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先日、2016年9月28日、国税庁より「民間給与実態統計調査」結果が発表されました。

民間給与実態統計調査

第43回の記事でご案内したことがあるのですが、日本国政府が公表している「賃金」に関するデータは、「厚生労働省」によって示されるものと、「国税庁」によって示される2種類のデータがあります。

厚労省が出しているデータは「毎月勤労統計調査」、国税庁から出されているデータが「民間給与実態調査」となります。

「違い」という意味でいえば、厚労省データが対象としているのはじ「常用労働者5人以上」の事業所のみであるのに対して、国税庁データは「従業員一人以上」の事業所を対象としています。

共にサンプルデータです。
厚労省は、対象企業に以下のような調査票を配って毎月調査を行っています。

【厚労省毎月労働統計調査票】
毎月勤労統計調査票

一方で国税庁は、こんな感じ。

【国税庁民間給与実態統計調査票】
国税庁 給与実態統計調査票

こちらを、厚労省は「5人以上の企業」と「3人以上の企業」で様式を分け、国税庁は「源泉徴収者」と「給与所得者」に分けて調査しています。

厚労省が「全労働者人数」をカテゴリー化の対象としているのに対して、国税庁は「資産の規模」をカテゴリー化の対象としていますね。
また厚労省が「常用労働者」のみの人数を聞いているのに対し、国税庁は労働者の区別をせず、「給与所得者」の数を聞いていますね。

厚労省が「パートタイム労働者」の数を聞いているのに、国税庁では聞いていなかったりと、いくつかの違いはあるものの、調査方法はよく似た調査方法を取っています。

当然サンプル対象も異なりますので、双方のデータには「サンプルバイアス」も発生します。

ただ、それでもどちらのデータがあてになるのかというと、従業員数5名以上の企業の、しかも常用労働者の数しか調査を行っていない厚労省データよりも、従業員の労働形態を区別せず、全労働者に対する調査を行っている国税庁データの方が参考になる、と思います。

厚労省データはその速報性が、国税庁データはその正確性がそれぞれのデータの「魅力」なんでしょうね。

次回記事では、改めまして今回国税庁より公表されたデータの詳細について分析を行いたいと思います。


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<継承する記事>第172回 2045年シンギュラリティ問題とベーシックインカムの考え方④
現代におけるベーシックインカムの捉え方

前回までの記事では、「ベーシックインカム」という問題について、人工知能が人間の頭脳を上回る「2045年シンギュラリティ」が訪れる、という背景で記事を作成しました。

ではこの「ベーシックインカム」の問題。現代において実現することは不可能なのでしょうか?
「ホリエモン」こと堀江貴文氏がその必要性に言及するシーンをよく見かけます。


ベーシックインカムとは、「最低限所得保障制度」のこと。

文字通り、国家がすべての国民の生活にとって必要な最低限の所得を保証する制度のことです。
「財源」がよく問題にされますが、財源など「赤字国債」によって賄うことをコミットしてしまえば簡単に賄えてしまいます。

現在の制度ではルール上日銀が赤字国債を直接買うことはできないため、例えば政府が「お金を刷って財源を賄う」ということができないルールになっています。これは何も日本だけに限られたことではなく、先進諸国をはじめとする諸外国に共通して採用されているルールです。

ですが、だからと言って採用できないルールではありません。
これを行ったのがあの高橋是清なのですから

国会に法案を提出し、「ベーシックインカムの財源は赤字国債で賄い、全額日銀に買い取らせるためのルール」を制定すればよいのです。


「ベーシックインカム」の本当の問題点

ベーシックインカムの本当の問題点は、実は「財源」にあるわけではないのです。
問題なのは、これを導入することによって、国民から「労働する意欲」を奪ってしまうことにあります。

「日本人は勤勉だからそんなことはない」という意見もあるかもしれません。
ですが・・・

【生活保護受給者数の推移】
生活保護受給者数の推移

こちらは第28回の記事 に掲載した厚労省が作成したグラフです。

平成26年ですから、少し古いデータになります。
第28回の記事 でもお伝えしましたが、リーマンショックや東日本大震災の影響で急増した生活保護受給者。

24年、25年、26年と「前年同月比」ベースではその伸び率は次第に横ばいとなっているのですが、同時に受給者数そのものも「横ばい」となっています。減ってないんです。

勿論制度そのものの特色や難しさもあるのですが、これはたとえ日本人であっても、働かずとも収入を得られる仕組みを知ってしまうと、中々そこから抜け出すことは難しい、ということを暗示しているデータです。

喩え日本人であったとしても、生活費を「分配政策」によって賄うことを法的に認めてしまえば、「労働する意欲」を失ってしまう可能性がここに示されているのです。

「労働する意欲」が失われるということはすなわち「生産活動」が行われなくなることを暗示しています。
日本国内で生産活動が行われなくなれば、当然日本国内は「供給不足」に陥ります。

結果的に物資を海外の生産に依存せざるを得なくなり、食品の安全性やその価格帯も含めてすべて海外の基準に依存することになるのです。

日本の物価は為替変動で決まる時代が到来するかもしれません。
「日本国債は破綻しない」ことを私は今ブログでも何度もお伝えしてきました。

ですが、日本から労働する意欲が奪われてしまえば確かに日本国債が破綻することこそありえない話ですが、日本国内の「物価」は完全に海外の物価水準に委ねられてしまいます。日本では生産活動が行われないわけですから、当然「輸出産業」も減退します。

そうなると日本の消費は一方的に「輸入」のみに頼ることとなり、海外のものを買うために円が売られ続けますから、当然外貨が高騰し、国内の物価は急騰するはずです。日本国債が破綻することはありえないのですが、逆に日本国民の生活は破たん状態に追い込まれかねません。

やはり日本国民の生活は「労働の対価」として支払われるべきであり、その財源にはきちんとした裏付けが必要なのです。
まあ、これが私が「消費税の必要性」を主張する根拠でもあります。

日本国債の信認は「日本国民の勤勉さ」によって担保されているのです。

【次回テーマ】
先日、日本国民の民間賃金のデータとして、「国税庁データ」が公表されました。
次回記事に於きましては、この国税庁データベースの「賃金速報」について記事にしたいと思います。


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<継承する記事>第171回 2045年シンギュラリティ問題とベーシックインカムの考え方③
2045年シンギュラリティ問題が私たちに突きつける課題

さて、改めて、ですが。
こちらがこのテーマの本題です。

人間が作り出したはずの人工知能、AIが人間の能力を超える分岐点、「2045年問題」。
この問題は、実はいくつかの課題を私たちに指示しています。

人工知能が人間の能力を超えるということは、わざわざ人間が生産活動を行わずとも、これをロボットが人間に代わって行ってくれる、ということ。もちろん現在だってこれは同様です。

例えば所謂「産業革命」に伴う蒸気機関の出現やその後の「電気」の出現、インターネットの出現、私が現在利用しているこのパソコンだって同様です。技術革新に伴い、これまで人間が行ってきた「労働」の一部を「道具」や「機械」が肩代わりし、人間はその度に労働する立場から「管理」する立場へと切り替わってきました。

それ以前だって、例えば奴隷制度が一般的であった社会では支配者層が管理する立場となり、支配者に代わって奴隷たちが労働を行っていた時代もあったのです。

奴隷制度
(Wikiより)

2045年シンギュラリティ問題とは、また更に、この「管理」という部分まで含めてAIが自発的に効率化を判断し、他の専門的なAI・ロボットを複合的に統合し、管理する社会が到来することを暗示しています。

この様な社会が訪れると、ほとんどの人間が働かずともその「生産性」が担保されるようになるため、「労働」そのものの必要性が問われる社会が誕生することになる、と考えられているのです。



2045年シンギュラリティ問題とベーシックインカム
この様な社会が訪れた場合、一番の問題のとなるのは「生活していくための手段」の確保です。
いくら生産活動そのものをロボットが行うようになり、人間が労働する必要のない社会が訪れたとしても、ロボットが生産したものを手に入れるためには「資産」が必要になります。

「賃金」はあくまでも「労働の対価」として支払われるべきものです。
ですが、シンギュラリティ、すなわち「技術的特異点」た誕生した社会では、その「労働」そのものが否定されてしまうのです。

働くことができなければ賃金を手にすることができません。では、このような社会が訪れたとき、私たちはどのようにして「資産」を手にすることができるようになるのでしょう。

この様な社会において登場するのが「ベーシックインカム(最低限所得保障制度)」です。
政府がすべての国民に対し、国民が生きていくうえで最低限必要だと考えられてる額の現金を無条件で平等に分配する制度のことです。

私自身はこの「ベーシックインカム」という考え方が好きではないので、余りこれまでの記事で話題にすることはなかったのですが、確かにこの「2045年シンギュラリティ問題」が本当に起きるとするならば当然突きつけられる課題だと思うのです。

もっとうがった表現をすれば、「日本国民総生活保護社会」の到来です。
またさらにうがった表現をするのならば、マルクスたちが目指した本当の「共産主義社会」が到来するのです。


ベーシックインカムの問題点

さて。これまで「2045年シンギュラリティ社会」が到来することを前提とした社会についてお伝えしてきました。
本当にこのような社会が訪れるのかどうかという問題はさておき、では本当にこのような社会が実現したとして、前記した「ベーシックインカム」を導入した時、本当に何も問題が起きることはないのでしょうか。

統計データと共に示せるといいのですが、少し時間に余裕がないのでデータは割愛しますが、一つ問題として考えられるのは、「やる気」とか「生きがい」の問題です。

2012年、所謂「自殺問題」について社会全体が非常な関心を持った時期がありました。

所謂「アイフル裁判」などをきっかけに民放と商法との間にある「グレーゾーン金利」が撤廃され、金融会社による取り立て方法についても見直しが行われ、様々な法改正や支援体制が整えられた結果、「経済的事由」を原因として自殺する人の数が大幅に減少しました。

同年1年間で自殺する人の数が1997年以来、15年ぶりに3万人を下回り、安倍内閣に入ってからもその数は減少を続けています。(あくまで年間に期間を区切った場合のデータであり、亡くなった方が生き返るわけではありません。トータルでの自殺者の数は増え続けています)

この様な事例から見ても、「経済問題」は人が自殺したりうつ病になったりする要因として大きな部分を占めているわけですが、この様な経済問題が解決したとしても尚(トータルでは)増え続けている「自殺者」。

その半数が「無職者(生活保護受給者を含む)」であり、そのうちの7割近くが健康的な問題を理由として亡くなっています。
有職者には見られない傾向です。

何が言いたいかというと、積極的に社会参加ができるコミュニケーション形成能力を持った人は良いかもしれません。
ですが、そうではない人たちは2045年シンギュラリティの到来に伴って職を失い「無職者」となります。

その生活費がベーシックインカムによって保障されるわけですが、彼らが生きる意味やその目的を失ってしまう可能性は否定できません。また、最低限の生活が保障されてしまいますから、「それ以上の生活」を求めようとしなくなることも考えられます。

確かに人工知能が人間に代わって生産活動を行うようになれば、人として生きていくために最低限必要な生活手段は確保できるかもしれません。ですが、それ以上の発展を望むことができなくなってしまいますし、人間そのものが「考えること」を放棄することもあり得る話です。

「努力できるタイプの人間」とそうではない人間に二分されてしまい、結局は再びそこに「格差」が誕生し、現在以上に社会的な状況がひどくなることも想定できるのです。

下村元文科大臣がおっしゃっていたのは、このような社会が到来した時のために、到来することをあらかじめ想定し、最低な社会とさせないため、30年後の未来のために備えなければならない時代がすでに到来している、ということでした。

そのために必要なのが「教育」です。さすがだな、と思いました。
下村さんは決してベーシックインカムを肯定していたわけではなかったんですね。

【次回テーマ】
次回記事に於きましては、改めてもう少しこの「ベーシックインカム」について深堀りし、2045年シンギュラリティ問題とは別に、現代におけるベーシックインカムの問題点について考えてみたいと思います。


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<継承する記事>第170回 2045年シンギュラリティ問題とベーシックインカムの考え方②

2045年シンギュラリティ問題とは?

2045年シンギュラリティ(技術的特異点)問題。前振りが長くなりましたが、この問題。
「技術的特異点」が一体どんな分野における「常識」を述べているのかというと、これはすなわち「人工知能」の問題です。

ドラえもん
(Wikiより)

現在でも、既に人工知能「アルファ碁」がプロの囲碁棋士に圧勝する等、特定の分野においてはすでにAI(人工知能)が人間を上回る分野が登場していますね?

米国の未来学者、「レイ・カーツワイル」という人物が、2045年に進化を重ねた人工頭脳が人間の頭脳を超えてしまう時が来ると予測しているのです。


現在の人工知能は、専門的な特定の能力に偏った思考を行っています。
勿論その分野においては複合的に組み合わせた判断等も行っているのですが、例えば囲碁を行う能力に長けた人工知能が、突然人間の言葉を理解し、話し始めたりすることはありません。

ところが、上記の例は極端な例であるにせよ、カーツワイルの考え方によると、2045年までにこの様な、まったく異なる目的で作成された人工知能が、これを応用して他の分野にも、人間のプログラムに頼ることなく汎用させることができる時代が来る、としているのです。

そして、やがてその汎用人工知能は人間の汎用性を超え、人間よりも賢くなってしまうというのです。


人工頭脳が人間の知能を超えた世界

今回の勉強会。
人工頭脳が、例えば勝手に兵器を開発し、人間を支配するような世界が果たして生まれるのか・・・とかそんなことを考えるために開かれた勉強会ではありません。

考えなければならないのは、人工知能が人間の能力を超え、人間以上の働きをするようになるということは即ち人間がロボットに仕事を奪われてしまう社会の到来を指示しているのです。

人工頭脳が人間の能力を超える社会っていうのは、ある意味空想の世界に近い内容かもしれません。
ですが、究極的には到来してもおかしくはない社会が目の前に差し迫ってきているのです。

人間が労働しなくても生きていける社会。人間の代わりにロボットが生産活動を行ってくれる社会が訪れるということです。
いかがでしょう。この話を聞いて、「それは素晴らしい社会だ」と感じる人が一体どの程度いらっしゃるでしょうか。

2045年ですから、今から30年後の社会。私などはまだ生きていてもおかしくはない社会です。
では、このような社会が訪れたとき、私たちの生活にはどのような問題が発生するのでしょうか。

次回記事では、タイトルにもあるもう一つのテーマ、「ベーシックインカム」の話題を中心に、技術的特異点が訪れた社会と現代の社会を比較することで、現代社会が抱える「問題点」について記事を作成したいと思います。


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<継承する記事>第169回 2045年シンギュラリティ問題とベーシックインカムの考え方①

「シンギュラリティ」とは?

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、私、単に「シンギュラリティ問題」とは掲載せず、必ずセットで「2045年」シンギュラリティ問題と頭にセットで「2045年」を付けて「2045年シンギュラリティ問題」と掲載しています。

第169回の記事 でもお伝えしましたように、「2045年シンギュラリティ問題」とは日本語では「技術的特異点問題」と表記されます。つまり、「シンギュラリティ」とは「特異点」のこと。

「2045年シンギュラリティ問題」という言葉そのものについてご理解いただくまでに、まずはこの「シンギュラリティ=特異点」についてご説明したいと思います。


「特異点」とは何か?

「特異点」とは、経済学や政治学ではなく、「物理学」で用いられる用語です。

アインシュタインが考えた「相対性理論」の世界では、「物体は光速に近づけば近づくほど時間の流れが遅くなってしまいます。と同時に物体は光速に近づけば近づくほど質量が大きくなり、質量=動きにくさの影響を受けるため、質量のある物質は光の速さを超えることができない、とされています。

「動きにくさ」を決めている粒子のことを「ヒッグス粒子」と言います。質量のある物体が動こうとすると、常にこの「ヒッグス粒子」の影響を受けるんですね。ということは、この世の中で最も早く動けるのは移動する際にヒッグス粒子の影響を受けない物質ということになります。

ヒッグス粒子の影響を受けない=質量を持たない物質ということになります。
これがつまるところ「光子(フォトン)」=光だというわけです。

光は質量を持っていませんから、後ろから背中を押して加速することもできません。ヒッグス粒子にも邪魔されず、加速することもできない物質。これがすなわち「光」なのです。

質量のある物質は必ずヒッグス粒子に邪魔されますから、光の速さを超えることは不可能です。光速に近づけば近づくほどその影響は大きくなるのです。


【物質は本当に光より早く動くことはできないのか?】


ですが、この「物質が移動する速度が光速を超えることができない」という考え方は、あくまでも「光」を中心とした考え方です。
考え方の中心を「光」から光が移動する「空間」に移してやると、実は物質は光より早く動くことができます。

銀河

2011年、米カリフォルニア大学バークリー校のサウル・パールムッター教授、オーストラリア国立大学のブライアン・シュミット教授、米ジョン・ホプキンス大学のアダム・リース教授の3人の教授が、宇宙が「加速しながら膨張している」ことを証明したことでノーベル賞を受賞しました。

宇宙は中心から遠くなればなるほど光よりも速いスピードで加速しながら広がり続けているのです。
物質は光より早く移動できないのになぜ、と思われるかもしれませんが、例えば光がA地点よりB地点に移動することを考えた場合。光の速さは一定ですから、必ず秒速約30万キロで移動します。

ところが、光がA地点からB地点に移動するまでの間に、光が移動する空間そのものが引き延ばされてしまったとするとどうでしょう。見かけ上光は30万キロ以上の空間を1秒で移動してしまったように見えてしまいます。

ちなみにこちらの方は、物理学者である佐藤勝彦さんの著書です。
「物理学」っていうと少し難しく感じるかもしれませんが、佐藤さんはそんなわかりにくい物理学を、とてもわかりやすく説明してくださっています。

この様な、「空間の距離」をコントロールしているのが「重力」です。

重力はその「重さ」によって空間そのものをゆがめてしまいますので、例えば恒星Aの真後ろに存在するはずの星を本来地球上から観測することはできませんが、「重力」によって空間がゆがめられてしまいますと、光の通り道そのものがゆがめられてしまうため、地球上から巨大な天体の真後ろに存在する星の存在を確認できる場合があります(重力レンズ)

歪められた空間を通ってくるため、光がA地点からB地点まで到達する距離は見かけ上長くなってしまったように見えるのですが、A地点からB地点にまで到達する時間は一緒です。

この様に、空間を押し広げる力のことを「斥力」といいます。重力のせいで、光の通り道から天体までの距離は見かけ上縮められた様に見えますが、縮められた空間がある、ということは同時に広がった空間も存在します。空間が広がったため、光の速度が速くなったように見えるのです。

例えば光の速さの1/2の速さで移動する物質があったとします。この物質の移動する空間が2倍以上に広がると、見かけ上この物質の移動速度は光速と同等か、これを上回ったように見えます。


【「重力」のいたずら】
では、逆に考えてみましょう。「斥力」は空間を押し広げる力です。この空間を光が通過すると光の速さが光速を超えたように見えます。

では逆に、光が通過する空間が縮められてしまったとするとどうでしょう。
例えば、見かけ上1kmしかない空間に、30万キロの空間が圧縮されていたとすると、光はたった1kmの空間を通過するのに1秒の時間を必要とすることになります。

では、物体の質量が大きくなりすぎて、30万キロメートルの空間が見かけ上0kmにまで圧縮されてしまったとするとどうでしょう。
そう。光はこの空間を脱出することができなくなってしまいます。

本来物理学上このような空間が発生することはありえないのですが、このような物理学の常識がまったく通用しない空間が宇宙空間には存在します。これが「ブラックホールの中心」です。この様に、物理学の常識がまったく通用しなくなってしまった空間のことを「特異点(シンギュラリティ)」といいます。

転じて「シンギュラリティ」とは「ある分野における常識がまったく通用しなくなってしまった世界」のことを言います。
「2045年シンギュラリティ(技術的特異点)問題」とはいったい何なのか。次回記事では改めて「2045年シンギュラリティ問題」について記事にしたいと思います。


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今回の記事では、先日私の地元、愛媛県松山市にて開催されました勉強会で拝聴しました、下村博文元文部科学大臣の講義内容について少し記事にしたいと思います。

【下村博文元文部科学大臣(講義の様子)】
下村博文元文科大臣

下村博文元文部科学大臣(現自民党幹事長代行)。
色々な集まりでお名前を耳にする機会の多い方です。

大臣職に就かれる方って、例えば現総理大臣の安倍晋三さんや私の敬愛する麻生太郎さんもそうなのですが、父親や祖父がかつて総理大臣をはじめとする政府要職を務めた方が多いのが特徴です。

ところが、今回ご講話をいただいた下村博文さんはそうではありません。
それどころか、幼いころにお父様を亡くされており、お母様一人で下村さんを含む3人のお子さんを育てられた、というシングルマザーのご家庭で、大変なご苦労をなさっている方です。

そんなご苦労をなさった下村さんですが、なんと早稲田大学教育学部に入学し、学生時代に小学生を対象とした学習塾「博文館」を作り、大学も無事卒業。その後、政治家を目指されることとなります。

下村さんを助けたのが交通遺児育成会(後にここからあしなが育成会が誕生します)。

下村さんは、子供のころから文部大臣になることが夢だったのだそうですよ。つまり、シングルマザー家庭で育った経歴を持ちながら、見事子供のころの夢を叶えたんですね。


こちらは勉強会で下村さんがご紹介されていた下村さん自身の著書。
今回の講義でお話しいただいた内容が記されているのだそうです。私もぜひ手に取って読んでみたいですね。

前振りが長くなりました。こんな理由で、下村さんは私が尊敬している政治家の中のお一人です。
ちなみに現在は自民党東京都議連の会長でもいらっしゃいます。築地市場の豊洲移転問題等で現在大揺れですね。

勿論そういうったお話もなされたわけですが、今回の記事の目的とはそれますので、今回は割愛します。

【講義の内容について】
さて。では、そんな下村元大臣がご講話なされた講義内容。テーマは勿論「教育」です。

そんな中で、特に私の印象に残ったのがタイトルにも掲載した「2045年シンギュラリティ問題」についての内容。
日本語で「技術的特異点問題」とも表記される内容です。

2045年シンギュラリティ問題について、次回記事に於きまして、詳しくご紹介したいと思います。


え。。。。っとお感じいただいた皆様。もうわけありません。
実は、私の記事、「長すぎて読みにくい」というお言葉をいただきまして、試しに記事を分けで少しずつ掲載してみよう、とチャレンジ的に短くしてみました。

「続きを読む」もひょっとすると手間を取らせてしまい、読者の方が立ち去ってしまう理由ともなっているのかな、とも思い、このようなスタイルに変えてみました。

文章そのものの長さは今後多少長くなるかとは思いますが、改めてこのようなスタイルの「真実を問う!」にお付き合いいただければと思いますので、よろしくお願いいたします。


この記事のカテゴリー >>総合


<継承する記事>
第166回 政策金利と公定歩合の違い/「金利目標」と「量的緩和」

【前回の内容】
記事内容としては前回の記事と同じ内容を取り扱うことになります。

前回の記事に掲載した内容は文字ベースで、しかも読売新聞社が編集した、黒田さんの発言の一部が切り取られた情報をベースに、私なりの解釈を加えて記事にしたのですが、改めて動画ベースで、黒田さんの発言をすべて聞いた上で、本当に私の解釈が適正であったのかどうか。これを書き記す必要はあるなと感じました。

【今回のテーマ】

黒田総裁 会見

今回の記事では、第167回の記事 を受けて、私の解釈と比較しながら、また黒田総裁が度々用いる専門的な表現と、語彙のつかみにくい表現について解釈を加える形で記事を作成できればと考えています。

この記事のカテゴリー >>日銀データの見方


<継承する記事>
第166回 政策金利と公定歩合の違い/「金利目標」と「量的緩和」

昨日、こんな記事がニュースになりました。

【読売新聞 2016年09月21日】
日銀、長期金利0%に誘導…新政策目標

日本銀行は21日の金融政策決定会合で、金融緩和の枠組みを変更し、軸足をこれまでの世の中に出回るお金の「量」から、長期と短期の「金利」に移すことを決めた。

 金融機関が日銀に預けているお金の一部に事実上の手数料を課す「マイナス金利政策」の金利と、10年物国債の流通利回り(長期金利)を目標とする。主要国の中央銀行が長期金利を金融政策の目標とするのは異例で、日銀の取り組みは新たな局面に入った。

 黒田東彦総裁は会合後の記者会見で、「新たな政策枠組みの下で、2%の(物価目標の)実現に向けてより一段と強力な金融緩和を実現する」と述べた。その上で、「量、質、金利で追加緩和の余地はあり、必要に応じて行う」と強調した。

 日銀はマイナス金利については年マイナス0・1%を維持し、長期金利については現在の市場金利と同水準の0%程度で推移するよう国債を買い入れることを決めた。日銀はこの枠組みの導入を、7対2の賛成多数で決めた。日銀が利回りを指定する新たな国債買い入れの手法も導入する。

黒田総裁

この記事、見る人によっては少し「わかりにくい」と感じる方もいらっしゃるでしょうし、ここに記されている情報から、正確な情報を読み取ることができない方もいらっしゃると思います。理由は、黒田さんが勘違いされるような表現方法を用いているから。
半ば意図的だと思います。

【今回のテーマ】
今回ご説明する内容は日銀の「マイナス金利政策」と、今回発表された「長期金利政策目標の導入」について記事にしようと考えています。

丁度「マイナス金利政策」に関しては記事にする予定でしたし、前回作成した記事のおかげで、「マイナス金利政策」についての説明が行いやすい状況も作れていましたので、丁度良いタイミングだと思います。

また今回の「長期金利政策目標の導入」に関しては私、それなりに好印象を抱いておりまして、限界を迎えつつあった「金融緩和緩和政策」が漸く正常な判断に転換されたな、というのが私の感想です。

丁度同じ記事の中に二つのキーワードが含まれておりますので、この機会にこの二つの言葉の意味について記事にしたいと思います。

この記事のカテゴリー >>日銀データの見方


とあるサイトに「回答」を行っていたとき、私の中にある大きな「勘違い」に気づかされましたので、今回はその「勘違い」について記事を作成したいと思います。

その問題がタイトルにも掲載した「政策金利」と「公定歩合」の違いについてです。
やはり、一つ一つの情報は、きちんと理解したうえで言葉にしなければらないな、と改めて感じさせられました。

「思い込み」は「知ったかぶり」につながる、という典型的な事例でした。

【日本の政策金利の推移】
政策金利の推移

【今回のテーマ】

上図は、「日本の政策金利」の推移です。
青いグラフは、かつて「公定歩合」と呼ばれていたものの推移。オレンジのグラフは、現在「政策金利」と呼ばれているものの推移です。

今回の記事では、この「公定歩合」と「政策金利」の違いを中心に、現在の日銀の金融政策について、トータルで考えてみたいと思います。

この記事のカテゴリー >>「消費」の見方


<継承する記事>
第164回 生産側のGDPと支出側のGDP/統計上の不突合とは?

【前回までの振り返り】
記事としては第164回の記事 を継続するのですが、内容は「消費」に関連した記事になりますので、カテゴリーのみ変更します。

前回の記事では、「国民経済計算」という言葉に着目して記事を作成したのですが、この時に今回の記事、「消費活動指数」への伏線であることをお伝えしましたね。

「伏線」というのは、今回ご紹介するこの「消費活動指数」が、前回の記事でご紹介した「国民経済計算」の内「家計消費支出」とよく似た動きをする、ということを意図しました。

第159回の記事 でご紹介した様に、GDPには「一次・二次速報」と「確報」があり、双方で最も異なる部分として、確報では「工業統計表」、「商業統計表」、「事業所統計表」などの統計資料が用いられるのですが、速報段階ではこれらの統計資料がまだできていないため、結果的に確報とは「ブレ」が生じます。

ところが、今回ご紹介する「消費活動指数」は、その統計を「個人消費」に絞り、販売・供給統計である「商業動態統計」や「第 3 次産業活動指数」に含まれる個別の統計系列、また別に一部の業界統計を統合して制作されるもので、結果的にGDP(国民経済計算)の確報に近い動き方をするのだそうです。

「物価」

【今回のテーマ】

【 ロイター(2016年 09月 7日 15:14)】
7月消費活動指数は前月比1.4%上昇、14年12月以来の高水準=日銀

[東京 7日 ロイター] - 日銀が7日公表した7月の消費活動指数は、実質季節調整済みで前月比1.4%上昇の103.6と5カ月ぶりにプラスとなり水準としては2014年12月103.8以来となった。セールの前倒しなどで商業販売が好調だったほか家電販売などが寄与した。

インターネット経由の音楽配信や電子端末用の書籍コンテンツ配信なども加味した指数は、前月比1.4%増の104.0となった。

これらの指数より1カ月遅れて公表される旅行収支調整済み指数は、6月分が前月比0.1%下落の100.9となった。この指数は外国人の国内消費(インバウンド消費)を除外し日本居住者の海外消費を含めている。

消費活動指数は、総務省の家計調査が消費の実体を弱めに捉えているとの判断から日銀が3月分から公表を始めた。これまでの消費統計で把握し切れていなかったネット配信なども取り込んでいる。

改めまして、記事は本体であるロイターから引っ張ってきました。

今回の記事では、タイトルにある「消費活動指数」について、複数の角度から捉えて記事を作成していきたいと思います。

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