第320回 「正論」という暴力など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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ゴールデンウィーク明けが多忙となってしまった為、前回(第319回)の記事を記してよりずいぶん日数が経過してしまいました。

シリーズを継承する形で記事を作りたいのですが、ロシア革命に関連する記事はどうしても一記事を記すのに多くの時間を必要としてしまう為、今回の記事では、普段の政経関連の記事ではなく、コラムとして私の個人的な考え方について記事にしてみたいと思います。

政経関連ではない、と言いつつも、私の考え方はうまく取り入れることができれば、実社会、会社や組織などのコミュニティを円滑に運営する上でも役に立つ内容となるのではないか、とも考えています。


「私」という人物

この章は「私」という人物を紹介することを目的としています。

私自身は、いくつかの「組織」に所属し、組織に所属することの難しさを痛切に実感させられ、特に「会社組織」からは事実上ドロップアウトしました。

ただ、そうは言っても人間ですから、生きていくためには当然自分以外の他者とかかわりあう必要があります。
私自身も、確かに所謂「会社組織」からは離れましたが、いくつかの「組織」には所属していますし、中には自分自身で運営している組織もあります(会社ではありません)。

そのような組織に所属する上で、最低限の常識やマナーを予め身に着けておく必要がありますし、ある程度のコミュニケーション能力も身に着けておく必要があります。そのような意味で、現在の様なスタンスとなる前に、「指導者」となるべき存在がいるいくつかの組織に所属し、辛い思いを経験したことは、現在では私自身のとても大切な「糧(かて)」となっています。

人間って、体験しなければ解らないこともたくさんあります。ですが、人から教えられたから、と言ってそれを突然身に着けられるほど器用な人ばかりではありませんし、素直になれる人間ばかりでもありません。

最初に大切になるのは、「器用ではない自分」や「素直ではない自分」に気づく事が出来るようになることで、それに気づいたとき、新しく環境を変えられる勇気を持てるかどうか、なのだと思います。その組織に身を置きながらでも構わないでしょうし、思い切ってその組織から一度離れる勇気を持つことも必要です。

そうして新しく環境を変える準備ができた後、新しい組織において、前回の組織で「できない」と気づいたことを今度こそやってみることができるかどうか。

「こうしたほうがいいよ」と前の組織でいわれていたんだけど、恥ずかしさや反発心があり、前の組織ではできなかった。
けど、新しい組織ではそんな前の組織にいた「私」を知っている人など存在しないのです。

そして、「私」自身はそのことを知っていますから、当然前の組織にいた「私」よりはグレードアップしているのです。


現在私が所属している組織は、基本的に「会社組織」ではありませんから、そこに参加している人間間での優劣の差はありませんし、「上司」に相当する存在も居なければ、「部下」に相当する存在もありません。お互いが本来「対等」であるべき組織です。

ですが、そういった組織に体を置いていたとしても、時として私自身に「リーダー」としての役割を求められるケースがあります。
それは、「経験」やその組織に身を置いている「時間」に基づくものです。

前置きが少し長くなりましたが、実はここからが本題。今回の記事のタイトルに紐づけられた内容となります。


「正論」という暴力

会議

仰々しいタイトルを付けてみましたが・・・。

正直な話、私は「リーダー」という立場に立って、自分以外の誰かに指示をしたり、指導したりすることはとても苦手です。
また、同じくらい私以外の誰かから「支持」をされたり「指導」をされたりすることが苦手です。

ですが、誰かからアドバイスを求められ、これに答えること。またそういう立場に立って、課題にぶつかって悩んでいる人の課題を解決すること。このような立場はそう苦手ではありません。

解らなければ調べればよいわけですし、自分自身が調べた内容を、私の情報を受け止める人にとって受け止めやすい内容に加工してお伝えするだけですから、私にとってはそう難しい話ではないのです。(もちろんその課題の内容によってハードルは上がりますし、当然解決できない問題も生まれますが)

ですが、私が第三者に対して、この様なソリューションを提供しようとしたときに課題になってくるのは、その第三者本人ではなく、その人の周りにいる人たちの存在です。

多くの場合、本来その人自身が解決しなければならない問題であるにも関わらず、その人に関わる立場にある、もう一人の第三者がその問題を解決しようとしている場合が多いのです。


【「正論」という暴力】

私自身が常に心の中に留め置いているのは、その問題を解決する能力を持っているのは、課題を抱えている人に関わるその人自身ではない第三者ではなく、その人自身だということです。

人間、誰しもその人が抱えている問題を解決する能力は持っているものです。
ですが、にも関わらすその問題がその人にとって「課題」となり、いつまでたっても解決できずにいるのはなぜか。

それは、実はその人が抱えている課題以外に、その人自身ではどの様な方法をとったとしても解消することができない、「もう一つの課題」が存在するから。

そして、その人が解決したいと考えている問題は、実は得てしてそのもう一つの課題であったりするわけです。

例えば、この記事の中で、私は以下のような事例をご紹介しています。

人間って、体験しなければ解らないこともたくさんあります。ですが、人から教えられたから、と言ってそれを突然身に着けられるほど器用な人ばかりではありませんし、素直になれる人間ばかりでもありません。

最初に大切になるのは、「器用ではない自分」や「素直ではない自分」に気づく事が出来るようになることで、それに気づいたとき、新しく環境を変えられる勇気を持てるかどうか、なのだと思います。その組織に身を置きながらでも構わないでしょうし、思い切ってその組織から一度離れる勇気を持つことも必要です。

そうして新しく環境を変える準備ができた後、新しい組織において、前回の組織で「できない」と気づいたことを今度こそやってみることができるかどうか。

「こうしたほうがいいよ」と前の組織でいわれていたんだけど、恥ずかしさや反発心があり、前の組織ではできなかった。
けど、新しい組織ではそんな前の組織にいた「私」を知っている人など存在しないのです。

そして、「私」自身はそのことを知っていますから、当然前の組織にいた「私」よりはグレードアップしているのです。

この場合、この文章に登場する「私」が抱えている課題は、

 「人から教えられたことをを身に着けることができないこと」

です。

で、周りの人から「なんでお前はこんなことができないんだ」とか、「いつになったらできるようになるんだ」とか言われてしまうわけです。「この間も同じこと、説明したよね」とか、「お前はやる気があるのか」とか。

だけど、実はこの人にとって本当に大切なのは、

 「人から教えられたことを失敗しても構わないから、やって見ることの出来る場所」

だったりするわけです。失敗しても怒られない。何度も繰り返しチャレンジしてみることができる場所。
ひょっとしたらその人がそのことを身に着けるためにはもっとほかの経験を積むことが必要なのかもしれませんし、ひょっとすると組織が変われば出来るようになるのかもしれません。

だとすれば、本来指導する立場にある人がやらなければならないのは、その人が失敗できる環境を作り、経験を積ませることに在るわけですが、得てして指導する立場にある人がその人に教えようとするのは、

 「正論」。

組織としてこうあるべき、あなたは人間としてこうあるべき。
仕事はこのようにするべきで、できないあなたがおかしい、と。

これは、まさしく「正論」という名の暴力だと私は思っています。

追い詰めてしまえば結局その人の能力が開発されることを阻害してしまいますし、ひょっとするとその組織にとって大きな利益をもたらす可能性のある人物をその組織から遠ざけてしまうことになってしまいます。

ひょっとすると、その組織自身が課題を抱えていて、その組織自身が抱えている課題が解消されていない為にその人は苦しんでいるのかもしれません。そしてそれを解消することはそう難しいことではなく、一日や二日もあれば簡単に解決できてしまうのかもしれません。

これを知るために必要なのは、課題を抱えている人物に対して組織側が正論を説いて聞かせることではなく、「組織」という枠をすべて外して、その人自身が思っていることを、包み隠さず語ってもらう事。

そのためにはその人が思っていることをプレッシャーを感じることなく話すことができる環境が必要です。
そこで何を話したとしても、そのことでその人を責めないことを約束すること。その情報が無関係な人にまで伝わらないことを約束すること。

そうしなければ、その組織が抱えている問題なんて出てくるわけがありません。
その人が抱えている課題は、その人だけの問題ではない場合も多いのです。

理想的なのは、指導する立場にある人が、そのことを敏感に感じ取って、課題を抱えている人が気づかないうちに「もう一つの課題」を解決してしまう事。

そのことでその人が本来抱えていた課題を解消することができれば、それがその人の成功体験となり、その人の自信にもつながります。そのことで今迄反発心から受け止めることができなかった「正論」を受け止めることができるようになり、それは組織自身のメリットにもつながります。

「正論という暴力」。
皆さんが所属する組織でも、もう一度振り返って見ると、新しいソリューションが見つかるかも・・・しれませんよ。


TOPコラム第320回 「正論」という暴力

このエントリーにお寄せ頂いたコメント

latache1992.blog56.fc2.com/blog-entry-769.html

空気は生きていくために呼吸するものであり読むものではない。
第一空気とか雰囲気とか親からもらった眼で生まれてから死ぬまで見えないものである。
生物たるもの目に見えないものを読めるわけがない。
これが宇宙の真理である。
空気を読めとか、生物失格の愚か者の妄想である。

霊長類として読まねばならぬものは文字である。
言葉を文字にして他人に伝える、これが人間である。
文字が読めない者は人間失格社会人失格である。
文字が読めてはじめて人間たり得社会人たり得るのである。
これは人間の真理である。

すべて生物の言葉は親の真似をして使い方を覚える。
親のことばを盗用して使うのである。
これが生物の真理である。
著作権や特許権や所有権など、人間以前にそもそも生物失格の愚か者の妄想に過ぎない。

人間だけが文字を使う。
人間社会には地域によって種々の文字言語が存在するが、特に日本語は地球でもっとも優れた言語であり、最も修得が難しい宇宙で唯一の融通無碍言語である。
日本人の親から生まれた日本人は皆親の真似をして三つ子(満1歳半)で全員が世界一難しく優れた日本語を使いこなすのである。
日本人なら両親と両親をこの世に生み育ててくれたご先祖様に感謝してご先祖様のご恩を死ぬまで忘れることがない。
これが「三つ子の魂百まで」である。

漢字が読めない者は日本人失格である。

数え16歳満14歳で元服成人した人間という地球霊長類の中でも、日本人中学校卒業者は一人残らず日本語の漢字が読み書きできるのであり、満15歳以上でそれができない者はそもそも日本人の大人すなわち日本国憲法主権者国民失格である。

そして日本人のご先祖様おとなたちはみな文武両道の武士道と宇宙の真理仏法僧三宝に帰依したムースクナビコナ三宝帰依仏心武士道菩薩であるのだ。

南無父母無二仏 合掌 www.tamano.or.jp/usr/kyushoji/bbs.html

これが宇宙の真理であるよ(笑)

地上げ屋サンが止めてくれないからなんぼでもコメ積んじゃった(笑)
豊岳正彦 at 2017/05/20(土) 16:20 | URL


日本に原爆投下したのは誰?d.hatena.ne.jp/rebel00/20150602/1433207001#c
と「放送法は憲法違反」sptnkne.ws/ezcF
へ投稿

★阿修羅♪
公共放送BBCは、NHKとの番組交換を中止。同じ公共放送とは考えられないからだという 
www.asyura2.com/17/senkyo225/msg/813.html#c43

1.先ず憲法29条私有財産権の侵害。

そもそもひとが自分の金で購入した私有財産であるテレビから年間6~7万円ものテレビ本体より高額な【受信料】を受像器チューナー1台毎に強制的に徴収する総務省公務員NHK依拠【放送法】が、主権者国民を君主とする日本国憲法29条保障の基本的人権私有財産権を侵害している違憲立法そのものである。

2.憲法15条「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」に違反。

NHKは総務省に属し国庫から予算支給を受ける純然たる「公務員」であるから、一部の国会議員や官僚や公務員の利益を「忖度」してそれに奉仕することは紛れもない「憲法15条違反」。

また公務員は奉仕者であるから、公務執行において「利益」を得ることは奉仕ではなく営利となって、これも憲法15条違反。

公務員が公務で営利すれば特別公務員職権濫用詐欺罪という重大刑事犯罪を構成する。

総務省特別放送法人NHKは違憲(29条違反)な放送法によって違法(違憲立法に基づく法的行為はすべて違法行為となる)な受信料金収受営業を常習的に行っているが、

この公務員NHKによる受信料徴収行為自体「詐欺の現行犯」であり、受信者国民に対する「奉仕」ではない「詐欺」行為もまた憲法15条違反である。

3.さて日本国憲法最高法規99条を示す。

第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

天皇・摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員全てが、日本国憲法に遵い、守り、擁護しなければならないと定めている。
摂政とは国務大臣を統率する内閣総理大臣のことであり他の何ものでもない。

これは最高法規であるから、これに違背すれば日本国憲法下位の日本国刑法において最高刑の極刑をもって処罰される。

罪名は内乱罪となる。

国を統治する根幹の日本国憲法を守らない日本国公務員は、国体に対する内部破壊行為クーデターすなわち内乱蜂起を働いたことになるからである。

同時に詐欺罪は国の流通システムに対する破壊行為であることも、公務員NHKの憲法99条違反内乱罪を確定させる明白な証拠となる。

NHKはもうツんでいる。

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【憲法9条違反外患通牒罪放送局NHK】
>>touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-383.html

渋谷区神南に国民が納めた国の予算から支出を受けて建設された総務省公務員放送局NHK本社社屋がある。

その同じ敷地内の公務員施設NHK本社社屋の一部が、韓国国営放送の日本支部社屋として共用されている。

安倍晋三首相がNHK会長を指名してNHKを運営させており、総理大臣とNHK含むマスコミ首脳が国民が納めた予算からの出費で食事懇談会をたびたび開催することでNHKに伝わった日本国の最高機密事項である内政外交情報が、NHK神南本社敷地内で外国国営放送局に筒抜けの状態である。

つまり、国家公務員総務省放送法人NHK神南本社施設内に、韓国国営放送が施設設備共用する状態で存在すること自体、憲法99条に違反しており、外国の国営放送局と同居することで外交機密情報が国外にたやすく流出することは、憲法9条で専守防衛を規定された我が国の国土防衛において重大な不利益をもたらす外国通牒外患誘致行為となるのである。

すなわち憲法9条違反外患罪がNHKの存在そのものに対して現行犯罪で成立している。

そのNHKに対してしばしば非公開の懇談会食を行うことによって、安倍晋三総理自らの総理大臣服務規程違反すなわち憲法99条違反内乱罪および外患誘致罪が、NHKと共謀共同正犯で明白に成立していることも指弾しておく。

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NHKも安倍政権日本国政府ももうツんでいる。

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四正勤sptnkne.ws/bPtt

これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
「悪を予防するFluワクチン皮内接種」

すでに起こった悪は、断ち切る。
「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」

これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
「竹箒塵取和顔愛日本語masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpフルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」

すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」


南無父母無二仏 合掌 www.tamano.or.jp/usr/kyushoji/bbs.html
豊岳正彦 at 2017/05/20(土) 16:21 | URL

2回連続の長文コメント、とてもありがたいのですが、何をおっしゃりたいのかがまったく理解できません。
nonkinonki at 2017/05/21(日) 00:14 | URL

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