第263回 日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか/日米開戦の原因に迫る⑩など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<継承する記事>
第257回 日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか/日米開戦の原因に迫る⑨

それでは改めまして、話題を日米開戦に至る経緯に戻します。

第254回の記事 に於いて、前回の記事 にてご紹介しました 「第34回連絡懇談会」の内容が掲載されていますので、まずはそちらに目を通していただければと思います。

 「第34回連絡懇談会」に於いて松岡外相は、戦略として

「対ソ戦が短期で終わる、と判断するのならば、まずは北を討つべき。その間、3~4か月程度であれば外交交渉によってアメリカを抑え込む自信はある。

だが、軍部の言う通り先に南に向かい、その後で北に向かってしまうとソ連だけでなく「米英」までも巻き込んでしまうことになる」

と軍部に示しました。
その後、陸相より「蒋介石軍との関係はどうするのだ?」と聞かれた後、

「北に進み『イルクーツク』迄行けば宜しかるべく、其の半分位でも行けば蒋にも影響を及ぼし全面和平になるかも知れぬと思う」

と答えています。

↓こちらが「イルクーツク」。
イルクーツク

ちなみに蒋介石軍が拠点を置いていた「重慶」はこちら。
重慶

もう一つ。1939年当時の中国全体の様子です。
1939頃の中国

濃い赤色が「冀東防共自治政府」、その南側の薄いピンク色のエリアが汪兆銘政府。東側のピンク色のエリアが「満州」です。
国境線がパズルみたいになってますので、後は国境線の形からそれぞれの位置をイメージしていただければと思います。

重慶の地図で、中国エリアの北側が「外蒙古(モンゴル)」と呼ばれる地域で、3枚目の地図では「Outer Mongolia」と書かれています。

イルクーツクの南東側にある大きな湖が「バイカル湖」ですので、このバイカル湖を基準に見るとそれぞれの位置関係が分かりやすいと思います。

第240回の記事 で少し触れましたが、日本とソ連はソ連がドイツとの間で「独ソ不可侵条約」を締結する直前まで紛争状態にあり、その最大規模の紛争が「ノモンハン事件」と呼ばれる武力衝突でした。

この「ノモンハン」と呼ばれる地域があるのが「外モンゴル」と「満州」そして「冀東防共自治政府」が1点で接するあたりの地域で、外モンゴルと満州の国境付近にありました。

ノモンハン事件が「ソ連・モンゴル連合」対「日本・満州連合」の戦いであったことを考えると、当時のモンゴルと日本は対立する構造にあったということ・・・。

その詳細はまだ把握していませんが、少なくとも中国側からモンゴルを突き切ってイルクーツクを目指す・・・と考えていたわけではありません。

ソ連軍がドイツ軍との戦いの中で軍隊を西送し、東側が手薄になったころを見計らって満州側からイルクーツクを目指す、ということを考えていたのだと思われます。で、仮にそこまで行けなかったとしても、せめてその半分くらいまで行けば蒋介石軍もこれを脅威に感じて和平交渉に応じるのではないか、と松岡は言っているんですね。

また更にドイツがソ連を破り、ドイツに協力した日本がソ連領土の一部をドイツより割譲される事にでもなれば、さすがに蒋介石も降伏するだろう、と。「ソ連」という後ろ盾もなくすわけですからね。

その方が南進して米英までも敵に回すリスクを負うよりは現実的だと考えたのでしょうか。

以下の内容は、その翌日に行われた「第35回連絡懇談会」の内容です。

【第35回連絡懇談会】
6月28日 第35回連絡懇談会
国策要綱、対独通告文等に関する件

1.出席者前回通り

2.陸海軍案に対する主として外務大臣の修文意見を討議し、概ね本営案通り意見一致す
 之より先本日午前、両軍務局長、外相及外務次官等と折衝し、大本営案に外交に関する事項を特に含めたる一案を作成しあり
 決定案は右成案の要領2に「対仏印、泰施策要領及」を挿入したるに過ぎざるものとす


3.外相先ず方針第3の如何なる障害をも排除すとある中には、外交手段により排除するの意をも含むものと解す、又要領三の三国枢軸を基調とするは同感なりと冒頭し、先希望を述ぶ

(1)国内を十分取締られたい

(2)南をやるのは火をもて遊ぶようなもので、南をやれば英米「ソ」を相手とし、戦争することになるであろう。此の点依然修正せられてないが、重要問題故重ねて所見を述ぶ

(3)仏印に対する工作に関しては、大島大使より意見が着て居るが依然止めずにやるのか、「リッペン」から武力行使を止めて呉れと云うて来るかも知れぬから本件は予め含みおかれたい

海相
何か「リッペン」の申し入れに関し右のような徴候があるのか

外相
なし

陸相
仏印をやることに就いては情勢判断が合致した上の事ではあるが、やるに方っては慎重に慎重を重ぬる必要あり

(次長仏印に対する軍隊の行動は極めて慎重にやらねばならぬものと印象を受く)

4.次て対独通告に関し論議す

外相
参戦の決意を何時かは独に通告せねばなるまい。自分も全般の情勢上こんにちは未だ参戦の時機ではないと思う、従ってその時期が来たら其の時に通告すればよいのである。

然し乍(なが)ら独側より問合せがあって之に返事をするのでは適当でない。今云わざるも将来云わなければならぬ様になると思う。そこで帝国として今日参戦の決意を定める必要あり

参謀総長
独に云うことは出来ぬ、情勢有利に進展せばであって、過早に参戦すると云うて有利が来なかったら変なことになる

軍司令総長
参謀総長に同意見なり

(之より先、軍部総長より参謀総長に対し、独に参戦と云う事は絶対に反対なりと海軍側の強い意思表示があったので、外相の右発言に対しては参謀総長及次長共黙して語らざりし所海軍側は総長初め三人とも同様全然発言せず、暫く沈黙を保ちたる後、外相より参謀総長如何ですかと質問せられたるに依り総長は右の如く答えたる所、海軍総長同意なりと述べたる次第にして、此の辺海軍側が絶対不同意なりと意思表示しつつ表面に立ちてはその旨発言せず、其の真意那辺にあるや諒解に苦しむ所なり)

外相
6月22日に「オットー」を通じ、帝国は三国枢軸を基調とすべきことを独側に電報したる所、「リッペン」より感謝し来れり

尚大島より以前仏印をやるかと質問してきたので変化なしと答えおけり

大島が「リッペン」に対英攻撃をやるのかと質問せるに対し、現在は潜水艦の効果を待って居る、又無条件降伏でなければ対英講話はせぬと述べたるが如し

仏印に対する施策を止めてもらえれば結構だが、状況に変化あれば止められたい

5.以上を以て国策要綱の決定を見るい至る
30日午後5時より連絡懇談会を開き対独通告文及帝國政策の声明に関し審議し、又7月1日午後閣議に国策要綱(総帥事項を除く)を討議し、午後御前会議に於て御聖断を仰ぐことに決す

右御前会議には枢密院議長、大蔵大臣、企画院総裁を加うことに定む

尚御前会議に於て決定を見るに至る迄一切本件在外使臣に通達せざることとす

ふむ・・・。
一応これ、「ABCD包囲網」が結成される前の話なんですよね。

飽くまでも陸軍の中では「外交交渉によって」仏印進駐が決すれば「英米開戦」には至らないという腹があり、仏印に対して武力を用いるのは飽くまでも「ヴィシー政府が交渉に応じなかった場合」だとしているのに対し、外交交渉云々ではなく、そもそも仏印に軍を進めることそのものが「英米開戦」に至るのだという前提で話している様に感じますね。

そして次回第36回連絡懇談会の内容では、その松岡による「予言」が登場します。
そしてこの「予言」と軍部の思惑との食い違いこそ日本に「道を誤らせた」原因だったのではないかと思わせるシーンが登場します。

ですが、本当に「道を誤っていた」のかどうかということすら理解することは難しいかもしれません。
この時の日本に残されていた道は、

1.南部仏印進駐を完成させ、南方から蒋介石軍に圧力をかける

2.南部進駐を延期し、隙をついてソ連を攻め、拠点を手に入れることで北側から蒋介石軍に圧力を加える

3.南も北も攻めず、今まで同様にいつ終わるとも知れないと蒋介石軍との戦いを永続させる

4.蒋介石軍との戦闘を中止し、中国からも東南アジアからも軍を撤退させる

この4択です。
日本軍の立場としてまず4番の選択肢はありえません。その選択が後の中国大陸に何をもたらすのかということを日本ほど身に染みて感じていた国はないでしょう。

ひょっとすると3番の選択をし、唯一アメリカに対し、蒋介石軍に対する支援を中断する要申し入れ続けるという手もあるかもしれません。

考えてみれば他の援蒋ルートには

1.香港ルート
2.年寧ルート
3.雲南ルート
4.ソ連ルート
5.ビルマルート

の5つの支援ルートがあったわけですが、

・香港ルートは日本が香港を占領することで遮断

・南寧ルートも日本が南寧を線弄することで遮断

・ソ連ルートはドイツがソ連に戦争を仕掛けたため断絶

・ビルマルートは天津英租界封鎖事件によって日本が直接交渉することに依って一時的に断絶

・雲南ルートはフランスがドイツに敗北したことにより日本に全面的に譲歩したため断絶

と、どれもすべて日本かもしくは日本の同盟国であるドイツが相手に対して直接働きかけたことによって中断されています。
ところが、アメリカが中国に対して行っていた「支援」は主に資金援助であり、アメリカの「蒋介石支援」とは主に日本に対する経済封鎖を行うことそのものが「蒋介石支援」となっていました。

そう。アメリカは資金以外に何も蒋介石には提供していないんですよね。
とはいえ、やはり米国からの経済封鎖が継続する限り、日本軍の物資は失われていきますから、どちらにせよ対蒋介石戦を継続することは難しくなりますね。

ただ、この様に物資が不足する中でソ連に戦いを挑むのも「無謀」ともいえるような・・・。
このあたりも次回以降の連絡懇談会内容で少しずつ見えてきます。

ということで、次回記事では、「第36回連絡懇談会」体力と時間があれば続く「第37回連絡懇談会」内容についても記事にしてみたいと思います。


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