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ゴールデンウィーク明けが多忙となってしまった為、前回(第319回)の記事を記してよりずいぶん日数が経過してしまいました。

シリーズを継承する形で記事を作りたいのですが、ロシア革命に関連する記事はどうしても一記事を記すのに多くの時間を必要としてしまう為、今回の記事では、普段の政経関連の記事ではなく、コラムとして私の個人的な考え方について記事にしてみたいと思います。

政経関連ではない、と言いつつも、私の考え方はうまく取り入れることができれば、実社会、会社や組織などのコミュニティを円滑に運営する上でも役に立つ内容となるのではないか、とも考えています。


「私」という人物

この章は「私」という人物を紹介することを目的としています。

私自身は、いくつかの「組織」に所属し、組織に所属することの難しさを痛切に実感させられ、特に「会社組織」からは事実上ドロップアウトしました。

ただ、そうは言っても人間ですから、生きていくためには当然自分以外の他者とかかわりあう必要があります。
私自身も、確かに所謂「会社組織」からは離れましたが、いくつかの「組織」には所属していますし、中には自分自身で運営している組織もあります(会社ではありません)。

そのような組織に所属する上で、最低限の常識やマナーを予め身に着けておく必要がありますし、ある程度のコミュニケーション能力も身に着けておく必要があります。そのような意味で、現在の様なスタンスとなる前に、「指導者」となるべき存在がいるいくつかの組織に所属し、辛い思いを経験したことは、現在では私自身のとても大切な「糧(かて)」となっています。

人間って、体験しなければ解らないこともたくさんあります。ですが、人から教えられたから、と言ってそれを突然身に着けられるほど器用な人ばかりではありませんし、素直になれる人間ばかりでもありません。

最初に大切になるのは、「器用ではない自分」や「素直ではない自分」に気づく事が出来るようになることで、それに気づいたとき、新しく環境を変えられる勇気を持てるかどうか、なのだと思います。その組織に身を置きながらでも構わないでしょうし、思い切ってその組織から一度離れる勇気を持つことも必要です。

そうして新しく環境を変える準備ができた後、新しい組織において、前回の組織で「できない」と気づいたことを今度こそやってみることができるかどうか。

「こうしたほうがいいよ」と前の組織でいわれていたんだけど、恥ずかしさや反発心があり、前の組織ではできなかった。
けど、新しい組織ではそんな前の組織にいた「私」を知っている人など存在しないのです。

そして、「私」自身はそのことを知っていますから、当然前の組織にいた「私」よりはグレードアップしているのです。


現在私が所属している組織は、基本的に「会社組織」ではありませんから、そこに参加している人間間での優劣の差はありませんし、「上司」に相当する存在も居なければ、「部下」に相当する存在もありません。お互いが本来「対等」であるべき組織です。

ですが、そういった組織に体を置いていたとしても、時として私自身に「リーダー」としての役割を求められるケースがあります。
それは、「経験」やその組織に身を置いている「時間」に基づくものです。

前置きが少し長くなりましたが、実はここからが本題。今回の記事のタイトルに紐づけられた内容となります。


「正論」という暴力

会議

仰々しいタイトルを付けてみましたが・・・。

正直な話、私は「リーダー」という立場に立って、自分以外の誰かに指示をしたり、指導したりすることはとても苦手です。
また、同じくらい私以外の誰かから「支持」をされたり「指導」をされたりすることが苦手です。

ですが、誰かからアドバイスを求められ、これに答えること。またそういう立場に立って、課題にぶつかって悩んでいる人の課題を解決すること。このような立場はそう苦手ではありません。

解らなければ調べればよいわけですし、自分自身が調べた内容を、私の情報を受け止める人にとって受け止めやすい内容に加工してお伝えするだけですから、私にとってはそう難しい話ではないのです。(もちろんその課題の内容によってハードルは上がりますし、当然解決できない問題も生まれますが)

ですが、私が第三者に対して、この様なソリューションを提供しようとしたときに課題になってくるのは、その第三者本人ではなく、その人の周りにいる人たちの存在です。

多くの場合、本来その人自身が解決しなければならない問題であるにも関わらず、その人に関わる立場にある、もう一人の第三者がその問題を解決しようとしている場合が多いのです。


【「正論」という暴力】

私自身が常に心の中に留め置いているのは、その問題を解決する能力を持っているのは、課題を抱えている人に関わるその人自身ではない第三者ではなく、その人自身だということです。

人間、誰しもその人が抱えている問題を解決する能力は持っているものです。
ですが、にも関わらすその問題がその人にとって「課題」となり、いつまでたっても解決できずにいるのはなぜか。

それは、実はその人が抱えている課題以外に、その人自身ではどの様な方法をとったとしても解消することができない、「もう一つの課題」が存在するから。

そして、その人が解決したいと考えている問題は、実は得てしてそのもう一つの課題であったりするわけです。

例えば、この記事の中で、私は以下のような事例をご紹介しています。

人間って、体験しなければ解らないこともたくさんあります。ですが、人から教えられたから、と言ってそれを突然身に着けられるほど器用な人ばかりではありませんし、素直になれる人間ばかりでもありません。

最初に大切になるのは、「器用ではない自分」や「素直ではない自分」に気づく事が出来るようになることで、それに気づいたとき、新しく環境を変えられる勇気を持てるかどうか、なのだと思います。その組織に身を置きながらでも構わないでしょうし、思い切ってその組織から一度離れる勇気を持つことも必要です。

そうして新しく環境を変える準備ができた後、新しい組織において、前回の組織で「できない」と気づいたことを今度こそやってみることができるかどうか。

「こうしたほうがいいよ」と前の組織でいわれていたんだけど、恥ずかしさや反発心があり、前の組織ではできなかった。
けど、新しい組織ではそんな前の組織にいた「私」を知っている人など存在しないのです。

そして、「私」自身はそのことを知っていますから、当然前の組織にいた「私」よりはグレードアップしているのです。

この場合、この文章に登場する「私」が抱えている課題は、

 「人から教えられたことをを身に着けることができないこと」

です。

で、周りの人から「なんでお前はこんなことができないんだ」とか、「いつになったらできるようになるんだ」とか言われてしまうわけです。「この間も同じこと、説明したよね」とか、「お前はやる気があるのか」とか。

だけど、実はこの人にとって本当に大切なのは、

 「人から教えられたことを失敗しても構わないから、やって見ることの出来る場所」

だったりするわけです。失敗しても怒られない。何度も繰り返しチャレンジしてみることができる場所。
ひょっとしたらその人がそのことを身に着けるためにはもっとほかの経験を積むことが必要なのかもしれませんし、ひょっとすると組織が変われば出来るようになるのかもしれません。

だとすれば、本来指導する立場にある人がやらなければならないのは、その人が失敗できる環境を作り、経験を積ませることに在るわけですが、得てして指導する立場にある人がその人に教えようとするのは、

 「正論」。

組織としてこうあるべき、あなたは人間としてこうあるべき。
仕事はこのようにするべきで、できないあなたがおかしい、と。

これは、まさしく「正論」という名の暴力だと私は思っています。

追い詰めてしまえば結局その人の能力が開発されることを阻害してしまいますし、ひょっとするとその組織にとって大きな利益をもたらす可能性のある人物をその組織から遠ざけてしまうことになってしまいます。

ひょっとすると、その組織自身が課題を抱えていて、その組織自身が抱えている課題が解消されていない為にその人は苦しんでいるのかもしれません。そしてそれを解消することはそう難しいことではなく、一日や二日もあれば簡単に解決できてしまうのかもしれません。

これを知るために必要なのは、課題を抱えている人物に対して組織側が正論を説いて聞かせることではなく、「組織」という枠をすべて外して、その人自身が思っていることを、包み隠さず語ってもらう事。

そのためにはその人が思っていることをプレッシャーを感じることなく話すことができる環境が必要です。
そこで何を話したとしても、そのことでその人を責めないことを約束すること。その情報が無関係な人にまで伝わらないことを約束すること。

そうしなければ、その組織が抱えている問題なんて出てくるわけがありません。
その人が抱えている課題は、その人だけの問題ではない場合も多いのです。

理想的なのは、指導する立場にある人が、そのことを敏感に感じ取って、課題を抱えている人が気づかないうちに「もう一つの課題」を解決してしまう事。

そのことでその人が本来抱えていた課題を解消することができれば、それがその人の成功体験となり、その人の自信にもつながります。そのことで今迄反発心から受け止めることができなかった「正論」を受け止めることができるようになり、それは組織自身のメリットにもつながります。

「正論という暴力」。
皆さんが所属する組織でも、もう一度振り返って見ると、新しいソリューションが見つかるかも・・・しれませんよ。


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