第270回 日本が日米開戦を決断するに至る経緯~真珠湾攻撃など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

ランキングサイト

この記事のカテゴリー >>十五年戦争(日中戦争)の原因と結果


<継承する記事>
第269回 日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか/日米開戦の原因に迫る⑯

日本はなぜ真珠湾攻撃を行ったのか。ここに至る経緯について私は、第249回の記事 で、「Yahoo知恵袋」に掲載されていた質問に対する回答を検証するという形で「日米開戦の原因」についての検証をスタートしました。

一般的に、日本が真珠湾攻撃に至った理由として、

「世界恐慌以降のブロック経済政策」
「米英蘭支によるABCD包囲網」

が挙げられます。

ですが、実際「ブロック経済政策」を敷いていたのは欧州各国だけで、米国はルーズベルトが就任すると早々にこの「ブロック経済政策」は中止しました。

なぜか日本に対してだけは輸入品に高い関税をかけて輸出しにくい状況を作り出した、とはいうもののどうもこれが「日米開戦」まで至った理由だと考えるのは適切でないように感じます。

そしてまたこのブロック経済政策に於いて、ドルブロックやポンドブロック等を仕掛けられた為、日本が輸出先をなくし、結果的に「大東亜共栄圏」を建設し、ドルブロックやポンドブロックに対抗しようとした、といった説も見かけるのですが、これもどうやら間違っている様です。

そして最終的に米英蘭支が日本を経済的に孤立させるため、「ABCD包囲網」が築かれ、日本はやむを得ず真珠湾攻撃に至った・・とする説も見られるのですが、どうもこれも正しくはない様です。

余りに中国(蒋介石軍びいき)な政策を米英が取りましたから、裏で中国と米英は繋がっていて、日本を追い込むために共同で動いているんじゃないか、という邪推を当時の日本政府・軍要人たちがしていたことは事実でしょうし、ABCD包囲網が築かれたことが日本に最終的な決断をさせたことも事実なのでしょうが、「だから日本は開戦を決意した」わけではどうもなさそうです。

日本が南部仏印進駐を実行する以前に、コーデルハルより「6月21日米国対案」と同時に「オーラルステートメント」が突きつけられた時点で、日本の要人の中には「対米開戦」に向けての凡その覚悟は既にできていた、と考えなければやはり日本軍の行動を説明することは出来ないでしょう。

公文書の中にも、これを証明するようなものが存在します。

【第三十(四十の間違い?)回連絡会議】
7月21日第30回連絡会議(第40回の間違いと思われる)
近衛第三次内閣成立に伴う初顔合せの件

第40回連絡会議

1.場所 宮中大本営
自今場所は宮中大本営と定めらる

2.出席者
近衛内閣総理大臣
豊田外務大臣
東条陸軍大臣
及川海軍大臣
平沼国務大臣
鈴木国務大臣兼企画院総裁
杉山参謀総長
永野軍令部総量
宮田内閣書記官長
武藤陸軍軍務局長
岡 海軍軍務局長

自今出席者は概ね右の通りに定めらる

3.参謀長別紙要望を述べ(同時に別紙を配布す)たる後次の事を附加す

三国同盟がゆるみはせぬか、英米依存に還元するのではないかとの事を世間では考えて居るものあるらしきも、此の如きことは断じてあるべからず、之れは国内のみならず第一線の兵のご奉公の精神にも影響する所大いなるを以て、特に政府に於ては留意あり度(たい)

陸相
政府が声明せる如く、総辞職の時にも又組閣の際にも規定の国策は変えぬというて居る、迅速果敢にやることを発表して居る。
之れは総帥部の要望に沿うて居ると思う。又陸軍大臣も閣議に於て国策にゆるみない様要望して居る、之れも総帥部のご要望にかなうものと思う。

外相
自分は各国の大公使に、国策上何か変わりはないかと云う考えをおこさしては困ると思ったので、既定方針にはよく云い送り従来通りやれと云うた

又同時に在東京独伊大使を呼び、外相更迭せるも帝国の態度は何ら変更なしと既に述べあり

尚自分は三国条約締結当時海軍次官なりしを以て、之れに関しては重大なる責任あり、同条約成立の時の一端を担いて居るのであって変更するような事はせぬ

(総長所見)
外相の述べたる態度より右は真実なるが如く思わる、尤も総帥部より要望したるを以て申訳的に述べたるかの知れぬ

次て参謀総長、仏印進駐に関し現在までの経緯、今後の予定及び関東軍に対する兵力増強並国内防御、防空等に就き説明セリ
又海相、南方に派遣すべき艦隊の兵力に就て述べたり

軍令部総長
 米に対しては戦勝の算あるも、時を追うて此の算は少なくなる、明年御半期は最早歯が立ちかねる、その後益々悪くなる、米は恐らく軍備の整う迄は問題を引ずり之を整頓するならん。

 従って時を経れば帝国は不利となる。戦わずして済めば之にこした事はなし。然し到底衝突は避くべからずとせば時を経ると共に不利となると云うことを承知せられ度(たい)。尚比島を占領すれば海軍は戦争がやりやすくなる

 南洋の防備は大丈夫相当やれると思う

次て外相、「ヴシー」との14以来今日迄の交渉の状況に就き説明セリ。其の際「オットー」の態度に関し左の如きことを述べたり

 仏印進駐に関しよろしく頼むと云うた所「オットー」は、仏印より応諾して来れば何もせぬてよかろう、応諾せぬ場合には何とかやりましょう、と云うが如き消極的回答をしたので、更に会談を求め、二度目は「オットーは「シリヤ」の例をひき、独は「ソ」と交戦中故強かなる威力を仏に加えることはまー出来ぬとと云う態度であった以上二回の回答の結果は世話はするも積極的ならずと云う印象を受けた

海軍側より日仏交渉が大体成立すべき旨の在仏武官電を紹介し会議を終了す

総長所見
 軍人が多い関係か情報交換には明るい感じを得たり、今迄と異なり連絡会議の価値は増大せるものと思う

4.本席上連絡会議並大本営政府間情報交換の実施に関し左の如く申合せたり(以下略)

続いて第41回大本営政府連絡会議の内容です。前回より名称も「連絡懇談会」から「連絡会議」に変わっていますね。

【第41回大本営連絡会議】
7月24日第41回連絡会議
仏印進駐、対米国交調整、泰国大使館の件

第41回連絡会議

1.冒頭参謀総長より、軍隊は25日出発、28日「ナトラン」29日「サンジャック」に到着すべきことを述べたり

外相
 「ヴシー」政府から、進駐軍隊が軍紀を守る様、又安南人に対し非合法的な事なき様注意せられ度(たい)旨申来れるを以て承知あり度(たい)

 共同防衛の意味にて進駐するのであるから、右の如き事なき様、彼らをひきつける様軍隊を指揮せられ度希望す

参謀総長
 本件は軍司令官に能く通しありて万心配なし。尚今後も充分に留意すべし

2.仏印進駐に関する政府の声明案文を可決す。発表は26日正午とし独伊大使に対しては本24日支那、満州、英米大使に対しては25日通告することに決定す

外相
 仏印進駐問題は米国に影響を及ぼし、重要物資の輸出禁止、資金凍結、金の買入禁止、日本船舶抑留等を実施することあるべし

 重要物資中の問題となるべきものは綿花、木材、小麦、石油にして、綿花木材に対しては既に手を打ちたり、小麦は支那向けのものなるを以て何とか手を打ち得べく、先ず心配なかるべし

 石油は懸念せらるる所なるも米が全面的に石油禁輸をやるかどうかは問題だ。

 次に資金凍結に就ては、在米日本現金は3億円、証券3億5千万円にして、之に対し在日米貨は3億円なり。
 即ち差引2億5千万円が日本側の損失となる。之れは石油を輸入する場合に資金不足となり、、帝国として相当困る
 金の買入停止は現在米向金を出して居らぬから心配なし

 日本船舶抑留に就ては、目下米近海に十隻あるも海軍省より未だ港に入らぬものは2、3日入らぬ様指令しあるを以て、全部が抑留せらるることはなかろう

 資金凍結に関しては小倉蔵相も困るという意見で、蔵相は蔵相と個人関係ある「モーゲンソウ」米蔵相に手紙を出すと云いしも、暫く待ってもらって居る

3.対米国交調整に就て
外相
 野村大使は過般「ハル」長官の「オラルステートメント」を先方に返したが、帝国の修正案は未だ「ハル」に通しあらずして之れに就き野村より意見具申あり。外務省としてはN工作を打切るのは具合悪いと思う。

 此度の仏印進駐は軍事占領にあらずして、帝國の必要に基づき仏側と話合の上の事なるを米国に諒解せしめ、資金凍結又は帝国船舶の「パナマ」運河通貨を渋ることを止めてもらい、又N工作を続け度(たい)と思う

 尚、N工作に就き米国の主張は次の二点にあり

 (1) 支那の和平交渉の細目を米がやり度(た)きこと
 (2) 太平洋の和平問題にて日本からしばられぬ様すること

 N工作に関しては更にご相談申上ぐべし

4.尚豊田外相より、昨日の枢密院会議にて決定せる泰国公使館の大使館昇格に関し、直に大使を派遣すべきや否やに就て提案あり。

之に対しては現在仏印進駐の度種々噂の出る時故直に大使を派遣すべしと云う意見と、仏印進駐に伴う米の出方も一応見る必要あるを以て暫く後日に延ばす方宜しと云う意見ありしも、結局未決定の儘解散せり

右会議の先で重光大使の帰朝断ありて解散セリ

はっきり書かれていますね。
外相
 仏印進駐問題は米国に影響を及ぼし、重要物資の輸出禁止、資金凍結、金の買入禁止、日本船舶抑留等を実施することあるべし

 重要物資中の問題となるべきものは綿花、木材、小麦、石油にして、綿花木材に対しては既に手を打ちたり、小麦は支那向けのものなるを以て何とか手を打ち得べく、先ず心配なかるべし。

 石油は懸念せらるる所なるも米が全面的に石油禁輸をやるかどうかは問題だ。

 次に資金凍結に就ては、在米日本現金は3億円、証券3億5千万円にして、之に対し在日米貨は3億円なり。
 即ち差引2億5千万円が日本側の損失となる。之れは石油を輸入する場合に資金不足となり、、帝国として相当困る
 金の買入停止は現在米向金を出して居らぬから心配なし

 日本船舶抑留に就ては、目下米近海に十隻あるも海軍省より未だ港に入らぬものは2、3日入らぬ様指令しあるを以て、全部が抑留せらるることはなかろう

 資金凍結に関しては小倉蔵相も困るという意見で、蔵相は蔵相と個人関係ある「モーゲンソウ」米蔵相に手紙を出すと云いしも、暫く待ってもらって居る

と。ここに記されている「外相」とは、もうすでに松岡ではなく、新たに外相として就任した豊田外相です。

改めて振り返って見ますと、第229回の記事 からABCD包囲網についての検証をスタートしたわけですが、この時点ではまだ「北部仏印進駐」と「南部仏印進駐」の違いを私自身が理解できていませんから、この二つの進駐を同じレベルで考えて記事にしていますね。

北部仏印進駐と南部仏印進駐の中であった決定的な出来事としては「日独伊三国同盟」と「独ソ開戦」の2つです。
結局考えてみれば、日本の南部仏印進駐は将来的な日米開戦をも視野に入れたものであった、ということですね。

国際情勢から考えてみても、将来的にいつかは衝突することは避けられない日本とアメリカ。

日本からすれば、「アメリカが蒋介石に対する支援さえやめてくれれば」。
米国からすれば、「日本が三国同盟から脱退し、中国から撤退さえしてくれれば」。

けれども、双方にとってその肝となる部分は絶対に譲ることができないわけです。
ただ個人的には米国が蒋介石に対する支援を止めるこことは、それほど難しいことではなかった筈ですが。

「自由主義社会」という米国の一方的な理想を日本に押し付け、日本人の生命と尊厳を毀損するリスクを多分に背負った蒋介石軍を放置してくれる程度であればまだしも、むしろ支援を行い続け、中国大陸に於ける日本に対する脅威を増大させ続けたという事実。

ここさえ彼らが認識し、「日本が撤退した後の中国に於ける権益」などという、自国の利益のみを優先した政策を放棄してくれさえすれば、はっきりいってこんなことにはならなかったわけですが。

また米国が欧州戦に参戦し、ドイツがソ連に敗れた後の事を考えると、どうしてもドイツを支援しないわけにはいかない。

となれば必然的に日本と米国は衝突するしかないわけです。

日本が南部仏印を抑えなければならない最大の理由は、もし仮に日米開戦となった時、ここを押さえておくかどうかということは、特に太平洋戦線に於いて死活問題ともなりかねない問題です。

また更に先に米国がヴィシーを説得し、仏印そのものを抑えてしまうようなことがあれば目も当てられません。
軍令部総長の言葉として、

米に対しては戦勝の算あるも、時を追うて此の算は少なくなる、明年御半期は最早歯が立ちかねる、その後益々悪くなる、米は恐らく軍備の整う迄は問題を引ずり之を整頓するならん。

 従って時を経れば帝国は不利となる。戦わずして済めば之にこした事はなし。然し到底衝突は避くべからずとせば時を経ると共に不利となると云うことを承知せられ度(たい)。尚比島を占領すれば海軍は戦争がやりやすくなる

 南洋の防備は大丈夫相当やれると思う

というやり取りも掲載されています。
フィリピンの占領、というのは今すぐにというわけではないでしょうが、仮に日米開戦が行われた場合、その選択肢の一つとして既にフィリピン占領という選択肢は存在したということになりますね。

南部仏印進駐を行った際、仮に米国が何もしてこなければそれが一番よい。
米国がここで何らかの対抗措置を取るかどうかということが、対米開戦の決断を行うかどうかの試金石だったということではないでしょうか。

将来日米開戦となったおり、ここを抑えておくかどうかは非常に重要な問題となるわけですが、それでも極力開戦を避けるため、この地域に間違っても武力行使をせぬ様、慎重に慎重を期していたいた様子がとてもよく伝わってきますね。

ただそれでも米国は制裁を課してきた。であれば仕方ない、としたのが日米開戦に至った本当の理由だと思われます。
前記した軍令総長の言葉にもあるように、この状態で戦争を仕掛けるのであれば、早ければ早い方が良い。

何より石油資源の全面禁輸を課せらえたわけですから、放っておけばどんどん日本の資源の在庫は底をつき、時が経てばたつほどどんどん日本は不利になります。

となれば、ABCD包囲網という言葉も、日本が米英に戦争を仕掛けるための「口実」であったという公算の方が大きくなりますね。
日本が先に米国に戦争を仕掛けるための「大義名分」が必要であったということではないでしょうか。

ですが、戦争に向けての準備が進められる一方で、米国に対してはそれでも開戦を避けるための交渉が行われ続けていました。
日本にとって「戦争が避けられる状況」はただ一つ、米国が蒋介石軍の危険性をしっかりと認識し、日本と歩調を合わせることです。

合わせられないにせよ、その危険性を認識し、蒋介石軍から手を引く事。これ以外にありません。
これを日本に約束し、実行して初めて「戦争を避ける」事が出来るのです。

またもう一つ、日本とすればドイツがソ連に敗れ、ソ連が日本に牙を剥くような情況を作り出すわけにはいきませんから、米国がソ連に対して宣戦布告を行わないこと。即ち、「欧州戦線に参戦しないこと」。

これを約束することができれば最悪な事態は避けることができたわけですが、特に後者は米国にとってもできない選択肢かもしれませんね。どちらにせよ、衝突することは避けられなかった・・・と。

次回記事以降でも、引き続き「公文書」に着目しながら日米交渉の経緯を追いかけてみたいと思います。


このエントリーにお寄せ頂いたコメント

URL:
コメント:
 

スポンサードリンク

Copyright © 真実を問う!データから見る日本 All Rights Reserved.
ほったらかしでも稼げるFC2ブログテンプレート [PR]