけではありません。
受け入れるのならば、それには、よほど慎重でなければならないといっているのです。

「違和感」への「違和感」

また、今回のテロでは、フランスで発生した悲惨な事件に対する哀悼とはまた別の視点で、事件に対する報道や全世界の行動に対して、いくつかのアンチテーゼが突き付けられました。

パリとベイルート、2つのテロが浮き彫りにした偏向に失望感
FBプロフ「フランス国旗化」に対する強い違和感

内容までわざわざ記すことはしません。
突き付けられたアンチテーゼとは、主に二つだと思います。

一つは、「なぜフランスだけ?」という視点。
もう一つは、Facebookにて、プロフィール写真にフランス国旗を重ね合わせて哀悼の意を表明する行為を多くのFacebookユーザーが実行したことに対して、「安直すぎるのではないか」という視点。

特に後者に関しては、さらにこのトリコロール化するための機能が「スパム」であり、個人情報を盗まれるというまことしやかなデマまで広まりました。

もちろん、このような視点を持つことが悪いわけではありません。
人それぞれ。価値観はいくつもありますから、その内容に何か思うことはないわけです。

ですが、このような記事読んで「共感」を覚え、拡散をし、それがまるで自分の意見であるかのように勘違いしてしまっている人があまりにも多かったのではないか、というのがまた私の覚えた違和感です。

事件そのものもそうなのですが、確かにフランスがテロの今日にさらされたことに対して、「じゃあ他の地域でもトロが行われているのに、なんでフランスだけ?」と感じるのはそれはそうでしょう。
引用した記事であれば、特にレバノンの当事者の率直な意見も掲載されていますから、私も共感する部分がないわけではありません。

ですが、これが行き過ぎると「テロを起こす側にもテロを起こす側の価値観、主張があるのだから、(フランスが含まれる)米国側の正当性ばかり報道するのはおかしい。空爆は正当化してよいのか」などという主張までもが報道されるわけです。

いや、それはまた別問題だろ、と。
どんな理由があれ、無差別に人を殺すテロが正当化されるわけはない。空爆を批判したければ、それはそれでまた別の場で行うべきものなんじゃないのか?

あたかも、「空爆を正当化してよいわけがないんだから、テロだけを批判するのはおかしい」ととられかねないような主張を日本人の中にも行う人がいることに、とても違和感を覚えます。

Facebookプロフのトリコロール化にしてもそう。
素直に、「フランスの皆さんに哀悼の意をささげたい」という思いを、なぜ素直にくみ取れないのか?

引用記事の筆者は、「哀悼の意をささげているのに、ザッカーバーグが笑っているのはおかしい」とか。
いやいや、それはあんたの主観だろう、と。で、なんでそんな個人の主観に共感して拡散する日本人がこんなにもいるのだ、と。

ISの目指すもの

これもまた一つのうがった見方なのかもしれませんが、テロ行為を素直に批判できない風潮。
被害者に哀悼の意をささげる人が素直に評価されない風潮。

これこそ、まさにISの思惑通りなんじゃないですかね?

私、このブログで「価値観」という言葉を何度も使用していますが、彼らの価値観と我々日本人の価値観は明らかに違います。
空爆という行為に訴えることのできる国々と、日本との価値観もまた同一ではありません。

価値観の異なる人たちが行う行為を「我々の価値観と異なるから」という理由で、遠く日本で批判しても、何のメリットもないと思います。

我々が考えなければならないのは、結局日本という国を、この国に暮らす同胞たちを、幼い子供も含めていかに守っていくのか。そのためには、時に諸外国と協力することも含めて、どのような方法が良いのかということを真剣に考えることじゃありませんかね?

地理的な事情もあり、仕方のない面もあるのかもしれません。
冷たいように感じるかもしれませんが、移民を積極的に受け入れる決断をしたのは、フランスという国そのものです。
そこに暮らす国民に、何の責任もないのかもしれません。旅行者だっているわけです。

ですが、移民受け入れを行うということは、すなわちそういうことなんじゃないでしょうか。
移民を受け入れるという選択をしたのはフランス政府です。フランス政府として、その前提条件の下で、今回の事件を受けて、今後どのような政策をとっていくべきなのか。

今後の行く末に着目したいものです。
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