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<前回の記事 第58回 是清の経済・財政政策①

前回より引き続く今回の記事は、あくまでも「共産主義と左翼」とのタイトル記事への布石。
その意味では今回の記事のほうが関連性のある内容となります。

以前制作していたブログでも同じ内容は取り扱っていて、その時はこんなタイトルにしました。
日露戦争物語

私が取り扱うのはあくまでもこの日露戦争に対して、是清がどのような役割を果たしたのか。その部分のみではあるのですが、やはりこの時代の歴史は面白いと思います。

日露戦争の背景

歴史的な側面に関して、やはりわかりやすいなと感じるのは、you氏の動画です。


日本が日露戦争にいたるまでの背景として、日本とロシアの間にいる国。すなわち当時の中国(清)と朝鮮という存在を無視して語ることはできません。
元々朝鮮という国は日本とは違い、他国、すなわち中国やロシアという大国と国境を接していて、常に大国からの脅威にさらされ続けていました。
余りにも強烈すぎるため、とても武力で対抗する、などという発想はできなかったのだと思います。

結果、朝鮮は中国の属国となり、朝貢することで他国からの脅威から自国を守ってもらうという風習が根付いていたのではないでしょうか。一方で簡単に他者を信じることはできず、武力を以て保身を図ることが必要とされる国柄だったのではないかと考えられます。

強い相手には媚びるだけ媚びて、弱い相手は徹底的に叩き潰す。これこそが大国と国境を接する朝鮮の選択肢だったのだろうと思います。

you氏の動画を参考にすると、日本は早く朝鮮に独立してもらい、清やロシアの脅威から日本を守るための防波堤になってもらいたい、と考えていたようです。
東学党の乱の鎮圧を時刻ではなく清国に依頼した朝鮮。ですが、仮に朝鮮が清国の支援を受けて完全に清国の属国となってしまえば、今度は日本が直接清国の脅威に晒されることになります。

そこで清国の属国化から朝鮮を守るために日本が派兵を行ったのが日清戦争です。
朝鮮に自立して独立してもらわなければ、日本は清国やロシアの脅威に直接さらされるようになりますから、日清戦争により、日本は朝鮮の独立を事実上支援したことになるわけです。

また一方で清国は、以外にも日本にまったく太刀打ちすることができず、一方的に叩き潰されてしまいます。
you氏の動画をそのまま参考にしますが、それまで清国になびいていた朝鮮は清国の敗戦を受けるや日本にすり寄り、日本が三国干渉でロシアに譲歩すると、今度はロシアにすり寄る・・・という態度を取ります。

ロシアにとってもこれは渡りに船で、日本に清国が敗北したことを受け、「南下政策」を取り始めます。


地図はこちらの地図がわかりやすかったので、流用させていただきました。
クリックいただけますとそのままリンク先へ遷移します。(問題がございましたら削除いたします)

「満州」っていうとわかりにくいかもしれませんが、要はこの位置です。
ロシアは中国で起きた「義和団事変」を口実にこの満州地域へ南下し、事実上支配します。

満州が支配されれば次は朝鮮。そして日本です。
日本はロシアの清国への南下を快く思わなかったイギリスと日英同盟を結び、その後もロシアと度重なる交渉を重ねますが、圧倒的な軍力の差を持つロシアはとても強気で譲歩することをせず、日露戦争開戦と相成ります。

高橋是清と日露戦争

さて。ではそんな「日露戦争」ですが、是清が果たした役割とは、いったいいかなるものだったのでしょう。
既に過去ブログへのリンクを張っていますから既にお察しのことだとは思いますが、彼が日露戦争において果たした「役割」とは、「軍費の獲得」です。

日清戦争の出費の影響もあって、国内で獲得できる資金ではとてもロシアと戦争を起こすために必要な資金を賄いきることはできない。「外債」、つまり海外から融資を受けること以外に、日本が日露戦争の為の資金を獲得する方法はありませんでした。
その、海外から融資を受けるための役割を課せられたのが高橋是清です。

日本に対するロシアの軍事力の差は圧倒的で、世界中で誰も日本がロシアに勝てるなどと思っていなかったことから、実際融資を受ける事には、とても苦労したようです。
そして最後、残る500万ポンドを獲得するために彼が訪れたのはイギリスの「ロスチャイルド家」。
現在でも全世界のその名をとどろかすユダヤ系の国際金融資本。その系譜を有する一族です。

ただ、この時ロスチャイルド家はロシアの油田に対して相応の利権を有しており、面と向かってロシアと対立するわけにはいかない事情がありました。このことから、一旦は日本への融資を断ります。

ところが一方で当時のロシアでは「ポグロム」と呼ばれるユダヤ人の大虐殺が行われており、ロスチャイルド家はこれに対する激しい怒りを覚えていました。ユダヤ人は、「祖父の敵を孫が返す」と言われるほどにその血筋への執着が激しい民族で、この報復を行うため、ロスチャイルドは是清の下にとある一人の人物を向かわせます。

これが「ジェイコブ=シフ」という人物で、ロスチャイルドと血縁関係にある人物です。
彼はニューヨークでクーン・ローブ商会という財閥を経営する人物で、是清は彼から融資を受けることに成功し、日本はかの日露戦争へと突入していくのです。

「坂の上の雲」のタイトルで私の地元である松山の英雄、秋山兄弟に注目の集まりやすい日露戦争ですが、是清の存在なくして日本の日露戦争への勝利はなかったといえるのではないでしょうか。

さて。次回からはいよいよ「共産主義と左翼」。これを、「コミンテルン」というキーワードに着目して進めていきたいと思います。

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<前回の記事 第57回 民主・維新の党合併に思うこと

さて。第52回の記事文末で予告していました、「共産主義と左翼」とのタイトルでの記事。
ようやくポイントを絞るべきところはここかな、というところまでたどり着きましたので、改めてこのタイトルでの記事を作成することにしたいともいます。

ただ、調べていますと、この話題に触れるより先に今回のタイトルに掲載しています「是清(これきよ)」。
この人物についてあらかじめ触れておいたほうが、「共産主義と左翼」のタイトルで掲載する内容に、一部通ずる部分があるのではないか、と感じましたので、先にこの「是清の経済政策」とのタイトルで記事を進めてみたいと思います。

高橋是清という人物

是清については、私の過去のブログで詳しく触れていますので、こちらもあらかじめご紹介しておきます。
高橋是清
高橋是清の財政政策
井上準之助の財政政策
高橋是清の財政政策~リフレーション政策~前編
高橋是清の財政政策~リフレーション政策~後編

記事的には結構きれいにまとまっているので、コピペで対応する部分も多くあるかもしれませんが・・・そのあたりはご容赦を。
是清の名前そのものは、このブログでも何度か登場させています。

第18回 『円キャリートレード』を問う
第54回 甘利特命担当大臣、本当にお疲れさまでした m(_ _)m

第54回の冒頭の動画、案の定消されてますね・・・。
それはさておき。是清の名前と必ずセットで登場させているのが現在の副総理であり、総理大臣も務めた麻生太郎さん。そして、「ケインズ政策」という名称です。

ケインズ政策の思想は、是清政策のそれと瓜二つなのです。
ケインズ政策が初めて政策として取り入れられたのは世界恐慌が発生した後。当時米国フランクリン=ルーズベルト大統領の下で執り行われた「ニューディール政策」がまさにその政策になります。

ニューディル政策が手掛けられたのは1933年。高橋是清が有名な「リフレーション政策」を実行したのは1932年。
つまり、世界で最も早く「ケインズ政策」を実施したのは高橋是清だということになります。

ただ、以前のブログを記していた当時はまだ勉強をし始めた当時だったこともあり、タイトルにまで普通に「リフレーション」という言葉を用いていますが、現在では是清の政策にこの「リフレーション政策」という言葉を用いる事には若干抵抗があります。

元々この考え方が現在の日本に広く知れ渡るようになったのは、2ちゃんねるからスタートした三橋貴明さんが「日本の借金は政府の借金であって国民の借金ではない(だから政府支出が増えても問題ない)」という考え方をWebや書籍を通じて広く発信し始めたことが原因です。

2007年頃でしょうか。元々は韓国経済や中国経済の脆弱性を謳って登場していたように記憶しています。

個人的には、消費増税が行われた後(つまり彼が信頼していた麻生さんが三橋さんの考え方を事実上裏切ったこと)が原因で、突然安倍内閣を攻撃する主張に切り替わってしまったことは、とても残念だと思っています。

話題がそれましたが、彼が登場するまで、経済界で最も中心的だった考え方は「日本財政破綻論」でした。
日本の国債が当時で600~700兆ほどだったでしょうか。「国債に占める税収の割合」をその論拠とし、「日本の財政は破たん寸前である」と訴える似非経済学者たちがはびこっていた時代でした。

副島隆彦、野口 悠紀雄、藤巻 健史、竹中平蔵、 池田信夫等は、その代表的な人物です。
意外かもしれませんが、みなさんに有名な池上明もまたこういった破綻論を唱えていた人物の一人です。

NHK週刊子どもニュースで、子供から「お金がないのなら、発行したらいいのではないか」と聞かれ、返答に窮した・・・と彼は自書に記しています。著書の中で、彼は「お金を発行できない理由」として、「発行すればハイパーインフレが起きる」などと記していたように記憶しています。どんな妄想だそれ、と突っ込みたくなります。

よく見ているとわかるのですが、彼は平気で自分の主張を変えます。
依然とまったく異なる主張を平然とTV画面で言ってのけられる男です。少なくとも「以前の私の考え方はこのような考え方でしたが、真実は・・・」というように語ればまだかわいげもありますがね。

「経済学」を難しく感じるのは、とてもわかりにくいことを、専門的な用語を濫用して、さらに難しく説明するから難しく感じるのです。
結局不勉強な人々はこのような考え方を理解することができず、「専門家の人たちが言っているから」というとても短絡的な理由で「日本経済は破たん寸前である」というようなフィクションを簡単に信じるのです。

ですが、三橋さんらが登場し、わかりにくかったはずの経済を、とてもわかりやすい用語や表現を用い、破綻論者たちの嘘を次々と暴き始めた頃に登場し始めたのが「リフレ派」という言葉です。

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