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第289回 教育勅語の柱となる内容/教育勅語の現代語訳にチャレンジ②

さて。教育勅語現代語訳に挑みました今回のシリーズ第3回目。

未着手の残る3文の現代語訳にチャレンジしてみます。
冒頭に教育勅語原文を掲載いたします。

【教育勅語原文】
朕(ちん)惟(おも)うに  我(わ)が 皇祖(こうそ)皇宗(こうそう) 国(くに)を肇(はじ)むること 宏遠(こうえん)に 徳(とく)を樹(た)つること 深厚(しんこう)なり

我(わ)が臣民(しんみん) 克(よ)く忠(ちゅう)に 克(よ)く孝(こう)に 億兆(おくちょう)心(こころ)を 一(いつ)にして 世々(よよ)厥(そ)の美(び)を済(な)せるは 此(こ)れ 我(わ)が国体(こくたい)の精華(せいか)にして 教育(きょういく)の淵源(えんげん) 亦(また)実(じつ)に此(ここ)に存(そん)す

爾(なんじ)臣民(しんみん) 父母(ふぼ)に孝(こう)に 兄弟(けいてい)に友(ゆう)に 夫婦(ふうふ)相(あい)和(わ)し 朋友(ほうゆう)相(あい)信(しん)じ 恭倹(きょうけん)己(おの)れを持(じ)し 博愛(はくあい)衆(しゅう)に及(およ)ぼし 学(がく)を修(おさ)め 業(ぎょう)を習(なら)い 以(もっ)て智能(ちのう)を啓発(けいはつ)し 徳器(とくき)を成就(じょうじゅ)し 進(すすん)で公益(こうえき)を広(ひろ)め 世務(せいむ)を開(ひら)き 常(つね)に国憲(こくけん)を重(おもん)じ 国法(こくほう)に遵(したが)い 一旦(いったん)緩急(かんきゅう)あれば 義勇(ぎゆう) 公(こう)に 奉(ほう)じ 以(もっ)て天壤(てんじょう)無窮(むきゅう)の皇運(こううん)を 扶翼(ふよく)すべし

是(かく)の如(ごと)きは独(ひと)り 朕(ちん)が忠良(ちゅうりょう)の臣民(しんみん)たるのみならず 又(また)以(もっ)て爾(なんじ)祖先(そせん)の遺風(いふう)を 顕彰(けんしょう)するに足(た)らん

斯(こ)の道(みち)は 実(じつ)に我(わ)が皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の 遺訓(いくん)にして 子孫(しそん)臣民(しんみん)の倶(とも)に遵守(じゅんしゅ)すべき所(ところ) 之(これ)を古今(ここん)に通(つう)じて 謬(あやま)らず 之(これ)を 中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず

朕(ちん)爾(なんじ)臣民(しんみん)と倶(とも)に 拳々(けんけん)服膺(ふくよう)して 咸(みな)其(その)徳(とく)を一(いつ)にせんことを 庶(こい)幾(ねが)う

明治二十三年十月三十日
御名(ぎょめい) 御璽(ぎょじ)

教育勅語


斯の道は 実に我が皇祖皇宗の 遺訓にして 子孫臣民の倶に遵守すべき所
之を古今に通じて 謬らず 之を 中外に施して悖らず


まずは、今回記事とする最後の三文の内、最初は第一文目を飛ばしまして2文目から進めてみます。

 「斯の道は 実に我が皇祖皇宗の 遺訓にして 子孫臣民の倶に遵守すべき所」

について。では、「この道」とは何かと申しますと、これはいうまでもありません。前回の記事 で書き記した内容。

即ち、

1.父母に 孝に

2.兄弟に 友に

3.夫婦 相 和し

4.朋友 相 信じ

5.恭倹 己れを 持し

6.博愛 衆に 及ぼし

7.学を 修め

8.業を 習い

9.以て 智能を 啓発し

10.徳器を 成就し

11.進で 公益を 広め

12.世務を 開き

13.常に 国憲を 重じ

14.国法に 遵い

15.一旦緩急あれば 義勇 公に奉じ

この15の『徳』のことです。

そしてこの15の『徳』を実践することで、「天壤無窮の皇運を扶翼」するということを、教育勅語では「この道」として示しています。

繰り返しになりますが、ここで「天壤無窮の皇運」とあることから、福島瑞穂は「天皇制=悪」であるという誤った解釈に基づいて教育勅語を悪の象徴でもあるかの様に喧伝していますが、ここでいう「天壤無窮の皇運」とは、神々が世界を作り、人類を誕生させたその時代から途切れることなく続くこの世界そのものを差しています。

もっと言えば、現世に於いて「皇宗」はその命が絶たれてしまったかもしれませんが、日本書紀や古事記に於いて描かれている神代の世界では、「皇宗」は「皇祖」と共に未だに存在し続けているのです。

「日本」という国が紡いできたストーリーは、たまたまそのような神々が降臨させた天孫、神武天皇の時代より描かれたわけですが、教育勅語に於いて明治天皇が「扶翼」すべきだとした、「天壤無窮の皇運」とは、単に日本のストーリーのみを示したものではありません。

この様な事を書き記すと、「そのような思想を勝手に私たちに押し付けるな!」という人が現れそうですが、少なくとも「日本」という世界の歴史は、そのような「皇運」と共に形成されてきたのです。


では、この様な考え方を以て、改めて

 「斯の道は 実に我が皇祖皇宗の 遺訓にして 子孫臣民の倶に遵守すべき所」

という言葉について考えてみましょう。

(少なくとも、教育勅語に於いてに於いて「主語」を構成している)明治天皇は、教育勅語に於いて、「斯の道」、即ち15の徳を実践し、日本のみならず、この世界全体の将来の発展の為に貢献するということが、「皇祖皇宗の遺訓」だとしています。

「遺訓」。即ち「亡くなった方からの教え」の事。

明治天皇は、「この道」を自分が臣民たちに押し付けようとするものではなく、自分の祖先である高宗や、日本だけでなく、この世界そのものを「肇めた」神々が、この世界が誕生した時にこの世界に植え、私たち日本国民が育て続けてきた、神々からの「教え」であると記しています。

そして、それを「遵守」しなければならないのは、日本国民だけでなく、皇祖皇宗の「子孫」である自分自身も「臣民」である日本国民と共に「守っていかなければならない」と言っています。

図らずも、このことを身をもって示したのが2.26事件 に於いて、だれも自分自身に「輔弼」する役割を持つ人がいなくなった中で、昭和天皇自らが同士討ちを避けようとパニック状態に陥った軍部を一喝して自ら「暴徒」である皇道派を鎮圧にあたらせた、その「御聖断」にあるのではないでしょうか。

そして、

 「之を古今に通じて 謬らず 之を 中外に施して悖らず」

即ち、この様な考え方は、過去も、現在に至っても尚一貫して通用する道理であり、このことを日本国内だけでなく、海外に対して実践し、また伝承したとしても、何等道理に反することのないものである、と言っています。

「悖らず」とは、「道理に反するものではない」という意味です。


では、改めて第一文目。

「是の如きは独り朕が忠良の臣民たるのみならず 又以て爾祖先の遺風を 顕彰するに足らん」

という言葉について考えてみます。「一人」とは、打消しの言葉と共に用いることで、と共に用いることで、「ただ、〇〇だけではない」という意味になります。

ですので、前半部分は「この如き」、即ち皇祖皇宗の遺訓であるこれら15の徳を実践するということは、あなたたちが天皇である私に尽くす忠義に熱い優秀な臣民である、ということを示すというだけではなく、という意味になります。

「のみならず」とありますので、明治天皇が伝えたかったことは、この前半部分よりもむしろこの後半部分。

 「爾祖先の遺風を 顕彰するに足らん」

という部分にあります。

「遺風」とは、亡くなった人の教えの事。
「顕彰」とは、隠されている良いことを明らかにし、表す事

とありますので、「爾祖先の遺風を 顕彰するに足らん」とは、

 「あなた方の祖先の教えが、実はとても素晴らしい教えであり、その素晴らしさをあなた方自身が明らかにすることになるのですよ」

という意味合いです。

この当時の国民は、現在以上に天皇陛下の事を敬愛し、天皇陛下の為になりたい、と思っていたはずですので、前半でそのような国民の気持ちを受け止めた上で、「ですが、実際は私ではなく、あなた方自身の祖先を讃え、敬うことになるのですよ」と暗に伝えているのです。


朕 爾臣民と倶に 拳々服膺して 咸 其徳を一にせんことを 庶幾う

こちらが最後の一文です。難しいのは、「服膺(ふくよう)」という言葉でしょうか。
これは、「こころに留めてわすれないこと」。

「拳々」とは、15の「徳」一つ一つの事。

この文章で大事なのは、「朕 爾臣民と倶に」とあることです。
最終三分、第二文目において、「子孫臣民の倶に遵守すべき所」とありましたね?

この15の徳を忘れず、心に留めて実践しなければならないのは、臣民である日本国民だけでなく、自分たち皇族も、あなた方と共にこれを実践していかなければならないと、明治天皇は教育勅語に於いて自分自身に対しても尚訓示しているのです。

これを頭に置いて

 
朕 爾臣民と倶に 拳々服膺して 咸 其徳を一にせんことを 庶幾う

という文章を見てみましょう。
大事なのは、この文章の主語が「朕」。即ち明治天皇自身である、という事。

15の徳を「拳々服膺」するのは、臣民ではなく自分自身である、と言っているわけです。
勿論「共に」とありますから、国民がこれを「拳々服膺」することは前提条件となっているわけですが、明治天皇は少なくともこの文章に於いて、臣民である日本国民が、15の徳を「拳々服膺」するということを疑っていないんですね。

そして、自分自身が、臣民と共に15の徳一つ一つを「忘れず、心に留め置き」、自分自身を含めた日本国民全員が、「その徳を一(いつ)にする」ことを願っています、と締めくくっています。

他の訳文を見てみますと、「徳を一(いつ)にする」という言葉を、「一致して立派な行いをする」と記しているものが多いのですが、私、これは微妙に異なっているのではないかと感じています。

確かにこの「教育勅語」には、15の徳が列挙されていて、これを実践することが大切だ、と記されています。
ですが、例えば

 「父母に孝行する」

という一言だけとっても、これはいろんな孝行の仕方があります。例えば、私が考えている「親孝行」の仕方と、私が記しているこの記事を読んでいただいているあなたの「親孝行」の仕方は、必ずしも一緒であるとは言えません。

やはりその育ち方や環境、教わってきたことによってその「孝行」の在り方は変わってくると思うのです。
特に、教育勅語の中で謳われている「天壤無窮の皇運」の世は、単に日本の事だけを示してはいませんから、国境を越えればまたそこには異なる「価値観」を持った世界が広がっています。

「価値観」というものは、一人ひとり異なっているんです。
そして、どの価値観が正しいとか、どの価値観が間違っているとか、「価値観」とはそのような「正解」があるものでもないでしょう。

ですから、私が正しいと思って他者に施した行いが、却って他者の感情を傷つけたり、もっと大変な事を惹起してしまうこともあるわけです。

だからこそ私たちは他者の価値観や考え方を学び、自分自身と異なる価値観をも認め、受容し、その上で自分が一番正しいと信じる行動をとっているわけです。

時にこれを実践しようとしても、様々な障害があり、実践するわけにはいかないこともあります。
目の前に困っている人が二人いたとして、必ずしも二人とも助けられるわけではないのです。ひょっとすると両者を見捨てなければならないこともあるでしょう。

明治天皇は、この文面の締めくくりで、「朕 爾臣民と倶に 拳々服膺」、つまり「忘れず、心に留めおく」とは記していますが、これを「実践する」とは記してませんね?

そして、その上で「臣民と、徳を一(いつ)」にすることを希(こいねが)う、としているわけです。
勿論教育勅語の骨子を考えたのは明治天皇ではありません。

文部科学省ホームページ によりますと、起草に関係した人物として名前が挙がっているのは元田永孚、伊藤博文、井上毅、山県有朋などの名前があります。

ですが、最終的には明治天皇がこれに目を通し、承認していますから、これは明治天皇の考え方にも合っているわけです。

ですので、あえて主語を明治天皇として記しますが、明治天皇は、全ての人が、同じ「徳」を「一(いつ)」にするということが、実はそう簡単な事ではないということをご存じだったのではないでしょうか。

ですので、

「あなたたち国民の皆さんがそうであるように、私もまたあなた方同様に『15の徳』をすべて忘れず、常に思い出せる状態にした上で、少しでもあなた方国民の考える『徳』に近づける様努力します。

そして、いつか私の考える『徳』が、あなた方国民の考える『徳』と同じものとなり、またあなた方国民の考える『徳』が、全ての国民の間で同じものとなり、日本国民全員が、一つの共通した素晴らしい価値観に基づいて行動できるようになることを心から願っています」

と、そう書き記しているのではないかと思うのです。


現在に生きる私たちが、
「教育勅語」から学ばなければならないこと


さて、それでは、振り返って見て、現在に生きる私たちはいかがでしょう。

勿論、「他者の価値観を認める」=「自らの考え方を捨てる」ということではありません。
とくに大切なのは、自らの軸となる、しっかりとした形のある考え方をきちんと持った上で、自分とは違う、第三者の考え方をきちんと受け止めるという事。

そして、その上できちんと自らの考え方も相手に伝えながら、お互いの違いを交渉し、高めあうという姿勢を持つということです。

間違えても、相手の考え方を全否定したり、相手の考え方を受け入れず、話を途中で遮ったり、自らの考え方を強引に相手に押し付けたりするような姿勢ではありません。

自らの軸となる考え方を持った上で、相手の話に耳を傾け、相手の考え方を理解しようとする姿勢を持つことが何より大切なのです。

 「朕 爾臣民と倶に 拳々服膺して 咸 其徳を一にせん」

とは、まさにこのような事を伝えようとしているのではないでしょうか。
現在の国会議員、特に野党の面々に、この教育勅語の教えを実践し、天孫の時代より続く天壤無窮の世、「日本」の事を本当に思い、日本という国を「扶翼」しようとする精神を持った政治家がどれほどいるのでしょうか。

この様な精神を持つことで初めて「皇祖皇宗」の時代より続く、「天壤無窮の皇運」の世、即ち「世界」へと思いをはせ、困難に立ち向かう他国の人々の為に「扶翼」する精神を持つことができるのではないでしょうか。

取り分けて民進、社民、共産、自由の面々に対して特に言いたい。
あなたたちのどこに「教育勅語」を貶し、否定する資格があるのかと。

教育勅語に込められている「思い」をぜひ彼らには実践していただきたいものです。

長くなりましたが、これにて教育勅語に関する記事は終了したいと思います。


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<継続する記事>
第288回 教育勅語とは?/教育勅語の現代語訳にチャレンジ

前回に引き続き、私なりの「教育勅語現代語訳」を掲載いたします。

冒頭に原文全文を掲載しておきます。

【教育勅語原文】
朕(ちん)惟(おも)うに  我(わ)が 皇祖(こうそ)皇宗(こうそう) 国(くに)を肇(はじ)むること 宏遠(こうえん)に 徳(とく)を樹(た)つること 深厚(しんこう)なり

我(わ)が臣民(しんみん) 克(よ)く忠(ちゅう)に 克(よ)く孝(こう)に 億兆(おくちょう)心(こころ)を 一(いつ)にして 世々(よよ)厥(そ)の美(び)を済(な)せるは 此(こ)れ 我(わ)が国体(こくたい)の精華(せいか)にして 教育(きょういく)の淵源(えんげん) 亦(また)実(じつ)に此(ここ)に存(そん)す

爾(なんじ)臣民(しんみん) 父母(ふぼ)に孝(こう)に 兄弟(けいてい)に友(ゆう)に 夫婦(ふうふ)相(あい)和(わ)し 朋友(ほうゆう)相(あい)信(しん)じ 恭倹(きょうけん)己(おの)れを持(じ)し 博愛(はくあい)衆(しゅう)に及(およ)ぼし 学(がく)を修(おさ)め 業(ぎょう)を習(なら)い 以(もっ)て智能(ちのう)を啓発(けいはつ)し 徳器(とくき)を成就(じょうじゅ)し 進(すすん)で公益(こうえき)を広(ひろ)め 世務(せいむ)を開(ひら)き 常(つね)に国憲(こくけん)を重(おもん)じ 国法(こくほう)に遵(したが)い 一旦(いったん)緩急(かんきゅう)あれば 義勇(ぎゆう) 公(こう)に 奉(ほう)じ 以(もっ)て天壤(てんじょう)無窮(むきゅう)の皇運(こううん)を 扶翼(ふよく)すべし

是(かく)の如(ごと)きは独(ひと)り 朕(ちん)が忠良(ちゅうりょう)の臣民(しんみん)たるのみならず 又(また)以(もっ)て爾(なんじ)祖先(そせん)の遺風(いふう)を 顕彰(けんしょう)するに足(た)らん

斯(こ)の道(みち)は 実(じつ)に我(わ)が皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の 遺訓(いくん)にして 子孫(しそん)臣民(しんみん)の倶(とも)に遵守(じゅんしゅ)すべき所(ところ) 之(これ)を古今(ここん)に通(つう)じて 謬(あやま)らず 之(これ)を 中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず

朕(ちん)爾(なんじ)臣民(しんみん)と倶(とも)に 拳々(けんけん)服膺(ふくよう)して 咸(みな)其(その)徳(とく)を一(いつ)にせんことを 庶(こい)幾(ねが)う

明治二十三年十月三十日
御名(ぎょめい) 御璽(ぎょじ)

教育勅語

前回の記事では、教育勅語原文の内、冒頭の2文の現代語訳にトライしてみました。

読み方として、特に大切なのは第一文

 「徳(とく)を樹(た)つること 深厚(しんこう)なり」

という言葉なのだと私は思います。
「宏遠」や「深厚」という言葉で表現していますが、ここで記されている「宏遠」とは、その神代の時代からの「歴史」の奥深さを示しており、その時代に「樹つる」「徳」は今なお育まれ、成長し続けていると、そのような意味合いがここには込められているのでしょう。

単に「徳」と記していますが、その「徳」は、皇族の祖先である「皇祖皇宗」、そしてその「皇祖皇宗」が「肇めた」「日本」という国。
ここで歴史を築き上げたその一瞬一瞬に存在していた私たち「臣民」の祖先までをも含め、その全体で育み続けた「徳」。

その意味合いはとても深い物があると思います。

そして、その「徳」こそが私たち「臣民」が心を一つにして実現してきたものであり、「日本」という国のあるべき姿を示すものであという事。そして私たち日本人の「教育」とは、神々がこの世を築き始めた時代より受け継がれ、尚現在の世に於いて私たちが実現している『徳』にこそあるのだと、第二文では表現されています。

そして、その私たち「臣民」が心を一つにして築き上げてきた「徳」を、ここでは「美」であると表現され、その「美」こそ日本という国のあるべき姿、その「真髄」であるとしているのです。

「勅語」ですから、これは明治天皇より当時の日本国民に対して発せられた言葉である、という体裁が保たれています。
教育勅語に於いて、明治天皇は日本国民の事を非常に称賛しているんですね。

その上で、ではその「徳」とは何なのか。
これを列挙しているのが続く第三文。今回の記事の中心となる部分です。


教育勅語の柱

爾(なんじ)臣民(しんみん)

1.父母に 孝に

2.兄弟に 友に

3.夫婦 相 和し

4.朋友 相 信じ

5.恭倹 己れを 持し

6.博愛 衆に 及ぼし

7.学を 修め

8.業を 習い

9.以て 智能を 啓発し

10.徳器を 成就し

11.進で 公益を 広め

12.世務を 開き

13.常に 国憲を 重じ

14.国法に 遵い

15.一旦緩急あれば 義勇 公に奉じ

 以て 天壤無窮の皇運を扶翼すべし

合計で15項目ありますが、これが教育勅語に於いて、明治天皇が「日本の『徳』」であるとして示した内容です。

内容として難しいと思われるのは「恭倹」でしょうか。
辞書で調べますと、

 「人に対してはうやうやしく、自分自身は慎み深く振る舞うこと。また、そのさま」

解りやすく言えば、「謙虚さ」のことですね。


その他、「業」とは「仕事」の事。

「徳器」とは、辞書で調べますと、

 ① 身に備わっている徳行(道徳にかなった行為)と器量(人徳と才能)。
 ② 道徳を守る性質。

とあります。他の訳文を見ますと、「人格」や「徳と才能」などとも訳されています。

本文には「徳器を成就する」とあり、「成就」という言葉を調べますと、これは元々仏教用語であり、「智」と「徳」を完全に身に着けた状態の事、とあります。

「成就」を「向上」というように意訳しているものも見かけますが、この様な内容から考えますと、

「徳器を成就する」とは、
「道徳心と器量を完全に身に着ける」ことを意味しているものではないかと思われます。


「進んで公益を広め」とは、「進んで社会全体の利益の為に貢献する」こと、
「世務」とは、「世の中の務め」の事ですから、「世務」を「開く」とは、世の中の為にできる新しい役割を切り拓くことを意味していると考えられます。

そして最終項目である

 「一旦緩急あれば 義勇 公に奉じ 以て 天壤無窮の皇運を扶翼すべし」

とは、第287回の記事 でお伝えした通り。

「ひとたびこの国に危急の事態が発生すれば、正義の心と勇気をもって公の為に身を捧げ、神代の時代から続くこの国が将来に亘って繁栄できるよう、その一助ととなりなさい」

といった意味合いでしょうか。第287回の記事 でも述べたように、福島瑞穂や共産党、民進党など、教育勅語を否定する人たちは、この一文を以て教育勅語全体を否定しています。

ですが、この言葉を現代に置き換えて考えれば、

東日本大震災のような、この国の将来に亘る運命を左右しかねない緊急の事態が発生した場合、正義の心と勇気をもって、自分自身の生活や仕事をさておいてでも、被災地で苦しむ人々の為に奉仕し、この国が安定して繁栄し続けられるよう、その助けとなりなさい

というような意味合いになると、そう考えるのがごく当たり前の視点なのではないでしょうか。
そうならないのはなぜか。日本が第二次世界大戦に於いて、アジア地域に対する侵略行為を行い、従軍慰安婦や南京大虐殺などの事件を引き起こし、特に中韓に対して迷惑をかけ続けたのだとする誤った「思い込み」があるからです。

また更に、私が行った「第287回の記事」の解釈でも尚、この「教育勅語」の解釈としては実にお粗末なものである・・・ということを、改めて全文を訳していて気づかされました。

では、この様な認識を踏まえて改めてこの教育勅語の柱となる部分について、私なりの「現代語訳」を記したいと思います。

あなたたち日本国民は、

1.お父さん、お母さんの為に孝行し

2.兄弟姉妹は仲良くし

3.夫婦はお互いを認め合い

4.友達はお互いを信じあい

5.他者をを尊敬し、自分自身は慎み深くする気持ちを持ち

6.他人を差別する気持ちを持たず、広く平等に人を愛する気持ちを持ち、

7.学問を身に着け、

8.仕事を教わり、

9.そうして自分自身の知識や才能を切り開き、

10.他者を思いやり、人の為に行動することを当たり前のこととしてできるようになり、

11.進んで社会全体の利益の為に行動し、

12.世の中の為にできる新しい役割を発見し、

13.常に憲法を重んじ、

14.法律に従い、

15.ひとたび日本国に危機が迫れば、正義の心と勇気をもって公の為に尽くし、

そして人類誕生の時代から続くこの国の将来のために貢献する気持ちを忘れないでください

いかがでしょう。

ひょっとすると原文に記している段階で気づかれた方もいらっしゃるかもしれませんが、一節。即ち、福島議員が稲田さんを攻撃していた

 「一旦緩急あれば 義勇 公に奉じ 以て 天壤無窮の皇運を扶翼すべし」

というフレーズですが、この後半部分、「以て 天壤無窮の皇運を扶翼すべし」とは、 「一旦緩急あれば 義勇 公に奉じ」という言葉のみにかかる言葉ではありません。

じっくり見てみればわかることですが、「以て 天壤無窮の皇運を扶翼すべし」とは、私が番号を振っている1番~15番までの項目全てにかかる言葉です。

自力で現代語訳を行わなければ、私もまた誤った解釈のまま今後も教育勅語を語っていたかもしれませんね。

国語的な解釈をすると、

「天壤無窮の皇運を扶翼すべし」の主語は「爾 臣民」であり、「爾 臣民」の述語が「天壤無窮の皇運を扶翼すべし」ですね。
1~15は全て「天壤無窮の皇運を扶翼すべし」の修飾語。

「臣民」は、1~15の「徳」を実践することによって、「天壤無窮の皇運を扶翼」しなければならない、ということが記された文章です。誤った教育を受けた人は、ひょっとすると

 なんで「天壤無窮の皇運を扶翼」しなければならないんだ!

と思う人もいるかもしれませんが、日本の成り立ちや歴史をきちんと理解している人であれば、そう抵抗を覚えることはないはずです。戦前は、海外に於いて、ごく当たり前に戦争が行われていたので、「ひとたび日本国に危機が迫れば、正義の心と勇気をもって公の為に尽くし」と教えられると、その選択肢として「戦争」という選択肢も含まれていたでしょうが、現在の日本に於いて、国民の中に「戦争」という選択肢は存在しません。

「正義の心と勇気」を以て、「公の為に尽く」さなければならない「危機」とは、現実的に考えて「大規模災害」しか考えられないはずです。にも拘らず、これを強引に「戦争」につなげようとする人々の頭の中は、一体どのような構造になっているのでしょうか。

考え方としては、「緊急事態条項」と一緒です。

緊急事態条項もまた、自民党が、「国民保護法」に於いて、本来であれば日本が戦争状態に陥らなければ宣言することができない「緊急事態宣言」を、大規模災害時にも行えるようにし、より速やかに救済・救援活動をおこなえるようにすることを目的とした憲法改正案なのですが、民進・共産・社民・自由党の面々は、「安倍内閣が戦争を行えるようにするための準備だ」と盛んに喧伝しています。

教育勅語批判も一緒です。内容を現代の社会システムに置き換えて考えれば何の疑問も発生しない内容を、まるで現在が戦前でもあるかのようにして考えるからおかしくなります。


さて。次回記事では、最後の残る3つの文章に関して記事にしたいと思います。


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<継続する記事>
第287回 教育勅語から見る現代の日本政治の最大の問題点

教育勅語原文

教育勅語

朕(ちん)惟(おも)うに  我(わ)が 皇祖(こうそ)皇宗(こうそう) 国(くに)を肇(はじ)むること 宏遠(こうえん)に 徳(とく)を樹(た)つること 深厚(しんこう)なり

我(わ)が臣民(しんみん) 克(よ)く忠(ちゅう)に 克(よ)く孝(こう)に 億兆(おくちょう)心(こころ)を 一(いつ)にして 世々(よよ)厥(そ)の美(び)を済(な)せるは 此(こ)れ 我(わ)が国体(こくたい)の精華(せいか)にして 教育(きょういく)の淵源(えんげん) 亦(また)実(じつ)に此(ここ)に存(そん)す

爾(なんじ)臣民(しんみん) 父母(ふぼ)に孝(こう)に 兄弟(けいてい)に友(ゆう)に 夫婦(ふうふ)相(あい)和(わ)し 朋友(ほうゆう)相(あい)信(しん)じ 恭倹(きょうけん)己(おの)れを持(じ)し 博愛(はくあい)衆(しゅう)に及(およ)ぼし 学(がく)を修(おさ)め 業(ぎょう)を習(なら)い 以(もっ)て智能(ちのう)を啓発(けいはつ)し 徳器(とくき)を成就(じょうじゅ)し 進(すすん)で公益(こうえき)を広(ひろ)め 世務(せいむ)を開(ひら)き 常(つね)に国憲(こくけん)を重(おもん)じ 国法(こくほう)に遵(したが)い 一旦(いったん)緩急(かんきゅう)あれば 義勇(ぎゆう) 公(こう)に 奉(ほう)じ 以(もっ)て天壤(てんじょう)無窮(むきゅう)の皇運(こううん)を 扶翼(ふよく)すべし

是(かく)の如(ごと)きは独(ひと)り 朕(ちん)が忠良(ちゅうりょう)の臣民(しんみん)たるのみならず 又(また)以(もっ)て爾(なんじ)祖先(そせん)の遺風(いふう)を 顕彰(けんしょう)するに足(た)らん

斯(こ)の道(みち)は 実(じつ)に我(わ)が皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)の 遺訓(いくん)にして 子孫(しそん)臣民(しんみん)の倶(とも)に遵守(じゅんしゅ)すべき所(ところ) 之(これ)を古今(ここん)に通(つう)じて 謬(あやま)らず 之(これ)を 中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず

朕(ちん)爾(なんじ)臣民(しんみん)と倶(とも)に 拳々(けんけん)服膺(ふくよう)して 咸(みな)其(その)徳(とく)を一(いつ)にせんことを 庶(こい)幾(ねが)う

明治二十三年十月三十日
御名(ぎょめい) 御璽(ぎょじ)

これが、前回の記事 より話題にしている、「教育勅語」の原文です。

少しでも読みやすい様、漢字、仮名遣いは現代漢字仮名遣いに訂正しています。

前回の記事では、この全文の内、特に福島瑞穂議員が稲田朋美防衛大臣に対して詰め寄っていた

 「一旦緩急あれば 義勇公に奉じ 以て天壤無窮の皇運を 扶翼すべし」

との件をピンポイントで解説しました。

前回の記事でも散々お伝えしましたように、戦前の日本の決断を、「侵略行為」だとか、関連して天皇陛下がまるで悪いことを為されたのような誤った解釈に基づいて教育勅語に目を通してしまうと、ここで記している内容の正確なイメージは先ずつかめないでしょう。

前提条件として、日本という国が、「古事記」や「日本書紀」に記された神話に基づく「歴史」の上に成り立っているという感覚を持つ必要があります。

そして、今上天皇に至るまで、全ての「天皇」という存在が、天照大御神という神様の血を引く、万世一系の存在である、という感覚を持つことが必要なのです。

今私たちが直接拝謁することの出来る今上天皇や、開戦に至る御聖断を行った昭和天皇、そして教育勅語の作成を命じた明治天皇だけでなく、神話の時代にまで遡る、歴代の天皇の祖先、原文に在る、「皇祖、高宗」の存在を頭に入れて読む必要がある、ということです。

これは、前回の記事に於いて、

 「一旦緩急あれば 義勇公に奉じ 以て天壤無窮の皇運を 扶翼すべし」

の件に目を通しただけでもわかりましたよね?


教育勅語の現代語訳にチャレンジ

ネットを検索すれば、この「教育勅語」に対する訳文はたくさんあるわけですが、訳文によって表現の仕方も違いますし、私自身に得心がいくかどうかという部分で、やはり自分自身で訳してみなければ見えてこない部分もあるのではないかと感じ、今回教育勅語の現代語訳にチャレンジすることとしました。


『朕 惟うに  我が 皇祖皇宗  国を肇むること宏遠に 徳を樹つること深厚なり』

最初の一文です。このうち、「徳を樹つること」という部分なのですが、この言葉を調べてみますと、中国最古の歴書である、「書経」に記された言葉、「徳を樹(た)つるには滋(しげ)きを務め、悪を除くには本(もと)を務む」という言葉が出てきます。

「滋き」と「本」とは相反する意味合いを持っていて、「滋き」とは大本ではなく小さなこと、些細な事を意味していて、「本」とは逆に些細な事ではなく大元、根本の事。

「樹つる」とは読んで字のごとく、「立てる」や「建てる」にも通じるものなのですが、書経の例では、「身に付ける」という意味合いで用いられている様です。

「滋」という言葉そのものは草木が水や養分を吸収して育っていく様を表す言葉で、「樹」とは、元々樹木や農作物を「植える」または「立てる」という意味があるのだそうです。

では改めて、「徳を樹つるには滋きを務め、悪を除くには本を務む」という言葉ですが、

 「徳を身につけるには、どんな小さなことでもおろそかにせず、大切にしなさい。
 悪を取り除くには、まず根本から改めるよう努力しなさい」

といった意味合いを持つ言葉なのだそうです。

では改めて教育勅語に戻ります。

『朕 惟うに  我が 皇祖皇宗  国を肇むること宏遠に 徳を樹つること深厚なり』

上記の内容を踏まえて「徳を樹つること深厚なり」という言葉を目にするといかがでしょうか。
この場合の「樹つる」は「身に付ける」というよりも「植える」、つまり「始める」といった意味合いに近い表現なのではないかと思われます。

またもう一つ。「国を肇むる」という言葉。
真説・年間暮らしの行事 というサイトで、以下のような記述を見つけました。

【以下引用】
建国記念の日
 
紀元前660年1月1日に日本の第一代天皇である神武天皇が即位されました。

その日を太陽暦に換算すると2月11日なので、 この日が建国記念の日として定められています。 しかし、 この日をもって日本の「建国」とする考え方は、 非常に「歴史迷信」といわなければなりません。

かつて明治天皇が教育勅語を制定されたとき、 草案を起草した元田永 孚らは冒頭部分を「国を建つること宏遠に」としました。 ところが明治天皇はその草案を却下されたのです。 すなわち日本には「肇国」はあっても「建国」はないということでした。 すなわち人類の歴史と同時に日本の国の歴史は始まっているのです。

そこで教育勅語はその部分が「こと宏遠に」と改められ、 はじめて明治天皇の御裁可が頂けました。

すなわち神武天皇から始まる神大倭かんやまと朝は第34代の皇統で、 その前に71世続いた武鵜草葺不合たけうがやふきあえず朝があり、 その前にも代々と皇統が続いてきました。

すなわち神武天皇から始まる日本の歴史は、 日本の本当の歴史からいえばほんの近代史にすぎないのです。

深い・・・。

「皇祖」とは初代天皇である神武天皇以前の皇族の事を、「皇宗」とは第2代天皇である「綏靖(すいぜん)天皇」以降の天皇のことを云うのだそうです。

綏靖天皇
【綏靖天皇】

明治天皇の思いとして、確かに天皇という存在は初代神武天皇より始まりましたが、「国を肇」まったのは、人類が誕生したその瞬間であった、とする思いがこの一文に込められているわけですね。

そしてそれ以来時が断たれることなく「徳」が研鑽され続けている、と。

 『朕 惟うに  我が 皇祖皇宗  国を肇むること宏遠に 徳を樹つること深厚なり』
深い・・・。

そして、これに続くのが

我が臣民 克く忠に 克く孝に 億兆心を 一にして 世々厥の美を済せるは 此れ 我が国体の精華にして 教育の淵源 亦 実に此に存す

国民のことを「臣民」と表現していることは、これは時代背景を現したものですから、これをあえて咎める必要性すらありませんね。

「克く忠に 克く孝に」という言葉には対象語が記されていませんが、これは「天皇陛下に」という意味ではなく、「皇祖の時代より続く天皇の世」つまり「日本」そのものを対象としているものと推察されます。

人によればこれが親であったり、世話になった恩師であったり、兄弟であったり、友であったり。
「世々厥(そ)の美(び)を済(な)せる」とありますから、これが教育勅語の作成されたその時代の事を現したものではなく、まさにこれまでの歴史の「億兆」の「心」を示したものであると考えられます。

「肇国の時代」より長きにわたって積み重ねられた「徳」が今まさにその時代の「美」を為しているのであり、これが「国体」、即ち日本という国のあるべき姿の「精華」、即ち「真髄」であり、そして教育の「淵源」、源であると、そう記されているわけですね。

そしてそれがまさに今、「実際に」「今の時代」に存在している、と。


記事が長くなりますので、一旦ここで終了し、後半を次回記事にて記したいと思います。


この記事のカテゴリー >>教育勅語


私、これまでシリーズとして、十五年戦争(日中戦争)の原因と結果 というタイトルで、「太平洋戦争」に関して、特に「日本と中国がなぜ戦争を起こすに至ったのか」という視点に着目して長らく記事を作成してきました。

ここを調査するに至った過程として、様々な理由を私は記しているのですが、たぶんこれまでに記していないであろう、理由の一つとして、ここを明確にしなければ、現在の日本の政治の問題点を本当の意味で知ることができないのではないかと感じ、どちらかと言えば「必要性に駆られて」作成したシリーズです。

カテゴリータイトルとして、なぜ日本は第二次世界大戦(大東亜戦争)を起こしたのか というカテゴリーの子カテゴリーにはしていますが、内容は全て一緒。

どちらの視点からも通用する記事だと思っていますので。
ですが、今回の記事は外伝的に、あえてなぜ日本は第二次世界大戦(大東亜戦争)を起こしたのか に対してダイレクトにつなぐ記事としています。

表現がすごく難しいのですが・・・前提として、「自虐史観」の問題があります。
フラットに考えていただきたいのですが、スタート時点には「色」を付けないようにすることが大切です。

根本として、第二次世界大戦(大東亜戦争/日中戦争)で、日本が本当に「悪」であったのか、それとも「正義」であったのかという問題はとりあえず脇に於いてほしいのです。

元々、私たちは何も知らない。彼の大戦がどの様な大戦であったのか、ひょっとしたら日本が参戦していたのかどうかという事すら、知らない。頭の中をそういう思考状態にしてみてください。

そして、1939年に欧州で「第二次世界大戦」という戦争が発生したらしい。
1941年に日本もこの戦争に参戦した「らしい」。

日本が良いとか悪いとか、まったく関係なく、初めてそういう情報を知ったと、そう仮定してみてほしいのです。ああ、そういう歴史があったのだ、と。


現在の日本国民の思考パターン

現在の日本国民は、なぜかそうではなく、「日本はあの戦争で『悪いことをしたのだ』」と、そういう前提条件で物事を考えてしまいます。そしてこれを否定する人たちは逆に「日本はよいことをしたのだ」という前提で歴史を語ろうとします。

「日本はあの戦争で『悪いことをしたのだ』」という前提で議論をスタートするのはまさに「色眼鏡」をかけて現在を直視するようなもの。だけど、現実を調べてみると、もしくは調べた人から話を聞くと、「日本はあの戦争で『悪いことをしたのだ』」という前提で議論をスタートする人たちの考え方が「何かおかしい」ということに気づかされます。

そうするとこれを否定する人たちは、「あいつらの言っていることはどうやら間違っているらしい」という前提で物事を見ようとし始めます。

そして、「日本は本当はよいことをした(白人の占領下にあった東南アジアの国々を救い出した)んだ」という視点ですべてを語ろうとし始めます。


ただ、一つ言えるのは、元々敗戦国である日本は、その出始めが「自虐史観」からスタートしていますし、「そうではないんだ」ということを悲観論者たちに対して納得させるためには、まずはその「自虐史観」を徹底的に崩壊させることからスタートしなければなりません。

これを崩した上で、改めてお互いの意見の中で「極論」に相当する部分をすり合わせていく必要がある筈なのです。
ところが、所謂「自虐史観」を唱える人たちは、そうではない側の人たちが、自分たちのいったことを

 「これは極論であり、必ずしも正しいとはいえない」

ということを認めると、なぜかこの「極論であり」という部分をごそっと外し、

 「あいつらは平気でうそをつく」

と捻じ曲げてしまうのです。そして、

 「あいつら嘘をついたんだから、自分たちが言っていることが正しいに決まっている」

と。

この様な会話が、日常会話だけでなく、なんと「国会」でも平気で繰り広げられているわけですね。


教育勅語から見る現代の日本政治の最大の問題点


上動画は、社民党福島瑞穂議員が、「教育勅語」をやり玉に挙げて、防衛大臣である稲田朋美議員を攻撃している様子です。

福島議員は、教育勅語の一部分である、

「一旦緩󠄁急󠄁あれば義勇󠄁公󠄁に奉し 以て天壤無窮󠄁の皇運󠄁を扶翼󠄂すべし」

という一文のみを切り取って、稲田大臣に、「あなたはこの文章も正しいと思っているのか」と聞いています。
ですが、稲田大臣は「教育勅語全体に流れている精神は大切にしなければならない」と答えます。

ではこの文章。いったいどのような内容なのかと申しますと、

「一旦(いったん)」とは、ひとたびとでも言い表した方が現代語としてはしっくりくるかもしれません。

「緩急」とは、デジタル大辞林によりますと、「差し迫った事態。危急の場合」と記されています。

「義勇」とは「正義と勇気」のこと。

「天壤無窮󠄁」とは、もともと日本の神話に於いて、天照大御神が発したとされる言葉、即ち

「葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の国は、これ吾が子孫(うみのこ)の王たるべき地(くに)なり。宜しく爾(いまし)皇孫(すめみま)就(ゆ)いて治(しら)せ。さきくませ。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、まさに天壌(あめつち)と窮(きわま)り無けむ」

という言葉に由来するもので、「天地と共に永遠に極まりなく続く様」の事を云うのだそうです。
上記引用で「天地と共に永遠に極まりなく続く」とされているのは、「天照大御神の子孫が王として納める地(くに)」のことで、即ち日本の事。

「皇運」という言葉は辞書で引くと「天皇・皇室の運命」とありますが、上記引用例から考えると、「天壤無窮󠄁の皇運󠄁」という言葉は、「天孫降臨の時代より続く歴代の天皇が治める世」と言った解釈の方が適切なのではないでしょうか。

即ち、「一旦緩󠄁急󠄁あれば義勇󠄁公󠄁に奉し 以て天壤無窮󠄁の皇運󠄁を扶翼󠄂すべし」とは、

「ひとたび危急の事態が起これば、正義の心と勇気をもって公の為に尽くし、神話の時代からずっと栄え続けたこの国の為、その一助となりなさい」

といった意味合いになるのではないでしょうか。
福島瑞穂を筆頭とする「自虐史観」の持主達は、教育勅語にあるこの言葉が彼の大戦に於いて国民を戦争へと駆り立て、「第二次世界大戦」という大惨事を招いたのだと、こう主張しているわけです。

そして、「そんな教育勅語を礼賛する人が防衛大臣という役職に在るのはおかしい」と。

ですが、ここでちょっと待っていただきたい。

確かに、第二次世界大戦に於いて、たくさんの日本人の命が巻き込まれ、対戦国なった米国や中国でも沢山の人がその命を失いました。ですが、いかがでしょう。

もう一度 こちらのシリーズ を読み返していただきたのです。

本当に「悪」であったといえるのはどの国でしたか?
中国に渡った居留民ではありますが、罪もない日本の民間人を虐殺し、その「人」としての尊厳を著しく傷つけたのは誰でしたか?

蒋介石のデマをうのみにし、本当の「悪」であったはずの蒋介石を支援し続け、短期間で終結したはずの日中戦争を泥沼状態へおと追い込んだのはどの国でしたか?

大本営陣営が大変な事態へと陥らない様に必死に頭を悩ませ、時に日本人同士で喧嘩しながらも妥協点を探り、交渉を続けてきたはずの日本に対し、資源の入手ルートを完全に断ったうえで

「いや、あれ、交渉だったの?
私たちはてっきり事前交渉だと思ってたんだけど?
もう一遍最初から交渉をやり直そうよ」

と言って日本に開戦を最終決断させたのはどこの誰でしたか?

時代が時代ですから、確かに

「一旦緩󠄁急󠄁あれば義勇󠄁公󠄁に奉し 以て天壤無窮󠄁の皇運󠄁を扶翼󠄂すべし」

という言葉の中に、「戦地へ赴く」という「公」もまた想定されているかもしれません。
ですが、「関東大震災」や「昭和金融恐慌」「昭和恐慌」などは「緩󠄁急󠄁」ではないのでしょうか?

戦後、現在の日本でいえば、東日本大震災、熊本震災、阪神大震災、リーマンショック、もっと言えば1998年から13年に渡って死者の数が年間3万人を超え続けた「自殺問題」まで含めて、「緩急」ではないのでしょうか?

被災し、または社会現象に巻き込まれた人々に「正義の心」と「勇気」を以て手を差し伸べることは「義勇󠄁公󠄁に奉」する行為ではないのでしょうか。そういったものをひっくるめて、国全体として皆が繁栄していく社会こそ「天壤無窮󠄁の皇運󠄁」なのではないのでしょうか?

ここに、

 「一旦緩󠄁急󠄁あれば義勇󠄁公󠄁に奉し 以て天壤無窮󠄁の皇運󠄁を扶翼󠄂すべし」

という教育勅語に含まれる一文が、日本を彼の戦争に駆り立てたんだという「自虐史観」。
そして、「日本軍が韓国や中国に『侵攻』したんだ」という根拠のない妄想が、あそこまで福島瑞穂をして稲田大臣を責め立てさせる「歪んだ偽善行為」を正当化させているのではないでしょうか?

ですが、その妄想を外して、改めて

 「一旦緩󠄁急󠄁あれば義勇󠄁公󠄁に奉し 以て天壤無窮󠄁の皇運󠄁を扶翼󠄂すべし」

という一文に目を通してみましょう。

教育勅語

間違っても先人たちが大切にしてきた志、「修身」をあそこまで馬鹿に出来るような歪んだ考え方にはならないはずです。

そういえば福島瑞穂、「共謀罪」についてもピンポイントで沖縄基地問題で「デモ」という名の暴力行為を画策する連中を擁護する発言を行っていましたが・・・あの人の頭の中はいったいどんな構造になっているのでしょうか。

余りにも醜いですね。

次回記事では、改めて「教育勅語」全文に目を通してみます。


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