第249回 日本はなぜ真珠湾を攻撃したのか/日米開戦の原因に迫る①など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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この記事のカテゴリー >>十五年戦争(日中戦争)の原因と結果


<継承する記事>
第248回 ABCD包囲網とオランダ/対仏印泰施策要綱と南方施策促進に関する件

さて。いよいよ、「本丸」ですね。私とすれば、余り向き合いたくない場面だったりします。

元々私は、このシリーズを通して追求してきた「日中戦争」や「第二次世界大戦」については全く不勉強でしたし、元々保有していた情報の量がゼロに近い状況からシリーズを継続しています。

ですが、その分こういった情報について精通した方、よくご存じの方が見ても遜色のないように、極力誤った情報を掲載しないように、より真実に近いと思われる情報を必死に調査し、ここまで記事にしてきました。

前回まで集中して記事にした「仏印進駐」のことなど、このシリーズを作成し始めて知りましたし、日中戦争が本当にスタートしたのが「盧溝橋事件」ではなく、「第二次上海事変」からであった事も、そもそも一次二次を通じて「上海事変」なるものが存在したことすら知りませんでした。

「盧溝橋事件」と「満州事変」や「張作霖爆殺事件」についても、その違いをまったくと言っていいほど理解できていませんでしたし、「蒋介石」や「孫文」が中国史に於いて一体どのような役割を担った人物であったのかということも、蒋介石の北伐もその北伐を行う過程で発生した「南京事件(1927年)」や「済南事件」などの、後の歴史に大きな影響を与える程の悲惨な事件が発生したことも知りませんでした。

そして、この様な調査を通じて、今回以降で記事にする「第二次世界大戦(太平洋戦争/大東亜戦争)」に至る「歴史」が、この様な様々な「事実」の積み重ねの上に起きた悲惨な出来事であったことを、改めて実感させられることとなりました。


改めて、ですが、この記事を作成する発端となったのは、こちらの動画の内容について、改めて検証してみたい、と思ったことも一つの理由です。



この動画の中でも触れられているのですが、日本が開戦に踏み切った理由として挙げられているのが、米国から突きつけられた最後通牒、「ハルノート」の存在です。

【コーデル・ハル国務長官】
コーデル・ハル

日本が当時交渉を行っていた米国側の責任者、コーデル・ハルの名前にちなんで「ハル・ノート」と呼ばれます。

ですが、改めて「ハルノート」のことを調べてみますと、記述によっては「ハルノートにはまだ交渉の余地が残っており、米国政府は最後通牒として出したものではない」といった内容の記述を行っているサイト等も見受けられます。現時点ではまだ、どの記述が真実に近いのか。これに明確な答えを保有していません。

改めて、「ハルノート」なるものを書きに掲載してみます。例によって目を通すと頭が痛くなりそうなので、まずは読み飛ばしてください。

【所謂ハルノート】
日米交渉11月26日米側提案
(1941年11月27日来電、第1192号、1193号)

合衆国及び日本国間協定の基礎概略

第1項 政策に関する相互宣言案

合衆国政府及び日本政府は共に太平洋の平和を欲し其の国策は太平洋地域全般に亙(わた)る永続的且つ広汎なる平和を目的とし、 両国は右地域に於いて何等領土的企図を有せず、 他国を脅威し又は隣接国に対し侵略的に武力を行使するの意図なく又その国策に於いては相互間及び一切の他国政府との間の関係の基礎たる左記根本諸原則を積極的に支持し且つ之を実際的に適用すべき旨宣明す。

 1.一切の国家の領土保全及び主権の不可侵原則

 2.他の諸国の国内問題に対する不干与の原則

 3.通商上の機会及び待遇の平等を含む平等原則

 4.紛争の防止及び平和的解決並びに平和的方法および手続に依る国際情勢改善の為国際協力及び国際調停遵拠の原則

日本国政府及び合衆国政府は慢性的政治不安定の根絶、頻繁なる経済的崩壊の防止及び平和の基礎設定の為め、相互間並びに他国家及び他国民との間の経済関係に於いて左記諸原則を積極的に支持し、 且つ実際的に適用すべきことを合意せり

 1.国際通商関係に於ける無差別待遇の原則

 2.国際的経済協力及び過度の通商制限に現れたる極端なる国家主義撤廃の原則

 3.一切の国家に依る無差別的なる原料物資獲得の原則

 4.国際的商品協定の運用に関し消費国家及び民衆の利益の十分なる保護の原則

 5.一切の国家の主要企業及び連続的発展に資し、且つ一切の国家の福祉に合致する貿易手続きによる支払いを許容せしむるが如き国際金融機構及び取極め樹立の原則


第2項 

合衆国政府及び日本国政府の採るべき措置

合衆国政府及び日本国政府は左記の如き措置を採ることを提案す

 1.合衆国政府及び日本国政府は英帝国支那、日本国、和蘭(オランダ)、蘇連邦、泰国、及び合衆国間多辺的不可侵条約の締結に努むべし

 2.当国政府は米、英、支、日、蘭、及び泰政府間に各国政府が仏領印度支那の領土主権を尊重し、且つ印度支那の領土保全に対する脅威に対処するに必要且つ適当なりと看做(みな)さるべき措置を講ずるの目的を以って即時協議する旨誓約すべき協定の締結に努むべし

 3.斯かる協定は又協定締約国たる各国政府が印度支那との貿易若しくは経済関係に於いて特恵的待遇を求め、又は受けざるべく且つ各締約国の為仏領印度支那との貿易及び通商に於ける平等待遇を確保するが為尽力すべき旨規定すべきものとす

 4.日本国政府は支那及び印度支那より一切の陸、海、空軍兵力及び警察力を撤収すべし

 5.合衆国政府及び日本国政府は臨時に首都を重慶に置ける中華民国国民政府以外の支那に於ける如何なる政府、若しくは政権をも軍事的、経済的に支持せざるべし

 6.両国政府は外国租界及び居留地内及び之に関連せる諸権益並びに1901年の団匪事件(義和団事件の事)議定書に依る諸権利を含む支那に在る一切の治外法権を放棄すべし

 7.両国政府は外国租界及び居留地に於ける諸権利並びに1901年の団匪事件議定書による諸権利を含む支那に於ける治外法権廃棄方に付き英国政府及び其の外の政府の同意を取り付くべく努力すべし

 8.合衆国政府及び日本政府は互恵的最恵国待遇及び通障壁の低減並びに生糸を自由品目として据え置かんとする米側企図に基き合衆国及び日本国間に通商協定締結の為協議を開始すべし

 9.合衆国政府及び日本国政府はそれぞれ合衆国に在る日本資金および日本国に在る米国資金に対する凍結措置を撤廃すべし
 10.両国政府は円払い為替の安定に関する案に付き協定し右目的の為適当なる資金の割り当ては半額を日本国より半額を合衆国より給与せらるべきことを合意すべし

 11.両国政府は其の何れかの一方が第三国と締結しおる如何なる協定も同国に依り本協定の根本目的即ち太平洋地域全般の平和確立及び保持に矛盾するが如く解釈せらるべきことを同意すべし

 12.両国政府は他国政府をして本協定に規定せる基本的なる政治的経済的原則を遵守し、且つ之を実際的に適用せしむる為其の勢力を行使すべし

これが、所謂「ハルノート」なるものです。内容は、こちらのサイト より直接コピペさせていただきました。

しかし・・・難しい。
日本国政府は、このコーデル・ハルより送られてきた「電報」を「最後通牒」と捉えました。

この考え方を否定する考え方として、一番露骨でわかりやすかったのが、YahooさんのQ&Aサイト、「Yahoo知恵袋」に掲載されていた質問に対する回答です。

質問は こちらの質問 です。

回答より、ポイントになる部分のみ抜粋します。例によって長文になりますから、枠内はまずは読み飛ばしてください。
ハルノートを受けて、これでは戦争しかない、と日本が立ち上がざるをえなかったという説がありますが、これは間違いです。

当時ワシントンで日米和平交渉が進められていましたが、日本はハルノートの二ヶ月も前に昭和16年10月上旬までに日本の要求が受け入れられなければ米英蘭に戦争をしかける、と一方的に決めました。

そして11月5日、東條が総理大臣になって最初の御前会議で、12月1日零時までに日本の要求が通らなければ12月上旬に対米英戦争を開始、と最終的に決められた、「帝國は迅速なる武力戦を遂行し、東亜及び西南太平洋における米英蘭の根拠を覆滅し、戦略上優位の態勢を確立すると共に、重要資源地域並びに主要交通線を確保して長期自給自足の態勢を整う。あらゆる手段を尽くして適時米海軍主力を誘致しこれを撃滅するに勉む」、と。

陸軍では、陸軍大臣や参謀総長に対して圧倒的な影響力を持つ佐官クラスの中堅層を中心に戦争気分濃厚で、外交交渉が失敗して開戦になる事を期待していました。日本政府のいわゆる「乙案」にしても、外務省の妥協案に陸軍が強烈な横槍を入れ、「妥協」から程遠いものになってしまった。「大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌」という資料がありますが、「外交交渉が失敗する事を熱望する」などと、すごい内容です。陸軍は戦争がしたくて仕方がなかったのです。

日本政府がハルノートを受け取ったのは昭和16年11月27日。しかし日本海軍機動部隊は既にその前日に真珠湾に向けて出撃していました。また、マレー半島奇襲上陸を目指した陸軍の大部隊を乗せた輸送船団も南方に向けて航行中でした。つまり和平交渉中に、そしてハルノートを受け取る前に強大な攻撃部隊を出撃させていた。

ハルノートは宣戦布告はもちろん、最後通牒からも程遠いものでした。冒頭に「暫定的」「拘束力のない」「提案」「草案」と書かれています。そんな最後通牒はありません。それを日本語に翻訳する時に消してしまった。誰がやったかは謎ですが、日本は戦争やる気満々だったのです。

ハルノートの中でアメリカの唯一の「要求」は中国・仏領インドシナから軍隊・警察力を引き揚げる事だけです。これは当然ですね、日本がパリ不戦条約、九ヶ国条約を破って満州侵略に始まって中国侵略を拡大し、フランスがナチ・ドイツに負けたどさくさに仏印を侵略していたのですから。ただし「いつ」「どんな方法で」などは書いていない(「即時撤退」とはどこにも書いてない)

日中戦争は既に泥沼化して日本軍は速戦即決の勝利をあきらめており、日本経済に深刻な悪影響を与えていました。陸軍部内ですら撤退の意見がありましたが、東條英機は陸軍次官、陸軍大臣、総理大臣と一貫して絶対にそれを許さなかった。

欧米諸国も中国に軍隊を駐留させていたじゃないかという人もいますが、アメリカは上海に海兵隊を1500人、イギリスは上海と天津に一個大隊、それぞれの居留民保護の為の警備員みたいなもので戦力などと呼べたものではない。もちろん中国を攻撃などしていない。日本は多い時で百万の大軍隊で中国各地で殺人、略奪、強姦、、、まったく違います。しかも英米とも昭和16年にはみんな撤退しました。

ハルノートはあの当時としては穏健でむしろ日本の顔を立てたものでした。「日米政府が音頭を取って関係各国に働きかけて不戦条約を結びましょう」とか、「日米政府がお互いに最恵国待遇を基本として通商を行い、貿易上の障害を取り除く為の協議を始めましょう」とまで提案している。

三国同盟を解消しろと言っていない。中国大陸における日本の権益や満州についてもまったく書いていない。日本軍の中国撤退の条件として相当の権益は確保出来たと思います。にも拘わらず日本は質問も交渉も一切しないでいきなり戦争を始めました。というか、日本はハルノートを受け取る前に既に攻撃部隊を出撃させていた。それが以前からの国策だったのです。

真珠湾攻撃の数時間前に陸軍の大部隊が英領マレー半島に上陸。そしてウェイク島、グアム島、香港、フィリピンへの攻撃が続きます。11月27日にハルノートを受け取って「これでは日本は戦争しかない」とたった10日ほどでこの様な一連の大攻勢作戦が計画・準備・実行が出来るわけがない。ハルノートの相当前からの周到な準備に基づいたものでした。そういう事すら理解出来ない人がいますね。

「アメリカは日本との戦争を決意していた」と言う人がいますが、米政府の決意は侵略を拡大する日本に対する警戒感に過ぎない。そして決意するのと実際に攻撃を仕掛けるのとでは雲泥の差があります。

世界史上、国同士が戦争を決意して長い間にらみ合っている事はいくらでもある。太平洋戦争はアメリカが攻めてきたので日本が反撃して始まった戦争ではない。日本の国策は南方侵略で、その邪魔になりそうな米英を叩いておこう、と始めたのが太平洋戦争でした。当時の政府の資料に明確に書かれています。

日本が太平洋戦争を起こした主因の一つとしてアメリカによる対日石油禁輸が言われます。当時の日本の国策は南方を侵略して資源を奪う事でした(この計画を聞いて、東條英機ですら「泥棒をしろと言うんだな」と笑ったそうです)

対日石油禁輸でそのタイミングが早まったとは言えますが、それまでは石油を始め重要戦略物資も欲しいだけ獲得出来ていた。日本の中国侵略がピークに達した1940年度ですら、日本の石油需要量の86%をアメリカが供給した。このどこが「アメリカによる経済圧迫」でしょうか??

そしてその対日石油禁輸も日本の侵略拡大に対する「警告」で、日本が侵略政策を改めていたら再び石油も重要資源も入ってきたのですが、日本は戦争を選びました。それが石油禁輸やハルノートなどのかなり前からの日本の国策だったのです。

日米交渉での日本の要求は「侵略はやめない、口を出すな、しかし石油はよこせ」というものでした。 どんな内容の要求でも相手が受け入れないのは相手が悪い、と。 そんな事が通るわけがありません。当時、山本五十六はのちの海軍大臣・嶋田繁太郎にこう書き送っています、「現政府のやり方はすべて前後不順なり。今更米国の圧迫に驚き、憤慨し困難するなどは、小学生が刹那主義にてウカウカと行動するにも似たり」、と。

そして小学生並みの刹那主義でウカウカと行動した当時の日本政府・軍部は世界史上最強の軍事超大国アメリカに戦争を仕掛け、明治の先達が営々と築きあげた日本をつぶしてしまいました。

ハルノートを受け入れていたら日本はアメリカの奴隷になっていたと言う人がいますが、とんでもない勘違いですね。こちらから仕掛けた戦争に完敗し、連合国の降伏条件をすべて受け入れて降伏したあとですらアメリカの奴隷、植民地にならなかったじゃないですか。

たった6年のアメリカによる寛容な占領ののち、植民地化されるどころか再独立し民主主義、平和主義を基礎に、アメリカの産業すら圧倒する経済大国に成長しました。アメリカの奴隷から程遠いですね。

日本としてはハルノートを受け入れ、中国、仏印にいた百万の大軍隊を日本に戻し、海軍は引き続き世界第三位(あるいは第二位)の精強な大艦隊、そしてアメリカとは最恵国待遇の通商関係を結ぶ。日本経済に深刻な悪影響を与えていた日中戦争が終わって日本の景気は活性化し、更に大国になる、、、そんな日本が外国の植民地になるわけがありません。

日本がドイツと組んで米英を中心とする自由主義世界に対抗したのはドイツの勝利が大前提になっていました。しかし昭和16年11月末の時点ではドイツの敗勢はそろそろ明らかだった。その様な世界情勢の中で軍事大国・日本が中立を保っておれば国際社会における発言力、影響力は相当なものになっていたでしょうね。国際連盟に常任理事国として復帰、米英ソなどと対等に付き合っていく、と。しかし経済や国際情勢が理解出来ず、好戦主義、侵略主義で暴走した東條に付き合わされた日本人は地獄を見ました。
なるほど、だまされる人はこうやって騙されていくんだな・・・という感じです。

ポイントとなるのは、

 ・ハルノートが突きつけられる前に、既に日本軍はアメリカとマレーに向けて大規模な軍隊を進出していた。

 ・ハルノートは、冒頭に「暫定的」「拘束力のない」「提案」「草案」と書かれており、「最後通牒」と呼ぶには程遠いものであった。

 ・ハルノートの中でアメリカの唯一の「要求」は中国・仏領インドシナから軍隊・警察力を引き揚げる事だけである。
 日本がパリ不戦条約、九ヶ国条約を破って満州・中国を侵略し、フランスがドイツに負けたどさくさに仏印を侵略していたのだからこれは当然であり、且つハルノートには「いつ、どんな方法で」撤退すべきなのかは書かれていない。

 ・ハルノートには、「三国同盟を解消しろ」とは書かれていない。

 ・ハルノートには、中国大陸における日本の権益や満州についてもまったく書いていない。

といったところでしょうか。その他にも随分ツッコミどころ満載な回答ですが、ここまでシリーズを読んでいただいた皆様には、どこがおかしいのか、というところはもうご理解いただけるのではないでしょうか。

勿論検証が必要な部分も多々ございますので全否定はできません。

実は、上にピックアップした事例は、ツッコミどころ満載である上記回答の中でも特に、「検証」しなければその実態を説明することができない部分です。

次回記事に於きましては、上記ピックアップ部分について検証することから、まずは「ハルノート」の検証を進めていきたいと思います。


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