第237回 仏印進駐の目的と理由/世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱など、政治・経済を中心とした日常的な情報を、独自な視点で解析します。

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<継承する記事>
第236回 南部仏印進駐の目的と理由/日本軍による侵略だったのか?②

前回までの記事のタイトルを「南部仏印進駐の目的と理由」としていたのですが、どうもこの「南部」というフレーズはまだタイトルとしてふさわしいものではなかったようですね。

次回以降で検証していきたい内容ですが、今回はまず「北部進駐」の目的と理由について記事にしてみます。

前回の記事 でもお示ししましたように、第二次世界大戦ヨーロッパ戦においてフランスがナチスドイツに敗れ、政治的な空白期間が生れる中で、仏印現地総督であるジョルジュ・カトルーとの間で交渉が行われ、ハイフォンより重慶への支援物資輸送の停止、およびこれを確認するための日本軍監視団の受け入れが決定されます。

その後、ヴィシー政権が誕生し、松岡洋右外務大臣とアルセーヌ=アンリー大使の間で「松岡・アンリ―協定」が締結されるまでの間に日本国内において、制定された「基本国策要綱」、および「世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱」という二つの要綱について。

本日の記事は、この二つの要綱の内容を検証する形で、当時の日本国政府の姿勢の変化についてまとめてみたいと思います。


基本国策要綱

これは、丁度原文がWikiにも掲載されていましたので、まずはここから引っ張ってきてみます。

【基本国策要綱】
昭和15年7月26日 閣議決定
 世界は今や歴史的一大転機に際会し数個の国家群の生成発展を基調とする新なる政治経済文化の創成を見んとし、皇国亦有史以来の大試錬に直面す、この秋に当り真に肇国の大精神に基く皇国の国是を完遂せんとせば右世界史的発展の必然的動向を把握して庶政百般に亘り速に根本的刷新を加へ万難を排して国防国家体制の完成に邁進することを以て刻下喫緊の要務とす、依って基本国策の大綱を策定すること左の如し

基本国策要綱

一、根本方針
 皇国の国是は八紘を一宇とする肇国の大精神に基き世界平和の確立を招来することを以て根本とし先づ皇国を核心とし日満支の強固なる結合を根幹とする大東亜の新秩序を建設するに在り之が為皇国自ら速に新事態に即応する不抜の国家態勢を確立し国家の総力を挙げて右国是の具現に邁進す

二、国防及外交
 皇国内外の新情勢に鑑み国家総力発揮の国防国家体制を基底とし国是遂行に遺憾なき軍備を充実す皇国現下の外交は大東亜の新秩序建設を根幹とし先づ其の重心を支那事変の完遂に置き国際的大変局を達観し建設的にして且つ弾力性に富む施策を講じ以て皇国国運の進展を期す

三、国内態勢の刷新
 我国内政の急務は国体の本義に基き諸政を一新し国防国家体制の基礎を確立するに在り之が為左記諸件の実現を期す
 1.国体の本義に透徹する教学の刷新と相侯ち自我功利の思想を排し国家奉仕の観念を第一義とする国民道徳を確立す尚科学的精神の振興を期す

 2.強力なる新政治体制を確立し国政の総合的統一を図る
  1.官民協力一致各々其の職域に応じ国家に奉公することを基調とする新国民組織の確立
  2.新政治体制に即応し得べき議会制度の改革
  3.行政の運用に根本的刷新を加へ其の統一と敏活とを目標とする官場新態勢の確立

 3.皇国を中心とする日満支三国経済の自主的建設を基調とし国防経済の根基を確立す
  1.日満支を一環とし大東亜を包容する皇国の自給自足経済政策の確立
  2.官民協力による計画経済の遂行特に主要物資の生産、配給、消費を貫く一元的統制機構の整備
  3.総合経済力の発展を目標とする財政計画の確立並に金融統制の強化
  4.世界新情勢に対応する貿易政策の刷新
  5.国民生活必需物資特に主要食糧の自給方策の確立
  6.重要産業特に重化学工業及機械工業の画期的発展
  7.科学に画期的振興並に生産の合理化
  8.内外の新情勢に対応する交通運輸施設の整備拡充
  9.日満支を通ずる総合国力の発展を目標とする国土開発計画の確立

 4.国是遂行の原動力たる国民の資質、体力の向上並に人口増加に関する恒久的方策特に農業及農家の安定発展に関する根本方策を樹立す
 5.国策の遂行に伴う国民犠牲の不均衡の是正を断行し厚生的諸施策の徹底を期すると共に国民生活を刷新し真に忍苦十年時難克服に適応する質実剛健なる国民生活の水準を確保す

文語体で、古い表現方法なので、すこしわかりにくいですね。

「皇国」というのは天皇陛下の国、すなわち「日本」のことですね。「大東亜」という言葉については、天津英租界封鎖事件についての記事 の中で、日本が英国に要求した内容として、

「英国の援蒋政策に猛省を求め,日本と協調して東亜新秩序建設に協力するまで矛を納めない」

という言葉があります。
私、前回の記事ではこの文言が「大東亜共栄圏」をイメージしたものなのかと思っていたのですが、記事を最後まで作ってみて、どうもこの時点ではまだそこまでは想定に入れていなかった様です。

飽くまでこの時点で日本が考えていたのは、既に自国の影響下にある「日本」「満州」「支那(中国)」の結束、および連携を「大東亜の新秩序建設」と考えていたんですね。

で、これを閣議決定したものが今回の基本国策要綱。

「八紘一宇」という言葉が登場します。Wikiから引用しますと、

【八紘一宇】
八紘一宇(はっこういちう)とは、『日本書紀』巻第三神武天皇の条に書かれた「掩八紘而爲宇」の文言を戦前の大正期に日蓮主義者の田中智學が国体研究に際して使用し、縮約した語。八紘為宇ともいう。

大意は「天地四方八方の果てにいたるまで、この地球上に生存する全ての民族が、あたかも一軒の家に住むように仲良く暮らすこと」という意味である


自民党三原じゅん子議員が、麻生さんに対する予算委員会質疑の中でも用いられた言葉としてご記憶の方も多いかと思います。

共産主義の原点である、「国境もない、管理者も必要のない世界」という理想ととてもよく似ている様に感じますが、日本はこれを建国以来の精神として持ち続けていたんですね。

ちなみに神武天皇によって日本が建国されたとする日は西暦紀元前660年2月11日。
この日が「皇紀元年」とされています。

共産主義ではこの主体が「個人」となっているのに対して、八紘一宇の精神では「家族」となっているところが最大の違いでしょうか。

この様な社会を実現した上で、日本がどのような社会の設立を理想としていたのかは日本の統治下において設立された中華民国臨時政府の様子 を振り返って見るとよくわかります。

さて。問題となるのは、この「基本国策要綱」に基づいて閣議決定された、「世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱」という要綱です。

こちらはWikiソースでは掲載されていなかったので、1945年の道 というサイト様より、原文のみ引用させていただこうと思います。

【世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱】
世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱
                                                        昭和一五・七・ニ七
                                                        大本営政府連絡会議決定

方 針

帝国は世界情勢の変局に対処し、内外の情勢を改善し速に支那事変の解決を促進すると共に、好機を捕捉し対南方問題を解決す
支那事変の処理未だ終らざる場合に於て対南方施策を重点とする態勢転換に関しては内外諸般の情勢を考慮し之を定む
右ニ項に対処する各般の準備は極力之を促進す

要 領

第1条 支那事変処理に関しては、政戦両略の総合力を之に集中し、特に第三国の援蒋行為を絶滅する等凡ゆる手段を尽して速に重慶政権の屈服を策す

対南方施策に関しては、情勢の変転を利用し好機を捕捉し、之が推進に努む

第2条 対外施策に関しては、支那事変処理を推進すると共に、対南方問題の解決を目処とし、概ね左記に依る

 一、先づ対独伊蘇施策を重点とし、特に速に独伊との政治的結束を強化し、対蘇国交の飛躍的調整を図る
 ニ、米国に対しては公正なる主張と厳然たる態度を持し、帝国の必要とする施策遂行に伴ふ巳むを得ざる自然的悪化は敢て之を辞せざるも、常に其動向に留意し、我より求めて摩擦を多からしむるは之を避くる如く施策す
 三、仏印および香港等に対しては左記に依る

 (イ)仏印(広州湾を含む)に対しては、援蒋行為遮断の徹底を期すると共に、速に我軍の補給担任、軍隊通過および飛行場使用等を容認せしめ、かつ帝国の必要なる資源の獲得に努む
情況により武力を行使することあり
 (ロ)香港に対しては「ビルマ」に於ける援蒋「ルート」の徹底的遮断と相俟ち、先づ速に敵性を芟除する如く強力に諸工作を推進す
 (ハ)租界に対しては、先づ敵性の芟除および交戦国軍隊の撤退を図ると共に、逐次支那側をして之を回収せしむる如く誘導す
 (ニ)前ニ項の施策に当り武力を行使するは第三条に依る

 四、蘭印に対しては、暫く外交的措置に依りその重要資源確保に努む
 五、太平洋上に於ける旧独領および仏領島嶼は、国防上の重大性に鑑み、為し得れば外交的措置に依り我領有に帰する如く処理す
 六、南方に於ける其他の諸邦に対しては、努めて友好的措置により我工作に同調せしむる如く施策す

第3条 対南方武力行使に関しては左記に準拠す
 一、支那事変処理概ね終了せる場合に於ては、対南方問題解決の為、内外諸般の情勢之を許す限り好機を捕捉し武力を行使す
 ニ、支那事変の処理未だ終らざる場合に於ては、第三国と開戦に至らざる限度に於て施策するも、内外諸般の情勢特に有利に進展するに至らば、対南方問題解決の為武力を行使することあり
 三、前ニ項武力行使の時期、範囲、方法等に関しては、情勢に応じ之を決定す
 四、武力行使に当りては戦争対手を極力英国のみに局限するに努む
但し此の場合に於ても、対米開戦は之を避け得ざることなるべきを以て、之が準備に遺憾なきを期す

第4条 国内指導に関しては、以上の諸施策を実行するに必要なる如く諸般の態勢を誘導整備しつつ、新世界情勢に基く国防国家の完成を促進す
之が為、特に左の諸件の実現を期す

 一、強力政治の実行
 ニ、総動員法の広汎なる発動
 三、戦時経済態勢の確立
 四、戦争資材の集積および船腹の拡充
(繰上輸入および特別輸入最大限実施ならびに消費規正)
 五、生産拡充および軍備充実の調整
 六、国民精神の昂揚および国内世論の統一

こちらも古い言い回しが多く、読みにくい内容となってますね。

幾つか気にかかる言い回しとして、まず、

「内外の情勢を改善し速に支那事変の解決を促進すると共に、好機を捕捉し対南方問題を解決す」

という内容について。
ここで「南方問題」が何を意味しているのかということですが、この時点ではまだ日本の対戦相手は蒋介石軍ですから、南方より蒋介石軍に対して支援を行う「フランス」、そして「イギリス」の存在を意図したものと考えられます。

宣戦布告を行っている相手は中国ですが、支援を行っているフランスとイギリスが駐留しているのは第三国であるフランス領インドシナ。

これまでは外交交渉により両国から蒋介石軍への支援をやめる様通達を行うことしかできませんでしたが、ヨーロッパ戦におけるフランスの敗北により、俄かに交渉が進展する機運を帯びてきたわけです。

パリが陥落し、事実上の無政府状態で直接仏印総督と交渉を行い、見事交渉が妥結。
これを受けて制作されたのがこの「世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱」なるものだと思われます。

仏印ルート、およびビルマルートの遮断が南方問題の最終的な帰着地点だということですね。

また、この要綱において対象とされている「南方」とは、「フランス領インドシナ」のみで、ビルマについては

 ・香港に対しては「ビルマ」に於ける援蒋「ルート」の徹底的遮断と相俟ち、先づ速に敵性を芟除する如く強力に諸工作を推進す

と言及するにとどめられています。
ビルマルートについては、第233回の記事 でも触れた通り、同年(1940年)6月24日に有田外相とクレーギー大使との間で3か月間の輸送停止が約束されている、その真っ只中にありましたね?

「香港」についても1938年に日本軍が広東省を占領してしまいましたから、「香港ルート」としては遮断されていました。
記されている内容は、極力イギリスと敵対しない様、工作を施していきましょうねと、そのような内容が記されています。

「工作」というと少しネガティブな印象を覚えますけどね。

また、
 (イ)仏印(広州湾を含む)に対しては、援蒋行為遮断の徹底を期すると共に、速に我軍の補給担任、軍隊通過および飛行場使用等を容認せしめ、かつ帝国の必要なる資源の獲得に努む
情況により武力を行使することあり


という表記もあります。これは日本軍による北部進駐が行われた際、実際に行われた内容ですね。

これを日本軍は武力ではなく「交渉」によって達成しました。一部、フランス政府よりの通達が徹底されていなかった部隊に対して武力も用いられましたが、これは「情況により」ということですから、この要綱を作成した段階で、ここまで想定していたということでしょうか。

「我軍の補給担任、軍隊通過および飛行場使用等を容認せしめ、かつ帝国の必要なる資源の獲得に努む」

という項目についても、これはフランスとの交渉によって獲得したものですから、これを「侵略」であるかのように表現することはできないと思います。

(ハ)租界に対しては、先づ敵性の芟除および交戦国軍隊の撤退を図ると共に、逐次支那側をして之を回収せしむる如く誘導す

という表記について。ここでいう「租界」とは、すなわち日本軍が封鎖した天津英租界のことを言及したものと考えられます。
次に、

 (ニ)前ニ項の施策に当り武力を行使するは第三条に依る
と記されており、つまり、(イ)、(ハ)のケースで武力を行使する場合は、第三条の内容に従ってくださいね、と書かれているわけです。

そこで、第三条を見てみますと、

 一、支那事変処理概ね終了せる場合に於ては、対南方問題解決の為、内外諸般の情勢之を許す限り好機を捕捉し武力を行使す
 ニ、支那事変の処理未だ終らざる場合に於ては、第三国と開戦に至らざる限度に於て施策するも、内外諸般の情勢特に有利に進展するに至らば、対南方問題解決の為武力を行使することあり


とあります。
「対南方問題解決のため」とありますから、これは前記した香港と租界に限定したものではありません。
ですが、

 四、武力行使に当りては戦争対手を極力英国のみに局限するに努む ともあり、対蒋介石戦に決着がつきそうな折、いらぬちょっかいを出してくるのはイギリスであろう、とする予測がこの時点で建てられていたということでしょうか。

フランスとは直接協定を結ぶ予定ですから、南方問題で障害となるのは「ビルマルート」の問題であり、これを行っているのはイギリスですから、これを想定に入れていたのでしょうね。

そして最後に一言、

「但し此の場合に於ても、対米開戦は之を避け得ざることなるべきを以て、之が準備に遺憾なきを期す」

とあります。これは、やむを得ず米国と開戦状態に至ることをありうると、そう覚悟をしていたことを暗示しています。
ですが、第2条条文には、

 ニ、米国に対しては公正なる主張と厳然たる態度を持し、帝国の必要とする施策遂行に伴ふ巳むを得ざる自然的悪化は敢て之を辞せざるも、常に其動向に留意し、我より求めて摩擦を多からしむるは之を避くる如く施策す

ともあり、日本軍は極力米国と交戦状態に至ることは避けたかったのだということが分かります。


前情報だけに基づいて考えていた折は、あたかも日本が米英に対して、日本から突っかけて戦争を起こすことを想定していたのかと思っていたのですが、読み込んでいくとどうやらそうでもないようです。

まあ、考えてみれば米英仏が中国を支援していたのはそもそも蒋介石のデマを真に受けていたからであり、これらの国々が蒋介石軍に対して支援行為さえ行っていなければそもそも日本が「南方問題」を抱えることはなかったわけですから、当然のことといえば当然のことかもしれません。

蒋介石を支援さえしていなければ、フランスやイギリス、果てはオランダが日本から自国植民地領土を脅かされる状況に追い込まれることはなかった、ということをそもそも忘れてはいけませんね。

実はこの後、もう一つ「情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱」という要綱が出されることとなります。
この内容が、結構強硬な内容になっていて、それこそ「大東共栄圏」や「対英米戦準備を整え」といった言葉まで登場します。

仏印北進が完了して以降、いったい日本に何があったんだろう・・・というようなイメージを抱かされる内容です。
勿論、私はまだ具に目を通しているわけではありませんし、その背景まで調査しているわけではありません。

次回記事では、まず「世界情勢の推移に伴ふ時局処理要綱」に記された内容に基づいて行われた「北部進駐」について、その経緯を記事にしたいと思います。

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